外伝Ⅱ ~ 最強の女たちの談笑 ~ ②
外伝Ⅱの2話目です。
よろしくお願いします。
「久しぶりに来たんだもの。お茶ぐらいしていきなさいよ」
ダイニングに場所を移し、2人はお喋りを始める。
アカリはキッチンを漁りながら「あれ? あれ?」と声を上げてる。
「ごめん。インスタントしかないわ」
「お構いなく」
テーブルの周りに並べられた椅子の1脚に座ったアカリは言った。
甕から水を汲み、ヤカンに注ぐ。
そしてノーモーションで唱えた。
「出てきなさい。サラマンダー」
呪唱――というよりは、まるでペットでも呼ぶような言い方だった。
現れたのは1匹の小さな火蜥蜴だった。
シンクの上に置かれた五徳に寝そべる。
アカリはその背に水を入れたヤカンを置いた。すぐにピーと音を立てて、水が沸騰する。
「はい。ご苦労さん」
マッチ棒を放って渡すと、サラマンダーはムシャムシャと頭薬を食べ始める。
飲み込み、満足すると空気に溶け込むように消えてしまった。
「相変わらず、不思議な力ですね……」
「今さら珍しがることもないでしょ。あなたの場合は」
「それもそうなのですが――」
カップにティーバッグを入れると、お湯を注ぐ。
ややかび臭かったログハウスの中が、紅茶の香りに満たされていく。
ソーサーに載せ、2客のティーカップを机の上に並べた。
「総理大臣様の舌に合いますかどうか」
「期待はしてませんよ」
あるみは手を合わせて「いただきます」と言った。
ソーサーを持ち、カップの把手に指先を掛けるとお上品な感じで口を付けた。
厚い紅茶が胃に染み渡る。
汗が引いた身体を程よく温めてくれた。
そんなあるみを見ながら、アカリも紅茶に口を付ける。
カップを置くと、肘をついて尋ねた。
「本当に久しぶりね。……ところで宗一郎は一緒じゃないの?」
あるみは一拍遅れてカップをテーブルに戻した。
中身は空になっている。思いの外、喉が渇いていたらしい。
「やはりまだ知らないのですね?」
「?」
「彼なら、異世界ですよ」
アカリはふっと息を吸う。猫の目が丸くなった。
「あら、本当に?」
「魔術が失敗していなければですが……」
「失敗はないでしょ。あいつのことだから。意識高いし。万全の準備をしていると思うわ」
「だといいのですが――」
「なに? 幼なじみが心配?」
ヒュン、と刀で切るような音が鳴る。
アカリの鼻先に差し出されたのは、1客のティーカップだ。
「おかわりいただけますか?」
あくまでその声は冷静だったが、激しい怒気が隠せていなかった。
――素直じゃないのは、相変わらずね。
決して口に出せない感想を胸中で呟きながら、アカリはキッチンに戻る。先ほどと同じ手順で、おかわりを作り始めた。
「宗一郎は彼女に会えたでしょうか?」
アカリの背中にあるみは話しかける。
一瞬、手を止めたアカリだったが、すぐに作業に戻る。そして。
「どうかしらね……。顔なじみっていうわけじゃないし。会っても気付くかどうかなんてわからないでしょ」
「そうですか……」
アカリはおかわりを差し出す。
椅子に座り頬杖をつくと、俯き加減の女性首相をのぞき込むように見つめた。
「心配……?」
「そんなことをしなくても、いつかは出会う運命にあるのでしょう。そもそもそう言ったのは、あなたじゃないですか?」
あるみは再びティーカップを持ち上げ、口を付ける。
「違うわよ。私が言っているのは、宗一郎が取られるんじゃないかってこと……」
ぶほっ……。
盛大にあるみはふきこぼした。
「あなたにしては、わかりやすい反応ね。ちょっと待ってて、布巾を持ってくるから」
パタパタとキッチンに引き返す。
あるみはハンカチで口元を拭いながら、黒いマント姿の少女を睨んだ。
「あ、あなたが気持ち悪いことを言うからです!」
「はいはい。ごめんなさい」
布巾を渡す。
幸い着ていたのがナイロン製-のパーカーだったため、シミにならなくてすみそうだった。
アカリは台拭きでテーブルを拭き、またお茶のおかわりを入れる。
再び2人は向かい合った。
「素直になればいいのに……。告白だってしてないんでしょ?」
あるみの顔が少し赤くなる。
カップの把手を握っていただけで、紅茶を口に入れていなかったが、飲んでいればまた拭きだしていたかもしれない。
「……そ、それっぽいことは、い……言いました」
「へぇ……。どんなどんな?」
バキューン!!
反射的に撃ってしまった。
弾はとんがり帽子の鍔をかすめるように飛んでいく。
「あ、あまり詮索しないで下さい。これはプライベートな問題です」
「プライベートな問題で、人に向かって銃を撃たないでくれる……」
アカリはやや青ざめた顔で抗議をした。
「それに私たち友達でしょ? いいじゃない教えてくれても」
「国家の諜報機関を使わなければ会えない友達なんて、友達と果たしていえるのでしょうか。そもそも一体今まで、どこにいたんですか?」
「内緒……。まあ、世界をあちこちね。日本に戻ってきたのは、割とつい最近よ。……もしかして寂しかったのかな、女性首相は?」
「…………」
再び頬を染めるあるみを見て、アカリは驚いた。
「まさか図星とはね……」
「私だって、人恋しくなる時があります」
「あなたの周りにはたくさんの人がいるはずよ」
「今の私の周りには、悪魔かけだものしかいませんよ」
「なるほど。……総理大臣も大変よね」
「…………」
ふとあるみは押し黙った。
冴えない己の顔を、赤い紅茶に映し、切り出した。
「首相を辞めようと思います。次の通常国会までに」
アカリはそっとティーカップをソーサーに置いた。
「本気?」
と尋ねると、黒い髪が静かに縦に揺れた。
「はい。私の存在意義は失われました。……ほとんど私のわがままみたいなもので、総理大臣をやっていたのですから」
あるみが首相になった理由。
1つは宗一郎をバックアップするため。
2つ目は、目の前の友達を探すため。
この2つが叶った今、彼女にとって総理大臣をやる意味はない。
「そう……。まあ、あなたがそう判断するなら、それでいいと思うわ。あなたは私よりずっと賢いし、思いつきでそんなことを言うような人間じゃない」
「…………」
「宗一郎を待つって決めたのね」
ますますあるみの顔が赤くなるどころか、暗くなっていく。
ぼそりと切り出す。
「それがどれだけ意味がないことかはわかっているつもりです。彼の運命は決まっているのですから……」
墨を垂らしたような真っ黒な髪に、アカリは軽くチョップを食らわせた。
あるみはビックリして、目の前の少女を見つめる。
「こーら。運命なんて関係ないわ。色恋を運命なんてもので決められたら、世界のカップルの半分以上は成立しないわよ」
「……そ、そんなものでしょうか」
「大事なのはね」
ビシッとあるみを指さす。
「宗一郎のエンドロールの中に、あなたがいるかいないかじゃないの?」
「…………そ、それは――」
不可能――と言いかけて、彼女はぐっと口を噤んだ。
頭に浮かぶのは宗一郎の顔。
彼がもっとも嫌う言葉を言いそうになっていた。
するとアカリはおもむろに立ち上がった。
なに? とあるみは顔を上げる。とんがり帽子の少女の顔が一転して、険しいものに変わっていた。
テーブルを周り、窓の横に貼り付く。
「どうしました?」
尋ねたが、アカリは答えない。
代わりに、手を振って「ふせろ」と合図した。
その行動を見て、あるみはすべてを理解する。
何かよからぬ者がログハウスに近づいて来ているのだろう。
あるみは四つん這いで窓の側にやってくる。
ホルスターから銃を抜き、安全装置を確かめた。
「敵ですか?」
「さあね。……少なくとも登山者って感じじゃないわ。全員武装してるようだし」
「武装……!」
叫びそうになった口を慌てて押さえた。
宗一郎が異世界に旅立ってまだいくらも月日が経っていない。なのに、自分の国に謎の武装集団がいる。あまりに展開が早すぎて、思わず呆れそうになってしまった。
許しがたい事実だ。
「どこの国かわかりますか?」
「宗一郎ならわかるかもだけど、私はミリオタじゃないんでね。でも、ちゃんと訓練されてるわね。うまく身を隠してる。私の結界に引っかからなかったら、気付かなかったとこだわ」
窓外にはのどかな山の風景が広がっているだけに見える。
しかし、雑草や木々、沢の岩の影に、迷彩服を着た男たちが隠れ潜んでいた。
「誰か来る……」
スーツ姿の白人の男。ブロンドを後ろになでつけ、MIBの職員みたいな黒のサングラスを掛けている。ガタイは大きく、ちょっと力を入れたら、カートゥーンみたいにスーツが破れそうだ。
単純に考えるなら欧米系の諜報員だろうが、姿形だけで判断できるほど、スパイの世界は甘くない。
「あなたはここにいて。私がいいと言うまで、顔を出さないでね」
「大丈夫なのですか?」
「私を誰だと思ってるの?」
猫の目がウィンクする。
マントを翻し、入口に立つと躊躇わずドアを開けた。
明日も2本立てです。
1本目は12時。2本目は18時です。
外伝Ⅱは明日で終わる予定です。
よろしくお願いします。