第14話 ~ 死に神の鎌よりも速く散らせてやるところだぞ ~
キタァァァァァァァァァァァァアアア……って、あれ?
第3章第14話です。
よろしくお願いします。
聖堂の前に浮かび上がるシルエット――。
折しも晴天に恵まれ、燦々とした太陽の光によって、一瞬誰かわからなかった。
かしゃり……。かしゃり……。
武骨な鉄靴の音を響かせ、進み出る。
現れたのは、鎧を纏った白髪白髭の老兵だった。
花道の半ばまで進み出ると、傅く。
よく通る声で奏上した。
「結婚の儀の最中、失礼します」
「なにが『失礼します』だ! ロイトロス!!」
マトーはライカから手を離し、怒鳴り散らした。
そう。
ライカなき今、帝国近衛兵を束ねる長ロイトロスだった。
「今、何をしているかわかっているのか! 下がれ!!」
マントをなびかせ、マトーはロイトロスを払おうとする。
しかし、老兵は応じず、ただ頭を垂れた。
「申し訳ございません。……火急の用事であったため、次期皇帝に判断を仰ぎたく。参上いたしました」
マトーは小さく舌打ちすると、さらに激昂した。
「たとえ、そうであっても、お前たちは近衛であろう! そなたたちの裁量で決めればいいではないか!」
「よい! 申してみよ、ロイトロス」
詰め寄るマトーを制して、報告を許可したのは花嫁姿のライカだった。
マトーは青筋を浮かべながら、ライカを睨み付けたが、花嫁は全く取り合うことなく、老兵の方を向いていた。
「は! 単刀直入に申し上げます」
ロイトロスは顔を上げ、はっきりと――皆に聞こえるように――奏上した。
「帝国が侵略を受けました」
たったその一言で、場が凍り付いたことは想像に難くないだろう。
しかし、一瞬走った緊張感が、次第に和らいでくる。
誰かが「ぷっ」と吹き出すと、参列者の間に失笑が漏れる。
当のマトーは大口を開けて笑い出した。
「ふふふはははははははははははははははははははははは! ロイトロス、耄碌したか。嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐くがよい」
「嘘を申しておりません」
頑なな態度が崩さず、ロイトロスは弁解する。
老兵から滲み出る緊張感というより覇気は、さらに強まったような気がした。
モンスターがオーバリアントに現れて60余年。
以降、マキシア帝国は他国の干渉を受けたことはない。それは他国とて同じだ。どこの国も、モンスターの対処に精一杯なのだ。
そもそもマキシア帝国は大国中の大国。
モンスターが現れる以前からも、他国を侵略することはあっても、侵略される側になることは、長い歴史において少ない。
マトーはあえて聞いた。
「ならばお前の嘘のクオリティを確かめてやろう。……では、どこの国が我が帝国に喧嘩を売ったのだ? 東のウルリアノか? それとも南のアーラジャ? もしくはロートレスか?」
「いえ……」
ロイトロスは首を振る。
「その国以外、どこだと言うのだ。ウチバか? マカンタか?」
「どれも違います。まだ名はわかりませんが、おそらく新興国かと」
「はん! いきなりクオリティが下がったな……。まあ、よい。ならば、人数はいかほどか? 百か、千か、それとも万か? いずれにしろ。帝国の兵力を超える国など」
また老兵は白い髪が横に揺れた。そして――。
「2人にございます」
――――!
絶句した。
マトーの顔がみるみる赤くなっていく。
我慢の限界だった。
「貴様! ふざけるのも大概にしろ!! 結婚の儀の最中でなければ、その老いた命を死に神の鎌よりも速く散らせてやるところだぞ」
「何度も申し上げる。私は嘘を申しておりません」
「くそ!」
腰に手を掛ける。しかし、ロングソードを持っていないことに気付いた。
「誰か! このじじいを引っ捕らえろ! 不敬罪である!!」
「マトー様!!」
自分の名前を呼ぶ声は、聖堂の入口から聞こえる。
やって来たのは、ロイトロスよりも若い騎士。それでも50に手が届きそうな熟練の兵士だった。
かなり急いできたのだろう。
額に汗をかき、マントや鎧には泥がついていた。
「我が兵ではないか……」
それはマトーの家――ハイリヤ家が保有する兵の1人だった。
花道を駆け抜け、ロイトロスの後ろに傅いた。
「申し上げます。ハイリヤ城が落ちました」
「は?」
は?
兵士の報告に、聖堂にいる全員がマトーと同じ表情になった。
目を見開き、あるいはだらしなく口を開けて、言葉を失う。
マトーは鼻で息を吸い、唇をむずむずと動かした後、声を震わせた。
「お前まで、たばかるのか?」
「う、嘘ではありません。ハイリヤ城の防衛部隊はすべて無力化されました」
「無力化?」
「は、はい……。兵は軽傷なのですが、すべて捕らえられてしまい……。私は伝言役として、ここに――」
今度は、マトーの手が震え出す。
それは今にも飛び出していきそうな手を抑えているように見えた。
「数は……?」
「それが――」
「まさか……。2人か…………」
「…………は。……面目次第もございません」
2人の人間が、結婚の儀に闖入し、同じような報告を行った。
いくら荒唐無稽とはいえ、今度は誰も笑わなかった。
ハイリヤ城が落ちた。
たとえそれが、2人の人間の手によるものだとしても、広義においては侵略といえるだろう。
「何者だ! その2人は……」
「マトー殿……」
マトーの鬣の裏から声をかけたのは、新婦ライカだった。
「ハイリヤ城の防衛部隊は、1000人。予備兵力をあわせれば、500人もいたと思うが……」
「そうだ。……それほどの兵力を無傷のまま無力化するなど――」
「お気づきにならぬか? 私は知っているぞ。……そんな芸当を出来る人物を」
ライカは不敵に笑う。
まさか、とマトーは自分の兵に振り返った。
兵士は少しバツの悪そうな顔を、城主に向けると。
「彼らはこう名乗っておりました。……すぎいそういちろう。そしてフルフルと」
マトーは低い唸りを上げながら、息を吸い込む。
顔に塗った隈取りよりも赤くなり、額に血管が浮き出る。
握りしめた拳からは、鮮血が漏れた。
「それだけか? 兵士殿?」
怒りで今にも暴れ獅子になりそうな城主に代わり、ライカは尋ねる。
「は。……それが、伝言も……」
「いえ」
今にもマトーは斬りかかりそうな気を発し、兵士を睨んだ。
兵士の鼻梁に汗が流れた。
"お前の花嫁と一緒に、マキシア帝国をもらい受けにいくと"
ざわり……。
聖堂に緊張が走る。
むろん、信じられない話だ。
マキシア帝国はオーバリアント最大の国。
言い換えるなら、最強の国家だ。
それ相手に、たった2人の人間が帝国をもらい受けに行くという。
冗談どころか、これはもはや侮辱だ。
だが、現に2人はオーバリアントで最大の領地を誇るハイリヤの主城を占拠してしまった。
それでも楽観視するものはいるだろう。いくらハイリヤ領が大きいとはいえ、帝国の手が1本もがれた程度の損失なのだ。
しかし、心の隅では不安もある。ここにいるほとんどの人間が、闘技場でマトーと戦ったあの「すぎいそういちろう」を知っているからだ。
勇者ならやりかねないのではないか。
皆、そう思っていた。
その不安を敏感に察したのは、マトーだった。
こう見えても、次代の皇帝は人の機微に聡い。
人々の不安を振り払うかのように、大きくマントを翻した。
「結婚の儀は延期する!」
再び聖堂内はどよめいた。
「案ずるな! 相手はたった2人だ。軽く捻り潰して、帝国を侵略した報いを受けさせ、ゆるりと結婚の儀を行ってくれるわ!!」
マトーはライカに向き直り。
「それまでお前の唇は預けておいてやる」
そして兵を引き連れ、花道を引き返していった。
厳かな儀式は一変し、慌てふためく人の声に包まれる。
皆が視線をマトーに向ける中、ロイトロスはおもむろに立ち上がる。
老兵は心配げに皇妃を見つめた。
皇女は目を閉じ、薄く笑っていた。
――あの方らしい……。
その呟きは、声の渦の中に飲み込まれていった。
長い前置きでしたが、ここからが3章のはじまりです!
明日も18時に更新します。