第11話 ~ なかなか男前までではないか…… ~
第2章第11話。
満を持して……です!!
「ブレス! 来ます!!」
物見からの悲痛な叫び。
すでに、その声は枯れようとしていた。
「ガード、アタッカー、下がれ!」
「魔法士の魔力が、もう最後です」
「ヒーラーも同じく!」
「くっ!」
ライカは唇を噛む。
途中から、冒険者たちの疲労を考慮して、2時間の交代制にしたが、それでも予定より早く《魔力》が底を突いてしまった。
だいぶ戦いに慣れ、効率化できてはいるが、それでもこの有様だ。
「ラストだ! 少し早いが、これをしのぎきったら、第1と交代する」
「「「「了解!」」」」
士気は下がっているが、それでも戦線崩壊にまで至っていない。
ライカが復活し、また陣頭指揮に当たることによって少し持ち直したことが大きかった。彼女の存在は、かなり冒険者の心の負担を軽くしていた。
最初は、少し頑張り過ぎていたライカも良い意味で「さぼる」ことを身につけたらしい。細かい指示は、副長に任せるようになり、大局で指揮を振るっている。
オーガラストのブレスが飛んできた。
なけなしの魔力を絞り出し、神官たちが防護の神秘でかろうじて防御する。
それに乗じて、アタッカーとガードを引かせる。
ヒーラーの魔力も尽きかけていたため、体力の50%を奪われているものもいた。
入れ替わるようにして、第1部隊がやってくる。
魔法薬や傷薬で回復し、睡眠も取っているが、明らかに疲労の色が濃かった。
――そろそろ限界点かもしれないな……。
宗一郎はライカの元に近づいた。
「ライカ。そろそろ…………」
姫騎士の幅の狭い肩がピクリと動く。
ライカは振り返らない。だが、身体は震えていた。
拳が赤くなるまで握り込んでいる。
まだ大丈夫だ!
もう少しだけ、頼む……。
と言われることを覚悟していたが、彼女自身も限界を感じているのかもしれない。
背を向けたまま、顔をごしごしと腕で拭う。
泣いていたのだろう。
そして振り返った。
「すまない。頼めるだろうか……」
気落ちしていることは目に見えているのに、ライカは気丈に振る舞った。
「任せろ……。仇は取る」
「頼む」
ライカは唇を噛む。
またその身体が震えた。
その小さな小さな肩を見て、宗一郎は反射的に――。
抱きしめていた……。
金色の髪がふわりと揺れる。
緑の瞳が、驚きに溢れていた。
「よくやった」
じわりと姫騎士の美しい双眸に、涙滴が浮かんだ。
嗚咽を漏らしそうになるのを、揃った白い歯でなんとか堪える。
本当ならオーガラストを倒した時に聞きたかった言葉だった。
けれど、現実は逆だ。
だから――。
――悔しい……。
ただ1つの感情が、ライカの胸の中に渦巻く。
同時に、勇者の言葉は、姫騎士にとって何よりの救いになった。
宗一郎の身体が離れる。
名残惜しい――とつい思ってしまって、ライカは顔を赤くする。
「援護を頼めるか? ……さすがのオレも、あの竜に踏んづけられては一溜まりもない」
勇者は笑う。
ライカはまた涙を拭う。
そして彼の言葉の真意を察した。
宗一郎の力であれば、無傷で竜と戦うことも可能だろう。
それでも援護の要請したのは、彼なりの気遣いなのだ。
少しだけ身体が温かくなる。
くすんだ心に、再び火が灯ったような気がした。
「任せろ! 最大の支援砲撃を行う!!」
「それは頼もしいな」
宗一郎は風を切って歩き出す。
その背中は、いつも以上に大きく見えた。
陣を敷く冒険者の間を抜け、1人のスーツ姿の男がオーガラストに接敵する。
自然と冒険者たちは、その姿を見て、道を空ける。
そして大声で激励した。
皆、わかっていたのだ。
彼が帝国最強のスペルマスターを倒したレベル1であることを。
そして心の中で望んでいた。
その出陣を。
絶望的な状況の中で、圧倒的な力によって竜をねじ伏せる瞬間を。
ふとマフイラと目が合った。
「お待ちしてましたよ。勇者殿」
煤にまみれた顔で、笑みを浮かべた。
疲れは隠せないが、それでも期待に満ちた目で見つめている。
宗一郎は力強く頷く。
そしてとうとう陣の先頭へと立った。
「さあ……。やろうか。竜種のモンスター」
現代最強魔術師と異世界最強のドラゴンとの戦いは、こうして始まった。
「魔法士! 弓使い! 槍使い! 一斉に放て!!!」
ライカの号令が飛んだ。
三属性の魔法。
雨のような無数の矢。
叩きつけるように降る槍。
すべてオーガラストにダメージ判定を与えた。
しかも、すべて致命のボーナスが付いた判定。
驚いたのは、撃った方だ。
確かにオーガラストはかなり大きな的だ。それでも遠くから必中させるのは難しい。さらに的が小さくなる致命部位などは、100本撃ったところで、2、3本当たればいい方だ。
それが全員同時に当たった。
たまらずオーガラストは仰け反る。
1回の攻撃で、2万以上のダメージを与えたのは初めてのことだった。
よし!
オーガラストの動きが止まったのを見計らって、宗一郎は駆けだした。
むろん、支援攻撃を当たったのは因果律操作によるものだ。
だったら最初からやれ、と冒険者の誰かに言われるかもしれないが、宗一郎が持つ固有魔術なれど、魔力は使う。
しかも操作する対象が多ければ多いほど、消費量は多くなる。
戦術的に使うのは、さすがの宗一郎にも難しい。
何より、オーガラストと戦う時の魔力を溜め込んでおかなければならない。
そして、今からそれを解放する。
「派手に行くぞ!」
己を奮い立たせるように拳を握り込んだ。
「東の一鍵! 単一にして数多の怪物ベヒモスよ!! 大地を暴食し、海をも鯨飲するその力――。我の手に宿りて、敵をうがて!!!」
アガレスを呼び出した時と同じく、宗一郎の両拳に赤光が宿る。
だが、力天使の力を召喚した時とは違う。
光の照度は何倍もあり、薄暗い洞窟の中を赤く染め上げた。
ライカの援護が止む。
タイミングを見計らい、魔術師は飛んだ。
眼前には、度重なる攻撃を受けて歪んだ竜の顔――。
「なかなか男前までではないか……」
思わず歯をむき出して笑った。
拳を振り切った――。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンン!!
高層ビルから鐘楼を落としたような轟音が鳴り響く。
強烈な一撃を受けたオーガラスト。
仰け反るどころではない。
吹き飛ばされる。
そのまま巨体ごと壁に突っ込むと、めり込んでしまった。
意識はある。小さな呻き声が聞こえる。
しかし、完全に動きが止まった。
それは、オーガラストだけではない。
ガラガラと崩落音を聞きながら、冒険者たちも、そして指揮を取るライカも沈黙し、その場に立ち竦んだ。
見てて面白いぐらい、皆一様に目と顎を開いた表情をしている。
すでに決着がついたのでは、と思うほどのとんでもない初撃!
だが、宗一郎は止まらない。
中空で呪唱する。
「魔王パズズよ。偉大なる王の風よ。オレの足に刻印をうがて!」
パズズの力を両脚に纏わせた。
着地した瞬間、弾丸が跳ねるように飛び出す。
壁に埋もれるオーガラストへと直進する。
再び地面を蹴って、跳躍――。
赤光がさらに輝きを増す。
「お礼参りとでも行こうか! 竜種!!」
振りかぶる。
2度目の鐘楼のような音が、辺りに響く。
今度は腹だ。
さらにオーガラストの巨躯が、中に埋もれる。
「まずは第1隊副長マフイラのぶん!!」
ふと自分の名前を呼ばれて、エルフの副長は長い耳を動かした。
宗一郎はまたも拳を掲げ。
「次は第2隊副長、重戦士バロム!!!」
派手な音とともに、岩肌や天井が崩れる。
宗一郎は何度も何度も拳を振るった。
「お次は第3隊副長カーンのぶんだ!!」
「副長ラスト! パーラーン!!」
「そして次はパーティー長だ!」
「第1隊パーティー長……」
「今度は第2隊パーティー長……」
次々と仲間の名前を言い、オーガラストの腹に渾身の直撃を放っていく。
その都度、洞窟が揺れ、あるいは岩壁が崩落していく。
初撃ではまだ意識があった竜も、その口から泡を噴き、動きが緩慢になっていく。
悲鳴のような嘶きも、次第に弱々しくなっていった。
「クリネのぶん!!」
小さい体で大きな竜と戦い、魔力が空っぽになるまで魔法を打ち尽くした少女の顔を思い出しながら、拳をぶつける。
「ついでにオレの従者のぶんだ!」
これは竜というよりは、日頃の悪魔の行いに対しての怒り。
つまりはとばっちり……。
「そして――!」
宗一郎はオーガラストの腹を蹴って、大きく跳躍する。
再び竜頭の前に現れた。
オーガラストの大きく血のような赤い眼が、現代魔術師を捉える。
遠ざかりそうな意識に鞭を打ち、竜は口を開く。
赤い光が輝き始める。
しかし、その動作は今の魔術師にとってあまりに緩慢な動きだった。
「これが! オレたちの指揮官!」
“ライカ・グランデール・マキシアのぶんだ!!!!!!”
今まで最高の最重の一撃――。
オーガラストの竜頭に突き刺さった。
硬い鐘のような音。
さらに衝撃が洞窟全体の空気を震わせる。
完全に竜の頭が壁にめり込む。
ピンと張った羽根は、力無く下がり、獰猛な爪が付いた腕も反応がない。
意識を失った。
いや、絶命した可能性すらある。
見ていた冒険者たちは息を飲んだ。
自分と同じような体を持つ、非力な存在が――。
しかもレベル1の人間が……。
モンスターの頂点種ともいえるドラゴンを葬ってしまった。
しかも素手で――。
夢を見ているかのようだ。
当然、信じがたい――。
だが、目の前に展開されたそれは、紛れもない現実だった。
「ふー……」
息を吐きながら、宗一郎は着地した。
崩れた洞窟と、変わり果てたオーガラストを見ながら……。
「少しやりすぎたか……?」
反省の弁を口にしたのだった。
「すごい」
誰かがぽろりと口にした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
そして堰を切ったように歓声が溢れる。
冒険者が諸手を挙げ、あるいは拍手を、あるいは大声を上げた。
驚き固まったままのもの。
お互いの肩を抱いて、無事を喜ぶもの。
そして眼に涙を浮かべるものがいた。
かくいうライカも、浮かんだ涙滴を払っていた。
「さすがは勇者殿だ……。いや、あの方こそ勇者であることに相違ない」
賛辞と一緒に、1つの確信を得る。
そして真っ直ぐに、今だ竜の方に体を向けた男の背中を見つめる。
とくん……。
強い鼓動と、自然と顔が上気していくのがわかる。
胸に手を置き、赤くなった顔を隠すように伏せる。
「言わずともよい。わかっていることなのだ……。私があの方に何を思っているかなど……。最初からわかっていることなのだ」
一人呟いた。
サブタイを「さあ……。やろうか。竜種のモンスター」にしようか悩んだけど、
作者的にサブタイの台詞が印象的だったので。
明日も18時です。