表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/330

第16話 ~ 生き返りますよね? ~

第3章第16話です。

よろしくお願いします。

 マトーの部屋は呆れるほど金ピカだった。


 それはもう金に対して、何かしらの信仰心があるのではないかと思うほど。


 梁や天井からつり下がったシャンデリアはともかく、本棚に収まった本の装丁すら金で出来ていた。


 極めつけは、マトーを模した金の像。

 どちらかと言えば、こういう偏った美意識を、馬鹿にしつつ楽しむという姿勢を見せるフルフルですら。


「趣味悪いッスねぇ」


 げっそりとコメントするほどだった。


 一通り探してみたが、やはり毒などは出てこない。


「他にマトーがよく出入りしていたところはないか?」


 給仕長に尋ねる。

 それなら、と進みでると、例の本棚の前で構えた。


 何冊かの本を引き抜く。

 すると、何か機械仕掛けになっていたのだろう。

 本棚が自動的にスライドする。


 ひと1人がやっと入る事の出来る通路が現れた。


「おほぉ!! ド定番ですけど、隠し通路というのはなかなか胸熱ッスね!」


 フルフルは鼻息を荒くし、目をぎらつかせる。


「よくこんな場所を知っているな」

「前に酔った家臣長様が……あっ――」


 言ってしまってから、給仕長は顔を赤くした。


 何となく若い給仕長と、その家臣長の関係がわかったような気がした。


「さ。行くぞ」

「わ、私もですか?」

「お前以外、誰が案内するんだ?」


 若い給仕長はあからさまに嫌そうな顔をした後、部屋にあった燭台に火を灯して、先導した。

 その後に、宗一郎とフルフルが続いた。




 狭い石階段を、地下へと降りていく。


 途中、フルフルがまた「異世界に来る前のテロリストの基地みたいッスね」とコメントしたが、漂ってきた死臭は、あの地下基地とは別種のものだった。


 むせ返るような血の臭いが、階段を降りている途中から漂ってくる。


 着いた先に現れた鉄製の扉を開ける。

 宗一郎の顔がさらに険しくなった。


 現れたのは、大小様々な金属製の檻。

 朽ちた肉と骨、そして石の壁や床にこびりついた血の跡だった。


 壁には解体用のノコギリや、大きな刃物がかかり、動物の毛や羽根まで散乱している。


 骨を見る限り、人を斬殺した形跡はないが、それに近い頭骨が転がっていた。

 ところによって、一体何の骨なのかはわからない。


 何よりも臭いだ。

 腐臭と、錆びた鉄を目の前で嗅がされているような得も言えぬ臭いが鼻腔を突く。


 何かの実験室のように見えるが、もはや処刑場に近い。


 目の前の光景を見て、先導していた給仕長は気を失う。

 宗一郎は入口の側に寝かせると、持っていた燭台で部屋を照らした。


「モンスターだな……」

「そッスね。なかなかいい趣味をしてるッス」


 にぃ、と悪魔は笑う。


 宗一郎は部屋の1カ所に燭台の光を近づけた。


 それは大きな檻だった。

 大型のモンスターを入れていたのだろう。

 肉はそげ落ち、太い骨だけが残されている。


 奇妙な骨格だった。


 足の骨らしきものが10本。手は異様に長く、翼は胸の方についている。

 頭の骨は見当たらず、眼窩のような丸い穴が身体中の至る所に空いていた。


「キメラっスね」


 フルフルは口角を上げながら、ぽつりと呟いた。

 首筋に汗を流し、宗一郎は従者の顔を見つめる。


「そう思うか?」

「自然に出来るようなものではないッスよ」


 マルルガントで勉強した際、オーバリアントに棲むモンスターの特徴は概ね頭の中に入っている。


 新種ということも考えられるが、肉体をこのように進化した経緯が検討もつかない。複数のモンスターを大きな釜の中でドロドロになるまで煮込み、掛け合わせたかのようだ。


 生命の倫理を外れた人間は、現代世界にもいる。

 だが、モンスターとはいえ、これほど命に経緯を払わない光景を、宗一郎は初めて目にした。


「ご主人……。奥に続く部屋があるッスよ」


 フルフルが手招きする。


 入口よりもさらに分厚い扉があった。

 洋画に出てくる銀行の金庫みたいだ。如何にもという雰囲気を醸し出している。


 鍵がかかっているらしく、ビクともしない。

 部屋の中を探してもいいが、あまり悠長なことをしている場合ではない。


 フルフルに命じて、扉を開けさせた。


 口から炎熱が飛び出すと、頑丈な金属の扉は徐々に融解し始める。

 赤く爛れた穴が空き、2人はくぐった。


 さきほどの実験場よりも少し広い空間に出る。


「なんだ?」


 宗一郎は目を細める。

 部屋の奥の方で、何かが蠢いていた。


 燭台をかざす。


「――――ッ!!」


 息が止まった。


 そこにあったのは大きな蜘蛛のような生物だった。


 大きな牙が前面に突き出した頭胸部。そこから10本の長い足が伸びて、地面に突き刺さっていた。柔らかな腹部の下には、小さな足のようなものがうごめき、先端に細い糸を吐き出すための針のような射出孔があった。


「あ、……あ、…………あ、ああ………………」


 人の声が聞こえた。

 燭台を蜘蛛から少し上を向ける。


 一瞬、心臓が止まった。


 蜘蛛の頭から、人間の上半身が飛び出ていた。


 皮膚は干上がった湖のように割れ、気色は悪く青白い。

 双眸に光はなく、大きく口を開け、意味不明な言葉を呟いている。


「家臣長!」


 悲鳴が聞こえ、宗一郎は振り返った。


 意識が戻ったのだろう。

 給仕長が目を剥き、口元に手を当て、まさに家政婦が見た状態になっている。


 その時、男は反応した。

 同時に、巨大な蜘蛛が方向転換する。その動きは明らかに一体化しているように見えた。


「フルフル! その女とともに退避しろ!!」

「了解ッス!」


 給仕長を横抱きすると、部屋から出て行く。


 残った宗一郎は、蜘蛛男と対峙した。


 ――どうする……?


 迷う。

 倒すのは容易い。


 だが、キメラとはいえ――たとえ相手の意識がほとんどないからといって――何の罪も犯していない人間を殺すわけにはいかない。


 宗一郎が躊躇っていると、先制したのは蜘蛛だった。


 巨体が消える。

 いきなり右斜め上から急襲する。


 宗一郎は呪文も唱える暇もなく、素の能力でギリギリ回避。

 蜘蛛のお腹の下をくぐるようにローリングする。


 巨体ゆえに油断していた。

 大きいとはいえ、アレには蜘蛛の能力が備わっているのだ。


 迷っている時間はない。


「魔王パズズよ。偉大なる王の風よ。オレの足に刻印をうがて!」


 風の力が、宗一郎の両脚に絡みつく。


 同時に蜘蛛も動いた。

 壁や天井に張り付きながら、2撃目の突進を敢行する。


 今度は、宗一郎は余裕を持って回避し、なるべく距離を開けた。


 だが、場所は閉鎖空間。

 さほど距離を空けることはできない。しかも、立体的に動ける蜘蛛には絶好の狩り場だった。蜘蛛の巣こそ張られていないが、部屋に踏み込んだ時点で、宗一郎は糸に引っかかった蝶のようなものだ。


 蜘蛛は直進する。

 最短距離を狙ってきた。

 宗一郎は右に回避する。すると、蜘蛛の腹が動いた。狭い射出孔から、細い糸が吐き出される。


 連続攻撃に舌打ちしながら、さらに右に避ける。

 そこはすでに部屋の角だった。


「ちぃ!」


 大きな影が覆い被さる。

 蜘蛛が高速移動し、宗一郎の退路を塞いだ。


 鎌のような両前足を振り上げる。


 宗一郎は強く舌打ちした。


「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」


 赤光が拳の中で閃いた。

 迫り来る両足を受け止めることに成功する。


 安堵したのも束の間、蜘蛛は残った足を立てて伸び上がる。

 宗一郎に照準を向けたのは、腹の先にある糸の射出孔だった。


「く!」


 真っ白な糸が、現代魔術師に降りかかる。

 あっという間に首から下が、糸車に巻き取られたようになってしまった。


 体勢を崩し、へたり込む。顎をしたたかに打ち付けた。


「ちっ!」


 上を見上げる。

 蜘蛛の顔が見えた。2本の大きな牙から涎が垂れ、石床に点々と垂れると小さな穴を穿つ。


 胃液が、強力な酸になっているらしい。


 一体どんなものを掛け合わせたのか。

 作った人間に文句の1つでも言いたかったが、それどころではない。


 ――やるしかないか……。


 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 心に決めた瞬間、宗一郎から炎が沸き上がった。

 熾天使カスマリムの力だ。


 身体に巻き付いた糸が一瞬で蒸発する。

 いきなり火柱が立ち上り、顔を近づけた蜘蛛が距離を取った。


 部屋の中を赤々と照らしながら、炎にまみれた宗一郎は立ち上がる。


 蜘蛛に狙いを定めるように手をかざした。


 眉間に皺が寄る。

 炎を放つことは容易い。


 だが、それでは人を殺してしまう。

 宗一郎はまだ迷っていた。


 その時、何か呻き声が聞こえた。


「……こ……………………し……………………」

「何?」


 さらに眉間に皺を深く掘る。

 耳をそばだて、漏れた声を必死に拾った。


「……こ…………………………ろ……………………じ………………………………で…………………………」

「――――!!」


 ころして……。


 確かにそう聞こえた。


 宗一郎は蜘蛛の頭の上の方を見上げる。

 人間が口を開けたまま、すがるように手を伸ばしていた。


 顎が僅かに動く度に、ボロボロになった皮膚がはがれていく。

 剥離した部分から現れたのは、血でもなければ、肉でもない。


 小さな子蜘蛛だ。


 声を出すことすら奇跡的な状態の中、男が発した願いはあまりに悲惨なものだった。


 男の手がガクリと垂れ下がる。


 すると、脆くなったコンクリートがはがれるように二の腕ごと崩れる。さらに、顎も、頭からも力がなくなり、垂れると、同じく崩れていった。


 頭の部分が親蜘蛛の上を滑り、硬い石の床に叩きつけられる。

 完全に破砕された顔面は、ただ砂のように広がっていった。


 そこに、この家の家臣長だった男の影も形もなかった。


 宗一郎は拳を強く握り、奥歯に力を込めた。


 意を決す。


 改めて手を突き出し、炎を蜘蛛に向かって突き出した。


 地面を這う子蜘蛛をすべて燃やし尽くす。

 親蜘蛛は素早い動きで横に移動する。しかし、怒りに燃える宗一郎が逃すはずがない。


 身体全体から炎をほとばしらせると、部屋の中を包み込んだ。


 完全に逃げ場をなくした蜘蛛は、気味の悪い悲鳴を上げる。

 炎は細い足から伝うと、見ぬ間にその巨体を包み込んだ。その身体の中から、また小さな子蜘蛛が現れるが、すべて熾天使の力の餌食になっていく。


 叫び、暴れ、悶え、そして苦しむが、炎の手から逃れることは出来ない。


 巨躯は次第に黒く炭化し、それすら燃やし尽くすと、塵となって霧散した。


 残ったのは生物を焼いた匂いと、蜘蛛の大きな影だけだった。


「すまない」


 と詫び、項垂れた。


 ふと目を落とすと、人間がこしらえたと思われる装飾細工が落ちていた。

 かぶっていた灰を落とす。


 現れたのは、プリシラ教の象徴――「人」の形に似たアンクだった。


 おそらく家臣長が持っていたものだろう。


「全く胸くそ悪いことをしてくれる」


 アンクをポケットにしまう。


 目に炎をたぎらせ、宗一郎は部屋から出て行った。






 宗一郎が隠し通路から出てくると、フルフルと給仕長が待っていた。


 給仕長はかなりショックを受けているらしく、顔を手で覆い、嗚咽を漏らしている。その横でフルフルが背中をさすって励ましていた。


「ご主人……」


 通路から出てきた宗一郎を見つけ、フルフルは立ち上がる。

 給仕長も弾かれるように顔を上げた。


「家臣長は?」


 声を震わせ、給仕長は尋ねる。


 宗一郎は無言のまま、青白い顔を横に振った。

 そして地下で拾ったアンクを見せる。


 給仕長は飛びかかるようにアンクを宗一郎の手から奪い取る。

 マジマジと見つめると。


「はぁ……」


 脱力する。

 もはや泣く気力すらないといった状態で、肩も腕もだらりと下げて、明後日の方向を見つめる。からりと、その手からアンクが抜け落ちた。


 並の精神力ではない宗一郎とて、給仕長の反応に心が痛んだ。


「ご主人のせいじゃないッスよ」

「……わかっているがな」


 立ち竦む主人を気にして、フルフルは声を掛ける。


 しかし悔しさと、後悔する気持ちが、腹の中で渦巻く。

 取り乱してどうなることでもないが、この城ごと破壊したい衝動に駆られそうになる。


 宗一郎がこの世でもっとも許せないのは、命を遊び道具程度にしか見ていない人間だ。


 そういう意味で、あのキメラを作った存在は、完全に現代最強魔術師の琴線に触れた。


「あの……」


 声を掛けたのは給仕長だ。


 再び顔を上げる。

 落ちくぼみ、泣きはらした瞳は、まるで死人にすら見えた。


「生き返りますよね?」


 ぽつりと呟く。


 それを聞いて、2人は同時に顔を見合わせた。


「早く教会にいかなくちゃ……」

「ちょっ! メイドさん」


 ゆらゆらと立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

 フルフルが声をかけるが、全くの無反応で、ぶつぶつと言葉を紡ぐ。


「教会に行って、家臣長を復活させないと……。あら、そう言えばお部屋のシーツを取り替えたかしら。そういえば、今日の献立を料理長から聞いていないわ。確か領民から良い鳥を――」


 完全に精神というか――魂が抜けた人の反応だった。


 彼女と家臣長がどんな仲だったかは知らない。恋人同士だったのか、それとも肉体だけの関係だったのかはわからない。


 それでも彼女は地下の暗がりで、変わり果てた家臣長を瞬時に見抜いた。

 仲が良かったことは間違いない。


「夜を意味する悪魔リリスよ。この者に深い眠りを与えよ」


 宗一郎は唐突に呪唱した。


 給仕長の目玉がぐるりと回ると、体勢を崩す。倒れる寸前のところで支えたのは、フルフルだった。


「ご主人……」

「眠らせただけだ。……若干の記憶を操作するがな」


 今の自分に出来ることはこれしかない。


 現代最強と持ち上げ、自称しながらも、その思い出を消し去ることしか出来なかった。


 オーガラストの時に嫌と味わった無力感が、再び鎌首をもたげ、宗一郎の頭の中でのたうち回ったのだった。



ちょっと暗い話が続きますが、

よろしくお付き合い下さい。


ちなみに蜘蛛のデザインは、有名な某死ゲーのおっぱいボスから来てます。


明日も18時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました! よろしければ、こちらも読んで下さい。
『転生賢者の最強無双~劣等職『村人』で世界最強に成り上がる~』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ