第23話 ~ 迷ったら進めと教えられた ~
第3章第23話です。
よろしくお願いします。
気がついた時には、老兵が眼前にいた。
20メートル弱の間合いを一瞬にして侵略された。
そこからさらに、身体を伸ばし、最速の突きを繰り出す。
宗一郎は慌てて右にかわす。
本来、因果操作すれば回避など不要のはず。それは彼が戦場で幾多も見せてきた所作によって証明されている。
ならば、因果操作が間に合わなかったといえば、そうではない。
ロイトロスは伸びきった状態から、腕の力だけで剣を振るう。
回避した宗一郎を追尾するように横に薙ぐ。
先ほどと比べれば、身体が伸びた分、剣速も遅く、間合いも遠い。だが、後退させられた――。反撃が出来ない。
さらにロイトロスは軸足を使って、占位を変える。2歩と踏み込み、敵に肉薄した。長めの片刃剣を繰り出す。宗一郎は首をひねってこれも回避するが、それは嘘剣だった。
懐の見えない部分から、必殺の短剣を突き出した。
バックステップで間合いから逃げる。
そんな選択肢が頭によぎった。
それではロイトロスの思うつぼだ。
間合いを詰め、今度こそ長剣で留めを刺してくる。
思考を読み切った宗一郎は逆に踏み込む。
短剣の柄に持っていた剣を当てて、突きを防ぐ。ほぼ密着しているといっていい体勢――。これではロイトロスも、空いた長剣を振るうことも突くことも出来ない。
老人の――少々暑苦しい顔が、にぃと笑った。
「お見事……。お若いの度胸がありますな。勇者殿」
「怖い師匠の教えでな。……迷ったら進めと教えられた」
「良い師匠を持ちましたな。ですが――」
ロイトロスは長剣のくるりと逆手に持ち替えた。
宗一郎の背中に凶刃が迫る。
それは魔術師の読み筋だった。
ロイトロスは宗一郎よりも若干背が低い。背中を刺す際、どうしても重心が前のめりになる。
それを敏感に察した宗一郎は、深く潜り込み、肩で老兵の胸を押した。
「パズズ!!」
風の魔王の名を呪唱する。
宗一郎の肩に大気が渦巻く。そのまま弾かれるように老兵は吹き飛ばれた。
為す術なく飛ばされたロイトロスだったが、中空で姿勢を整えると、何食わぬ顔で平原に着地する。
「痛ッ!」
背中が熱い。
あの刹那で、刃の先を突き入れたのだろう。
戦闘には支障がないレベルだが、同じことをやられたら今度こそ背中とお腹に穴が空くかもしれない。
ロイトロスは本気だ。本気で宗一郎を殺しに来ている。
――覚悟が足りなかったのは、オレの方だったようだな……。
口端では余裕を見せながらも、心の中では猛省した。
「やっと力を見せましたな」
ロイトロスは腰を落とし、仕切り直すように構えなおした。
「魔術なら見せているのだがな」
「?」
ロイトロスは白眉を吊り上げた。
そうだ。パズズ、アガレスの他にも身体強化の魔術は展開しているし、因果操作は先ほど大忙しだ。なのに、互角――。いや、むしろ押されている。
――因果操作が効かない相手というのが、ここまで厄介とはな。
これまで因果操作が通じない相手はいた。現代世界にいた魔術師などがそうだ。宗一郎も含めて、魔術師は人ではない。因果律の外にいる存在だからだ。
当然だがロイトロスは魔術師ではない。
その奥義の一端すら知らないだろう。
だが、例外というのは必ず存在する。
かつて宗一郎の師は言った。
『人間というものは不思議なものでね。先天的にも、あなたのように修行をすることによって後天的にも魔術師ではない者が、長年の1つの事を修練することによって――それと同じ効果を示すものが現れたりするの。……わかりやすく言うと、“達人”ってヤツね。そういう人間は稀だけど、魔術師よりも厄介よ』
さらに付け加えた。
『もしそんなヤツと対峙したら、戦う事よりも説得することを考えなさい。得てしてそんな存在は純粋よ。道理をわきまえているはず。絶対に戦っちゃダメ』
師が交戦を否定した相手が、まさか異世界にいるとは思わなかった。
そして、忠告した意味を、今ようやく骨身にしみていた。
因果操作が効いていないわけではない。
だが、その命中精度が極端に高い。
100%とはいかないまでも、常に99.999%ぐらいの確率で攻撃を放ってくる。それを連続で――しかも魔術でしか捉えられような速さで、だ。
はっきり言って、このままでは因果操作は役に立たない。
必然的に自力で回避し、さらにそこから一太刀浴びせなければならなくなる。
気が遠くなりそうだ。
師が交戦を避けろ、といった理由がよくわかる。
しかし退くわけにはいかない。
今回、宗一郎は陽動役。城壁にいるマトーをここに釘付けにしておくのが優先事項。そしてそれは今のところうまく言っている。
開戦して、随分時間が経過しているが、フルフルから合図はない。
あちらも苦戦しているのだろうが、援護に向かう余裕はない。
それに――。
異世界最強と名乗るなら、今この目の前の老兵を避けて通ることは出来ない。
師の教えに逆らってでも、ねじ伏せる必要がある。
相手の土俵では勝てない。
ロイトロスが自然の中で培われた魔術師なら、宗一郎は人工的に作られた魔術師。
なら、人工魔術師らしい戦いをすればいい。
宗一郎は眼に手を置いた。
戦場では命取りの――その行動……。
絶好の機会にもかかわらず、ロイトロスは動かない。
戦場に赴いた幾多の経験が、ただならぬ気配を予感していた。
何より先ほどまであったわずかな迷いが、勇者から消えている。
戦慄した。
わずかでもこちらの有利を信じた自分を恥じる。
どうやら戦いはここかららしい。
静かに対峙する2人の戦士に対して、城壁周辺に集まった兵たちは沸きに沸いていた。
騎馬隊をいなし、200人の精鋭を打ち倒し、何百と放たれた矢や魔法にかすりもしなかった男に、老兵が一太刀を浴びせたのだ。
その事実に騒がなければ、いつ声をあげるのだ――。
兵たちは胸に渦巻いた恐怖を吐き出すように絶叫する。そして同時に、ロイトロスに向かって賞賛と激励を送った。
騒ぎ立てる周囲のど真ん中で、ぽつねんと立ち竦むのマトーだった。
胸壁に寄りかかり、歯ぎしりを立てながら戦況を見つめている。
皇帝である自分以上に活躍し、賛辞を送られている以上に、爪を隠していた老兵の強さに、単純に嫉妬を覚えていた。
ふと子供の時に、まだ元気だった父の言葉を思い出す。
『この帝国で一番怒らせていけない人物は、2人いる。1人は皇帝陛下。もう1人はロイトロスだ』
何故だと思った。
マトーが幼い時、すでにロイトロスは引き際を知らぬただの老害だった。
確かに剣の冴えは鋭かったが、それでも皇帝陛下に比肩するほどの存在とは思えなかった。
それにロイトロスは武人。政治には疎い。
個人の武力が、政治的な圧力や権力に勝るとは到底あり得ない。
故に父の忠告は取るに取らぬものだと思っていた。
が、闘技場で勇者と戦った時、その考えは少し変わった。
自分の奇襲を察し、かつ勇者の対応をすべて読み切り、ロイトロスは剣を止めた。
マトーはそれからロイトロスを警戒するようにした。
蟄居を命じたのもそのためだ。
今この時――老兵が帝国のために言って戦っている時ですら、猜疑心を拭うことは出来ない。
他の兵士のように無邪気に喜ぶことが出来ず、ただ1人――歓声の輪に入ることが出来ない理由は、それだった。
不意に戦場は光に覆われた。
炎の明かりでもなければ、星でも太陽の光とも違う。
青白く――冷たい。
しかし、それは戦場を覆うとともに、帝都に向かって巨大な影を作り出す。
「ぬおおお」
あまりの照度にマトーはおろか、兵士たちも両目を塞いだ。
光の濁流に必死に抗いながら、マトーはかろうじて薄目を開ける。
中心に――やはりというか――勇者がいた。
それは勇者の双眸から現れた輝きだった。
――一体、何が起ころうというのだ……。
戦いは、次期皇帝の預かり知らぬところで、次のステージへと進み始めた。
ふと最近思ったのですが、読者の方はこの長いタイトルを
どう読んでいるのだろうか?
明日も18時になります。