第6話 ~ その…………まったくきにしていないのもどうか、と ~
第2章第6話です。
ニヤニヤ回。
進軍は順調そのものだった。
ファイゴ渓谷は狭く、大勢が通るには不便な道だ。
加えて、この時季の渓谷を抜ける風は強く、さらに総毛立つような寒さにさらされる。
しかし士気は高い。
各々防寒対策を施した防具を着込み、素直に進軍を続けた。
意外にも不平不満を漏らすものは少なく、報酬をもらった後の使い道について話し合っていた。
こうして冒険者が徒党を組んでいることを珍しいらしく、ちょっとした兵団気分を味わっているのだろう。
何せ、それを率いているのは正真正銘――マキシア帝国近衛兵長にして、帝国の姫君なのだ。
冒険者という制度が出来て以降、その社会貢献度は国の兵をしのぐものだ。
しかし、世間一般の目は、冒険者よりも国兵の方が上に見られることが多い。冒険者は荒くれ者の集団と思われがちなのだ。
そういう意味で、今回の一件は彼らが普段から抱いていた承認欲求を満たした形になったのかもしれない。
途中、モンスターと小競り合いがあった程度、ライカ率いる冒険者軍団は難なく洞窟まで辿り着いた。
入る前に、結界を張り、事前の打ち合わせの確認を行う事にした。
ライカがレベルと経験を考慮に入れた4人の副長、さらにその下に2人のパーティー長、最後に自ら“お飾り”と称する参謀の宗一郎、計14名による会議だ。
「出発前に決めたことだが、もう一度確認を行う。マフイラ殿。洞窟内の地図を」
「はい」
遠征にはライーマードのギルド副長のマフイラも参加していた。
御年62歳。エルフでは働き盛りのスペルマスターは、5年ほど前まで実働20年のベテラン冒険者だった。実績ともに十分で、この辺りの地形にも詳しい。
レベル72という高レベルから見ても、問題ないとライカは判断した。
何より、彼女は仕事という名目で参加しているので、報酬の分配に預からない。その事によって、冒険者からも不満が上がらなかった。
マフイラにはそのまま副長の任についてもらっている。
「これまでで得た情報によると、ドラゴンは洞窟の最奥。比較的開けた場所にいるそうです」
「具体的にはどれぐらいの大きさなんだ?」
尋ねたのは、説明会でごねていた重戦士だ。
バロムといって、幼顔の戦士だが年は30歳。15から冒険者をやっており、レベルは82。本人も言っていたようにドラゴンを専門としていて、経験が豊富であることから副長になってもらっている。
「そうですね。400人を一度に入りきるほどの広さですが、戦闘をするには少々狭いかと」
「第6次討伐ではどうした?」
発言したのは別の副長だった。説明会でも意見していたナイトだ。
名前はカーン。さっぱりとした短髪の男で、副長の中では一番若く28歳。
数年前まで西の大国グアラルで兵士をやっていたが、その後冒険者に転向した。
レベル68。他の冒険者から見れば実績は少ないが、50人規模の小隊を率いた経験があることから、ライカが抜擢した。
「200人で一度に当たったそうです。それでも窮屈だという冒険者はいました」
「となるとさらに部隊を割った方がいいということですね」
4人目の副長パーラーンが地図をジッと見ながら呟いた。
レベルは91。副長の中でもっともレベルが高い魔法士で、それなりに冒険者の間でも知られる人間だった。
女のような色白の顔に、華奢な体躯だが、深い知識と洞察力を持つことから『冒険者の賢者』と呼ぶものもいる。
パーラーンだけは、他の冒険者からの推挙があって副長に選ばれた。
もしライカがいなければ、彼が指揮を取っていたかもしれない。
「よし。打ち合わせ通り、部隊を4個。100人の冒険者に分ける。三時間ごとに部隊を交代させ、オーガラストに対して間断なく攻撃を加える。指揮は副長に一任するが、私も陣頭に立つ」
「ライカ様。あまり無理はなさらないで下さいね」
心配したのはマフイラだった。
「わかっている。……適度に休ませてもらうよ。だが、もし私に何かあった時は、パーラーン殿。そなたに指揮を任せたい」
「承りました」
パーラーンは恭しく頭を下げた。
「1つ肝に銘じてほしいのは、決して無理をしないこと。この戦いに時間制限はない。だが、1人の脱落によって、与えるダメージが大幅に減ると思ってほしい。着実にダメージを与える事に集中し、危なくなったら逃げる事。それを各部隊の冒険者に徹底させてほしい」
「「「「了解!」」」」
4人の副長と、8人のパーティー長は直立不動の姿勢を取ると、返事した。
「では30分ほどの小休止の後、マフイラの部隊を先頭に、バロム、カーン、パーラーンの順で入る。マフイラの部隊がドラゴンと接敵したら、他の部隊は陣地の構築を始めてほしい。――以上、解散」
副長と部隊長たちが、それぞれの部隊に戻っていった。
それを見計らって、ライカが1つ息を吐く。
部隊を指揮するのは久しぶりで緊張していた。
それも幼い頃から見知っている近衛兵ならいいが、相手はつい先日会ったばかりの冒険者。ほとんどが年上で、実績十分の冒険者ばかりだ。
緊張するな、という方が難しい。
今は、自分の名前でついてきてくれるからいいが、どこかで戦線が乱れた時、彼らは付いてきてくれるだろうか――それが不安だった。
考えてもしょうがないことだが、もしそうなった時、自分は毅然とした態度でいられるだろうか。そう考えた時、少し自信はなかった。
ライカは自然とテーブルに手をつき、顔を俯かせた。
「上出来だ」
背中をパンと叩かれる。
宗一郎だった。
ずっと黙って作戦会議を聞いていた彼は、安心させるように笑った。
「そ、そうだろうか。……もっと具体的に指示を出した方が――」
宗一郎は首を振った。
「あれでいい。練度の高い軍隊なら別だが、残念ながらこの冒険者軍団は烏合の衆だ」
「はっきり言うな、宗一郎殿は」
ライカは苦笑する。
「間違ってはいないだろ? だから、それぞれの連携を期待するよりは、個人の行動をシンプルに縛った方がいい。そういう意味で、生き残ることと、間断なく攻撃を加えることという指針は、現状ではベストだ」
「褒めてもらえると悪い……気、が――」
ライカがよろめいた。
宗一郎は慌てて支える。
「おい! 大丈夫か?」
「ああ……。すまない。だが、少し…………このままで、い…………」
宗一郎の胸に寄りかかるとライカは、スースーと寝息を上げはじめた。
目の周りの隈が濃い。
あまり満足に眠れなかったのかもしれない。
少女の息が首筋にかかる。ピンク色の唇が上を向き、金髪が宗一郎の鼻先にかかる。大きな胸が上下する度に、現代魔術師の脈動が早くなっていった。
やや熱くなっていく体温を感じつつ、宗一郎は気を静めるために息を吐く。
「少しだけだぞ。指揮官殿」
側にあった布を引き、指揮官にそっとかける。
慌ただしく準備する冒険者たちを横目に、2人のささやかな時間は続いた。
少女の目がかっと見開かれた。
「しまった! 寝てしまった!!」
ライカはかかっていた布をはねのけ、起き上がる。
ふと人の気配を間近で感じると、顔を上げた。
宗一郎の顔がすぐ側にあった。
先ほどまで自分が顔を預けていた胸と、勇者の顔を交互に見比べる。
そして自分が何をしでかしたのか、遅れて理解した。
白いパールのような顔が、みるみる赤珊瑚に変わっていく。
「そ、そ、そそそ宗一郎どの…………。わた、わたしは……なんと――――」
唇が震えて、うまく言葉に出来ない。
軽いパニックなり、目がぐるぐると回った。
「落ち着け。寝ていたのは、15分ぐらいだ」
「いや、そういうわけでは――。そうだ。……申し訳ない」
頭を下げた。
「気が抜けていたとはいえ。殿方の胸を借りるなど、淑女として、その――」
「だから、落ち着け。オレは気にしていない」
「……その…………まったくきにしていないのもどうか、と……」
「ん? 何か言ったか?」
「べ、別に何も言ってない。……その、この事はマトー殿には――――」
ライカらしいと思った。
あまり許嫁の話はしないが、ライカはちゃんとマトーのことを考えている。
正確にいえば、皇族と公爵家の間のことを考えての発言だ。
マトーは、ライカが自分の事を何も想っていないような主旨の発言をしていたが、決してそうではない。ただマトーの人を想う基準と、ライカではベクトルが違うのだ。
「わかっている。……それよりも指揮官が戦闘中に眠ってしまうことの方が問題だぞ。休む時に休むのも、騎士の勤めだ」
「面目ない……」
ライカはすっかりしょげてしまった。
「さあ、そろそろ皆の準備が整う頃合いだ。出発しよう。指揮官殿」
手を差し伸べる。
ライカは少し迷った後。
「はい」
硬い男の手を取り、騎士は立ち上がった。
お前ら付き合っちゃえよ!
次は18時です。