外伝Ⅱ ~ 最強の女たちの談笑 ~ ③
外伝Ⅱの第3話めです。
よろしくお願いします。
あ、と男が立ち止まる。
出てきた少女の格好にでも驚いたのだろうか。
一瞬、呆気にとられると、サングラスを直した。
「清川アカリ様ですね」
「そうよ。……あんた、なに? 道に迷ったって雰囲気じゃないわね」
「まだ詳細は明かせませんが、あなたのお力を必要としている国がございます。どうか我が国にいらしていただけませんか?」
「へぇ……。私がどういう存在かわかってるの?」
「杉井宗一郎様の師で、ご自身も魔術師だと窺っています」
「ああ……。あの不肖の弟子ね。で――私を拉致ってどうするつもり? あんたの国の大統領だか首相だかの息子に魔術でも教えて差し上げるのかしら……。それともその慰みもの?」
「丁重にお連れしろ、と……」
「ふーん。宮使いは辛いわね」
「どうか。大人しくご同行いただきたい」
「嫌だっと言ったら?」
「少々手荒になってしまいますが……」
「じゃあ、そっちで行きましょう」
「えっ――――?」
瞬間、アカリの目が炎のように光る。
そして――。
「汝、閃く炎よ。我、汝と交渉せし者なり。汝はその完全なる栄光をもちてすべてのものを啓く。この限りなき霊は全てのものを育て、汝が着る尽きせぬ炎は、数え切れぬもので満たすであろう」
どこからともなく、アカリの周りに火が現れた。
逆巻く炎は一条のロープのように絞られ、彼女を中心に回転を始める。
気温差が生じたことにより、風が巻き起こり、黒いマントと中に着たスカートがめくれ上がった。
「汝は元素の王国の中の三番目の一団として我らを創造した。我らが試練は汝を讃え、その望みを崇拝することなり。我ら永遠の熱望にくべる薪なり。おお、全て形の中の形よ。今一度、我の体以て、栄光なる輝きを放たんことを!」
滝が逆流するかのように、唐突に炎が燃え上がった。
同時に凄まじい熱風が狭い室内を駆けめぐる。
中から様子を窺っていたあるみは、飛び込んできた熱風から自身の気道と目を守った。普通にしていれば、目と口がカラカラになっていたことだろう。
気温が一気に上昇する。風が内耳を突き刺すように咆吼をあげ、一面を赤く染め上げた。見えない魔獣が側で暴れているようだった。
あるみと同じく防御態勢を取った男はそっと手を離し、様子を伺う。
その目は一気に見開かれた。
「なんだ。それは」
声を震わせる。
アカリの横に1匹の蜥蜴がいた。
そのサイズは普通のものを越えている。
ガラパゴスオオトカゲのような巨大な蜥蜴。全長で言えば、ちょうど大柄な人間ぐらいはあるだろう。しかし大蜥蜴の異姿はそれだけに留まらなかった。
全身が紅炎に包まれ、ごつごつとした肌はまるでマグマのように光っていたのだ。
「サラマンダー……」
ネイティブな発音で呟いたのは、白人の男だった。
「あら、よく知ってるわね」
薄く不敵に微笑む。
「わかっているのか? 清川アカリ! 我々に敵対するということは、我が国に敵対――」
「へぇ……。で? その国ってどこよ」
白人の男は歯を食いしばり、後ずさる。
「私も拝聴したいものですね」
ログハウスから出てきたのは、あるみだった。
「あるみ……。まだ出てきては駄目よ」
「どうやら私を狙ってやってきたようではないようですし……。それに――」
眼鏡の奥から、アカリを見つめた。
「あなたならこれぐらいの輩から私を守るぐらい造作もないでしょ?」
アカリの顔が少し赤くなる。
「ま、まあね」
鍔を抑えて顔を隠した。
「あ、あるみ……。まさか! 黒星あるみか!」
「はい。第103代内閣総理大臣黒星あるみですよ。他国の諜報員殿。さて、どこの方でしょうか? CIA、KGB、MI6、それともモサドでしょうか? もしくは総参謀情報部? ……まあ、残念ながら我が国にはスパイを拷問にかけるなんて法律はありませんが、銃器の不正輸入ということで日本の警察の取調室でこってり絞ることは出来そうですね」
「くそ! ええい! 撃て! 撃て!!」
叫んだ。
物陰から一斉に武器を持った戦闘員が顔を出す。
アサルトライフルを構え、躊躇うことなく銃把を引いた。
タタタタッ、という小刻みな音とともに、あちこちで銃火が閃く。
「サラマンダー! 焼き払いなさい!!」
「カゲカゲ!!」
威勢良く飛び出すと、サラマンダーは口から炎を吐く。
それは炎というよりは、巨大なレーザー光線だった。
「ひいぃ!!」
男は情けない悲鳴を上げて伏せる。
なぎ払われた炎の光条が、放たれて弾を蒸発させる。
一拍おいた後、大爆発とともに周囲を焼け野原に変えてしまった。
戦闘員の大半が吹き飛ばされ、あるいは炎を浴びて戦闘不能になる。
「少しやりすぎでは?」
ハンカチで口を押さえ、舞い散る灰を手で払いながらあるみは言った。
「いいのよ。……どうせこいつらは、存在しない人間なんだから。さあて、話してもらいましょうか?」
ニヤリと笑う。
頭に手を当て蹲る大柄な男に、サラマンダーをけしかける。
炎の舌でちろりとなめると、金髪の頭が燃え上がった。
「あちゃちゃちゃちゃ!」
慌てて、手で払う。しかし時すでに遅く。男の頭は周囲と同じく、焼け野原になってしまった。
「次は、どこを燃やして欲しい?」
ずいっと身を乗り出し、男に迫る。
「た、助けてくれ!」
涙ながらに命乞いをする。
「それじゃあ話しなさい。あんた、どこの国の諜報員なの……」
「わ、私は……その――――」
瞬間、男は何の前触れもなく燃え上がった。
「アカリ!!」
「私じゃないわよ」
「まぁったく……。最近の諜報員は使えないなあ……」
声が聞こえた。
野原に巻かれた炎と煙にまみれながら、その男は現れる。
黒髪に、黒色の瞳。肌は浅黒く、小柄で猿のような顔をしている。
白人でも、黒人でもない。あるみやアカリと同じく、東洋人の顔つきをしていた。
「魔術なんかにビビって、あっさり自分の身分明かすなんて愚の骨頂だろう。あんたもそう思わないか? 魔術師さんよ」
黒のロンTに、薄い青のダメージジーンズというラフな格好の男は、ポケットに手を入れ、歯を剥き出しにして笑った。
アカリは猫の目を一層細めて睨んだ。
「魔術師ね……。そういうあなたも魔術師でしょ?」
「ご明察。あは! シンパシーってヤツかな? なんか俺とあんた気が合いそうな気がする」
「御免被るわ。……私、ダメージジーンズとか着る男って嫌いなの」
「残念だな。んじゃ……。死ぬことになるけどいいか?」
「そっくりそのまま返すわ。勘違い野郎」
アカリの目に、再び赤い光が宿る。
「アカリ……」
「ハウスに戻って、あるみ……。中なら安心だから」
「わかりました。気を付けて下さい」
「心配しないで。……これでも世界最強の魔術師の師匠だからね」
アカリは一切あるみの方を向こうとはせず、そのまま一歩踏み出す。
その態度から察したあるみは、素直に指示に従った。
「なあ……。あんた、あの世界最強とか嘯いてる――勘違い魔術師の師匠なんだってな」
「あら……。それはどこのどなたかしら。世界最強ならここにいるのにね」
「あはっ! よくわかってるじゃん。……もちろん、おれ――」
「私のことだけどね」
言葉をかぶせられ、しかも堂々とナンバーワン宣言をされた男は、あからさまに顔をしかめた。
「まあ、いい。――で、話に戻るけど、俺にも弟子がいてさ。その勘違い君に骨まで残さず消されちゃったんだよね」
「へぇ……。仇討ちってわけ?」
「いいや。お礼がいいたくってさ? あんた、どこにいるかしらない?」
「あいつなら異世界にいるわよ」
「わお! マジ! そいつはクールだね――とかいうと思ってんのかよ」
男は腕を振る。
射出されたのは、炎の塊。
とんがり帽子の横をかすめるようにして飛んでいくと、後ろのハウスに直撃した。
「はっはー! どんなもん――」
激しい爆発と轟音。
そして黒煙が上がった。
だが、風に払われ、露わになったハウスは全くの無傷だった。
アカリは我が家を振り返りもせず、男に向かって言った。
「一見なんの変哲もない家に見えるけど、かなり硬度の高い結界なのよ。あんたの粗チンみたいな攻撃じゃ。ビクともしないわ」
やだ、私ったら下品――と思いも寄らない言葉に、アカリは慌てて口を塞いだ。
呆気にとられていた男だったが、やがて気を取り直し、向かい合った。
「は! それがなんだってんだ! あんたがいる場所は、外じゃねぇか」
すると男は唱えた。
“熾天使カスマリムよ! 融合の火をくべるものよ! 我に加護の炎を灯せ!”
魔術師の身体に、炎が大蛇のように巻き付く。
顔すら火で覆い、現れたのは炎の化身だった。
「さあて、極上の炎属性対決と行こうか……。勝つのは俺だけどな」
「あら? なんで?」
「は! 目に見えているだろ? そっちは小さな精霊! こっちは天使の力だぜ! 勝敗はわかりきってるっつの!」
「やって見なくちゃわかんないわよ」
「やって見なくてもわかるっつの!!」
炎の化身が突進してくる。
目の前に立ちふさがった火蜥蜴を軽く蹴散らし、やすやすとアカリの間合いに入り込む。
とんがり帽子の少女はただ見ているだけだった。
男は反応できていないのだと判断した。
そしてあっさりと少女を炎の手で拘束することに成功する。
「熱いか?」
「全然」
余裕すら感じられる表情で、アカリは首を振った。
「なら、てめぇの股がおつゆでびしょびしょになるぐらい熱くしてやんよ!!」
「期待しているわ」
笑う。
瞬間、アカリは炎に飲み込まれた。
次が最終話です。
本日18時の予定です。よろしくお願いします。