第3話 ~ せっかちね。DTなの? ~
第3章第3話です。
オーバリアントの秘密がついに、です。
「さてと……」
とりあえず一区切りついたところで、宗一郎は見下げた。
雲の上にいる少女は少し頬を膨らませ、こちらを睨んでいる。
「あの人、何なんスか? やけに可愛い系ですけど……。もしかしてご主人の新たなにく――」
「そろそろ本気で殴っていいか?」
「すいません。冗談ッス。そッスよね。……ご主人があるみ様やライカ様に断りもなしに他の奴隷を買うなんて――」
「その発想から抜けろ! というか、何故そこにあるみとライカの名前が出てくる」
「またまた……」
うしし……と悪魔は笑う。
――殴りたい、この笑顔……。
宗一郎は気を取り直し、雲の上に降りるようフルフルに指示した。
「やっと降りてきた。……見せつけたいんだったら、他でやってくれる? ここはラブホじゃないんだから……」
綺麗にくびれた腰に手を当て、少女は息を吐く。
「じゃあ、混ざるッスか。今から3ぴ――」
「お前は黙ってろ、フルフル……」
「あい」
少女は大きく息を吐き出した。
「どうやら完全に私の呪術から逃れたようね。まったく……。走馬燈を使って記憶を取り戻すなんてゴリ押しすぎでしょ。映画でもアニメでもなかったわよ」
「貴様、何者だ?」
宗一郎は睨み付け、単刀直入に尋ねた。
少女は負けじと睨み返す。
ご主人の眼光にビビらない少女を見たのは初めてッス――と胸中で呟きながら、フルフルは2人を交互に見比べていた。
「わからない?」
明らかに挑発する。
宗一郎は眼をつむる。
考えるのに、さほど時間はかからなかった。
もう答えはとっくに出ていたからだ。
「お前がプリシラか……」
少女は薄く微笑み。
「ご明察」
見下すように応えた。
「立ち話もなんだし、座ったら」
プリシラは雲の中から2脚の椅子を取り出す。
自分は踵を返し、電子的なコンソールが付いた椅子の上に胡座をかいた。
「オレを拘束して、利用するんじゃないのか?」
「まあね。……でも、呪術が破られたならもう仕方ないでしょ。諦める」
「意外とあっさりしてるんだな」
「時間のかかる努力はしない主義でね」
「良かった」
「何が?」
「お前とは馬が合いそうにない」
宗一郎は笑った。
プリシラは「はあ」と息を吐いた。
「そんなの。ここに来てからわかってたことじゃないの?」
「それもそうだな。で――どうする?」
「あなたには引き続き協力してもらう。正確に言うと、あなたたちかしら」
「フルフルもッスか?」
「そうよ。……あなたも無関係じゃないの、悪魔ちゃん」
――フルフルを悪魔だと知ってる!
「やはりお前――」
「ええ。そうよ。あなたと同じ現代世界からやってきたの。お察しの通り、レベルアップもゴールドシステムも私が組み上げたものよ」
宗一郎が1番知りたかった情報を少女は、あっさりと暴露した。
本来なら《フェルフェールの魔眼》でも使って、白状させるところだったが。
――《フェルフェールの魔眼》……。
大事なことを思い出して、宗一郎はすぐさま起動した。
「ぐあ!」
途端、両目に激痛が走る。
眼を押さえて倒れると、雲の上でもんどり打つ。
「ご、ご主人!!」
フルフルは慌てて主人を介抱する。
「フルフルって言ったっけ? そこに目薬があるわ。毒も何も入っていない。単なる薬だからさしてあげて」
プリシラが指し示す。
雲の中から浮き上がってきたのは、現代世界で市販薬として売られている普通の薬だった。
フルフルは蓋を開ける。
少々迷ったが、暴れる宗一郎を抑えて、無理矢理眼をこじ開け、点眼する。
さらに暴れたが、次第に動きが緩慢になっていった。
フルフルに抱えられながら、なんとか上体を起こす。
いまだ痺れる眼をうっすらと開ける。
プリシラを睨む赤い眼から、憎悪が感じられた。
「残念だけど、あなたの魔眼は封印させてもらっているわ――といっても、私に対しての行使のみに限定しているけど……。さすがに私の呪術を破られて、この世界のシステムを壊されてもかなわないもの」
「なら、実力行使だ」
宗一郎はふらつく身体に鞭を入れつつ起き上がった。
「はあ……。魔術には造詣が深いようだけど、呪術には素人のようね」
「なに?」
「呪術ってのはね。術者が生きているうちは絶対に完成しないものなの」
「――――!」
「ああ、やっと気付いたのね。……そうよ。私が死ねば、一生この世界はこのままよ。それでも私を殺すというならどうぞ」
「ならば、お前を操って、オーバリアントを――」
「ま。……そうなるわよね」
コンソールに肘を預け、頬杖をつく。
「観念しろ……」
「慌てないでよ……。せっかちね。DTなの?」
「何を言ってるんスか! ご主人はバリバリの前も後ろもフルフルの――」
「うるさい!! お前は黙ってろ!」
「あい」
しゅん、とフルフルは肩を落とす。
先に切り出しのは、プリシラだった。
「私の話を聞いてからでも遅くはないでしょ? ……それに今のおかしな状況については、あんたたちにも関係があるんだから」
「おかしな状況は?」
「見たでしょ? ……あのオーガラストを――」
「イベントモンスターっスか?」
フルフルが口にした単語に、プリシラは少しキョトンとした。
「イベントモンスターね。確かに……。そうか。そういう解釈もできるわね。現時点で倒すことができない敵という意味では」
「自己完結するな。オレたちにもわかるように話せ」
「あら……。聞く気になってくれたのね」
「内容による。……それにどうせお前には、この世界を作った動機を喋ってもらうつもりだったからな」
「なるほど。……そうね。話し始めはそこからの方がわかりやすいか……」
よし、と自分の膝を叩く。
そして――。
「昔々――」
と語り始めた。
私がオーバリアントに来たのは、現代世界の時間でいうと25年前よ。
もう知ってるかどうかわからないけど、現代世界とオーバリアントの時間の流れが違う。あっちでは25年前でも、オーバリアントでは60年進んでるってわけ。
ま。そこらSF設定的な詳細は省くわよ。
25年前、現代世界で何をしていたかというとOLをやってたわ。
うだつの上がらない。お局にいびり倒されて、上司には尻を触られ、毎日泣くしかないような普通のOLよ。
で、宗一郎君は覚えていないかもしれないけど、日本にはチョー最悪な不景気があってね。バブル崩壊っていうんだけど、会社の業績が悪化して、次々と倒産していった時代よ。
もちろん、会社員なんて使い捨てよ。私も肩を叩かれた。
つまりは馘ってことね。
正直嬉しかったわ。
親からは辛くても辞めるな、って散々いわれていたからさ。こっちは頭がおかしくなりそうだったのに。
むしろ辞める理由が見つかって助かったぐらいよ。
ともかく辞めてさ。自宅に引きこもって、ゲームばっかしてた。
親も親で馘を切られて、でも再就職先見つからなくってさ。一時期、私の貯金で家が回っていた時もあったわ。お金だけは割と持ってたの。他の同僚はゴルフとかジュリアナとか遊んで、土地とかマンションを買いまくって、すかんぴんだったみたいだけどね。
とうとう親が首くくって、こりゃやばいってなった時、私の前に現れたのが。
オーバリアントの神様ってわけ……。
先に言っておくけど、この神様はもういないわよ。
私をオーバリアントの神にした時に死んでるから。
オーバリアントの神様――名前がないから旧女神とでもいいましょうか。
旧女神が私に言ったのは、まあ在り来たりなお願いよ。
「オーバリアントを救っていただけませんか?」
むろん、単なるOLに世界を救うような大それた力なんてない。
そんな力があるなら、くそったれな現代世界をぶっ壊すぐらいなことはしてたわ。
でも、その旧女神が、私の呪術はオーバリアントでは凄い力になるって説明した。
信じられないわよ。呪術っていっても、高校時代に流行ってたオカルト的な知識しか持っていただけなんだもん。
私は結構ドはまりして、割とディープなところまで突き詰めてたんだけどさ。呪い殺したくなるようなヤツは、腐るほどいたからね。
とりあえず、2つ返事で来てみたわ。
現代世界に残ってもろくな事はないし、異世界ファンタジーとか流行ってた頃だったから、興味はあったしね。
けど、来てみてこっちもクソだと思ったわ。
あ。ごめんね。なんか口悪くって。
昔の話をするとつい頭に血が上るっていうか。まあ、ちょっと我慢してよ。
60年前のオーバリアントって、とかく暑苦しいっていうかさ。男臭いっていうの。まあ、戦乱の時期だったわけ。
とにかく戦い戦いの日々。
さらにさ。どこぞの阿呆エルフが、異界からモンスターを召喚して、人間側が死にかけた状態になってた。それまで馬鹿みたいに人間同士で戦ってたから、泣きっ面に蜂だったんでしょう。
見かねたオーバリアントの神が、現場介入したくなるのもわかる惨状だった。
正直、途方に暮れたけどさ。
旧女神が永遠の若さを上げるとかいうから、仕方なくね。
若さってのはともかく、永遠にゲーム出来るって思ったら、あっさり食いついちゃってさ。まあ、別に後悔してないからいいのよ。ゲームできるし。
まず始めたのは、あんたたちと同じで現地調査。
女神っぽいこともやったわ。モンスターに襲われた村とか助けたりとかね。
呪術って遅効性なんだけど、割と速効で効いてくれるのよ、ここ。
だから即死系の呪術をバンバン使って、モンスターを葬ったわ。
でも、すぐに気付いた。
アホらしいって……。
自分1人で踏ん張ったところで、世界は救えないってわかったわけよ。
で、方針変換した。
私が凄い力を振るうよりは、少ない力だけど普通の人間でもモンスターを倒せる力を持たせれば、なんとかなるんじゃないかってね。
そうして編み出したのが、ゲームのシステムだったのよ。
システムは予想以上に順調だったわ。
結果的に、モンスターというなかなか勝てそうで勝てないという状況は、人対人の戦争をなくす事になった。その討伐に精一杯だったからね。
ゴールドというシステムも、停滞していた経済を循環させ、ジョブシステムも新たな雇用を促す事になった。
オーバリアントは、程よいバランスの上で成り立っていた。
ところがよ。
あんたたちがやって来た。
やって来てしまった……。
そしてすべてが覆されたのよ。
わかってる?
今のオーバリアントの状況は、あんたたちが生み出したのよ。
いいところで終わってすいません。
次の更新は明日18時になります。