第1話 ~ おお そういち! しんでしまうとは なにごとだ! ~
第3章 第1話のはじまりです。
オープニングからいきなり「え?」と驚かれるでしょうが、
よろしくお願いします。
“おお ××××! しんでしまうとは なにごとだ!”
声が聞こえた。
“しかたのない やつじゃな。そなたに もういちど きかいを あたえよう!
誰…………?
そして声は聞こえなくなった。
薄く目を開けた。
床が見える。
赤い床だ。煉瓦を幾重にも重ねたようなタイル敷きの床。
――どこだ、ここは?
浮かんだのは疑問だ。
ふと突然、声が前から聞こえた。
「おお そういち ! ゆうしゃの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ。」
顔を上げる。
男がいた。
煌びやかな玉座に座り、肘掛けに手を置き乗り出すように座っている。
恰幅はよく、濃い赤のジュストコールに虎の毛皮のようなものを羽織っている。髭を蓄えた顔は険しく、頭にはそのものの身分を表すように金と宝石でしたためられた王冠が乗っていた。
間違いなく国の王だろう。
しかし見たことがない。
――そういえば……。
ふと思い出す。
というよりは気付いた。
何故か思い浮かばないのだ。
自分の名前を。
自分が何者であったかを……。
先ほど、王はなんと言った。
自分を一体何と呼んだのだろうか。
しかし疑問を挟む余地もなく、王は喋り続けた。
「その むかし ゆうしゃ が カミから ひかりのたまをさずかり まものたちをふうじこめたという。」
ゆうしゃ?
カミ?
ひかりのたま?
まもの?
――何を言っているのだ?
さっぱりわからない。
それよりももう一度言ってほしい。
自分の名前を今一度呼んでくれ。
「しかし いずこともなくあらわれたあくまのけしん りゅうおうが そのたまをやみにとざしたのじゃ」
りゅうおう……。
またわからない単語が現れた。
しかし質問をすることが出来ない。
そもそも喋ることも出来ない。
身体を動かす事も。
ただずっと王の前で傅いている。
「このちに ふたたびへいわをっ!」
王は熱弁を振るう。
「ゆうしゃ そういち よ! りゅうおうをたおし、そのてから ひかりのたまをとりもどしてくれ!」
王は立ち上がり、さっと手を振る。
差し示した方向に、視界が移る。
おかしい……。
自分の意志とは関係なく、今顔が動いたような気がする。
それに王は今「そういち」と言ったのか。
それは自分の名前なのだろうか。
だが、しっくりこない。
何か抜けているような――腑に落ちないのだ。
「わしからの おくりものじゃ! そなたのよこにある たからばこを とるがよい!」
向いた先の視界には、宝箱が置かれていた。
「では また あおう! ゆうしゃ そういち よ!」
身体が動くようになった。
だが、依然として自分のコントロールで動かす事は出来ない。
まるで人の動く様を、その視界から見ているかのようだった。
“そういち”は宝箱を開けた。
中には120ゴールドが入っていた。
――いや、待て。120ゴールドとはなんだ? この世界の通貨単位は……。
待て待て。
この世界とはなんだ?
通貨単位とは?
わからない。
記憶が一瞬出かかるのに、答えの前に辿り着いた瞬間、何か得体の知れない壁に阻まれるような感じがする。
作為的――とすら感じてしまう。
“そういち”はさらに横の宝箱を開ける。
棒きれの先端に布が巻かれている。かすかに油の臭いがした。
おそらく松明だろう。
何に使うのだ?
首を傾げるだけだ。
“そういち”は何も疑問を思わないのだろうか。
淡々と部屋の中にいる兵士に話しかけていく。
謁見の間から出ると、階下に行き、様々な人に話しかけた。
兵士。老人。女性。商人。子供。ドレスを纏った姫。
城とおぼしきそこには十人十色――色々な人物がおり、“そういち”を見て様々な反応と話をする。
“そういち”はすべて黙って聞いていた。
やがて“そういち”は王城を出て行く。
そこに広がっていたのは、城下町だった。
町には数え切れないほどの人がいた。
さすがに“そういち”はすべてに話しかけなかったが、また兵士や男、子供や老人に至るまで多種多様な人物に話しかける。
時には人の家に入り、箪笥や壺の中をのぞき込み、使えそうなものを拾っていく。
――おい。いいのか、“そういち”。お前、勇者だろ……。
いつの間にか、自分は彼のことを“そういち”と呼び、リアルタイムに繰り広げられる勇者の行く末を見守った。
“そういち”は武器防具屋に入った。
「ここは ぶきとよろいの みせだ。なにか かうかね?」
店主は「いらっしゃいませ」とも言わず、また営業スマイルもせず、ぶっきらぼうに言い放つ。
“そういち”は何も文句をいわず、メニューをのぞき込んだ。
たけざお 10
こんぼう 60
どうのつるぎ 180
ぬののふく 20
かわのふく 70
かわのたて 90
正直、微妙だと思った。
武器が高いのか、それとも王様がケチくさかったのかわからない。
120ゴールドもあれば、それなりのものが買えると思ったが、予想外の展開だった。
せめてあと10ゴールドあれば、「こんぼう」「かわのふく」という中位クラスの装備が出来るのに……。
おそらく王様がケチだったのだろう。
“そういち”は「こんぼう」と「ぬののふく」を買う。
そう言えば、「ぬののふく」を今頃買うということは、一体“そういち”は今までどんな格好をしていたのだろうか。
まさか全裸で王様と謁見していたのだろうか。
ならば、王様は何故叱らなかったのだろうか。いい身体だと思っていたのだろうか。それとも、正直者にしか見えない衣服なのだと割り切っていたのだろうか。
――それはいいとして、“そういち”。お前、全裸で女に話しかけていたのか……。
ゴホン!
とりあえず気を取り直してみる。
きっと“そういち”は何かを着ているのだ。そう信じることにする。
“そういち”は城下町を出た。
気がつけば夜だった。
北へと向かう。
そこに洞窟があるという話を聞いたのだ。
夜の草原をテクテクと歩いて行く。
すると、それは突如として現れた。
一見、ドロリとヘドロ状になった沼のように見えた。
しかしそれは意志を持ち、目の前に立ちはだかった。
モンスター……。スライムだ!
“そういち”は勇猛果敢に挑む。
「はああああああ!!」
気勢を上げる。
だが、ある事に気付いた。
――おい! やめろ!!
叫んだ理由は明白だ。
“そういち”は折角、城下町で買った武器防具を装備していなかったからだ。
ゼリー状のスライムに無謀にも打撃を加えていく。
だが、ダメージは少ない。
せいぜい1か2、良くて3だ。
さらに不運にも3回ミスしている。
“そういち”の体力がみるみる減っていく。
ステータス画面がオレンジに変わった。
――逃げろ!
願いが通じたのか。
“そういち”は逃げを選択する。
しかし敵に回り込まれてしまった。
どれだけ運がないのだ。
だが、次の攻撃でやっと倒すことに成功する。
あのゼリー状のモンスターにどうやって打撃だけでダメージを与えていたのか――そのメカニズムはさっぱりだが、ともかく安心する。
しかし、問題はどうやって回復させるかだ。
回復薬はない。もちろん魔法もだ。
街に戻るしか手立てはない。
モンスターが現れないことを祈った。
しかし、瀕死の“そういち”が一歩踏み出した途端、それは現れた。
とんがり帽子に、嫌らしい目つき。そして長い舌。
足はなく、蛇のように1本の尾をニョロニョロと動かしている。
まるで童話に出てくるようなお化けみたいだ。
だが、明らかにスライムよりも知性があるような気がした。
――逃げろ!
とまた叫んだが、何故か“そういち”は『たたかう』ことを選択した。
弱いと踏んだのか、それともあの顔にイラついたのか。
まだ装備も整えていないというのに、お化け――ゴーストに突っ込んでいく。
だが、あっさりと回避された。
そして……。
ゴーストの攻撃が突き刺さる。
大ダメージ。一気に《体力》が「1」になる。
“そういち”は今度こそ「にげる」を選択するが、簡単に回り込まれてしまった。
ゴーストの攻撃!
回避できず……。
《体力》は「1」になる。
ステータス画面が真っ赤に染まる。
“そういち”は死んだのだ。
どこからともかく、悲しげな音楽が鳴る。
不意に目の前が真っ暗になった。
闇の中。いきなり暗穴に放り込まれたかのような感覚……。
そしてどこから声が聞こえてくる。
“おお そういち! しんでしまうとは なにごとだ!”
それは最初に聞いた言葉と――名前以外――一言一句同じものだった。
というわけで、第1話でした。いかがだったでしょうか?
ドラクエ1、ソシャゲで復活しないかなあ(切実)
明日も18時です。
よろしくお願いします。