外伝 ~ イセカイでオシオキカイ ~ 前編
外伝は最終章です。
よろしくお願いします。
帝都から川沿いに南西に向かうと、海に出る。
複雑に入り組んだ形の湾には、大小様々な港があり、その中には違法操業を生業とする船舶も多く存在していた。
帝国も厳しく取り締まっているが、見た目が普通の船だとなかなか証拠を掴むことも難しい。また他国の船籍を強制捜査することは、外交問題にもつながりかねないため、他の国旗を掲げた船をきつく取り締まることは難しい状態だった。
そしてここにも、帝国と海を挟んだ海洋国家アーラジャの旗を掲げた船が、真夜中にもかかわらず出港しようと、慌ただしく動いていた。
オーバリアントの夜は、月がないため相当暗い。現代とは違って、街明かりもないため、真っ暗だ。
それでも夜目の利く男たちは、星明かりを頼りに次々と荷物を船に運んでいた。
1メーター半四方の木箱に貼られた紙には、こう書かれていた。
『帝国産の酒精』
しかし時々、箱が揺れたり、内から叩く音が聞こえる。
内容物が違うことは明らかだった。
「うるせいぞ! ガキども! 大人しくしやがれ!」
人夫が恫喝すると、木箱はすんと大人しくなった。
そう――。
彼らは人買い。
しかし、帝国では奴隷の売買を禁止していない。
彼らがこそこそと夜動くのは、中にいるのが、違法な人材であるからだ。
「おい! 夜が明けたら出発だぞ! 早くしろ!」
指揮をとるのは、大きな太鼓腹を抱えた商人だった。
葉巻の煙を燻らせ、忌々しげに貧乏揺すりをしている。
以前、カカとヤーヤを買い取ろうとしたあの商人だ。
よく見ると、荷物を運ぶ男たちに混じって、アル中神父の姿もあった。
商人はあの一件以来、不機嫌だった。
帝国最強を打ち破ったというが、相手はレベル1。その男のせいで、折角のビジネスを不意にした。裏世界ではいい笑いものだ。
しかも、親の復活の手助けをしたどころか、親の宿に出資までして商売を大成功させているらしい。乗り込んで復讐したいところだが、どうやったのかは知らないが、帝国のお墨付きまでもらっている。
下手に手を出せば、こちらが国に睨まれることになる。それでは商売がやりづらくなる。
「くそ!」
葉巻を投げ捨て、靴の踵で潰した。
腹立たしいが、今は煙草にぶつけることしか出来ない。
「頭ぁ! 用意できましたぜぇ」
「その頭って呼び方やめろや! よーし。これで――」
「安全に暴れることができるな」
不意に闇の中から声が聞こえた。
そして……。
カツーン……。カツーン……。カツーン……。カツーン……。
長靴が硬い岩肌を踏む音が響いてくる。
影が揺れた。
現れたのは、いつぞやのレベル1だった。
「き、貴様……」
「よう。商人……。久しぶりだな。少々骨が折れたぞ。お前たちを見つけるのは。まさか外国の帆船に偽装して、こんな未登録の港から出港しているとはな」
「な、何しに来た!?」
「何しにとはなかなか台詞だ。……教えてやろう。お前達の三文芝居の続きを演じにきたのだ」
「ふ……。あはははははははははははは……。馬鹿か、お前は! 火に飛び込む虫か。どれだけ強いかは知らんが、ここは我らが根城だ。者ども、敵襲だ! であえ! であえ!」
商人が合図を送ると、わらわらと屈強な男達が現れた。
どうやら元海賊らしい。操船で鍛えた筋肉をむき出すと、曲剣を引き抜いた。
数百といったところか。中大隊ぐらいの戦力はあるかもしれない。
「どうだ。いかなお前とて、この人数を相手にはできまい」
「そうだな。なら、オレも少し戦力を増強しよう」
「なに?」
「来い。フルフル、クローセル!」
忽然とレベル1の前に現れたのは、2人の女だった。
それもかなりの美女だ。
ガキばかり見て来た海賊達は、思わず生唾を飲む。
商人も、貪り尽きたくなるような肢体を見て、鼻の下を伸ばした。
「良い女を飼ってるじゃないか。趣味は合うな。高値で買ってやろうか?」
「譲ってやってもいいが、お前に乗りこなせるかな?」
「ぐふふふ……。老いたとて、まだまだあそこは元気だぞ」
商人はいやらしい笑みを浮かべた。
そんなやりとりがかわされる中、渦中の女たちはそれぞれの反応を見せていた。
「もう……。なんスか、ご主人。まだ眠いッスよぉ」
「フルフル! 主人の命令あらば、我々はいかな時とて体勢を整えばなりません」
クローセルは三つ叉を握り、すでに臨戦態勢を整えていた。
一方、フルフルは格好こそいつものタキシードドレスだが、何故か頭にナイトキャップをかぶっている。
「なら、クロたんが相手をすればいいでしょ? フルフルは寝るッス」
「起きろ、馬鹿悪魔!」
「痛て! ご主人、悪魔を働かせすぎッスよ! こんな時間外に悪魔を働かせるなんて。労働基準監督署に通報するッスよ!」
「悪魔の世界にあるならな。……それよりも、あの有象無象の輩はお前たちに任せる」
「ご主人はどうするんですか?」
「オレとどうやら、戦いたいヤツがいるようでな」
崖の上を見上げる。
黒装束の男が、荒い息を吐き出し、かぎ爪を構えていた。
「2人とも……。本来の姿を見せることを許す」
「我が主人!?」
「100%でやっていいってことッスか!?」
途端、フルフルの目が輝いた。
宗一郎は頷く。
「異世界に来てから、少々ストレスが溜まっていただろう。オレはいい骨休めが出来た。今度はお前たちだ。ただし手加減はするな」
「了解しました」
「うおおおおおおお! やっちゃうぞおおおおおおおお!!」
フルフルは叫ぶ。
すると、急に身体が膨張をはじめた。
胸板が着ている衣服を弾き飛ばし、細い腕と手が爆ぜるような音を立ててまがまがしく伸びていく。
尻も大きく膨らみ、足先が馬の蹄のように変わっていった。
背中からは蝙蝠の羽根が開き、口は大きく裂け、獰猛な顎門に変わる。
可愛くちょこんとした角は、みるみる伸びていき、何又にもなって夜空に向かって突き立てた。
それはどんな動物にも当てはまらない異形の姿だった。
「な、なんだ? これは? モンスターか?」
商人は尻餅をつく。すっかり腰が抜け、まともに歩けない。
部下もおののき、逃げようとするが、その行く手を別の異形が現れた。
それはひとえに海蛇だった。
獲物を一瞬で射竦めるほどの眼力を有した瞳。飛竜すら一飲みしてしまいそうな大きな口。やろうと思えば、このアジトごと巻き付いて壊してしまえそうな長大な体躯。
彼らが知るどんなモンスターにも当てはまらない化け物が、睨みを利かせ、逃げる海賊たちを阻んでいた。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
鹿と蝙蝠を合わせたような異形が叫べば。
「きゅううううううううううううううううう!!」
大蛇は甲高い鳴き声を上げて威嚇する。
「2人とも……。積み荷が載った船は傷つけるなよ」
――といっても、あの姿になったら、理性を保てるかどうかわからんがな。
すると鹿の異形は天に向かって吠える。
たちまち暗雲が立ちこめると、青白い光がスパークする。
「ぐあ!!」
鋭い吠声。
瞬間、落雷が男達を襲った。
悲鳴を上げる間もなく、激しい電撃にさらされる。
かろうじて、逃げ延びたものは建物の中へと入る。
しかし入口にあと一歩というところで、横から現れた大蛇の顎門に根こそぎ飲み込まれた。
「く、くそ! お前ら! 俺を助けろ!」
商人は赤ん坊のようにハイハイして逃げ惑う。
だが、その時……。金色の大きな双眸が閃いた。
「あ……」
恐怖と絶望、他あらゆる負の感情を脳に叩きつけられる。
商人の意識はそこで失われた。
そして……。
バクッ!
一気に丸呑みにされる。
人買いはその一生を悲鳴を上げることなく終えた。
鹿の異形は、今度は口から炎を吐き出す。
建物の中の男たちをいぶり出すと、落雷を見舞う。巨大な鉄板であぶられたかのような焼死体が、次々と出来上がっていった。
ある者は電撃に打たれ。
ある者は一飲みにされ。
ある者は炎にくるまれ。
ある者は押しつぶされた。
それはいわゆる……。
『地獄』であった。
「神よ。どうかご慈悲を……」
願い請うたのは、アル中神父だ。
しかし悪党に神の加護などない。人知れぬところで崖に足を滑らせ、4メートルほどの地面に叩きつけられ、絶命する。
約400人ほどいたと思われる海賊達は、わずか15分ほどで壊滅。
阿鼻叫喚の――まさに地獄絵図は、幕を閉じた。
次は本日18時です。
少々お待ち下さい。