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第19話 ~ 優しいなんて。とんでもない暴言かしら ~

第3章第19話です。

よろしくお願いします。

 たった1人の宣戦布告――。


 兵たちは一層動揺した。

 久しく……。いや、50年以上、その言葉は公に使われてこなかったからだ。


 胸壁に手を置き、肩をふるわせた人物がいる。

 クツクツ、と声を出し、ついに大口をあげて哄笑はじめた。


 マトーだ。


 ひとしきり笑った後、ついに怒りを爆発させる。


「馬鹿か、貴様!! たった1人で帝国を挑むというのか!」

「むろんだ!」

「レベル1のままでか?」

「当たり前だ」

「馬鹿も休み休みにいえ!! レベル1が、たった1人で帝国を害するなど。万に一つとて、勝機はない!!」

「やってみなければわかるまい」

不可能(ヽヽヽ)だ!!!」


 怒気の塊を吐き出すように叫ぶマトー。


 しかし次の瞬間、凍り付いた。

 君主の動揺が、近衛たちにも伝播し、城壁周辺はしんと静まり返った。それは時が止まったかのようだった。


 宗一郎は笑っていた。


 いや、終始今の今まで、笑顔だったのだが、質が違った。


 笑っている――なのに、強い怒りと嫌悪――負の感情を溜め込み、さらに暗い井戸の中に放り込んだような……。


 もはや邪悪と称して過言でないほど、その顔は歪んでいた。


「良い言葉だ」


 ぽつりと呟く。


「オレから言えることは1つ全力で阻止しろ」

「…………!!」

「兵士を数万送ろうが、ゴールドを使った兵器を使おうが構わん。騎馬も、弓も、槍も、魔法もありだ。必要とあれば、他国の援助を請うのもいいだろう」

「そんなことしなくても――」

「兵を準備するのも時間がかかるだろう。……5日後、また来る。それまではモンスターも現れないだろう。兵を展開して待っているがいい。もう一度いうが、本気でかかれよ。」


 宗一郎は踵を返す。

 ポケットに手を入れ、悠然と引き返す。


どこまで人(ヽヽヽヽヽ)を虚仮にする(ヽヽヽヽヽヽ)のだ(ヽヽ)あの男は(ヽヽヽヽ)!!」


 自身の髪をくしゃくしゃにしながら、マトーは猛る。


「弓兵、あの者を射よ! あいつはレベル1だ。1発当たれば、あの世行きだ!」


 矢をつがえて待っていた弓兵は、指示通り放つ。

 無数の矢の雨が降り注ぎ、襲いかかった。


 しかし標的を避けるように矢は地面に突き刺さる。

 宗一郎はただ――矢のない一本道を歩いて行く。


 結局、当たらないまま、魔術師の影は地平線の向こうへと消えて行った。



 こうして現代最強魔術師(レベル1)VSオーバリアント最強の国の戦いが始まった。






 杉井宗一郎から宣戦布告受けたその夜――。


 実に50年ぶりに開かれた戦議は、諸侯、諸将、元老院を巻き込み、紛糾した。


 概ね――たった1人の相手に、帝国の軍を動かす必要があるかという点だ。

 宗一郎の戦闘力を知らない文官たちは、こぞって反対した。

 しかし戦いというものを知り、マトーとの一騎打ちを闘技場でみた諸侯や諸将たちの意見は、まるで正反対だった。


 よしんば、軍を動かさないとしても、一体誰があの勇者に勝てるのか。

 帝国最強のスペルマスターをあっさりと無力化したのだ。


 質で叶うはずがない。ならば、量で勝負するしかないのではないか。

 持久戦に持ち込めば、いくら勇者といえど疲弊する。相手はレベル1。1発でも当てれば自分たちの勝ちなのだ。


 諸侯や諸将たちが並べた理由に、文官たちは「情けない」と吐き捨てた。

 たった1人の人間相手に、千や万の兵を投入する。他国が聞けば、良い物笑いの種になるだろう。


議論は真っ二つに分かれ、平行線を辿り、1日目は何も決まらないまま終わった。


 2日目は、諸侯たちはライカやクリネ、ロイトロスを戦議に喚び、意見を求めた。

 3人の意見は一致していた。


 和睦を求めること。それが出来なければ、降伏すること。


 はじめは冗談の類いだと思っていた戦議の参加者は、3人が本気だと知るやいなや、揃って罵倒した。むろん、マトーもその輪に加わった。


 結局、戯言だと一蹴され、3人は追い出された。


 そして1つの落としどころとして、2つの事がようやく決まる。

 1つは200人の精鋭部隊を用意し、勇者にぶつける。

 2つはバックアップとして、兵を配備すること。ただし帝都にいる皇帝直属軍のみとなり、時間の関係から所領からの兵の派遣は見送られた。


 10人の選帝侯からの了承も取り、ようやく帝国は、杉井宗一郎の侵略を阻止するべく動き始めた。




 帝都内にある屋敷に戻ったマトーは、自室にこもりマントも外さずベッドに寝転がった。


 目に腕を置き、疲れ切った身体をスプリングの効いた寝具に沈める。


「お疲れかしら」


 独特の喋りと声が聞こえた。

 同時に、ベッドが軋む。


 マトーは目から腕を離し、寝入りそうだった瞼を持ち上げた。


「アフィーシャか……」


 傍らに座るゴスロリドレスの奇妙な少女を見ずに、皇帝となる男は呟いた。

 そのぬくもりを求めるように手を伸ばす。


 アフィーシャは手の動きに気付き、褐色の手を絡める。


「決着はついたのかしら?」

「まあな……。どいつもこいつも腑抜けぞろいだ。たかが人間1人に兵を出すなど……。文官ども情けない。諸将の恫喝にビビって、結局了承してしまった。その案を平然と通す選帝侯も同じぐらいクソだがな」

「しかし、あの勇者の力は本物よ。……あなた1人で戦ったところで、本当に勝てるかしら?」

「――――!」


 あれほどの議論の後でもよく回るマトーの口が、一瞬にして固まってしまった。


「お前まで、そういうのか?」


 拗ねた子供のようにごろりと横臥する。


「あは……。ごめんなさい、陛下。傷ついたかしら?」

「そういうわけではない」

「うふ……。私の可愛い陛下。傷ついたなら謝罪しますわ。……でもね。私は心配なのですよ。私の可愛い陛下がもしかしたらあの勇者に傷を付けられるかもしれない。そう思うと、私の胸は張り裂けそうになるの、かしら……」

「本気で言っているのか?」

「もちろんかしら」


 マトーはアフィーシャの方を向く。

 もう一度、その手を取った。


「そなたは優しいな」

「まあ……。ダークエルフに優しいなんて。とんでもない暴言かしら」

「俺は本気で言っているのだ」


 マトーは真摯な顔を向けた。

 紫色の瞳は水晶のように輝き、口は真一文字に結ばれている。

 人を見下し、嘲弄することを生きがいとしているような男が、まるで10歳以上若返ったように純粋な気持ちを態度で示していた。


「アフィーシャ、聞いてほしい」

「な、何かしら?」


 対して、アフィーシャは困惑気味だった。

 常に狂笑とも、凶笑とも呼べる笑みを浮かべる少女の顔がかすかだが、朱色に染まった。


「俺が皇帝となった暁には、そなたを正妻に迎えたい」


 アフィーシャはやっとやんわりと笑みを浮かべた。


「ダークエルフを妻に娶るというだけででも愚かななのに、正妻に迎えたいなんて。おそらくオーバリアントの歴史上――あなたが初めてでしょうね。……何の冗談かしら?」

「冗談ではない。本気だ」

「なら、あのライカはどうするの? あの子が皇妃だからこそ、あなたは皇帝でいられるのよ」

「俺が皇帝になれば、なんとでもなる。……それに、あの女は堅物すぎる。俺とは合わん。心に他の男を飼っているしな」

「……それは嫉妬かしら? 私はその代用物?」

「違う! 俺は本気だ。……お前は初めて俺の気持ちを理解してくれた――唯一無二の女だ」


 マトーは起き上がり、アフィーシャの肩を引き寄せた。

 そして背中に手を回し、強く抱きしめる。


 アフィーシャはしばし戸惑いを見せていたが、その小さな顔を厚い胸板に埋めた。


「マトー……。あなたは本当に馬鹿なのね。ダークエルフを信じるなんて」

「お前がそういうならそれでいい。だが、俺はもうお前と離れたくないのだ」

「……怖いのかしら?」

「怖い?」


 マトーは身体を離し、尋ねた。

 アフィーシャは、にぃと笑う。


「以前、あなたは言ったわ。自分の望みはオーバリアントの破滅だって。それが叶うなら、地位も名誉もいとわない。帝国がつぶすことすら躊躇しない」


 前髪から覗く赤い眼が大きく開かれ、アフィーシャは半ば興奮気味にマトーに迫った。


「……そして、あなたはまず皇帝に毒を盛った」

「…………」

「あなたはそれをばれるのが怖いのよ、かしら」

「それでお前が納得するなら俺はそれでいい」

「違うのかしら?」


 マトーは首を振る。


「秘密を共有するという意味で、俺たちは運命共同体なのだ。それは否定できないだろう」

「うーん。確かに、かしら……」


 マトーは小さな身体のエルフを押し倒す。

 己が両手でアフィーシャを拘束し、顔を首筋に近づけた。


「だから、アフィーシャ……。俺に力を貸してくれ」

「いわずともそうするかしら。……すでに準備は進んでいるし」


 荒く息を吐きながら、ダークエルフは呟いた。



   “マキシア帝国を潰す準備はとっくに出来上がっているわ……”


アフィーシャとマトーのシーンはもっと突っ込んで書きたいけど、

いかんせん規制が……。


明日は18時に更新します。

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