第17話 ~ 皇帝万歳! ~
第3章第17話です。
よろしくお願いします。
マキシア帝国の皇帝の選定は、諸侯、元老院、大司教それぞれの代表の総勢10人で構成される選帝侯によって決められる。
歴史上、時折強い権力を持ち、皇帝以上の権限を持つことすらあった。
今では、皇帝を決める選挙権を持つ程度で、決められた以上の地位を持つ人間が10年の任期で持ち回り務めている。
皇帝を決めるということ以外に、彼らが持つ特殊な役目がある。
それは皇帝が崩御、または戦死した際、次期皇帝が決まるまでの帝国の意志決定を行う事だ。
ただ帝国の法律上に書かれているだけで、実際選帝侯が権勢を振るったという例はかなり少ない。たいていの場合、皇帝が亡くなる前に候補を絞っているため、スムーズに権限委譲されるのが通例だった。
しかし、今回――その特殊な権限が、マトーを悩ませる種になった。
「皇帝直属軍を動かせないとはどういうことだ!!」
マトーは机を叩く。
音は会議室の外まで響いた。
長机に5人ずつ別れた選帝侯たちをひと睨みし、鼻息を荒くする。
選帝侯たちの反応は様々だ。
マトーの迫力にビビって、顔を青くする者。襟元についた汗を気にする者。首から提げたプリシラ教のアンクをそっと握る者。そしてマトーを睨み返す者だ。
「落ち着かれよ、マトー殿」
発言したのは、マトーから見て右に座った元老院の代表だった。
白髪で如何にも厳格そうな顔をした老人は名をブラーデルといい、元老院議長を務めている。
「これが落ち着いていられるか! 我々の領地が奪われたのだ! 早々に直属の軍を動かし、ハイリヤ領を――」
「あなたの領地だ。マトー殿」
たしなめるのは、ちょうどブラーデルの向かいに座った諸侯の1人だ。
目の前の元老院よりも年は下だろうが、深い茶色の髪に鼻の下に立派な髭を蓄えている。ハイリヤ家に次ぐ公爵家の家長ゼネクロだった。
そのゼネクロに、マトーは血走った目を向ける。
若輩の睨みなどに気にもしないといった様子で、逆に睨み返す。
「今、報告に上がっているのはハイリヤ領だけだと聞いている。他の領地から被害はあがっていない。領地の問題は帝国の問題ではない。諸侯の問題だと考えるが、私の意見は間違っているだろうか……」
「…………」
実質的に選帝侯No.1の権力を持つゼネクロの意見に、皆が沈黙する。
しばし外の鳥の鳴き声が鮮明に聞こえるほど、会議室は静寂を打つ。
マトーは歯ぎしりしながら、その様子を眺めていた。
つと手が挙がる。
禿頭ででっぷりとした腹を突き出した元老院の男だった。
フランベンといい、武器商人から成り上がった元老院の1人だ。
「皆様、マトー様は皇帝ですぞ」
「マトー殿はまだ皇帝ではない」
ゼネクロはぴしゃりと言い放つ。
「しかし、ほぼ決まったも同然ではありませんか。そもそも前回の選帝侯会議において、了承をとったはず」
そう。確かにマトーが皇帝になることは、フランベンの言うとおり正式な手順によって決まっている。
もはや99%――マトーは皇帝なのだ。
「しかし、戴冠の儀がまだ済んでいない」
とゼネクロ。さらにブラーデルが付け足す。
「それに、ライカ様とのご結婚が条件だったはず。……それを中止するなど」
「あれは! 我が国が侵略されたと聞いて――」
「帝国最強といわれるあなたが、そのようなことで動揺するとは――。らしくないのではないですか?」
「皇帝としての資質に問題ありと見るべきかもしれませんな」
マトーの弁解に、元老院と諸侯それぞれNo.1が口を揃えた。
「自領に問題を抱えている領主を、皇帝とするのは些か早急のような気がする」
「この際、選定をやり直すべきではないか?」
「そ、それはいささか横暴すぎませんか? ブラーデル殿。ゼネクロ殿」
フランベンが慌てて反論する。
次いで他の選帝侯たちも声を荒げた。
ゼネクロもブラーデルもどこ吹く風という顔で、全く反論に耳を貸さない。
実は、マトー派と言われる人間は、10人の選帝侯の内7人が占める。そうでないものは、ゼネクロとブラーデル、中立派のプリシラ教の大司教だけだ。
数の上ではマトーが有利。
だが、皇帝選定も、例外的な意志決定も10人全員の総意がなければならない。
マトーが求める直属軍を動かすにも、結局ゼネクロやブラーデルの同意が必要になる。
ゼネクロもブラーデルもマトーのことを嫌っているというわけではない。
彼らが同意したからこそ、皇帝継承が認められた。
マトーに対する2人の態度は、明らかに以前とは違う。
特に、皇帝崩御後と比べれば雲泥の差だ。
皇帝という枷がなくなり、2人が新たに権勢を振るおうとしているように見えるが、マトーの目は誤魔化せない。
おそらくだが、前皇帝に何か吹き込まれたのだろう。
それが一体何かは想像も出来ないが、マトーにとって非常によろしくないものであることは間違いない。
しかし、今のところ2人が打てる手といえば、こうした嫌がらせぐらいしかない。
10人の総意がなければ、やり直しなど不可能。
マトーが皇帝になれないということは、100%あり得ない。
――だが、これ以上何かをするのであれば、アフィーシャを動かすか……。
ゼネクロたちとマトー派の選帝侯が熱い激論をかわす中、当の本人は冷たい殺意を膨らませた。
そしておもむろに立ち上がる。
「わかった。……ようは俺の兵だけで対処すればいいのであろう」
ゼネクロとブラーデルは、ともに皇帝となる男を睨む。
先ほどまで、額に筋を浮かべて怒鳴っていたマトーは、口角を上げる。
「相手はたった2人……。確かに皇帝直属の軍を動かす必要はない。そうだな、ゼネクロ」
「むう……」
異論なし、という風にゼネクロは瞳を閉じる。
「そして領内を収め、ライカとの結婚の儀を行い、無事戴冠の儀を行えば、俺は晴れて皇帝ということだ」
ブラーデルは腕を組み、口を真一文字に結んだ。
怒りに震えていたマトー派の選帝侯たちからは安堵の笑みがこぼれる。
「そうですとも、マトー様。……ここはどっしりと1つ1つ問題を潰していけば良いのです」
フランベンは商人らしい揉み手を見せながら、マトーに同意した。
「ゼネクロ殿。ブラーデル殿。先ほどの忠告――しかと我が胸に刻んでおこう。むろん、皇帝になった後でもな」
名指しされた2人の顔色が、初めて劣勢を示す。
お互い額から汗を掻き、それでも冷静を装った。
老いぼれ2人の様子に満足したマトーは、臙脂のマントを翻し、部屋を――。
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
城がわずかに震えるほどの爆音が、窓外から響いてきた。
何事かと思い、選帝侯たちは椅子を蹴って立ち上がった。部屋にある小さな窓に殺到する。
「なんの音だ!?」
マトーはその場に立ったまま報告を求める。
「け、煙が見えます」
「煙? どこから?」
「帝都の外です。……かなり遠目ですが、大きな――」
再び爆音が轟く。
軋んだ天井から埃が落ちてくる。
「今、光ったぞ。……ひ、火だ!!」
「ええい! もっとわかりやすく報告を――」
さらに爆発が――今度は立て続けに起こった。
あまりの音と光景に、一部の文官出の元老議員が頭を抱える。大司教もアンクをもって、何やら聖句を唱えていた。
いても立ってもいられなくなり、マトーは動く。
選帝侯たちを押しのけ、窓にへばりついた。
「――――!」
絶句した。
帝都の城壁の向こう。
真っ黒な煙が上がっているのが見えた。
そしてまた爆音。
光が閃き、赤い炎が上がる。
異様な大きさだった。
四級……いや、まだ見ぬ五級の炎魔法ですら、あれほどの威力があるかどうか疑わしい。
焼くというよりは、もはや吹き飛ばすという感覚に近い。
ここからでは確認出来ないが、破裂音が起こる度に城外の土が爆煙とともに飛んでいくのが見えた。
今は帝都に被害はないようだが、あれが1つでも街に落とされればたちまち帝都は火の海になる。
――焼け野原の皇帝など、冗談ではない!!
マトーは奥歯に怒りをみなぎらせ、翻った。
「誰か早馬を出して、至急報告しろ! それと近衛兵を集めろ! 俺も現地確認を行う!」
「マトー様! 危険では!?」
フランベンが鼻白む。
「俺は皇帝だぞ! そしてあそこは俺の領土! それが蹂躙されているのを目にして、城に引き込んでいられるか! 前皇帝陛下ならそうしたかもしれぬが、俺は違う! ……前に出て、民草を守るのが、皇帝の使命なのだ!!」
拳を振り上げ、熱弁を振るう。
その言葉に、マトー派の選帝侯たちは「おお!」と歓声を上げた。
パフォーマンスであることはみえみえだが、ゼネクロもブラーデルも、自称皇帝に異論を唱えなかった。
「皇帝!」
「皇帝万歳!」
「帝国よ、永遠なれ!!」
次々と賞賛と忠誠を示す言葉が上がる。
マトーは肩をいからせながら、部屋を出て行った。
口端を歪ませ、次期皇帝は武者震いを抑えられなかった。
会議だけで1話を使ってしまった。
次はもうちょっと動きのあるシーンを……。
明日も18時に更新します。