外伝 ~ イセカイでオシオキカイ ~ 後編
外伝ラストです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
一方、宗一郎は例の用心棒と対峙していた。
「雇い主がピンチなのに助けにいかなくていいのか?」
余裕の笑みを浮かべながら、尋ねる。
しかし男は構えも、殺意も解こうとはしない。
「お構いなしか……。よっぽどオレに倒されたのが、気に入らなかったのか?」
「アド ドギハ ユダン ジデダ」
初めて用心棒は口を開く。ひどいだみ声。自ら潰したのかもしれない。
オーバリアントの暗殺者のある一族は、一人前になると自ら喉を潰すと本で読んだことがある。万が一捕まって、雇い主の情報が漏れないようにするためだ。
「油断ね。なら、今度はするなよ」
言われるまでもない!
気迫とともに、用心棒は地面を蹴った。
「魔王パズズよ。偉大なる王の風よ。オレの足に刻印をうがて!」
風の王の力を両足に宿らせる。
持ってきた剣を引き抜いた。
2人の中間地点で、火花が閃く。
場所が交錯する。
お互いに背を向けた状態から翻る。
わずかに用心棒が笑ったような気がした。
その腹から血が漏れている。
しかし用心棒は黒装束の向こうにある落ちくぼんだ目で、宗一郎を見据えた。
正確には、敵の頬に刻まれた一筋の血の線だ。
宗一郎は傷に手を当て、付いた血を見つめた。
「こんな傷を付けただけで嬉しいのか?」
「――――!!」
笑みを貼り付けたまま、宗一郎は再び駆け出す。
慌てて用心棒はかぎ爪を構えた。
だが、遅い。
一瞬にして背後に回ると、剣で貫いた。
胸から飛び出した剣先を見ながら、用心棒は大量の血を吐き出す。
並の人間なら、その時点でショック死であっただろうが、信じがたい精神力で用心棒は首を後ろに回した。
「ナデ……?」
「何故、お前の毒が効かなかったのか――か?」
用心棒は頷くことも、肯定の言葉も吐くことも出来なかった。
しかし、その目は回答を望んでいた。
用心棒のかぎ爪の先には、大型の猛獣すら一瞬で殺すことが出来る毒が仕込まれていた。なのに、何故宗一郎は無事なのか……と。
それは宗一郎が現代最強魔術師であるということが、1番の的確な答えなのだが、用心棒の黄泉路の手向けとして説明をした。
「魔術師の体内とは、正確には人間のそれとは違う。別種といってもいい。……特にオレは、生来の魔術師でなかったため、魔術を使える身体ではなかった。そのために作り替えることからはじめた。たとえば、砒素や水銀などの毒を致死量ギリギリまで飲むといったことだ」
用心棒の目が大きく見開かれた。
「他にも有毒は寄生虫を体内で飼ったり、ある時は脳の容量が10%まで収縮するほどの麻薬を浴びたり、それはそれは地獄のような苦しみを味わう。……我ながら生きているのが不思議なほどだったよ。実際、同じようなことをして死んだヤツはごまんといる」
聞くだけ痛みを伴うような話を、宗一郎は半ば狂いながら笑みを浮かべた。
「だが、不可能を可能にする手段というのは、時として人間の死の寸前にあるものだ。つまり、まあ……死ぬ気でやれば、どんな苦難も乗り越えられるということだ」
宗一郎は気付く。
すでに用心棒は絶命していた。
剣をゆっくりと引き抜く。
用心棒の遺体は何も抗せず、背中から倒れた。
血が硬い岩肌に広がっていく。
宗一郎は血に濡れた剣を振り、そして鞘に収めた。
「さらばだ。用心棒……。異世界に来て、初めての命のやりとり。なかなか楽しませてもらった」
ある意味、それは用心棒に向ける最大の賛辞だったかもしれない。
踵を返し、宗一郎は終結した港の方へと歩みを進めた。
ちょうど“バリアン”が、水平線から顔を出し始めていた。
いよいよ帝都出立の時が来た。
皇帝への挨拶も終え、イメを引き、東の門へと向かう。
その道すがら、見知った人間に出くわした。
カカとヤーヤである。
傍にはクローセルもいた。
「お前たち、どうしてこんなところに?」
宗一郎は珍しく驚いていた。
「クローセル。お前には宿の守りを任せたはずだぞ」
「も、申し訳ありません。我が主」
クローセルは顔を青くし、傅いた。
「クロちゃんをいじめないで」
「く、クロちゃん?」
ヤーヤはクローセルをかばうように立ちはだかる。
どうやらすっかり打ち解けたらしい。
「そうだよ、宗一郎の兄ちゃん。クロちゃんは俺たちをここまで送ってくれたんだ。父ちゃんと母ちゃんのいいって言った」
「それならいいが……。お前達、何しにこんなところまで」
宿があるのは西門だ。今、この場所はちょうど反対側に当たる。
「兄ちゃんたちを待ってたんだよ」
「オレたちを?」
すると兄妹は顔を見合わせ「せーの」と合図した。
「「じゃーん」」
2人の手の平から現れたのは、大きなくるみのよう木の実だった。
合わせて7個ある。
「なんだ、これは?」
訝しげに見つめる宗一郎の横で、ライカが声を上げた。
「それはティコの実ではないですか?」
ん?
それって、長靴一杯食べたいぐらい不味い実のことか?
と思ったが、どうやら違うらしい。
「食べると《体力》が1ポイント上がる実ですよ、勇者殿」
そう言えば、そんな木の実あると図書館で読んだことがある。
「兄ちゃん……。レベルを上げないで、旅をするんだろ? だったら、この実を食べなよ。ちょっとでも《体力》は上げておいた方がいいだろ?」
「オレはそんなドーピングみたいなことは……」
「いいじゃないッスか、ご主人……。折角、ショタとロリが捕ってきてくれたんですよ」
――お前はいちいちネタを挟まなければ喋れないのか!
「なら、お前が食べればいい」
「宗一郎殿……。子供の好意を無下にするのは如何なものかと思いますよ」
ライカにまで忠告される。
もちろん、宗一郎もわかっているのだ。が、気持ちの問題だ。
確かにレベルは上げないといったが、ステータス上昇のアイテムを使わないとは宣誓していない。
だが、意識の高い現代最強魔術師は、どうしてもこれが「ズル」に思えてしまってならない。
「ティコの実はある樹木に低確率でなる木の実なのです。この2人も相当苦労して、捕ってきたのでしょう」
確かに……。
見れば、2人の手は泥や切り傷だらけになっていた。
「わかった。……ありがたくいただこう」
半ば溜息まじりで、宗一郎はとうとう降参して、受け取った。
やった! という感じで、兄妹は顔を見合わせる。
早速、口の中に入れてみた。
「まっず!!」
思わず吐き出しそうになって、慌てて口を塞いだ。
昔、中国で一葉茶という苦いお茶を飲んだことがあるのだが、これはその茶葉を直接噛んだような味だ。とにかく苦い!!
カカとヤーヤが大口を開けて笑っている。
どうやら2人の目的は、これにあったらしい。
だが――。
ピロン! とSEが頭の中で響いた。
ステータスを見ると、「14」だった《体力》が「15」に変わっていた。
「おお!」
思わず歓声を上げる。
「さ。どうぞ。……あと6つありますぞ、宗一郎殿」
「な、なんか罰ゲームみたいに思えてきたのだが」
「だから、好意ッスよ! 好意!」
「むむむ……」
残りのティコの実を凝視する。
すると、一気に言った。
「 まっっっっっっっずぅぅ!!! 」
これが漫画なら、見開き一杯叫んでいたことだろう。
涙目になりながら、それでも宗一郎は喉に詰まらない程度には咀嚼し、飲み込んだ。
ライカが水筒を差し出すと、乱暴にひったくる。
ごきゅごきゅと音を鳴らし、貴重な水を飲み干してしまった。
「ぷはあああああああああああああ! まずいぃいいい!」
「もう一杯ッスか?」
「いらんわ!」
喉元を通り過ぎたが、あの味が口内に残っている。
おそらく3日間は、どんなものを食べてティコの実の味がするだろう。
そう思うと、突然胃が痛くなった。
甲斐あって、《体力》は「21」になった。
レベルが一桁違うだけで、ワンパンで瞬殺される程度の数値だが、気休めぐらいにはなるだろう。
「カカ……。ヤーヤ……」
「うん」
「なに? お兄ちゃん」
「ありがとな」
小さな頭を撫でる。
2人はくすぐったそうに笑った。
「そうだ。父ちゃんから預かってきた。路銀の足しにしてくれって」
カカは腰布から路銀袋を取り出す。
重さからして、かなりの量だった。
一旦袋を受け取った宗一郎だったが、その中から数枚、硬貨を取り出す。残りはそのままカカに返した。
「え? それだけでいいの?」
「言っただろ? 金は返してもらうと」
「あ……」
カカは思い出した。
両親を生き返らせてもらったお金を、まだ返していなかったのだ。
「後の金はお前が好きに使え」
「でも――」
「なんでもいい。妹のために使うもよし、両親のために使うもよし、自分の将来のために使うもよし。お前が選ぶがいい。……金を何のために使うのがいいのか。お前はこの1ヶ月間で学んだはずだ」
もう一度、カカを撫でる。
「では、オレ達は行く」
宗一郎は翻った。
「兄ちゃん!」
「いい宿屋の店主になれ。……オレが作った宿を超えるぐらい、皆が幸せになるような宿屋を作れ。お前が、それを達成する時には、この世界をもう少しマシにしておいてやる」
去って行く宗一郎の後ろ姿を見ながら、カカは言い様のない感情がこみ上げ、目頭が熱くなった。
自然と涙が出て、何度払っても止まらない。
寂しいのもある。
悲しいのもある。
でも、何か違う。
カッコいいのだ……。
カッコ良すぎて、感動して、涙が出てる。
あの横にいつか並んで歩いてみたい。
けど、自分はまだちっぽけで、そのレベルにはない。
それを自覚して、悔しくもある。
だから……いつか…………いつか――――!
あの人みたいになる。
胸を張って、宗一郎の横に立てる人物になるのだ――と。
「そういちろおおおおおおおおおおおおおお!!」
今出せるありったけの声で、カカは叫んだ。
「また会おうねぇええええええええええええ!!!!」
カカは、ヤーヤとともに大きく手を振った。
宗一郎は振り返らなかった。
ただ片手を挙げ、子供の声に応えていた。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。
思ったよりも長く外伝が続きましたが、
少しでもオーバリアントの空気に触れていただきたく、
書かせていただきました。いかがだったでしょうか?
明日からは本編に戻ります。
題して「最強モンスター編」です。
さて、どんな最強モンスターが出てくるのか。
そして主人公がどう無双するのか。
皇帝から出された宿題は? 主人公とライカの関係は? クリネは活躍するの?
などなど、盛りだくさんな展開になっております。
どうぞお楽しみ下さい。
明日は18時からになります。
よろしくお願いします。