第12話 ~ 尻穴どころか前の大きさまで見てしまったからな。 ~
第3章第12話です。
ホモぉな話ではありません。
よろしくお願いします。
宗一郎はプリシラから聞いた話を、TVゲームを理解していなければわからない部分は置いて、説明した。
オーガラストが何故、強かったのか。
自分がどういう状態であったのか。
プリシラから聞いたオーガラストの歴史。
そして今、この世界で何が起こっているのか……。
割と長時間続いたが、誰も休息を取ろうとはせず、皇帝もじっと目を閉じて聞いていた。
よどみなく説明する宗一郎に、質問を挟むことなく驚愕の事実に耳を傾けた。
「プリシラ様のお力に、不具合が生じたということですね」
「宗一郎……。そなたはもう平気なのか?」
「プリシラたん……。結構可愛かったッスよね」
説明が終わる。
皆が思い思いの言葉を口にした。
「オレなら大丈夫だ。……もうプリシラの支配下にはない」
「しかし! 私が言うのもあれだが、宗一郎には大事な使命があったのではないか?」
「はい。……ローレスト三国は帝国とも親しい関係にある国です。帝国としても見捨てる訳には――」
ライカとクリネは心配げな顔を崩さない。
「案ずるな。優秀な部下を送っておいたからな」
「部下?」
「当面の問題はローレストに住む人間の健康状態だ。暴走した力が解けた瞬間、栄養失調でバタバタと倒れられても困る。だから、まずその介抱から始めることにした。ちなみに、そこにいる趣味丸出しの下女とは違って、非常に優秀な部下だ」
「む! なんスか、ご主人……。フルフルに喧嘩売るッスか? こう見えても、フルフルは由緒正しいその界隈では最高クラスの72鍵の1つ――」
「ベルゼバブを喚んだ……」
フルフルの身体が瞬間冷凍されたかのように固まった。
いつも爛々と輝いている金色の瞳をぐるりと回し、白目を剥く。
「べ、ベルゼバブさ、様がオーバリアントに……」
「さすがに骨が折れたがな。国3つ分の人間の体力を補おうというのだ。さすがに大罪クラスを喚び出さないとダメだ。……お前によろしくと伝えてくれと言われたぞ」
「……フルフル、もう帰ってもいいですか?」
「どこに帰ろうというのだ、お前は?」
「フルフル殿がここまで反応するということは、よほどの御仁なのだな」
御仁というよりは、悪魔だがな――と、宗一郎は心の中で付け加えた。
「だが、いくらベルゼバブとて、3つの国の人間を戻すには少々時間がいる。その間に、ここにやって来たというわけだ」
「素直じゃないッスねぇ、ご主人……。ライカをしん――あ、はい……。すいません。調子乗りました」
主人に睨まれ、フルフルはしゅんと肩を落とした。
「まあ、宗一郎がそういうなら良いが……。しかし父上――宗一郎の話を聞いていて思ったのですが、モンスターが現れた理由が、エルフの仕業というのは知っておられましたか?」
「ふむ」
皇帝はずっと閉じていた瞳を開き、愛娘に向けた。
「議題にのぼったことはあるが、当時は混乱期でな。それどころではなかったと記憶している。だが、プリシラ様が言うなら間違いはない。異界から他種族を喚び出す魔法など聞いたことはないがな」
「やはり、エルフというのはダークエルフのことでしょうか?」
「おそらくな」
ダークエルフについては、宗一郎も図書館で調べた時に知った。
シルバーエルフよりも高度な魔法文化を持ち、歴史の裏で蠢く種族。その目的や習性はいまだに謎に包まれている。
会ってみたいとは思うが、寿命の長いシルバーエルフですら、一生で1度あるかないかという遭遇率らしい。
故に不吉な象徴でもあるが、吉兆をもたらすと考えるものもいる。
「もしかして、父上に毒を盛ったのもダークエルフの仕業では?」
「毒?」
ライカの告白に、驚いたのは宗一郎だった。
「そうだ。何者かに毒を盛られ、父上は――」
「ご主人、どうにかならないッスかね?」
「どうか勇者様! お父様を助けて下さい」
クリネが祈るように懇願する。
ライカに振り返ると、彼女も「頼む」というように大きく頷いた。
宗一郎は皇帝の寝具に近づく。
「よい」
と制したのは、他でもない皇帝だった。
「これでも幼少のみぎりから、陰謀の渦中にいる人間でな。少々の毒には耐性がついておる。毒が盛られたのは事実であろうが、おそらく効いておらんよ」
「では――」
「……天命であろう。良いのだ。長く生きた。娘の顔も見ることが出来た。モンスターに対し、無力な愚王であったが、民草の笑顔を取り戻すことはできた」
「そんなお父様! 遺言みたいな――」
クリネの瞳に涙が浮かぶ。
「ふふふ……。クリネ、そう逸るな。まだ倒れんよ、私は――。……それよりも娘たちよ」
「「はい」」
姉妹は声を揃えて返事する。
「頼みがある。……勇者殿と2人っきりにさせてはくれぬか」
2人はお互いの顔を見合わせた後、皇帝の指示に従った。
フルフルを伴い、部屋を出て行く。
広い部屋に、宗一郎と皇帝――2人っきりになった。
「年だけは取りたくないものだ」
ふう、と皇帝は息を吐いた。
娘の前だ。
ずっと気を張っていたのかもしれない。
先ほどまでの覇気が嘘のようにしぼみ、老け込んでいく。
家族に無用な心配をかけないように――。
こんな状況になっても、子煩悩な父親の顔を外せないらしい。
「皇帝……。望みとあらば、寿命を延ばすことが出来るぞ」
それは本当だ。
10、20年は難しいかもしれないが、2、3年ぐらいなら延ばすことなら魔術で可能だ。ただ単に命を延ばすだけなら、前者も容易だが、精神的な負荷が大きいため推奨は出来なかった。
「寿命か……。本当は、死にたくはない」
「なら――」
「だが、余は多くのものを見殺しに、あるいはその命を奪ってきた側の人間だ。娘の顔が見れないという理由だけで天命に逆らっては、死後の世界でどれほどの非難を受けようか。これでも余は人の噂というものには敏感でな。たとえ、それがまだ見ぬ世界であろうと、少しでも余を歓迎してくれる方が良い」
皇帝は笑う。
「尻の穴の小さい皇帝だと思ったであろう」
宗一郎は首を振る。
かすかに笑って答えた。
「……以前、尻穴どころか前の大きさまで見てしまったからな。それに比べれば、オレの方がよっぽど小さいですよ」
「ほっ。あっははは……」
初めて皇帝は胸を動かして声を上げた。
おそらく笑うのにも体力がいるのだろう。
短い笑声だったが、その口元は満足げだった。
落ち着きを払い、改めて皇帝は宗一郎を見据える。
「――して。我と2人っきりになった理由はわかっておるな?」
「宿題というヤツか?」
「あまり心配はしておらんがな。……お主たちの仲を見ればわかる。宗一郎と尊称無しに呼んだ時は、少々嫉妬したぞ。――それに大変な時に、駆けつけてくれた。存分に思いの丈を申すがよい」
「ならば、改めて答えよう。皇帝、オレは――――」
その時、突風が吹いた。
竜が側を通り過ぎていったのではないかと思うほどの強い風が、窓はおろか石煉瓦で出来た堅牢な城を微弱に揺らす。
部屋を照らすシャンデリアが振れ、影が歪んだ。
2人は豪風が吹き荒れる中、しばし語り合った。
そして宗一郎の答えを聞いた皇帝は、目を大きく見開いた。
数秒そうした後、呆れたように嘆息を吐く。
「お主、馬鹿か……」
「付け加えるなら、その前に『大』が付くだろう」
はあ……。
また皇帝は深い溜息を吐く。
「どうやら……。我はお主のことを過小評価していたようじゃ」
「あまり過大評価もしてほしくないがな」
皇帝は再び笑みを浮かべた。
「しかし……面白い。生きていた中で、今が1番楽しいかもしれん」
「ならば生きろ。皇帝……」
「そうだの。……見てみたいのぅ」
大きく息を吸い込み、瞼を閉じる。
夢を見るように、この先の未来を思い描いた。
そして小さく頷いた。
「相わかった……。後のことは我に任せておけ。マキシア皇帝……。最初で最後の大仕事だ。しかし、勇者殿は最後まで楽をさせてくれんな」
「オレが住む世界にはこういう格言がある。……立ってる者は親でも使え」
「……だから、そなたは意識が高いのだ」
そう言った皇帝は、何故か嬉しそうだった。
「さて、今日は疲れた。そろそろ休ませてくれ」
「ああ……。おやすみ。皇帝……」
「また温泉に……」
皇帝は大きく息を吸い、それは寝息に変わっていく。
胸が上下を繰り返し始めた。
寝入ったのを確認し、宗一郎は立ち上がった。
3時間後、なかなか出てこない宗一郎を見かねて、クリネが部屋に入った。
そこに宗一郎の姿はなく、テラスへと抜ける扉が開いているだけだった。
4日後――。
皇帝の崩御が伝えられた。
第119代マキシア皇帝カールズ・グランデール・ベルー・マキシア。
享年59歳。
外交・外征においては奮わなかったが、後に内政の模範生として度々オーバリアントの歴史の教科書に顔を現すことになる。
――そして11日後。
マキシア帝国で喪中明けとなる日。
ライカ・グランデール・マキシアの結婚と、その婿マトー・エルセクト・ハイリヤの次期皇帝となることが発表された。
皇帝は個人的に気に入っていたキャラクターなので、
その死は作者としては悲しい限りです。
葬式のシーンを書こうと思いましたが、
物語上さほど重要ではないと考え、カットしました。
(描写だらけで地味な感じになりそうなので……)
明日も18時更新します。