第20話 ~ 開戦せよ!! ~
第3章第20話です。
よろしくお願いします。
5日が経った。
北門の前には200人の精鋭が待ち構える。
皆、レベル50を超える猛者ばかりだ。装備も帝都にある最高級を用意した。
結局、勇者の対策として、そのレベルの低さにつけ込むしかないと判断した。
相手はレベル1……。
何度も言うが、かすりもすれば、勝負は付く。
その上で集団戦を持ち込めば、十分に勝機はある。いや、むしろ勝たなければおかしい。
「来ました!」
遠眼鏡で見張っていた物見の1人が叫ぶ。
マトーは「貸せ」と遠眼鏡をひったくると、レンズをのぞき込んだ。
かすかに砂煙を上げ、街道を歩いてくる人物がいた。
間違いない。
似非勇者だ。
相変わらず、見ただけで脈拍が上がってくるような顔をしている。
「本当に来やがった……」
本来ならその勇気を讃えるところだろう。だが、もはやマトーにとって勇者のすべての行動が心を逆なでさせた。
遠眼鏡を乱暴に突き返し、マトーは宗一郎が近づいてくるのを待った。
そしてあの時と同じ。
100メートルというところで立ち止まる。
城門の前にいる精鋭部隊。
城壁の上に居並ぶ、弓兵や魔法兵を一瞥する。
そして「やれやれ」と肩を竦めた。
「オレも安く見積もられたものだな……」
と呟く。
しかし、宗一郎の愚痴は聞こえなかったらしい。
マトーは胸壁に乗り出し、叫んだ。
「よく来たな、似非勇者!」
「マトー……。お前は派手好きだと記憶しているが、意外とケチなのだな。本気で来いと言ったはずだ」
宗一郎は睨み付ける。
マトーも負けてはいない。拳を振りかざした。
「思い上がるな! お前を倒すには、この戦力で十分だ!」
発言を聞いて、宗一郎は失望の息を吐く。
そして帝国の長となる男を睨めつけた。
「お前がそれでいいというなら、異論はないがな」
マトーは微笑む。
ようやくこの時が来たか、と。
大きく深呼吸し、腹の底から声を上げた。
「開戦せよ!!」
マトーは手を振り下ろす。
こうしてレベル1とマキシア帝国はぶつかった。
「弓隊、構え!!」
開戦と同時に、弓兵長の号令が上がる。
城壁に並んだ弓兵たちが弦を引き絞った。
「放て!!」
高く放物線を描いた矢は、重力に従い、宗一郎に向かって降下する。
意外にも重たい音を立て、矢が突き刺さる。
しかし、突き刺したのは地面。宗一郎には1発も当たっていない。
マトーは歯ぎしりする。
これでは矢の無駄遣いだと悟り、自ら号令を掛けた。
「魔法隊を出せ!」
弓兵に代わり、魔法兵が城壁の上に現れる。
フードを目深にかぶった集団は、手をかざす。
呪文を唱えようとした矢先――。
「プローグ・ぺド! あ――」
「ワイフ・ズレパンティ! な? あれ?」
「ガルパン・ブラーチ!! しま――」
口々に呪文をかみ始める。
それは面白いように魔法兵全体に伝染していった。
魔法兵は懸命に魔法を唱えようとするが、無駄だった。
何か病気にかかったかのように、まともに呪唱できない。
マトーは一歩後ずさる。
以前、闘技場で起こった自分の醜態を思い出す。
「くそ!!」
悪態を吐き、気を取り直すように翻った。
「精鋭部隊、突撃せよ!!」
マトーの号令とともに、鬨の声が上がる。
精鋭部隊が各々の獲物を振りかざし、全力疾走を始める。数機の騎馬隊が集団から飛び出し土煙を上げて、侵略者との距離を詰めた。
宗一郎は何もしない。
マトーによって開戦の火ぶたを切られて以来、ずっとその場に立ったままだ。
「魔王パズズよ。偉大なる王の風よ。オレの足に刻印をうがて!」
もはやセオリーとなった風の魔王の力を足に纏う。
そして二の句を告げた。
「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」
胸の前でクロスした手に赤光を宿る。
風と天使の力を纏った男は、そのままの位置で構えを取る。
一番槍を放ったのは、帝国の騎兵だった。
長いスピアで腰だめに構え、馬とともに突っ込んでくる。
横に避ければ問題ない。だが、宗一郎は迎え討つ。
最初に突き出されたスピアに手を伸ばす。
片手で握り、さらに向かってきた馬の頭をもう片方の手で押しとどめた。
馬体とともに騎兵は仰け反る。なんとか馬上で態勢を整え、堪えた。むしろ宗一郎がスピアを掴んでなければ、落馬していただろう。
騎兵は口を開け、驚愕するしかなかった。
人が騎馬の突進を易々と止めた。
その信じられない事実を、ただただ視界に収めなければならないことに取り乱し、スピアを振り上げる。
だが、巨大な岩に挟まれたかのようにビクともしない。
急に身体が宙に浮き始める。
マトーが似非勇者と名指しする男は、あっさりと鎧とスピアを持った屈強な騎兵を持ち上げた。片手でだ。
「うわ! うわあああ!!」
決して若くもなく、どちらかと言えば熟練者であった騎兵は、哀れな悲鳴を上げて、足で中空を掻いた。
己のスピアに必死にしがみつき、体重を落とす。
今一度取り返そうとするも、無情にも切っ先が地面の方を向いた。
長い柄の部分にしがみついていた騎兵は、鎧の重さに抗えられなくなり、ついに落下する。
尻餅をついた騎兵に影が重なる。顔を上げると、宗一郎と目線があった。
「あ……」
思わず間の抜けた声を上げた。
トン……。
まるで中国拳法の達人のように男の額を指で軽く叩く。
騎兵の目がぐるりと回り、昏倒した。
「隊長!!」
叫び声が聞こえた。
遅れてやってきた騎兵が、宗一郎に肉薄する。
単騎ではなく、数騎に固まってやってきた騎兵の一団を見据える。
初めて宗一郎は動いた。
騎馬の群に突進する。騎兵から見れば、それは自殺行為だ。
直前で宗一郎は飛び上がった。
高く跳躍し、先頭を走っていた騎兵を蹴り飛ばす。
プレートアーマーが凹むほどの衝撃を受けた騎兵は、そのまま後方に走っていた騎兵を巻き込み、落馬させる。
宗一郎はそのまま先頭の騎馬に乗る。といっても、ほとんど平らな部分がない馬の背に立っていた。
いきなりの曲芸乗りに、他の騎兵たちは呆気にとられて見ていたが、すぐに気持ちを切り替える。
「抜剣!!」
騎兵の1人が指示を出す。
スピアを捨て、腰に差した両刃の剣を抜く。
手綱を操作し左右から宗一郎に馬を寄せ、2人の騎兵は剣を振るう。
ギィン!!
甲高い金属音が打ち鳴らされる。
打ち合わされたのは、2つの両刃の剣。とうの獲物は、騎馬の上から消えていた。
否――。
その姿は中空にあった。
身を翻し、不敵な笑みを浮かべて2人の騎兵を視界に収める。
“““獲った!!”””
と確信したのは、宗一郎ではなく騎兵たちの方だ。
宗一郎が乗っていた騎馬の後ろにも騎兵がいた。
その手に持つのは、剣ではなく弓――。
ショートボウを引き絞り、2馬身もない距離にいる勇者に向かって弓を引き絞る。
間髪入れず放った。
風を切り、真っ直ぐ宗一郎に向かう。
何度も言うが距離がない。回避する時間など、刹那となかった。
当たる! 誰もが確信した。
だが――。
矢は宗一郎の肩の上を通り、明後日の方向へと飛んでいった。
――外した!
完全に射界に捉えていたはずだ。
決して射手が悪かったわけではない。
悪魔のイタズラとしか思えなかった。
しかし、騎兵たちに絶望する時間はない。
左にいた騎兵の視界には、宗一郎の足背部が見えた。
顎を正確に捉える。一瞬にして意識を失った騎兵は、馬背に寄りかかるように倒れた。
さらに飛び上がる。その動きはもはや曲芸だ。
弓を持った騎兵が再び狙いをつけたが、また外れた。
今度は逆側の騎兵の背後を取る。そのまま首筋に手刀を突き入れる。
仲間騎兵と同じく意識を失い、馬に寄りかかる。
宗一郎は弓騎兵を狙わず、その奥を走る騎兵に乗り移る。
同じように昏倒させ、さらに飛び移る。
弓騎兵は何度と狙うが、やはり当たらない。
いつの間にか弓騎兵1人だけが残っていた。慌てて空穂に手を伸ばす。すでに最後の1本になっていた。
宗一郎は何食わぬ顔で、弓騎兵の背後に座った。
敵は目の前。
弓矢よりも剣が届く間合いでありながら、弓騎兵は極端に狭い間合いの中でショートボウを引き絞った。
「よく狙えよ」
弓騎兵は若干涙ぐみながら、宗一郎の額に狙いを付ける。
絶対外さない。外すことがない間合い。
頭蓋に命中すれば、【体力】を減らすことはおろか、最悪殺してしまうかもしれない。
迷いが生まれる。
弓騎兵の息が荒くなり、いつもよりも余計に絞る。
瞬間――。
びぃんと音を当て、弓の弦が切れた。
それは宗一郎の因果操作の賜物か。それとも弓騎兵が弓を使い過ぎたのかわからない。
しばし、弦が切れたショートボウを呆然とみた後、敵に顔を向けた。
穏やかな顔をしていた。
挑発ともとれる男の顔に、皮肉にも弓騎兵は我に返った。
馬に提げていた剣を抜き放つ。
だが、圧倒的に動作が遅かった。
こん――とまるで撫でるように弓騎兵の顎を叩いた。
くるりと白目を剥き、横に倒れる。落馬しかけた騎兵を支えると、他の騎兵と同じように騎馬にもたれさせた。
宗一郎は騎馬から降りる。
遠ざかっていく騎馬を見つめた後、翻った。
そして再び戦地を求め、駆けだした。
いつの間にか20話です。
まだまだ続きますよ
明日も18時になります。




