第9話 ~ これは思ったよりもタフな戦いになるな……。 ~
緊迫の竜討伐!
第2章第9話です。
部隊の展開は粛々と行われていった。
ライカが前に立ち、オーガラストに睨みを効かせながら、シグナルを送って部隊に指示を出す。
ハンドシグナルは帝国式だが、冒険者たちもよく見て、理解してくれている。
おかげで当初の予定よりも早く、部隊を展開することが出来た。
陣形は、オーソドックスなものだ。
前に重戦士や重装騎士などのガード。
その後ろに、ナイト、竜騎士、魔法戦士などのアタッカー。
その攻撃支援と回復を兼ねた神官や演舞士などのヒーラー。
最後に、支援攻撃部隊である魔法士や弓使いなどのバッカーの順だ。
それをオーガラストを中心に同心円状に展開している。
冒険者も使う――対大型エネミー用の布陣。
いつもと違うのは、その規模がいつもより20倍もあるということだ。
シャァァァァン!
ライカは細剣を抜き放つ。
頭上に掲げた。
第一波攻撃の最初の口火を切る魔法士たちが、手を前にして狙い付ける。
そして――。
一拍……。
「放て!」
細剣が振り下ろされた。
魔法士たちが一斉に呪唱を開始する。
【三級炎魔法】プローグ・レド!!
【三級雷精魔法】ガルバ・ブラーチ!!
【三級風系魔法】オイフ・ズレパンティ!
炎塊が放たれ、雷が踊り、豪風が唸る。
愛称の良い3つの魔法は、真っ直ぐにオーガラストに向かい、そして――。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッ!!
直撃した。
オーガラストの寝息が、たちまち悲鳴に変わる。
身じろぎ、上体を起こそうとする。
「弓使い! 槍使い! 用意!」
弓使いが、矢をつがえ、弓をしならせる。
同様に槍使いも、独特のフォームで姿勢を作った。
「放て!」
無数の矢と槍が、オーガラストに降り注いだ。
竜の硬い皮膚に突き刺さり、あるいは薄い羽の飛膜に赤いダメージ判定が灯る。
起き上がろうとする竜の動きを封じ込めた。
「物見!!」
ライカの指示が飛ぶ。
目がいい弓使いの1人が、遠眼鏡で戦況を確認する。
「全弾命中を確認。推定、1万2000のダメージです」
おお……。
冒険者にどよめきが起こる。
だが、驚いている場合ではない。
ただの一合で、引き出したダメージとしては、未曾有の攻撃力といえるだろうが、相手は200万――それ以上の体力を持っているのだ。
「次弾! 魔法士、用意!」
魔法士が構える。
「放て!」
ライカの叫びがこだます。
オーガラストの戦いは始まったばかりだった。
三段目を撃とうという最中、オーガラストはとうとう起き上がった。
翼を全開する。フロアの端から端まで覆われ、闇が深くなったような気がした。目の前にいる竜はたった1匹しかいないのに、囲まれているような圧迫感を感じる。
冒険者の顔に、一層緊張が走る。
「魔法士、放て!」
ライカの号令が、やや早口になる。
それでも魔法士たちは応えた。
それぞれの属性を秘めた魔法の一撃が、オーガラストに突き刺さる。
続いて弓使い――という時になって、竜の口が赤く光った。
「全部隊! 防御態勢! 神官! 防護の神秘を! 急げ!」
神官が口々に呪唱をはじめる。
20人近くいる神官が手を前にかかげた。
薄い膜のような結界が展開される。
防御態勢と聞き、ガード、アタッカーも下がる。
神官を守るように密集した。
瞬間、竜の炎息が解き放たれた。
結界に突き刺さり、神官が作った防護を抉る。
すべてを受け止めきることはできず、炎息の一部が後方の部隊に飛来した。
爆発が起こる。
爆煙を浴びながら、ライカは伏せる。
塵が舞い散る中、それでも片目を開け、指揮官は戦況を確認した。
「大丈夫か!?」
爆心地に向かって叫んだ。
しかし反応はない。
まさかと思い、ライカが走り出そうとしたその時――。
「後方部隊、無事です。爆発はありましたが、被害軽微! すいません。爆発音で耳が!」
声が聞こえてきた。
マフイラのパーティー長だ。
ライカはホッと胸をなで下ろす。
すぐに自分のやるべきことを思い出し、細剣を振るった。
「よし! 弓! 槍! 用意! それを放ったら、マフイラの部隊員以外、後方に下がって待機!」
「「「「「了解!」」」」」
再び矢と槍の嵐が降り注ぐ。
明らかにオーガラストは嫌がっていた。
「次の魔法士の攻撃で、タイミングを見計らってアタッカー、行くぞ!」
「「「「「「おおう!」」」」」」
待ってましたと言わんばかりの、威勢のいい声が返ってくる。
「魔法! 放て!」
先ほどよりも規模こそ小さいが、属性魔法が大きな的へと飛んでいく。
爆発、電撃、あるいは暴風が、ダメージを加えていく。
オーガラストに攻撃の隙を与えない。
竜が怯んだその時、ガードからアタッカーが飛び出した。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
雄叫びとともに竜の懐に潜り込んだ。
一斉に赤い攻撃判定が閃く。
オーガラストは仰け反るかと思いきや、再び首を高く上げた。
口内が光る。
炎息だ!!
「バッカー! 支援砲撃! 仲間に当てるなよ!!」
“放て!”
三級以上の魔法が、オーガラストの首付近に殺到した。
爆発が起こる。
爆煙の中で、一度閃いた赤色が消滅する。
攻撃をキャンセルした。
「物見! ダメージは?」
「推定3万を超えました! あッ!」
「どうした!?」
「尻尾、きます!!」
「アタッカー退避! ガードは逃げ遅れたものをフォローしろ!」
喉が潰れるのではないかというぐらい大声を上げた。
アタッカーが退避する。それらをフォローするためガードが前面に出た。
オーガラストが翼をはためかす。
かすかに浮力を得た巨躯を振り回すと同時に、大きな尻尾が横から飛んでくる。
幸い全員が退避し、オーガラストの攻撃は空振りに終わる。
生体鉱石の防具をつけていれば、死ぬことはないだろうが、あれを生身でくらえば骨が折れるだけの騒ぎではすまないだろう。
結果的に陣が一歩後退する形になる。
貼り付いたアタッカーを退かせたオーガラストは、すぐさまブレス攻撃に転じた。
口内が赤くなる。
――悩みどころだな。
宗一郎はライカを見た。
魔法士に魔法を撃たせて、攻撃をキャンセルするか。
神官の神秘で防御するか。
同時に進行させることも可能で、それがベストだろう。だが、綿密な連携とタイミングが必要になってくる。最悪、魔法士が撃った魔法が、神官の防護の神秘に当たって攻撃できず、自軍が防護を壊してしまうパターンもあるからだ。
この冒険者の集団は、士気は高いが、圧倒的に練度が低い。
今の今まで、うまくいっていることの方が珍しい。
それもライカの統率があってのことだろう。
「神官! 防護の神秘!!」
ライカは少し迷ったがようだが、時間は十分だった。
――それでいい……。
宗一郎も心の中で頷く。
基本方針の1つ「決して無理をしないこと」。
そう言ったのは、他でもない。ライカなのだ。
「ブレスが止んだら、魔法士! 魔法を用意! 魔法の着弾――――」
オーガラストの炎息が口内から放たれる。
マフイラや他のパーティ長の指示によって、ヒーラーの位置を少し変わっていた。
先ほどあった穴が塞がれている。
今度は完璧に炎息を防いでいた。
「魔法の着弾確認後、ガード前へ! 陣地を回復させる!!」
ブレスが止む。
被害は0だ。
「魔法士! 魔法用意! ――――放て!!」
何度目かの魔法射出。
魔法士たちは集中できているらしい。
確実に、オーガラストの喉付近を当てる。そこには炎息を吐くために必要な火袋がある。的の小さい口内に直撃させるよりも効果的だ。
凄まじい音とともに、オーガラストは仰け反る。
長い首を振り、高い声で嘶いた。
「ガード前進!」
号令とともに、大盾やフルメイルを装着した重戦士たちが前進する。
それにアタッカーが付いていく。
「続けて、弓使い、槍使い、用意!! 連射するぞ! 出し惜しむな!!!」
魔法とは違い、矢や槍は放物線を描くため、仲間に当ててしまう恐れがある。アタッカーが下がっている今、彼らの出番という訳だ。
弓使いは、それぞれの愛弓を引き絞る。
槍使いも、全身全霊を掛けて筋肉を絞り、体勢を作った。
「放て!!」
矢と槍の雨がオーガラストに降り注ぐ。
竜は頭を抱えるように羽根を閉じた。防御されたことにより、ダメージは軽減されたが、動きを止めることに成功した。
「よし! 次撃装填! 射出と同時に、アタッカー、ガード切り込め!!」
再び矢と槍が放たれる。
オーガラストはたまらず防御姿勢を作り、釘付けになる。
指示通り、アタッカーとガードが飛び出した。
ここでガードを攻撃させたのには意味がある。
彼らはパーティーの防御の要とともに、敵のガード崩しのスペシャリストでもあるからだ。
ガードは一斉にガード崩しのスキルを発動。
20人近いガードの同時防御崩しに、たまらずオーガラストは羽根を広げる。
そこに「待ってました!」とアタッカーが武器を振るった。
再び赤いダメージ判定が閃く。
「ガードは一旦下がれ! アタッカーは攻撃続行!!」
仕事をしたガードたちは一歩退く。
彼らも攻撃手段を持つが、アタッカーほどの攻撃力はない。それよりも不測の事態に備えさせた方が確実だ。
「魔法士! 魔法用意!」
アタッカーの攻撃にあわせ、魔法士による支援攻撃を行う。
と、その時――。
「来ます! 垂直ブレスです!」
「前衛退避!!」
物見の叫びを聞いて、ライカも声を上げた。
同時に、オーガラストは翼を激しく羽ばたかせる。
フロア内に突風が巻き起こり、冒険者たちの動きを止めた。
――まずい!!
地面から5メートルほどまで上昇する。
長い首が下に向けられると同じくして、口内が赤く光った。
前衛が前に出ていたため、位置的に防護の神秘を受ける事が出来ない。
「魔法士! 竜の頭を狙え! 行くぞ! 放て!!」
ライカは攻撃キャンセルを選択。
オーガラストの喉が地面に向いているため、頭を狙うしかない。
喉や腹とは違って面積の狭い頭の命中率は悪い。
20発中、7発の着弾を確認したが、キャンセルに至らない。
「神官! 前衛に耐性の神秘! 急げ!!」
神官が呪唱する。
全体をカバーするのではなく、仲間のステータスを底上げする神秘だ。
「アタッカーを中心にして、円陣体型!」
素早く陣形を固める。
前衛も必死だ。
「来ます!」
物見から悲鳴のような叫びが飛んできた。
すると――。
ぶふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
前衛の部隊に炎息が直撃した。
冒険者の呻き声が聞こえる。
「ヒーラー!! 前衛に回復をかけ続けろ!」
炎息にさらされている仲間に、回復の指示を飛ばす。
ヒーラーの部隊が一気に慌ただしくなる。
約10秒――。炎息は前衛部隊を焼いた。
無数の赤い光点が閃き、ダメージが加算される。しかし、その場で回復も始まる。
ダメージゲージの押し引きが繰り返された。
長い長い10秒だった。
赤い炎が消える。
オーガラストは再び地面に降り立った。
「前衛のダメージ率は!?」
物見に尋ねる。
「10%程度に抑えました。あ! アタッカーが攻撃の指示を待ってます」
ここも悩みどころだ。
だが、ライカは迷わず選択した。
「いや! 立て直す。全員全回復するまで、その元気をとっておけ!!」
「「「「「「「了解!」」」」」」」
前衛が退いていく。
バッカーたちが支援攻撃を加え、オーガラストを釘付けにする。
「物見! ダメージは!?」
「現在、推定11万です」
それを聞いて、ライカは押し黙った。
気持ちはわかる。
損害らしい損害はまだ出ていないが、200万のうちのまだ11万しか与えていない。これをポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるか難しいところだ。
宗一郎はそっと異世界で買った時計をのぞき見る。
現代世界と同じ12進法が採用された時計は、戦闘が開始してようやく1時間が経過しようとしていた。
――これは思ったよりもタフな戦いになるな……。
宗一郎ですら、この戦いに戦慄を覚えずにはいられなかった。
サブタイの台詞を選んでて気付いたけど、
台詞がライカの指示と応答しかないという。
明日も18時です。