第6話 ~ ボーカロイドの色違いみたいなロリ少女と乳繰り合っているといいッス ~
第3章第6話です。
よろしくお願いします。
「どういうことだ? フルフル……」
宗一郎は眉間に皺を寄せた。
「あのオーガラストの一件の後、フルフルたちは1度帝都に戻ったッスよ。ご主人が行方不明だったから、ライカもクリネも一生懸命探したんスけど……。それである時、皇帝の使者っていう人から連絡があって、皇帝が倒れた――と」
「あの皇帝が倒れた……」
ライカの結婚に続き、さらに皇帝が倒れたと聞けば、さすがの宗一郎も顔を青ざめるしかなかった。
「今も伏せってる状態で……。しかも間の悪いことに、オーガラスト討伐に何人もの冒険者が死んだことと、それを指揮していたのが、ライカと聞いて、帝国内ではかなり問題になっていて」
ライーマードは帝国内にあるとはいえ、自治区だ。しかも帝国の近衛兵長が冒険者を率いて、モンスター討伐に向かった。
大袈裟にいうなら、海外の国に指揮官を派遣し、その国の兵士を使って戦いを挑むようなものだ。
ギルドが仲立ちになったとはいえ、問題はそこで多大な損失を出してしまったことだろう。
しかも帝国側にとっては寝耳に水だ。
ライカがしっかりと報告をしておけば、問題ないだろうが、おそらく帝国側の許可が取れないことを考えて、それを怠っていた可能性が高い。
――また、オレの責任だな……。
ライカが迷っていたとはいえ、焚きつけたのは宗一郎だ。
宗一郎の方で一筆、書状を送っておけば良かったのだが、討伐の失敗はあり得ないと思っていたからフォローし忘れていた。
幸いなのは、皇女2人を無事帝都に帰すことが出来たことだろう。
何せ、皇帝には2人の娘しか肉親はいない。
親戚は多いが、皇族の直系は皇帝と彼女たちしかいないと聞いている。
加えてマキシア帝国400年の歴史で、女帝が誕生した例はない。慣例として、もっとも位と格式が高い貴族の男を婿に取ることになる。
つまり、ライカもしくはクリネと結婚した誰かが、次の皇帝になるということだ。
「つまり、跡目を継がせることになったんだな」
「そういう事になるッス」
「相手は……?」
フルフルは一瞬言いよどんでから――。
「あの、マトーっス」
落ち込み気味の悪魔から視線を切り、宗一郎は青い空を見上げる。
やがて呟いた。
「当然だな……」
マトー・エルセクト・ハイリヤ。
公爵家の次男にして、かつて帝国最強と言われたスペルマスター。
そしてライカ・グランデール・マキシアの許嫁……。
変な気分だ。
ライカの結婚はめでたい。
そしてハイリヤ家は名家で、過去何人もの皇帝を輩出している。
諸侯たちとの受けも決して悪くなく、たとえ公爵家から皇帝が出ることになっても、誰も反対しないだろう。
マトーは確かに放蕩息子だが、あのレベルまで上げたのは紛れもなく彼の功績であり、身体能力も努力によるところだ。
人を見下す性格に難はあるが、優秀な参謀とお目付役がつけば、意外と良い統治者になれるかもしれない。
何より、彼にはライカが付くのだ。
聡明な彼女であれば、マトーがたとえ暴走しようとしても手綱を引くことができるだろう。
案外、いい夫婦になるかもしれない。
…………。
宗一郎は気付く。
反射的に口を押さえた。
何故か歯が軋むぐらい力を込めて噛みしめていた。
奥歯に溜まった力の塊を徐々に解いていく。
軽くカチカチと鳴らすと、口から手を離した。
そして言った。
「オレにどうしろというんだ?」
フルフルは息を飲み、目を広げた。
「マトーとライカの結婚は確約されていたことだ。今さらジタバタすることでもない。まして驚くことでもない。ライカも結婚するにはいい歳だろう。前に皇帝も言っていたが、身を固めるにはちょうどいい。マトーは確かに人格的に問題はあるが、身分に問題はない。それに覇道を歩む人材としてはあれぐらいがちょうどいいかもしれない」
自分でも驚くほど、言葉が滑っていく。
フルフルは少し目に涙を浮かべながら、反論する。
「あのライカが結婚しちゃうんスよ! ご主人はそれでいいんスか?」
「それでいいか悪いかを決めるのは、オレが決める事ではない。当人同士、果ては帝国国民や貴族たちが決めることだ。異世界人のオレには関係がない。……それにオレにはやるべきことがある。オーバリアントを正常に戻す。早くせねば、オーガラストの時以上の被害が出る可能性がある」
「本当に……。……本当に何もしないッスか?」
「オレがやれることは、祝儀を出してやるぐらいだ」
「ライカはご主人のこと好きッスよ!!」
フルフルの声が青空に響き渡る。
宗一郎は大きく目を見開いた後、静かに瞼を閉じた。
そして言う。
「それは……。光栄だな。しかし、オレには関係のないことだ……」
フルフルは大きく息を吸い込み。
「ご主人のばかああああああああああああああああああああああああ!!!」
大声で叫んだ。
悪魔の叫声は大気をかき回す。
プリシラと宗一郎の髪や服を乱した。
「見損なったッス! ご主人の悪魔、やめるッス!! そこのボーカロイドの色違いみたいなロリ少女と乳繰り合っているといいッス!!」
するとフルフルの周りに黒い霧が浮かび上がる。
すっぽりと彼女を包み込むと、悪魔の姿は跡形もなく消えてしまった。
広い青空の下。
1坪ほどの雲の上に残されたのは、布の服を着た男と、やたらと露出度の高い服を着た少女だけだった。
宗一郎とフルフルの口論をずっと退屈そうに見ていたプリシラは、ようやくといった感じで口を開いた。
「いいの?」
「何がだ?」
「ライカって子? あんたにとって、大切な人なんじゃないの?」
「否定はしない」
「いやに素直じゃない」
「だが、オレにはやるべきことがある」
「…………」
「間違っているか?」
宗一郎はプリシラに振り返った。
女神はやはり退屈そうに目の前の男を見据える。
「あんたは勇者様だし。その判断は大したものだと思う」
「…………」
「間違っているかいないかで決めるなら、勇者としては及第点……。でも――」
「でも?」
「人として最悪なんじゃない」
何故か、笑気がこみ上げて来た。
我慢しきれず、というよりは無意識のうちに、顔が笑っていた。
開いた口を見た瞬間、プリシラの弓のような曲線を描いた眉が動く。
「何がおかしいの?」
「いやな……。悪魔からも女神からもお墨付きをもらえるなら、オレは相当、人としては悪人なのだろう」
「……そうね。そんな人間を勇者に仕立てようとしている私も、頭がおかしいかもしれなけど」
やれやれと、ツインテールが横に揺れる。
「だが、オレはもう人ではない」
プリシラは顔を上げる。
「じゃあ、何?」
「魔術師だからな。……オレは」
「かっこつけたつもり? 言っとくけど、今のあんた相当ダサいわよ」
「面白いと思ったのだがな」
宗一郎は髪を後ろになでつける。
「で? 本当にいいの? 飛ばしちゃって……」
「ああ。やってくれ。……世界の存亡の方が先だ。未来の皇妃には、後で祝いの言葉を贈るとしよう」
「だから、ダサいって……」
プリシラは準備に入る。
コンソールを叩くと、徐々に彼女の周りが明るくなっていく。
「思っていたのだが……。呪術者には不似合いな電子的な機械はなんだ?」
「これでオーバリアントの呪術を制御しているの。……私は呪式盤って呼んでる」
「見た目はゲーム機にしか見えないがな。……まあ、いつかお前とは呪術と魔術について語ってみたいものだ」
「私はご免被るわ。言ったでしょ。馬が合わないって」
「だったな」
「それにフラれた男のバックアップなんて絶対嫌よ。そもそも恋愛に興味ないし」
「厳しいな」
「さあ、お喋りはおしまい。一応、あんたとの回線は開けておいてあげるから、何かあったら連絡なさい。ただし必要な時だけよ。独り身の男の愚痴なんて聞いてあげるつもりはないからね。場末のバーのママじゃあるまいし」
「わかっている。早くやれ……」
プリシラはコンソールのボタンを押す。
宗一郎の周囲に魔法陣が浮かび上がった。
「では、勇者殿……。良い旅を」
「ああ……。お前も首を洗って待ってろよ」
すっと魔法陣が身体を抜けていく。
そして現代最強魔術師は消えた。
後に残ったのは、光る粉。
暗くなり始めた空に漂い、やがて大気に吸い込まれるように霧散した。
次は18時になります。
多少短めですが、よろしくお願いします。




