第18話 ~ 俺が立つ場所こそが俺の国なのだ ~
第3章第18話です。
よろしくお願いします。
マトーはすぐに動けることの出来た近衛兵を伴い、城壁をのぼった。
すでに爆発音が止み、今は大きな土煙が辺り一帯を覆っている。
先に行かせた早馬の報告では結局、爆発の原因は「不明」とのことだったが、人為的なものであることに間違いはなかった。
次第に視界がクリアになっていく。
「あ!」
突然、兵士が声を上げ、指をさした。
マトーも振り向き、手渡された遠眼鏡を覗いた。
「――――!」
レンズの向こうの紫の瞳が大きく見開かれた。
煙の中から現れたのは、無数の魔物の死体だった。
1000はいるだろうか。
大型のものから小型のもの。獣ような四足をもつものから、人型をしたもの。決まった形をもたない不定種まで、黒く炭化し、地面に横たわっていく。
不意に突風が襲う。
土煙とともに、炭となった魔物の死体も取り払われていく。
黒炭になった魔物の皮の一部が、マトーの頬をかすめ、帝都の方へと流れていった。
マトーは遠眼鏡から目を離した。
呆然としたのは言うまでもない。
周囲の近衛兵とて、驚きのあまり立ち竦むしかなかった。
皆、見た事がなかったのだ。
これほどのモンスターの死骸を……。
そもそもモンスターは【体力】が切れることによって消滅する。それがオーバリアントでは一般的なルールだ。
故に、女神が敷いたシステムの恩恵はなく、モンスターを「殺す」ことすら珍しいのに、それが1000近い数字で横たわり、風に乗って消滅しようとしている。
驚くな、という方が無理がある。
「マトー様。……あれを!」
ロイトロスから代わった近衛長が指をさした。
再び遠眼鏡をのぞき込む。
かすかに土煙が残る向こう……。
人の姿が見えた。
ひょろりとした体躯。背丈はあるが、屈強というには肩幅がない。
武装はしておらず、やや背を丸めて立っている。
そう……。何か脚衣の穴に手を突っ込んでいるような体勢だった。
「まさか――」
息を飲んだ。
しかし、マトーの中に予感がなかったわけではない。
こんな馬鹿げた所業を行えるものなど――心当たりがあるとすれば、それはたった1人しかいないからだ。
完全に晴れた。
現れたのは、固い髪を後ろになでつけ、悪魔のような笑みを浮かべた男だった。
男はマトーの視線に気付く。
つま先を向け、顔を上げる。一層口角を歪めた。
『久しぶりだな』
はっきりと男の声が聞こえた。
マトーは驚き、得体の知れない力を感じて、思わず耳を塞ぐ。
男との距離は随分ある。
遠眼鏡でなければ、その表情を確認できないほど、まだ遠い。
渾身の力を込めて叫んだところで、果たして声が届くかどうかも怪しい。
だが、はっきりと聞こえた。
男の声が、耳のすぐ側で囁かれたように。
おそらく魔法の一種だろう。
オーバリアントにはない魔法を使うことは、嫌というほど知っている。
マトーの瞳が怒りによって充血し、奥歯を潰さんばかりに噛みしめた。
姿を見た時には驚いた。
声を聞いた時にそれは怒りに変わった。
忌々しい……!
見るのも聞くのも、存在自体すら忌々しい。
マトーは遠眼鏡を放り投げる。貴重なもの故、隣に立っていた近衛長が慌てて受け止める。
胸壁の前に立ち、その出っぱりを握り潰すように手を置いた。
獅子のような鬣のような髪が、自然と膨れあがる。
同時に大きく息を吸い込んだ。
「ゆうしゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」
まさしく王者の咆吼だった。
「そんなに声を上げなくても、聞こえている」
宗一郎はせせら笑った。
距離にして1.5キロほどだろうか。
障害物が少ない平原。
マトーが放った怨嗟の声は、耳朶を震わせた。
ゆっくりと城壁へと向かう。
理由は単純だ。マトーと会い、言葉を交わすため。
言霊で会話を続けてもいいが、気が変わった。
次期皇帝の怒りの表情を見たくなかったのだ。
黒く炭化したモンスターの脇を抜け、宗一郎は歩いて行く。
その間のエンカウントは一切ない。
ライカたちと旅するうちにわかったが、宗一郎がモンスターを“殺す”ことによって、その周辺の遭遇率は極端に下がる。
推測だが、モンスターも【体力】が0になった瞬間、消滅と同時に“復活”しているのだろう。
故に“殺す”ことによって、湧き潰しが出来るのだ。
異界から現れたモンスターが、何故復活するのかということに関しては、プリシラを追求せねばならないが、それはまた後だ。
戦うべきは、目の前の城壁に囲まれたマキシアと呼ばれる帝国なのだ。
100メートルというところで、近衛たちが動いた。
胸壁から弓兵が顔を出し、狙いを付ける。
宗一郎は立ち止まる。
当たる確率は万に一つもないが、因果律操作で無駄に魔力を使いたくない。
これ以上近づくな、という威嚇行動に従う形になった。
距離はあるが、声を張れば十分会話が可能な距離だった。
「これはこれは皇帝陛下……。直々の出迎えとは痛み入る」
胸に手を当て、頭を垂れる。
顔を上げると、マトーの怒りの表情がはっきりと見えた。
「皮肉か、貴様!」
「むろんだ。本当に俺が、そう思っているとでも考えているのか? 愚かだな」
「どれだけ俺を虚仮にしたら気が済むのだ、似非勇者め」
安い挑発に、次期皇帝は青筋を立てて怒り狂う。
それを宗一郎は、実に楽しげに見つめた。
マトーは魔法士に命じ、宗一郎のステータスをスキャンさせた。
勇者は眉1つ動かさず、甘んじて魔法を受ける。
だが、その結果を聞いて、ますますマトーの額に青筋が浮かべ、声を震わせた。
「本当にまだレベル1とはな。つくづく馬鹿にしてくれる」
「俺のポリシーでな」
「何故、我が領地を襲った!?」
「襲ったのではない。侵略したのだ」
「馬鹿か貴様! 今一度、侵略の定義を考えるがいい! それとも何か! 貴様はどこかの国の手先だとでも言うのか?」
「俺は俺の国だ。俺が立つ場所こそが俺の国なのだ」
「ますます愚かしい! 結局、貴様はその辺の野盗と変わらんということではないか! 今一度問う! 何故、我が領地を襲った!?」
「その理由を答えてもいいが、お前にいらぬ疑惑がかかることになるぞ」
「なにぃ……」
激しく糾弾するマトーの口が閉じられ、代わりに瞳が大きく開かれる。
突然の皇帝の動揺。周りの近衛たちは、きょとんと見守るだけだった。
マトーの顔を見ながら、宗一郎は愉快げに笑う。
これほどわかりやすい人間だとは、少々予想外だった。
1度揺らいだ精神を立て直し、マトーは質問を続ける。
「動揺を誘おうとしても無駄だ。……ここにいる近衛はライカが率いていた頃とは違う!」
確かに……と、宗一郎は肯定した。
ほとんどの近衛が刷新されている。ロイトロスの姿もない。戦場を死に場所と考えている老兵が、大人しく隠居するとは思えないが。
「我が領地を無断に荒らした罪! 万死に値する」
マトーのご高説は続いていた。
「侵略するのに、断りを入れる必要があるとはな。初めて知ったぞ」
「まだ言うか、似非勇者! ええい! 俺自ら、引導を渡してくれる」
マントと、鬣のカツラを脱ぎ捨てる。
腰に帯びた剣を抜き放った。
瞬間だった。
宗一郎のかざした手が閃く。
炎弾が解き放たれ、マトーから数メートルほど離れた位置に炸裂した。
硬い城壁は一瞬で抉られ、一部は蒸発し、一部石炭となって崩れ落ちる。
幸い城壁が瓦解することはなく、死傷者は0だったが、あっという間の出来事にマトーも近衛もそっと爆心地を見つめることしか出来なかった。
「あれほどこっぴどくやられた割りに、まだ俺に勝てると思っているのか?」
「あ、あの頃の俺とは違う!」
「俺は貴様に興味はない」
「なんだと……?」
ますます怒髪天を衝くマトー。
対し、宗一郎は1度高ぶった気持ちを落ち着かせるように宣言した。
「俺はマキシア帝国に宣戦布告する」
決然とした声は、野原に一陣の風を呼び込んだ。
迫って参りました国VS宗一郎!
明日も18時になります。