第2話 ~ 72の悪魔にして、26の軍団を操りし伯爵よ!! ~
第3章 第2話です。
よろしくお願いします。
また最初からやり直しか。
そう思って、目を開ける。
視界に移ったのは、赤いタイル敷きの床ではない。
真っ白だった。
ふかふかとしており、まるで綿飴のような――。
周囲を見渡す。
視線の先にあったのは、青……。
どこまでも広がる大空だった。
そしてやっと雲の上だと気付く。
「死んだのか……」
驚いた。
――声が出る!
身体も自由に動く。
何故か、服も着ていた。
いつ着たのか覚えていないが、ちゃんと身体を隠している。
「しかたないわね。あなたにもういちど きかいを あげる」
振り返った。
そこにいたのは、あの王ではない。
椅子に座っているのは一緒だが、玉座ではない。
別種の煌びやかな電飾に彩られた――どこかサイバー感のある椅子に座っていた。
少女だった。
14、いや15ぐらいの思春期の少女が、椅子の上に胡座をかいて座っていた。
長い銀髪ツインテールに、薄青い瞳。
肌は動脈が浮き出るほど白く、未発達な胸を隠すことなく、ビキニのような露出度の高い衣服を身に纏っている。
両耳には大きなヘッドフォンをしていて、顔とのバランスが全くあってないように見えた。
――あれ……。こいつどこかで……?
「なんかおかしいわね?」
少女の眉間に皺が寄る。
「お前、誰だ?」
「あらら……。そんなコマンドを打ち込んだつもりないんだけど……」
「誰だ。貴様は?」
「もしかして、私の呪術が切れてる?」
――呪術?
何か聞き慣れたような単語なのに、意味が理解できない。
触った感触は覚えているのに、それがなんだか答えられないもどかしい気持ちになる。
「ここはどこだ? こんなところで何をしてる?」
少女は目を細める。
口端を広げ、薄く笑った。
「そんなことよりも、あなたにはもっと聞きたいことがあるんじゃないの?」
「なに?」
「たとえば……。自分の名前とか」
「――――!」
黙る……。
そうだ。依然として名前がわからない。
さっきまで“そういち”と呼ばれていた。
だが、それもなんだか違う。
何かが足りないような気がする。
「なるほど。どうやら呪術の効き目が薄くなっているのかもね」
椅子の上に少女は立ち上がった。
そっと細い腕を差し出し、手招きをする。
「来なさい。もう一度、かけてあげる」
「ふざけるな!」
そうだ。
何が何だかわからないが、これだけは確信できる。
きっと操られていたのだ。
ずっとこの目の前の少女の傀儡となって、何度も何度も繰り返し、そして死んだのだ。
後ずさる。
「言うことを聞かないなら、本当に今度こそ殺すわよ」
「断る! この身体は……。この身体――」
――そうだ! この身体は“オレ”のものだ。
だが、誰だ?
本当に誰なんだ?
なんだろう? この感覚は?
目の前に答えがあるのに、やはり自分の記憶の中でつながらない部分が存在する。
思い出そうとしても、思い出すことが出来ない。
悩んでいる内に、少女は近づいてくる。
翻り、逃げ出した。
少し弾力感のある雲の上を走る。
しかし数メートル歩いたところで、止まった。
下に見えるのは、底の見えない奈落……。
「鬼ごっこはおしまいよ」
背筋が凍るような言葉をかけられる。
慌てて振り返ると、少女が立っていた。
「何者なんだ!? “オレ”は!」
「そんなことはどうでもいいのよ。あなたは私のお人形。それだけでいい」
「いやだ!」
駄々をこねるみたいに激しく首を振る。
――なんとかしなければ……。
そっと首だけを動かし、もう一度奈落を見つめる。
飛び降りて、無事に助かるとは到底思えない。
だが、選択の余地はない……。
ゆっくりと振り返った。
「ちょっと! 何する気……」
「飛び降りるのさ」
「馬鹿なの! そんなことをしたら――」
「死ぬかもしれないな」
「そうよ……。だから」
「でも、死なないかもしれない!」
「本当に馬鹿なの! 助かるわけない。……そんなの“不可能”よ!!」
ピクッ……。
全身に電撃が走り、身体が一瞬総毛立ったような気がした。
思い出したわけではない。
今一瞬、感情が強く揺さぶられたような気がした。
とても不快な気分なのに、内臓の奥から興奮してくるような感覚……。
思わず頬が緩んでしまう。
「なに笑ってんの?」
「笑う……? オレが、か……」
「ええ……」
「そうか」
“なら、きっとこの目の前の障害は、絶対越えなければならないものなのだろう”
手を広げる。
どこかの救世主のように……。
そして――。
背中から落下した。
重力に逆らうことなく、容赦なく落ちていく。
ふと見上げると、少女が何か叫んでいるようだった。
自然と頭が下になる。
目をつむった。
走馬燈が見える。
人が死の瞬間に見えるアレだ。
――そうだ。今ならわかる。
最初に浮かんできたのは、墨を垂らしたような黒髪の女性。その眼光鋭い瞳で、睨んでいる姿。
次に出てきたのは、小さな女の子。濃いブロンドに緑の瞳を持つ小さな幼女。薄桃色のドレスに、花蕾の杖を持っていた。
さらに現れた幼女はさらに小さかった。
おかっぱ頭に「・」だけで表現出来るつぶらな瞳で、じっとこちらを見つめている。その隣には、「あらあら」と口元を手でおさえ、若い女性が立っていた。
王者の風格をそのまま玉座に押し込んだような男が現れる。
獅子の鬣のような髭を触り、薄く微笑んでいた。
次に現れたのは4人の普通の家族。
2人の子供は大きく手を振り、両親が笑顔でそれを見つめている姿。
まだまだ人が現れる。
白髪の老兵。金ぴかの鎧を纏ったスペルマスター。如何にも出来る女という感じの眼鏡エルフ。盾を持った重戦士に、ナイト、賢そうな魔法士……。
そして満を持して現れたのは、金髪の少女だった。
少女は姫君だったが、ドレス姿ではなく、雄々しいとさえ思えるほどの鎧の姿。
騎士にするには惜しいほどの白い肌。幾多のモンスターを葬ってきたとは思えぬ華奢な体躯。
立てば芍薬座れば牡丹――という言葉があるが、彼女の場合、戦っていても、例えそうでなくても、美しさは変わらない。
見る角度を変えると色が違ってみえる宝石のようだった。
ほっと心の中が暖かくなる。
ぼんやりと少女を思い浮かべながら、まるで虚像に割り込むように1人の少女が現れる。
薄紫の髪に、褐色の肌。瞳の色は金色。
頭には小さな2本の角を生やしている。
小さな八重歯を剥き出しにし、笑いながら女は元気よく言った!
「ご主人!!!」
カッと見開く。
そしてあの笑顔に応えるかのように笑みを浮かべた。
「ふっ……。まさか――お前の顔を見て、すべてを思い出すとはな」
――因果というか……。つくづく腐れ縁とでもいうのか……。
「でも、まあ……。応えてやるしかあるまい」
手を掲げる。
大きく、奈落へ向かって。
そして、宗一郎は叫んだ。
「出でよ。72の悪魔にして、26の軍団を操りし伯爵よ!!」
虚空に声が飲み込まれた瞬間――。
奈落から声が聞こえた。
「は~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~い!」
長く元気な声が近づいてくる。
視界に影が映ったかと思うと、宗一郎の身体を受け止める。
そのまま上昇すると、先ほどまでいた雲を突き抜け、真っ青な大空へと飛び出していった。
「ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人」
ご主じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んん!!
悪魔の絶叫が、喜びの声が、無限と思える宙に広がっていった。
「すまんな。フルフル……」
宗一郎はやっと従者であり、契約者であり……。
そして悪魔であるものの名前を呼んだ。
フルフルは、宗一郎の胸に抱かれながら、眼を腫らし泣きじゃくった。
「フルフル……。ずっと待ってたッスよ。ご主人が喚んでくれないから。いつまでもいつまでも喚んでくれないから。ずっと待ってたッスよ」
エ~ン、と泣き叫んだ。
子供のようにむせび泣くフルフルの頭を、宗一郎は優しく撫でた。
そして……。
「フルフル……」
また名前を呼ぶ。
「はい。ご主人!」
悪魔の少女は顔を上げた。
宗一郎は微笑み――。
“どさくさに紛れてオレの股間に手を伸ばすのはやめろ”
一気に鬼の形相に変貌した。
「ありゃ。ばれた」
「ばれたではない!」
「ええ……。だって、ご主人がいない間、寂しかったッスよ。何度も何度も、ご主人の〇〇を想像して、何度も何度も〇〇をして、でも満足できないから、〇〇〇を試してみたんスけど、あれとってもつめ――」
「感動の再会の瞬間から、下ネタを連発するな!」
「ご主人だって、フルフルいない間、溜まってるんじゃないスか。……ほら、ちょっと大きくなってきたような……」
「だ、だから、触るな」
「ほれほれ……。ここがエエんやろう」
「いい加減に――」
宗一郎は拳を振り上げる。
フルフルは来るべき痛みを堪えるために、反射的に眼をつむった。
が――。
一向に拳は落ちてこない。
それどころか振り上げられた拳は、無害なまま下ろされた。
「まあ、今日ぐらいは殴らないでおいてやる」
「ほへ?」
「オレも悪いからな」
主人の顔が赤くなっていた。
フルフルはビックリしたが、やがて表情が輝いていく。
「おお! おお! ご主人がデレったスよ!! これはどういうことッスか! 写メ! 写メとっとかなきゃ! ああ! しまった! 壊されてたの忘れてたあ!」
ならば――。
手を使って、金色の瞳を大きく広げた。
「心の眼で、しかと記憶するのですよ」
「相変わらずだな……。お前は」
「そりゃそッスよ。……フルフルはフルフルッスからね」
――フルフルはフルフルか……。確かにな。
宗一郎は笑う。
自意識という点では、フルフルの“高さ”には負けているような気がした。
「ところでご主人……」
「なんだ?」
「じゃあ、なめるのと入れるのとどっちがいいスか?」
いまだ離さない股間の手をもぞりと動かした。
「調子に乗るな」
コテン……。
と小さな音を立て、宗一郎は薄紫色の頭をこついた。
さほど痛いわけでもないのにで、再びフルフルの眼に涙が浮かぶ。
「へへ……。ご主人はこうでなくっちゃ」
心底嬉しそうな顔だった。
というわけで、フルフルと合流です。
いつも通りッスねw
明日も18時に更新予定です。
※ 本日カクヨム様に投稿しております
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