第26話 ~ 甘えるなよ、老兵…… ~
第3章第26話です。
よろしくお願いします。
――何なのよ、あの子……!
アフィーシャは朽ちた魔法工房を飛び出し、走っていた。
向かうは戦地にもなっている北門の方向。
マトーと合流するためだ。
「あは……。あはは……。あははははははははははははははは――」
突如、ダークエルフの少女は狂ったように笑い出す。
予想外であることは間違いない。
驚きも、怒りもある。憎しみはいつも持っている。
それでも笑わずにはいられない。
あんな化け物を見るのは、初めてだった。
まさに悪魔ではないか……。
だが、これはチャンスだ。
あんなものを、勇者は隠し球として持っていたのだ。
一体――あれを見て、帝国の民衆や兵は何を思うだろう。
今まさに、人とモンスターを掛け合わせた合成獣を蹂躙している悪魔を許すはずがない。
再び大口を開けて笑おうとした瞬間、背後から爆発音が上がった。
首だけ振り返ると、大きな土煙が上がっている。
その煙から尾を引くように――渦中の化け物が現れた。
「ひ、ひぃ!」
悲鳴を上げ、アフィーシャはピッチを速くする。
真の姿となったフルフルは、地上を走るゴスロリ少女を見つけた。
天地を引き裂くような吠声をあげる。
翼を1つ羽ばたかせ勢いをつけると、一気にアフィーシャに向かって加工した。
確認したアフィーシャは再び短い悲鳴を上げる。
――馬鹿な!!
と心の中で叫んだ。
地下にいた合成獣の数は100体以上。
1体の戦力は、100人の兵に匹敵する。敵わないまでも、時間稼ぎぐらいは出来ると思っていた。
なのに、あっさりと殺したのか……。
化け物め――。
悪態を吐く。
こうなれば一刻も早くマトーと合流する。
そして白日のものにさらすのだ。勇者が飼っていた化け物を。そしてそれが一体何をしたのかを。
偶像の落日。
滑稽だ……。
想像するだけで笑気が腹の中で渦巻いてくる。
歴史上で今なお魔女と称された一族の少女は、思わず口端を歪めた。
巨大な爆炎が、帝都北門の目の前に広がる平原に炸裂した。
轟音は兵士たちの祈りや叫びを飲み込み、巨大な炎は視界を覆った。
現代でいう核の炎にも似たような光が天地に突き刺さり、瞬間的に出来た太陽は昼を夜に変えるほどだった。
次第にそれが収縮していく。
夜が昼へと戻り、炎は光を失い、残響は次第に止んでいく。
弾き出された大気が急激に戻ろうとして、突風が爆心地の方へと吹き込んでいく。
煙は一気に掻き出され、空へと昇っていく。
現れたのは、円状にえぐれた巨大な穴だった。
兵士たちは声なき声をあげ、武器を取り落とし、我が目を疑った。中には尻餅をつき、ペタリとへたり込んでいるものもいる。
爆心地に人影はなかった。
熱戦を繰り広げていた両者の姿は跡形もない。
「ふふふ……。あっ――――あははははははははははは……」
静まり返った戦場で、マトーの高笑いだけが響く。
皇帝は勝利を確信していた。
ぼろ……。
何か崩れる音がした。
「おい! あれを見ろ!」
1人の兵士が指をさす。
爆心地のまさに中心。かまくらのような小さなドームが出来ていた。
その材質は土。高圧縮された土の壁だった。
【四級炎魔法】によって、炭色に焼かれて脆くなってはいるが、完璧に爆炎をシャットダウンしていた。
土のかまくらが崩れる。
1カ所に亀裂が入ると、ひびが蔦のように伸び上がり、全体を覆った。
そして砕け散る。
四散した土壁から出てきたのは、男2人。
1人は相手の懐に入って剣で突き、1人は相手を守るように手を掲げていた。
遠目から見れば、2人は抱き合っているかのようにも見える。
老兵が持った剣の鍔からは血が滴っていた。その先を辿れば、勇者の喉元に着く。
薄皮一枚――1ミリの半分にも満たないところで、ロイトロスの長剣は止められ、勇者の首から血が流れていた。
それ以外に怪我たる怪我ない。それは老人も一緒だ。
着弾の一瞬前――。
なんとか土精霊を呼び出し、爆炎を完全に防御することが出来た。
安堵の息すら付けない。
少しでも喉元を動かせば、刃がめり込む。
宗一郎は目だけを動かし、すぐ眼下にいるロイトロスを見つめた。
老兵は剣を引かない。その気迫も、殺気も、先ほどと変わりはない。
君主によって殺されかかっても、老人の信念は小指の先ほども変わっていないように見えた。
「勇者殿……」
ロイトロスは口を開いた。
剣を引く。だが、わずかだ。少し反抗すれば、刹那――首を突き入れられるほどの距離に置かれた。
言葉を続ける。
「お主の負けだ……」
勝利予告にも関わらず、老人の声には寂寥の念が感じられた。
宗一郎はやや口端を緩めて言った。
「ああ……。そのようだ」
と認めた。言葉を続ける。
「どこまでお前の読み筋だったのだ?」
「すべて……。マトー様がわしを巻き込み、魔法を放たれることもすべて折り込み済みでした――というよりは、そこまでしないとあなた様に勝てません故……」
「なるほどな。……ならば、その後復活できる保証はないことも、折り込み済みだったのか?」
「…………」
マトーの魔法がどれだけ威力があろうとも、宗一郎からすればゲームの魔法。本来の死を迎えることはなく、教会で復活する事が出来る。
だが、宗一郎はともかく、長年の帝国の功労者を巻き込んだマトーが、すんなりと復活させるとは思わなかった。難癖を付けて、老兵を殺すことにするだろう。
勇者亡き世に、一番邪魔なのは、今勝利したこの老兵なのだ。
ロイトロスは沈黙していた。
それすら、読み筋だったのだろう。
「それが帝国を守るためならば、騎士として本望ですじゃ」
「死して、国と君主を守り、騎士道を貫くか……」
「御意。戦場で死ねるなら、それは騎士の本懐というもの」
まるで前皇帝陛下の御前にいるかのように、ロイトロスは応じる。
宗一郎は言い放った。
「甘えるなよ、老兵……」
ロイトロスは初めて顔を上げた。
自分を見下ろし、睨む若い男の姿があった。
身震いする。
秘められた殺気、怒気、威厳に戦いたのではない。
一瞬、その顔が亡き皇帝陛下に見えたような気がしたからだ。
宗一郎の気が膨らむ一方で、ロイトロスから殺気が消えていく。
突き出した剣を引き、腰を上げた。
老人の変化に、宗一郎は眉1つ動かさず、怒りに満ちた表情で睨んでいた。
「亡き皇帝はお前を戦場で殺すことなど望んでいない。……まして謀殺されるなど以ての外だ」
宗一郎は皇帝の居室を思い出す。
数々の絵が飾られ、絵具の匂いが充満した部屋のことを。
モチーフは人だった。
家族、家臣、諸侯、その家族、給仕から取引に来た商人まで、それは様々だった。
勿論、ロイトロスもいた。
窮屈そうに、ややはにかみながら、家族に囲まれ幸せそうにしていた。
息子も娘も立派に育ち、可愛い孫までいた。
そんな家族の中央にいたのが、宗一郎の前にいる老兵なのだ。
「お前のような戦士でも、最後は家族に看取られながら死んでいく世界を望んだのだ。そしてお前もかつて、家族の安息のために戦ったのだろう」
宗一郎は老兵の胸倉を掴み、なおも言い放つ。
「戦場で死地を求める? 死ぬために戦うだと!? 甘えるのも大概にしろ! 安易に死を求めるぐらいなら、その命を絞りに絞って、絞りつくせ! そして死ね!この国でお前がやるべきことは、まだまだ山のようにあるぞ!」
ロイトロスは思い出していた。
40年ほど前……。
まだ皇帝になられる前、14歳のカールズ皇太子に同じようなことを言われたことがある。
あの頃のロイトロスは血気盛んで、死ぬことを求めるように戦場に没頭していた。
そんな兵士を見かね、カールズはこう言ったのだ。
『戦場で死ぬことは僕でも出来る。……だが、戦場で生き抜くことは難しい』
『ロイトロス、戦場に甘えていてはダメだ。戦場でもっとも困難なことを乗り越え、僕の前に戻ってきてこそ騎士なのだ。誰よりも生き抜く騎士になれ、ロイトロス』
いつの間にか涙が溢れていた。
よもや皇帝亡き後、再び同じような言葉を贈られるとは思わなかった。
宗一郎は胸倉を離す。
すとんとロイトロスは膝立ちになり、むせび、さめざめ涙を流した。
そして手っ甲で涙を拭き、改めて宗一郎と向き合った。
「厳しいお言葉……。ああ、そう言えばなんと言いましたか? フルフル殿が言っていた言葉……。そう――」
“意識が高い”
自分よりも遙かに……。
老いぼれ……。すべてを熟達したと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
――まだまだ未熟……。
老兵は目をつむりながら、在り日の皇帝の姿を思い浮かべ、静かに猛省した。
「ありがたく……。この命を使わせていただく――」
「それでいい。……お前がいなくなれば、ライカも悲しむからな」
「――――!」
ロイトロスはきょとんとしてから、ニヤリと笑った。
「なるほど。そっちでしたか……」
「勘違いするなよ。俺はただ単に、戦場とは死ぬことと見つけたり――なんて考える馬鹿者が嫌いなだけだ」
「承知申した」
ロイトロスは頭を下げる。
そして歩き出した宗一郎に道を空けた。
「さ~て」
二振りの剣を持ったまま、宗一郎は城壁に向かって歩き出す。
その双眸にはっきりと、獅子の鬣のような髪型をした男が映していた。
震え上がる表情を見ながら、宗一郎は口角をあげる。
ざっと土煙を上げ、立ち止まると城壁を見上げた。
「次はお前の番だな、マトー……」
名指しされた未来の皇帝陛下は胸壁を掴み。
「ゆうしゃあああああああああああああああああああ!!!」
と吠えるのだった。
さあ、次はお前の番だ。マトー!
明日も18時になります。