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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝 ~ それぞれの1ヶ月 ~
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外伝 ~ イセカイでオンセンカイ ~ 後編

温泉回後編です。

「これぐらいでいいか?」

「ああ、それぐらいがいい」


 ライカは宗一郎の背中に布でごしごしと洗い始めた。


 残念ながらオーバリアントには、まだ石鹸に出来るほどの油がない。

 宗一郎が魔術で作ってやってもよかったのだが、さすがにそこまで文明を異世界に持ち込む訳にはいかない。


 油の廃油処理が定まっていない世界でそれをすれば、汚染にもつながる。


 折角、魔法というクリーンな技術によって保たれた世界なのだ。

 自分の手で汚したくはなかった。


「スゴい傷だな」


 宗一郎が黙って奉仕を受けていると、ライカが話しかけてきた。

 ライカの言うとおり、宗一郎の身体には無数の傷痕が残っていた。


「修行で負った傷だ。……誰かに傷つけられたものではない」

「そうなのか。では、凄まじい修練だったのだな」

「魔術師になるためには、これぐらいは当たり前だ」


 自慢でもなんでもなく、宗一郎は本心からそう思っていた。


「なあ……。宗一郎殿」

「なんだ?」

「前から気になっていたのだが、オーバリアントを救った後、そなたはどうするのだ? 天界にお帰りになるのか?」


 言われてみれば、と思った。

 状況をさばくことだけを注視して、目標達成後のことを全く考えていなかった。


「今のところ特にはない。……天界に帰るというのは1つの選択肢だが、もう少しオーバリアントを見て回りたいという気もする」

「では、その選択肢に……。我が帝都に永住するというのはどうだ? 宗一郎殿が良ければ、爵位を与えることも出来る。世界を救いなさった後の話だ。きっと父上もお喜びになるはず」

「爵位か……。悪い話ではないな」

「であろう!」


 ライカは思わず宗一郎の肩口から顔を出した。

 その顔とライカの顔が、ほんの数センチにまで近づく。


 ポッとライカの顔が、朱に染まる。


「すすすすすまぬ!」


 慌てて顔はおろか、身体を離した。

 宗一郎も多少の意識はあるのだろう。少し顔を赤くして、頬をポリポリと掻いた。


 ライカが戻ってくると、再び背中流しに戻る。

 宗一郎も話を戻した。


「残念だが、オレは人から与えられる称号とか爵位とかには興味がない。自分の実力は自分で量り、知っておればいいのだ」


 実に宗一郎らしい言葉だった。

 ライカは思わず笑みを浮かべる。


「だが、帝都の永住の件は考えておく。まあ……。まだ遠い話だ。他に選択肢も出てくるだろう」

「そうか。そうだな」


 ――今はそれで良いか……。


 ライカは納得し、桶を持ってお湯で流そうとすると。


 ガラガラ……。


 再び戸車が鳴った。


「…………!!」

「『ああ! いたぁあ!!』。……はい。やっと見つけましたね。司書長」


 現れたのは小さなエルフの少女。

 そして「あらあら」と言いながら、柔らかな笑みを浮かべた大人の女性だった。


「マフィ! アリエラまで!」


 名前を呼んだのは、ライカだ。

 2人を宗一郎に紹介したのは彼女なので、もちろん知っている。


「なに! マフィにアリエラ?」


 宗一郎は振り返り、立ち上がった。

 はらりと股間を隠していた布が、落ちた。


「…………!」

「あらあら……」

「宗一郎殿!」


 ライカ、マフィ、アリエラの3人の視界に、成人男性の一糸まとわぬ肉体がさらけ出される。そしてたくましいあの“ナニ”も…………。


「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」


 おそらく産声以外で、生まれて初めての絶叫を上げた。

 慌ててタオルを拾い上げる。そのまま温泉にダイブした。


 肩どころか顔の半分まで浸かり、赤くなった頬を隠す。


「どうして? マフィとアリエラが?」


 尋ねたのはライカだった。


「…………」

「『それはこっちの台詞よ。……なんでライカと宗一郎が一緒なのよ』。うふふ……。そうですね。しかも女と男……。裸で何をやっていたんでしょうね」


「「何もやっていない!」」


 宗一郎とライカは同時に否定する。


「…………」

「『怪しい』。声まで揃ってましたね」

「誤解だ。……ただ私は、日頃のお礼と背中を流して――」

「…………」

「『背中を――』。――流す?」


 ピキューン……。


 マフィのつぶらな瞳が、赤外線スキャンみたいに赤く光った。


「…………」

「『私も宗一郎の背中を流したい!』」


 マフィは浴場を駆け抜ける。

 露天風呂の縁からジャンプした。


 小さな身体が星夜をバックに襲ってくる。


 はらり……。


 身体を隠していたバスタオルがほどける。


 一糸どころか、一毛も、一丘もない純真無垢な40歳エルフの肢体が、眼前に開かれた。


「な、あ!!」


 ざぶーん!!


 勢いよく温泉に飛び込む。

 水柱が立ち上った。


 宗一郎の背後に回り、無理矢理背中を流そうする。


「…………!」

「や、やめろ。マフィ……」

「こら! マフィ……! 宗一郎殿が嫌がっているではないか?」

「あらあら……」


 マフィは離れようとしない。

 頑なに貼り付いている。


 宗一郎も必死の抵抗をするが、思いの外マフィの力が強く振り払えない。


「宗一郎殿……。私も手伝うぞ」


 ライカも湯船の中に入ってきた――のだが……。


 はらり……。


 お湯を吸ったことによって、バスタオルが重くなりほどけた。


 国宝級ともいえる見事な姫騎士の肢体が、露わになった。

 局部は見事な桜色をしていた。


 ごくり……。


 その大きな胸に、宗一郎はおろか背中に乗っかったマフィまでも唾を呑む。


 さらに……。


「マフィちゃん! ご主人は見つかったスか?」

「我が主……。失礼とは思いましたが、クローセルここに馳せ参じました」


 やや頬を赤らめながらバスタオルに身をくるむクローセル。

 おそらく諸悪の根源と思われるフルフルが、何も隠さず、生まれたままの姿でやってきた。


「おほう! これはこれは……。良い具合に温泉回が、ハーレム展開に変わってるじゃないッスか! いやぁ、うまい具合にライカとマフィちゃんをけしかけた甲斐があったというもんスよ」


 ほら、な……。


「やはり貴様か!! フルフル!!!!」


 宗一郎は怒りの炎を燃やしながら、立ち上がる。

 あまりの怒りに、もう“前”なんて見ていなかった。


「何を怒ってるんスか? ……実はまんざらでもないくせに? ……英雄、色を好むっていうスよ」

「よおし。そこにそのまま立ってろ! 今からお前の大好きな聖書を読み聞かせてやる」

「うおおお!! そ、それだけは勘弁してほしいッス。耳腐るッス」

「主……。それだけはご容赦いただきたい」


 2匹の悪魔は揃って耳を押さえた。


 しかし主の怒りが収まるはずもない。


「うるさい! 黙れ!」

「ぎゃあああああ! ご主人、本気の目ッスよ……」


 主人と悪魔の追いかけっこが始まる。


「…………」

「『待て! まだ私の背中流しは終わってないぞ!』。あらあら……」


 マフィも加わる。


「我が主君。私も手伝います」


 クローセルもフルフルを追いかけはじめた。


「あの~。取り込み中すまぬが……。フルフル殿」

「な、なんスか! ライカ! フルフルは今、生と死のサバイバル中ッスよ」

「それはわかっているのだが、どうしても聞きたいのだ」

「なんスか? ……うお! 危ない! ご主人、桶を投げるのは反則ッス」

「いや――。そのぉ……」


 “今、誰が陛下を見ているのだ?”



 ……………………………………………………………………あっ!



「しまった! 陛下が危ない!」


 宗一郎が転身したその時――。


「余がどうした?」


 ぬっと入口から現れたのは、50後半とは思えない見事な肉体を持った皇帝だった。


 一歩、洗い場に踏み込むと、さらに女性陣達にもさらけ出される。


「「「「「……………………」」」」」


 一様に絶句した。


 今まで、「あらあら……」と呟くだけで、一片の動揺もしていなかったアリエラですら、口元を隠し、目を広げて皇帝のある箇所を凝視していた。


「あ…………あ、ああ…………」


 宗一郎もまた、フリーザの気を初めて感じた孫悟飯みたいに声を上擦らせている。


 そして手を突き、がっくりと項垂れた。


「負けた……」


 現代最強魔術師の珍しい敗北宣言だった。


「ほほぅ……。何やら騒がしいと思ったら、なかなか楽しいことになってるではないか?」


 若い女性の裸を見ながら満足そうに笑みを浮かべる。


「おお! これが温泉か! よおし! ライカ、一緒に入ろう!」

「ち、父上?」

「なんだ? 恥ずかしがることもなかろう。12歳まで一緒に入っていたではないか?」


「「「「「12歳!」」」」」


 皆の声が揃う。いや、それはもう犯罪ではないか……?


 皇帝は愛娘の手を引くが、ライカは激しく抵抗する。


「おお! 皇帝はスゴいものを持ってるッスね」

「フルフル殿。これが王者の貫禄というものだよ。ぶははははは……」

「なるほど。……後宮で鍛えたというわけッスか。なははははは……」


 何故か皇帝に負けじと、フルフルは高笑いを上げたのだった。




 皆が騒ぐ中、風呂場から離れた位置で、それを見つめる者がいた。


 彼女の名前はヤーヤ・ダンドリー。若干7歳。


 騒ぎに目覚めた少女は眼を擦り、さらに風呂場に近づこうとする。


 すると、不意にその視界は遮られた。


「見ちゃいけません。さ――」


 振り返ると、母のカララが口元に指を当てていた。


 ヤーヤは言われるがまま、母に手を握られ引き返す。


 しかし、やはり好奇心が抑えられず、一度風呂場の方に振り返った。


 騒がしい声はやむことはない。


 覗いてみたかったが、母の力に抗することもできず、そのまま少女は手を引かれていった。


 あの夜、何が行われていたか。

 少女がそれを知るのは、約10年後のことだった。


温泉回終了です。

いかがだったでしょうか。


外伝はもうちょっとだけ続きます。

お付き合い下さい。


明日も2話投稿します。

12時と18時です。よろしくお願いします。


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