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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝Ⅱ ~ 現代にて ~
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外伝Ⅱ ~ 最強の女たちの談笑 ~ ①

今日から外伝Ⅱ『最強の女たちの談笑』を4話に渡ってお送りします。

よろしくお願いします。

 日本は秋だった。


 山に生い茂る樹木が、緑から赤や黄色に変わり、熱波の続いた夏を懐かしく思うぐらい、空気が冬のものに変わろうとしている。


 せせらぎは涼やかな音を立て、上流から流れてきた落ち葉が岩窪に捕まり、大量に堆積している。人の気配はなく、冬支度や冬眠の準備に追われる野生動物が、秋の味覚を頬張っていた。


 かさり……。


 落ち葉を踏む音が聞こえる。

 頭を垂れていた鹿が顔をあげ、小さく耳を動かす。

 そして跳ねるようにその場を後にした。


「ふう……」


 やや白い息を吐いたのは、大和撫子だった。


 長い黒髪に、真っ白な肌。

 体躯は華奢で、なで肩を後ろからそっと抱きしめたくなるほど魅力的。

 残念ながら、パーカーに、ストレッチパンチという姿は、トレッキングとしては正しいが色香にかける。

 それでもナイロン製のパーカーを突き破らんとする胸の主張は激しく、思わず野生の猿が二度見するほどの迫力を備えていた。


 女性はギロリと睨む。

 一緒に縁なしの眼鏡が閃いた。


 野生動物は、その少女から放たれた覇気を恐れ、野道を明け渡した。


 彼女の名前は黒星あるみ。

 第103代内閣総理大臣にして、日本で初めての女性首相。そして20代という若さで日本の頂点に君臨するリーダーだった。


 本来、時期で言えば臨時国会の真っ最中なのだが、彼女が何故こんなところにいるかと言うと、人と会うためである。


 彼女が内閣総理大臣になった理由は2つある。

 1つは、世界平和のため「武器をなくす」という目標をかかげた“馬鹿”な夢想家が、無茶をしないように――あるいは無茶をしてもいいように手綱を握るため。


 もう1つは人を探すためだ。


 日本は閉鎖的で外交が下手だと思われがちだ。特に諜報活動においては、あらゆる先進国から一歩遅れている――という認識が大半である。


 しかし江戸幕府が対外的な情報網を明治維新以降まで悟らせなかったように、日本の諜報活動の密閉性は半端なく高い。首相になって初めて蓋を開けた時、その高度な技術に驚かされた。


 元来、日本人というのは真面目な民族だ。

 その日本人が、本気で諜報活動に取り組めばどうなるか……。それをまざまざと見せつけられたような気がした。


 あるみは情報集積力と自分の権限を最大限に利用し、この世にいるかどうかもわからない人間を探し出すように命じていた。


 そして、つい先日、その人物がいる場所を突き止めたのである。


 まさか日本にいるとは思っていなかったが、冷静に考えてみればさほど意外なことでもなかった。

 彼女は紛れもなく日本国民であり、かつて日本に住んでいたからだ。


 日本アルプスの山々を臨みながら、ほとんど獣道とおぼしき山道を登る。

 ふと沢に出ると、対岸に小さなログハウスが見えた。


 じっとりと額を濡らした汗を拭う。

 バックパックを背負いなおし、緩やかな流れの沢に足を入れた。




 ログハウスに辿り着く。

 手作り感のある呼び鈴の紐を引くと、派手な金属音が野山に鳴り響いた。


 返事はない。

 もう一度鳴らしてみたが、反応は一緒だった。


 裏に回り、カーテンが引かれていない窓をのぞき込む。

 無数の本と、テーブル、そして安楽椅子が揺れているのが見えた。


 人の気配がある事を確信して、今度はノブを掴んでみる。

 あっさりと扉が開いた。


 扉は随分長い間、油をさしていないのだろう。

 引き笑いを浮かべる老婆のような音がする。


 バックパックをドアの側に下ろし、慎重に中に入る。

 一応、護身用に現代最強魔術師公認のハンドガンが、腰に下がっていることを確認する。


 立場上SPを付けるのが鉄則なのだが、今日は連れてきていない。

 SPたちのスケジュールをいじって、休みを取ってもらった。むろん、本人たちは気付いていない。今頃、家族と団欒の真っ最中だろう。


 底の厚いトレッキングシューズをなるべく鳴らさないように差し歩く。


 ハウスの中は薄暗い。もちろんこんな山奥では電気が通っていないため、照明器具はおろか家電の類いも一切なかった。あるのは燭台と、暖炉くらいなものだ。200年前ぐらいのヨーロッパに迷い込んだ気分になってくる。


 宗一郎が行った異世界の家屋もこんな感じなのかもしれない。


 リビングを抜け、書斎に続くとおぼしき扉に手をかける。

 見取り図から考えれば、さきほど安楽椅子があった部屋のはずだ。


 またあっさりと開いた。


 不用心だな、と思ったが、そもそもここにやってくる人間など皆無に等しい。

 あるとすれば、野生の熊か猪、猿ぐらいなものだろう。


 本の香りが鼻腔を突いた。

 書斎の匂いだ。かすかに焦げ臭さも感じたが、おそらく火を灯していたからだろう。木で出来た机の上には、短くなった蝋燭が置かれていた。


 ぎり……。


 びくりとあるみは震わせると、咄嗟にグロッグを引き抜いた。

 今の世界ではレア中のレアになってしまったが、きちんと整備はしてある。


 サイトを覗き、如何にも堂に入った構えで、銃口を向ける。


 あるみに対して背を向けた安楽椅子は、かすかに揺れ続けている。


 若き首相は額に汗を浮かべつつ、ゆっくり半円を描きながら、回り込む。


「――――!」


 安楽椅子に座っている存在を見て、普段から冷静沈着な顔が一層引き締まった。


 座っていたのは、人の骨だった。

 頭骨、胸骨、腕骨、恥骨、大腿骨……とかく人が構成する要素となる骨すべてがクリーンな状態で置かれていた。


 あまりにも見事なため理科室か保健室に置かれているような人体模型のようにも見える。


 あるみは素人だが、それは本物だとわかった。

 年はそう――あるみよりも若い。自分よりも一回り小さい感じだろう。

 骨盤や頭蓋骨の大きさから見ても、女性であることは明らかだった。


 グロックを下ろし、1つ息を吐く。

 腰のホルスターにしまうと、ずれた眼鏡をなおした。


「悪趣味な悪戯ですね。清川博士……」


 まるでその骨が生きているかのように話しかける。


 すると……。

 突然、骨がカタカタと1人で動き始めた。

 どこからか肉や血、その他様々な人の構成する要素が、粘土でも貼り付けるように骨にくっついていく。幹が這わすように血管や神経が伸びていき、臓物が肋骨の中に収まっていく。手足に筋肉を纏い、スプレーを吹きかけるようにピンク色の肌が露わになった。


 ふぁさりと頭皮から白髪が伸び、顔や安楽椅子を掴む手には皺が寄る。

 衰えた肉体にブラウスを翻り、さらにカーディガンを羽織って、ゆったりとしたゴムスカートが足先まで覆った。


 安楽椅子に座って現れたのは老婆だった。


 ぱっちりとして可愛らしい目を2、3回瞬きすると、隣に立っていたあるみを見上げた。


「まあまあ……。あるみちゃん。久しぶりねぇ。こんなに立派になって。見違えたわ。もう何歳になったかしら……。ごめんなさいねぇ。もうぼけちゃってて――」


 気さくに長々と――久しぶりに出会った孫にでも話しかけるように、語りかけてくる。


 しかし、あるみは……。


「…………」


 全くの無反応だった。

 驚いているというわけでもない。

 どちらかというと、呆れているのだ。


 その証拠に――。


「ふう……」


 やれやれと首を振った。


「アカリ……。あまり面白くない冗談ですね」


 鋭い眼光を持って睨む。

 老婆は少し困ったように手を頬に当て、身を引く。


 そしてフッと笑った。


「あなた、本当に一般人なのかしら。……不肖の弟子でも見抜けたかどうかわからないのに」


 聞こえて来たのは先ほどの老婆の声ではない。

 若い女のものだ。


 ふわりと老婆の周りに黒い霧のようなものが渦巻く。

 一瞬、室内にもかかわらず突風が吹き抜けると、あるみは手で顔を覆う。


 目を開け、視界に現れたのは、15、6の少女だった。


 短めのボブに、猫のような瞳。唇は薄く、丸顔で全体的に幼く見える。

 小柄で、顔と同じく子供っぽさが随所に残っており、目の前のあるみと比べると色々な部分でやや貧相……。ただ手足はちっちゃくて可愛く、ある需要においては最大限の期待に応えていた。


 だが、少女の特筆すべき点は身体ではなく、その格好だ。


 鴉羽のような真っ黒なマントに、先が折れたとんがり帽子。残念ながら手に杖とまではいかないが、如何にも童話に出てくる魔女のような服装をしていた。


「弁護するつもりはないですが、宗一郎でも見抜けたと思います。せめて骨の形をもっと老人に近づけないと」

「あっ……。なるほどね。さすが総理大臣だわ」

「それは関係ないと思いますけど」

「ともかく――」


 少女は勢いをつけて椅子から立ち上がる。

 可愛らしい八重歯を見せて笑った。


「よく来たわね。……黒星あるみ」

「改めて……。お久しぶりです。清川アカリ」


 あるみは恭しく頭を下げた。


というわけで、外伝Ⅱがスタートです。

次の話は本日18時に更新予定です。

よろしくお願いします。


近況

カクヨム様の方で『俺のラノベは魔導書じゃない!』を掲載しています。

よろしければ、こちらもよろしくお願いします。

こちらは来週火曜日、完結予定です。

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