プロローグⅢ ~ 行くッスよ! ご主人! 異世界へ! ~
何故、戻したし……。
本日ラストになります。
中南米奥地のジャングル。
今、宗一郎がいる場所だ。
最強といえど、異世界へ行くには大量の魔力が必要になる。
それは1個人が保有できないほど、膨大のものだ。
その場合、古くから魔術師がやってきた方法を使う。
地球の気脈が集まる場所にて、魔法陣を広げ、魔力を吸い上げる。
つまりは、地球の魔力を利用するのだ。
魔術で一帯を真っ平らにした後、宗一郎は1時間ほどかけて丁寧に魔法陣を描いた。
時間は丑三つ時。静かな夜。
聞こえるのは、獣の声だけ。むろん、人の気配などない。
頭上付近には、ぽっかりと空いた穴のような満月が浮かんでいた。
「この月も見納めかもしれんな」
月を見ながら、宗一郎は珍しく感傷的な気分になる。
「よし。フルフル! やるぞ」
「あいあーい」
お付きのフルフルは元気よく手を振る。
ん――。
何かに気付き、再び空を眺めた。
耳に手を当て、そばだてる。
プロペラ音が聞こえる。
次第に近づいてくると、ちょうど宗一郎の上空を、1機のセスナが飛びすぎていく。
その時、セスナから誰かが飛び降りたのが見えた。
人影から、さらにパラシュートが開く。
満月を背にしたその姿が、密林に現れた魔女のように宗一郎には映った。
やや微風が通る上空で煽られながらも、見事なパラシュートコントロールでファイナルアプローチに入る。すると、ちょうど魔法円の中心に降り立った。
折角、時間を労して作った魔法円の一部を消され、宗一郎は大股で空からの来訪者に近づいていく。
「何者だ!? 貴様!!」
来訪者は思ったよりも小柄だった。
体付きからしても、海兵隊員というわけではなさそうだ。
なのに、手慣れた動きでハーネスを外し、パラシュートを身体から離す。
バイザー付きのヘルメットに手をかけた。
するり……。
月夜に舞い上がったのは、ジャングルの闇よりも濃い黒髪だった。
宗一郎の動きが完全に止まる。
顎を開き、大きく瞼を広げた。
来訪者は何食わぬ顔で、ザックから眼鏡ケースを取り出す。
少し髪を気にしながら、半縁の眼鏡をかけた。
「あるみ!」
「こんばんは。宗一郎」
太陽の光を反射した永久凍土みたいな瞳が、宗一郎を捉える。
「おま――。どうして?」
「あなたが本当にこの世界からいなくなるのか。総理大臣として、この目で確認しに来たのです」
少しちりちりと痛むこめかみを宗一郎は指で押した後。
「素直にオレを見送りに来たとは言えないのか?」
「国民のみなさんには申し訳ないと思っているのですが、ここまで来るのに血税を使用させていただきました。国家予算の割合から鑑みれば、微々たるものではありますが、これは公務です。公人としての立場を表明したに過ぎません」
「じゃあ、私人としてはどうなんだ?」
「お答えすることはできません」
「独り言でもいいからいってみろ」
「私にはそういう趣味や性癖はありませんので」
「わかった。それでいい」
――まったく。この女は幼い頃から素直ではない……。
そもそも中南米の奥地にわざわざ――血税まで使って――やってきて、公人も私人もないだろう。
「宗一郎……」
「公人という割に、オレを下の名前で呼ぶんだな?」
「国民の皆さんの名前をどう呼ぼうと、私の自由だと思いますが」
「わかった。そういうことにしておいてやる」
徹頭徹尾――公人としての立場を貫くらしい。
「で、なんだ?」
「あなたに、この世界に戻ってくる意志はありますか?」
「5日前の議場でも話したが、今はわからん。戻ってこれるという保証もないしな」
「片道切符ですか? ……完璧主義者であるあなたにしては、随分とずさんな計画ですね」
「戻る方法は考えてある。今やってる儀式を、向こうでやればいいのだからな。ただ――」
「ただ?」
「お前たちが思っている以上に異世界というのは、魔術や魔法が主流となって発展している」
「まさか――」
「脳髄まで科学にまみれたお前たちには理解できないだろう。だが、むしろ単純な化学式だけで成り立っているこの世界の方が、希有な例なんだよ」
「つまりは、あなたの狙いは、高度に発展した魔術の習得ということですか?」
「それもある」
「他に何があるのですか?」
「見物だ」
「見物? まさか、混迷する世界を放っておいて、あなたは物見遊山の片道旅行というわけですか? 5日前、ロシア大統領がバックパッカーと称していましたが、私に言わせれば女子高生の家出ですね」
「無謀という点では、否定はしない。だが、オレの性格はお前が一番わかっているはずだ」
「一番ということに関しては否定します。ですが、しいて答えるなら――不可能を実現するためなら悪魔とだって契約する男――とでも言っておきましょうか」
「わかってるじゃないか」
宗一郎は満足そうに笑みを浮かべる。
一方、あるみはギラリと眼鏡を光らせ、ズレを直した。
「ところで、アレは何ですか?」
首を動かし、軽く顎をしゃくった。
そこにあったのは、2トンのトラックだった。
アルミバンが付いた日本では珍しくないありふれたものだ。しかし忽然とジャングルに置かれたトラックは、鬱蒼と茂った密林に全く合っていない。
高度な文明が自然に敗北したような佇まいだった。
「あのトラックは儀式道具の1つだ」
「はあ?」
珍しくあるみは声を張り上げた。
明らかに疑念が渦巻いている。
「正気ですか?」
「魔術において、その体系、術式、真名は重要の要素だが、もっとも重要なことは人間の概念イメージを総括する要素を押さえることだ」
「人間のイメージを総括する?」
「たとえば、有名なのがドラゴンや悪鬼、悪魔だ。それらの姿は、出版物というものが貴重なものであった頃から、人々の深層意識の中にあり、恐怖を具現化したものだった。すべて架空上のものなのに、我々はほぼ似たような姿形を思い浮かべる。そうした概念イメージを、儀式の中に組み込むことが、魔術にとってとても重要なことなのだ」
「よくはわかりませんが、異世界へ行くイメージとトラックがどうつながるのですか?」
「知らんのか? ある特定の人々にとって、異世界へ行く方法はトラックにはねられることなのだ」
…………………………………………………………。
「は?」
思わず聞き返していた。
「おーい、ご主人! そろそろ儀式に映らないと、月の魔力の恩恵が受けられないッスよ!」
トラックに乗ったフルフルが、大きく手を振っている。
「そうだな。……あるみ、そこをどいてくれないか?」
「え? ええ……」
素直に応じる。
宗一郎はあるみが着地した時に消えた魔法円を、再び描いた。
ついで、フルフルがエンジンをかける。
ジャングルに、大きなディーゼル音が鳴り響いた。
「ね、ねぇ……。宗一郎」
「なんだ?」
「本当にあなた、トラックに轢かれるつもり?」
「そうでなければ、異世界に行けないからな」
「他に方法がないの?」
「今のところはな」
「あなたのことだから、心配はしていないのだけど、本当に大丈夫なの?」
「あるみ。お前、もしかして心配しているのか?」
バキューン!
月並みな銃声音が、ジャングルに広がった。
白煙がたなびき、火薬の匂いが辺りに漂う。
銃口を向けられた宗一郎は、あっさりとかわしていた。
発射したのは、幼なじみである。
「お前。何故、銃なんて持っている?」
「護身用よ」
「護身とは! 誰から身を守ろうとしていたんだ?」
「盛りのついた魔術師が、総理大臣をレイプしないようにするためよ」
「乙女がレイプとか軽々と口にするな」
「女性蔑視発言ね」
「わかった。……見なかったことにしてやる。もうすぐ儀式がはじまるから――」
「やっぱり当たらないのね」
「当たり前だ。銃弾の軌道計算など、造作もない。因果をコントロールして――」「ご主人……。まだッスか? フルフル、待ちくたびれたッスよ。ドラ〇エのバク有りRTAが終わっちゃうッスよ」
「トラックの中でゲームをするな!」
耳をそばだててみると、エンジン音に混じって懐かしい和音が聞こえてきた。
「本当は……」
「ん?」
あるみがぽつりと呟く。
「本当は、あなたを脅してでも引き留めるつもりだった」
「銃でか?」
長い黒髪が縦に揺れた。
「お前らしくもないミスだな」
「私も人間です。ミスぐらいはします」
「その年でなんの後ろ盾もなく総理大臣になる女が、普通の人間とは思えないがな。そろそろ本当に離れてくれ。このままでは次の満月まで待たなくてはならなくなる」
しかしそう言っても、あるみは微動だにしなかった。
俯き加減で、じっと立っている。
本当に引き留めるつもりなのだ。
気は進まなかったが、宗一郎は魔術を使うことにした。
あるみの腕を取ると、一瞬にして魔法円の外へと移動する。
宗一郎は魔法円の中心に自分1人だけ戻ろうとしたが、あるみは手を離さなかった。
「おい。あるみ」
「…………く…………」
「なに?」
わずかに動いた少女の口元に、宗一郎は耳を近づけた。
「約束して下さい!」
キーン、と鼓膜が鳴った。
「や、約束?」
改めて見ると、あるみの頬はかすかに朱に染まっていた。
「絶対に戻ってくる――と……」
「…………」
「約束、して……ください。――じゃないと、この手は離しませんから」
あるみは手を握る力をさらに強める。
そしてかすかに震えていた。
宗一郎は破顔する。
「それは……公人としての命令か? それとも私人としての頼みか?」
むっと女の子らしい顔で、あるみは睨む。
「あなたのそういうところが嫌いでした」
「今では?」
「今でも嫌いです」
「で――。どっちなんだ?」
あるみは少し躊躇った後、大きく息を吸い込んだ。
肺腑の中に渦巻いた空気は、湿度が高く、密林特有の木の匂いがした。
不意に昔、宗一郎の家族と一緒に行ったハイキングの事を思い出した。
「幼なじみである黒星あるみとしての願いです」
宗一郎は目を伏せ。
「約束するよ」
いつもの高圧的な物言いとは違う。
あるみと一番よく遊んだ時の、宗一郎の声音だった。
そっと手を離す。
そして翻った。
大きな背中が遠ざかっていく。
魔法円の中心に立つ、あるみの方に向き直る。
「行くッスよ。ご主人!」
「ああ!」
フルフルはエンジンを吹かす。
普段なら回らないような回転数まで上げられ、ディーゼルエンジンは獰猛な音を立てる。
夜の密林にエンジン音が響く中、あるみは声を張り上げる。
「ねぇ! 宗一郎……。こんな時になんだけど」
「なんだ? もっと大きな声で言ってくれ」
「あなたのその異世界へ行くイメージって、もしかしてとある傾向にある小説の導入なのよね」
「ああ!! それがなんだッ!?」
タイヤをスピンさせると、一拍おく。
――トラックがロケットのように発車した。
「行くッスよ! ご主人! 異世界へ!」
ハンドルを持つ手に、フルフルは力を込めた。
「思ったんだけど、そのイメージって! 異世界へ行くんじゃなくて、転生するんじゃないの?」
「ええ? もう1回行ってくれ!」
すぐ側まで、トラックのライトが迫っていた。
「だから! 転生ってこと! それってつまり!」
一度は死ぬってことじゃないの?
その瞬間、宗一郎はトラックに跳ね飛ばされた。
明日からいよいよ異世界――第1章になります。
1章目のプロローグ的な第1話を12時に。
第2話を18時に投稿予定です。
よろしくお願いします!