第25話 ~ 魔術師は魔術師のやり方でやらせてもらう ~
第3章第25話です。
よろしくお願いします。
両目から青白い光を吐き出しながら、宗一郎は思っていた。
『フェルフェールの瞳』を戦闘に使ったのは、異世界に来て初めてだった。
まさか、その初が魔術師でも、呪術師でもない者に使用するとは思わなかったが……。
――栄えある1人目が、目の前の老兵なら致し方ないだろう……。
意外に思いながらも、どこか満足していた。
そして――。
「破った!」
と叫んだ。
『フェルフェールの瞳』は停止し、その光も徐々に沈んでいく。
大きな光と、対称的に膨れあがった影が収束し、静かな戦場へと戻っていった。
兵士はおろか、城壁の上で戦況を確認していたマトーも、固唾を呑んだ。
1人――動揺を免れたロイトロスは、2本の剣の切っ先を相手に向け、構えていた。白髭に隠れた口元が、仕掛けた魔術師よりも先に動いた。
「どうやらお目覚めになられたようですな」
「ああ……。良い勉強をさせてもらった。最強にこだわった故、ねじ伏せようなどと思うから欲が出る。まじゅ――いや、勇者は――……いや、これも違うな」
何度か言葉を訂正し、そして宗一郎は改めて言い直した。
「魔術師は魔術師のやり方でやらせてもらう」
「魔術師……? ほほ。何はともあれ、戦いはここからのようですな」
「そのようだ」
宗一郎は無造作に歩き始める。
近くに倒れていた兵士の腰からナイフを抜いた。
刃を舐め取るように見回しながら、「これでいいか」と片手に持つ。もう片方の手には、ずっと握っていたロングソード。そして両方の切っ先を、相手の方へと向けて、構えを取った。
「ほう……。わしと同じ構え――」
ロイトロスが感嘆の声をあげるのも無理からぬことだった。
一見――宗一郎が真似しただけに見えるが、それだけではないのだ。
兵の中にはロイトロスの武勇を聞き、その構えを真似しようとする兵は幾人もいた。構えを真似するだけなら、簡単にみえるからだ。
だが、宗一郎のそれは違う。
足の運び位置、手の高さ、全体を見つめる目付。コンマ数ミリとてずれていない。しかも、力の入れるところと入れないところも理解し、もはや老境の域にある。自分の鏡像を見るかのようだ。
ロイトロスは様々な経験と研鑽の末、今の構えに至った。それも最近のことだ。
なのに勇者が自然と構えたことに、老兵は単純に驚いた。
――破った、か……。
宗一郎が叫んだ言葉を、ロイトロスは改めて咀嚼する。
そして本当にただならぬ事が起きたのではないかと、予感した。
「魔術師のやり方というのは、真似事のことですかな?」
「確かめてみればいい」
「構えを真似ても、剣の本質には近いかどうかは別問題ですぞ」
「ならば、答え合わせといこうか」
先に仕掛けたのは、宗一郎だった。
豹のようにしなやかに身体を伸ばし、最速最短で長剣を突く。
――速い!!
瞠目しながらも、ロイトロスは短剣で軌道をずらす。
重い。
剣の重量が違うせいだからだろう。自分と同じものなら、薄皮一枚はめくれていたかもしれない。
ロイトロスは左側に回り込む。
片手に残った長剣を宗一郎の脇腹に向かって突き出す。
動きを見て、宗一郎が横に薙いだ。
ロイトロスの初撃と同じ対応だ。しかし老兵はさらに身を低くし、身体ごと突撃するかのように横薙ぎをかいくぐる。剣より頭が先に出る。
瞬間を宗一郎は見逃さない。ナイフが左胸の横から突き出てくる。ロイトロスの眉間に迫った。
老兵は鼻息を荒くし、長剣の柄をナイフの刃に搦めて押し上げる。軌道がずれたところでさらに死地に身体を預けた。が、横なぎから戻ってきた宗一郎のロングソードが頭上から振り下ろされる。
渾身の振り――。
残った短剣では抑えられないと判断し、横に逃げる。
再度、攻撃に向かおうとする老人の足が止まった。
鉢金が真っ二つに割れ、コーンと音を立てて地面に落ちた。その上に鮮血が1滴、2滴と垂れる。眉間の上の方から鼻筋を通り、血が流れていた。
「むう……」
久しく見ていなかった血の匂いに、老兵は思わず唸る。
手っ甲で拭うと、構え直した。
宗一郎もまたゆっくりとした動作で構える。先手は取ったが、その顔に余裕はない。
次撃――仕掛けたのは、ロイトロスだった。
フェイントを交えながらの五連突き!
目に留まらぬ速さの連撃に、宗一郎は目が眩む。それでも冷静に対応し捌くと、こちらも連撃を返した。
老兵は目を丸くしながらも、応戦する。敵の攻撃を弾きながら、先ほどの5連撃とは質を変えた突きを繰り出す。それでも宗一郎は対応する。それどころか、初めて見せた攻撃に関わらず、返し技を放ってくる。
徐々に間合いは狭まり、2人の刃は死地ギリギリのところにまで迫る。
お互いの皮、肉を削り、無数の血しぶきが舞う。
1手間違えれば、詰み……。
その極限状態の中、2人は笑っていた。
「お互い笑ってるぞ」「すげー」「2人ともあれで俺たちと同じ人間なのかよ」「化け物」「ロイトロス殿ってあんなに強かったのかよ」「いや、それと渡り合ってるあの勇者も……」
2人の戦う姿に、魂を奪われたのではないかと思うほど静まり見つめていた兵士たちが、口々に賞賛を送る。
「黙れぇええええええええええ!!!」
マトーだった。
兵士たちの言葉を歯がみしながら聞いていたが、ついに耐えきれなくなり爆発したのだ。
「何をしているお前たち! 老いぼれが戦っているのだ! ……貴様らも加勢したらどうなのだ!!」
怒鳴り散らす。
もっとも意見だったが、改めて2人の戦場を見つめた兵士たちは――一歩踏み出すことすら出来なかった。
マトーは顔を赤くし、茶色の髪を逆立てた。
「貴様ら! それでも帝国兵士か!! 恥を知れ!!!」
怒声をあげる。しかし効果はない。
むしろ最高指揮官の声など、まるで聞こえないような態度を取っている。
次期皇帝の声を無視されたのだ。
「おのれ! 弓兵、何をしている! 狙い撃て!」
「しかしそれではロイトロス殿に……」
「構わん! 魔法兵もだ!」
「しかし――!!」
皇帝の言に、兵長は珍しく食い下がる。
大きく息を吐き出したマトーは、兵長の胸倉を掴み掲げた。
「……いいか! 馬鹿ども! 今は帝国の窮地なのだ!! 国を守ることがお前ら兵士の務め! それはロイトロスもわかっていることだ」
「ですが、ロイトロス殿は帝国に長年使えてきた功労者! それを亡き皇帝陛下が由とすることでしょうか!」
「俺が今の皇帝だ! 従うべきは死人ではない。……お前らは黙って従えばいい」「出来ません!!」
「平和に溺れ、牙の抜けた阿呆どもめ! 60年間、戦争をしてこなかったからこそ、帝国は弱くなったのだ!! どけ!!!」
マトーは兵長を押しのけ、胸壁の前に足を乗せて立った。
【四級炎魔法】プローグ・セゾール!
そして――。
【必中の神秘】アログ!
両手にそれぞれ魔法を現出させ、さらに掛け合わせる。
辺り一帯を焦土と化す広範囲の炎魔法と、必中神秘の合成魔法。
最悪のコラボレーションは、眼下で戦いを繰り広げる2人の戦士へと向けられた。
「おやめ下さい! マトー様!!」
「うるさい! 貴様らは黙ってみておれ!!」
一喝する。
兵長は顔を青ざめながら、マトーと戦士たちを交互に見つめた。
「死ねぃ!!」
赤銅の塊が放たれた。
「ロイトロス殿!!」
兵長の叫びよりも速く、巨炎は戦う男たちの元へと突き進む。
赤い光が2人を覆う。脅威が迫っているというのに、2人は剣を収めようともしなかった。
それどころかさらに、戦いを白熱させていった。
キツい……。
宗一郎は胸中で呟いた。
思っていた以上だ。筋肉が1つの動作をするたびに、軋みをあげる。1本ずつ、繊維が切れるのがわかる。軽自動車にF1のエンジンを積んでるような感覚……。
このままでは、身体が持たない。
今、宗一郎がやっていること……。
圧倒されていた形勢を逆転できているわけ……。
それはロイトロスの中にある魔術的な部分の再現だった。
『フェルフェールの瞳』は人間の秘密を暴く。秘密が秘密であるほど、その効果を発揮する。
では、真に『秘密』とは何か?
長年、その人間が秘密にしている“量”なのか。
それとも秘密の大きさ――“質”なのか。
答えは“否”。
真に人間にとって秘密とは、その人すら知らない隠された存在のことである。
つまり、ロイトロスが無意識的に魔術を発動している事こそが、人間にとって最大の秘密といっていい。
だが、いくら魔眼を使い、再現できたところで、身体はその通りに出来ていない。繰り返しになるが、街乗り用の車に300キロ以上も出せるエンジンを積むようなものだ。やがて力に耐えられなくなり、自壊するのは自明の理である。
しかも、宗一郎がやっていることはそれだけではない。
同時に因果操作魔術も展開している。
ロイトロスと対等の条件になったことによって、確率がかなり下がっている。まだ高確率ではあるが、1万回に1回の確率を引き当てるより楽な作業だ。
そこまでやって、ようやく互角以上……。
ロイトロスがどれだけ馬鹿げた力の持ち主かわかる。
ギィン!
鋭い金属音を立て、両者の間に火花が散る。
連撃。防御。返し。捌き。懐へ。振り。回避。薙ぎ。そしてまた連撃――。
終わることのないワルツのように、2人は攻撃と防御を繰り返す。
決定打がないまま長期戦を余儀なくされている。
焦っているのは、宗一郎の方だった。長期戦はまずい。今にも空中分解しそうな身体を、なんとかやりくりしながら、対等に持ち込んでいるのだ。
このままでは負ける。
その時だった。
戦場が赤銅色に染まる。
宗一郎はわずかな間、城壁の方を一瞥する。
マトーが極炎を掲げ、今まさに放とうとしていた。
だが――。
ロイトロスは容赦なく打ち込んでくる。老兵の目には、若い勇者の姿しか映っていない。それでも状況に気付いていないというわけではないだろう。
「ロイトロス!」
宗一郎は必死に攻撃をいなしながら、呼びかける。
ロイトロスは連撃を放つ。
冴えは増すばかり。互角以上だと思っていた形勢が、いつの間にか逆転しつつあった。宗一郎の心象にぶれが生じているのも一因だが、戦いの最中、齢76の老兵は明らかに成長しつつあった。それも急激に、だ。
そうこうしているうちに、炎弾が放たれるのが見えた。
兵が「逃げろ!」と叫んでいるのが聞こえる。
ロイトロスはそれでも打ち込んでくる。
宗一郎を抑えるように、両方の剣で押し合いになる。
退けば、斬られる……。
だが、その予感以上に感じた言葉を、宗一郎は口にした。
「お前、死ぬ気か……」
ロイトロスと目を交わす。
本気だった。
炎が迫る。
すでに皮膚がじりじりと焼けていっているような感覚がある。
そして老人は白い歯を見せて笑った。
宗一郎の顔が歪む。
完全な詰みだった。
「チィ!!」
舌打ち――。
その瞬間、豪炎は両者の間に炸裂した。
ロイトロス編は明日で最後です。てか、ロイトロス編って何?
明日も18時です。
※ 連載が始まって、2ヶ月になりました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
これからも毎日更新目指して頑張るので、よろしくお願いします。