第22話 ~ ちと……どいてくれんかの ~
第3章第22話です。
よろしくお願いします。
「馬鹿な……」
城壁の上で、1歩、2歩と後ずさりしながら、マトーは呟いた。
足はよろめき、今にもその場で尻餅をついて倒れそうになる。
それほど眼前の状況は信じられないものだった。
城壁の下。広がった平野には、数百人の兵士が倒れていた。
幸いにも意識を失い、半ば眠っている状態のものがほとんどだが、剣は折れ、鎧は歪んだ姿は、敗着した戦場そのものだった。
ゆらりと影が動く。
寒気がするほどの静寂が満ちた戦場で、砂を払う音が聞こえる。
衣服の襟元を正し、脚衣の穴に手を突っ込んだ。
髪を後ろへと流し、顔をマトーに向ける。
「おのれぇえぇええええええ!! ゆうしゃぁああああああああ!!!」
口から白い息を吐き出しながら吠えた。
勇者と呼ばれた男――杉井宗一郎は、怒りの表情に染まるマトーを見ながら、余裕の笑みを送った。
精鋭200人。レベル50。騎馬も交え、帝国最強の武具を携えた兵たちは、たった1人のレベル1に倒された。攻撃がかすりもすれば、その瞬間勝利が確定するというのに、その一撃すら食らわせることが出来なかったのだ。
城壁に残る弓兵も魔法兵も、みな戦いていた。
絶句し、あるいは「化け物だ」と畏怖する言葉を呟いた。
マトーが怒りに燃える横で、残った兵は完全に戦意喪失していた。
「城門を開け!! 予備兵力をぶつけるのだ!」
怒鳴り散らす。
兵長は慌てて、開門の指示を出した。
巨大な閂が外れると、重々しい音を立て木と鉄、そしてゴールドで保護された門が開かれていく。
待機していた数千の兵の双眸が、光を帯びる。
手には切っ先をゴールドで作られたロングスピアを持ち、手には円盾を装備している。
門が開け放たれた瞬間、兵長の指示を出す。
城壁に対して平行に横陣。兵たちは粛々と城壁から出て、その通りに動こうとした。
しかし、外から確認出来なかった光景を目の当たりにし、その足が止まる。
仲間の兵が平野のあちこちで倒れていた。
そこにたった1人立つ異様な男。
信じがたいことだが、男がやったという確信が、予備兵たちの間に伝播した。
見えなかったが、聞こえてはいた。
徐々に鬨の声が小さくなり、1人また1人と倒れていくのがわかった。
旗色の悪さは、城壁の上の様子を見れば一目瞭然だ。
それでも――。
自分たちが出ることによって、戦局が覆されるかもしれない。
相手はたった1人。しかもレベル1だと聞いている。
帝国最強を打ち破ったという噂も耳にしているが、それでもこちらは数千という軍隊。兵力という点で遥かに上回る。
負けるはずない。
……そんな楽観的思考は、戦地を見た瞬間、吹き飛ばされた。
足が止まった兵を見て、城壁から兵長の怒鳴り声が聞こえた。
次いで次期皇帝の若い叫び声が耳朶を打つ。
次期リーダーは「お前たちは馘にしてもいいのだぞ」と脅迫したが、麻痺した思考ではそれすら彼らを動かす原動力にならなかった。
出来ることなら、この場から逃げ出したい。
それが兵たちの総意だった。
「ちと……どいてくれんかの」
城壁の上から幾多の怒声と罵声を浴びせられても動かなかった兵たちが反応する。
叫ぶわけも喚くわけでもなく、聞こえて来たのは嗄れた老人の声。
なのに、この場にいるどんな人間よりも、威厳と風格を備えていた。
自然と人垣が割れ、道を作られた。
その先にいたのは、やはり老人――否――老兵だった。
白髪白鬚。額に鉢金を巻き、纏う鎧はゴールド製ではなく、旧世代の遺物のような黒鉄のプレートメイル。盾は持たず、それぞれ長めと短めの片刃の剣を持っていた。
見てくれの年と同じく格好もまた、旧時代スタイル。
だが、身体から放たれる殺気と、鋭い眼光は若い兵たちを圧倒していた。
やや背筋は曲がっているが、しっかりとした足取りで老兵は、城門をくぐった。
「ロイトロス!!」
ずっと兵に怒鳴り続けていたマトーは、城門から出てきた老兵を見て叫んだ。
本名ロイトロス・バローズ。
御年76歳。あの皇帝よりも年老いた老兵だった。
「貴様! 蟄居を命じたはずだぞ」
結婚の儀に無断で闖入したことにより、ロイトロスには自宅謹慎を命じていた。
そのまま引退させ、うるさいライカ派の人間を封じ込めるつもりだったが、戦場に出てくるとは、些か計算外だった。
「まさか!? お前、勇者側に組しようというのではなかろうな」
真っ直ぐ勇者の方へと向かっていたロイトロスの足が止まる。
翻って、城壁に立つマトーを睨み付ける。
一歩退きそうになるほどの眼光に堪え、マトーもまた睨み返す。
次に取ったロイトロスの行動は、意外なものだった。
勇者を背にしたまま、マトーの方を向き膝を折ったのである。
「帝国の大事にて、いても立ってもいられず、参上いたしました。どうか……。この老いぼれに、最後の戦場を与えて下され」
最後の、と聞いて、マトーは城壁から身を乗り出す。
「貴様……。死ぬ気か」
「そのつもりでございます」
はっきりと断言した。
マトーは口角を上げる。
そして「ふふ……」と声を漏らすと、大口を開けて笑いはじめた。
少し落ち着いた後、マトーはニヤケ面のまま言葉を返した。
「老兵に何が出来るかは知らぬが……。命を散らすというのであれば、詮もなし。存分に死ぬが良い」
――うるさい老兵が死ねば、今後の俺の国作りも易いものになろう……。
この時、マトーはその程度にしか考えてなかった。
「有り難き幸せ」
死ね、という命令を喜びの言葉とともに拝受したロイトロスは、今一度振り返った。
「久しぶりだな。ロイトロス」
宗一郎は言葉をかけた。
老兵は距離にして20歩ほど間合いを開けて立ち止まる。
覇気も、殺気も、闘士も、気迫も、申し分ない。先ほどまで戦った兵たちと比べるのも失礼なほど、気を充満させている。
現代世界とて、これほどの雰囲気を持つ兵士はいなかっただろう。
なのに、ロイトロスは笑みさえ浮かべ、和やかに言葉を返した。
「ご無沙汰しております、勇者殿」
「大変だな。至らない上司を持つと……」
「いいえ。最高の上司です。……先帝が1度として出さず、私が渇望しつづけた命令をお出しになってくれたのですから」
「なるほどな」
と肩を竦めた。
「オレはお前を殺すつもりなどないのだが」
「お優しい侵略者様ですな。……しかし、戦場で人の生死を決めるのは、己ではありません。それは勝利した方です」
「野蛮な思考だが……。嫌いではない」
「では」
ロイトロスが構えを取る。
長物の剣を前に付きだし、短めの剣を引き絞るようにして切っ先を相手に向ける。右足を大きく踏みだし、腰を落とす。眼光は先ほどまで談笑していた老人とは打って変わって鋭かった。
宗一郎の身体が総毛立つ。
震えそうになる唇を必死に押さえつけ、恐怖を誤魔化すように手近に刺さっていた剣を引き抜く。
冷静に分析すれば、自分の勝利は揺るがない。
因果操作によって、宗一郎への物理攻撃はほとんど意味をなさないからだ。
それでも素手は不利とみて、剣を取ったのは単なる直感だった。
ロイトロスの背後にある“死”を敏感に感じたからだ。
――近代兵器で武装した数万の兵士よりも、
たった1人の老兵の方が恐ろしいとはな――
身を竦むような恐怖に耐えながら、逆に宗一郎は楽しんでいた。
本当の武人と戦える……。
異世界に来た自分の決断が間違っていなかったことを、宗一郎は改めて確信した。
正直に白状しますと、宗一郎VSロイトロスをやりたいがために、
この第3章の状況を設定したといっても過言ではないですw
(強いじじい大好き!)
明日は18時です。
※ 『異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説』も更新しました。こちらもよろしくお願いします。
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