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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
外伝 ~ それぞれの1ヶ月 ~

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外伝 ~ イセカイでオンセンカイ ~ 中編

温泉回中編です。

よろしくお願いします。

 温泉の前に、宗一郎は皇帝親子を部屋へと通した。


「「おお!」」


 皇帝とライカは揃って声を上げた。


 そこは副室が付いた17畳ほどの和室だった。

 4点の座椅子と、レトロな座卓。その上には、茶器のセットとお茶請けまで用意されていた。窓には障子が張られ、程よく光を通して部屋を照らしている。


 息を吸い込むと、芳醇な木の香りが鼻腔を突き、温泉の湧き出る音が心地よく耳を潤してくれる。


「素晴らしい……。こんなものは見た事がないぞ」


 皇帝はただただ感嘆して、眼前に展開される風情に飲み込まれていた。


「隣に、一応洋間も用意しています。もしご不便でしたら、そちらもお使い下さい」

「何が不便なものか。ここで暮らしたいぐらいじゃ」

「もったいなきお言葉です」

「それよりも勇者殿……。この先ほどから、スリスリと音がなる床は何じゃ?」

「天界では『たたみ』と言われているもので、天日干ししたガラを編み込んだものです」

「なんと! あの川辺に生えているガラか」


 ガラは現代風に言うなら、い草だ。

 図書館で本を読んでいる時に、植生と特性が似ていたことから、畳に使えそうだなと思っていた。その時は、漠然と思うだけだったが、まさかこうして本当に畳を作る事になるとは思わなかった。


「どうぞ、陛下。寝転んでみてください」


 宗一郎は手本を示すように、畳の上に大の字になってうつぶせになった。

 皇帝親子は互いの顔を見合わせた後、それに倣う。


「おお! これは――」

「いい香り……」


 ライカは大きく息を吸い込んだ。


「そして気持ちいい。程よい硬さと柔らかさがあって、何というか身体を預けやすく感じるのぉ」


 皇帝は目をつぶり、畳の上を及ぶように手足を動かした。


「宗一郎殿。余は気に入ったぞ。是非とも、この『畳』をくれ」

「ロイトロスに作り方を教えてあります。彼に命じれば、すぐにでも作ってくれましょう」

「そうか……。それは楽しみ……じゃ……」


 途端、皇帝が静かになる。

 ライカは驚いて上体を起こしたが、次に耳に届いたのは大きないびきだった。


「父上……。こんなところで寝ていては風邪を召されます」


 呼んでも揺すっても、皇帝は起きる気配もない。


 宗一郎は掛け布団を用意すると、皇帝の背中に掛けた。


「よっぽど疲れていたのだな……。オレが見ておくから、ライカは温泉を堪能してくるがいい」

「そんな! 勇者殿に番を押しつけるなど!」

「これも『お・も・て・な・し』の心だ」

「オモテナシ?」

「天界の考え方だ。客を遇する心のことを言う。今日のライカはオレの客人だ。ゆるりとするがいい」

「勇者殿がそこまで言うのなら……」


 ライカは一礼すると、ヤーヤに伴われながら部屋を出て行った。






 皇帝親子を招待した日の深夜――。


「ふう……」


 宗一郎は1人で露天風呂に入っていた。


 ちゃんと石で周りを囲み、さらに日本庭園っぽい風情を出すために、松のような木に、苔なども移植して、本格的に作った露天風呂だ。


 さすがにこだわり過ぎて、当初の予算の10倍にまで膨れあがり、ロイトロスが率いてくる兵も日に日に増えていった。

 突貫工事になってしまったが、その割りには満足のいく温泉宿が出来た。


 これで心置きなく、帝都を出立できるというものだ。


「気持ちがいいな」


 実は、親子を招待するまで、宗一郎は休む間もなく働いていた。

 温泉には何度か浸かったが、こうしてゆっくりとするのは、初めてのことだ。


 カカとヤーヤを助けたことによって、成り行きで温泉宿を建てたというわけではない。

 異世界に来て1つ自分が落ち着ける場所を作りたかった。

 出来れば、現代に近い施設を。


 カカが宿屋のせがれと聞いた時、頭に浮かんだのは、現代の温泉宿の風景――。

 実は、この温泉宿は、黒星あるみの家族とともに、昔泊まった旅館がモチーフになっている。


 1つこういう現代を思い出させてくれる場所を作り、「異世界」という大きなストレスを忘れさせてくれるところがほしかった。


 意識高い系現代最強魔術師は、休む場所すら意識が高かったというわけだ。


 ふと空を眺める。

 雲1つない星空が、頭上に広がっていた。

 残念なのは、月がないことだ。


 ――こればっかりは作る訳にはいかんか……。


 温泉に浮かんだ桶を引き寄せると、その中の小さな盃を取り出す。


 空に向けて掲げた。


「月の代わりだ」


 などと遊ぶ。


 すると――。


 ガラガラ……。


 戸車を引く音が、後ろから聞こえた。


 客が温泉の営業時間を無視して入ってきたのだろうか?


 振り返る。


「うぇ」


 変な声が出てしまった。


 大布で肢体を隠したライカが立っていた。


 顔をピンクに染め、金髪をまとめてタオルで覆い、油断すればバスタオルがほどかれてしまいそうな大きな胸を上下させていた。


 ゴクリ……。


 思わず唾を呑んでしまう。


「ライカ……。お前、なんで?」


 というかここは、男湯だ!


「その…………。お背中を流そうかと――」

「待て待て。頼んでないぞ」

「こ、これはその……。わ、私からの好意だと思っていただければ」

「こうい?」

「いやいやいやいやいや!! けけけけ決して、そのようなよこしまな考えでもなんでもなくて、むむむしろ純粋というかなんというか…………」

「つまりはどういう……?」

「日頃、お世話になっている勇者殿にお礼がしたいというか」

「お世話になっているのは、オレの方だと思うのだが……」

「違う!」


 ライカは反射的に大きな声で否定した。


「その……マトー殿のことや、父上が疲れていることを察して、温泉に招待してくれたこととか」

「そういえば……。陛下は? 誰が護衛を……?」

「フルフル殿に任せてきた。まだよく眠っておられる」


 ――それはそれで危ないような気がするのだが……。


「そのフルフル殿から聞いたのだ。天界ではこのような場所では『オンセンカイ』と言って、女が男湯に入って、男の背中を流すものだと」


 ――ほら、いきなり嫌な予感が的中したではないか!


「そ、それはフルフルがついた嘘だ。真に受けるな!」

「嘘でも良いのだ」

「はっ?」

「嘘でも良い。私は宗一郎殿の背中を流したいのだ!!」

「な、なにいぃいいいいいいいい!!」


 正直、言っている意味が理解出来ない。


 ライカは姫騎士だが、その騎士の前についている言葉通り、一国の姫君なのだ。

 その女性が、城で働く下女のように下の世話するというのは――いや、させるのはさすがに不味い。


 下手をしたら、外交問題だ。


 しかし――。


 ライカの手と足が震えていた。


 幾多のモンスターを打ち倒したとは思えないほど細く――純白の四肢。

 それが栗鼠のように震えている。


 昔、どこかの国の代表に言われたことがある。

 イタリアだったか。それともスペインだったか。


 据え膳食わぬは男の恥……。

 あいさつぐらいしか日本語を知らない国の代表が、何故かその言葉だけが覚えていて、宗一郎に忠告したのだ。


 もしその人間がいれば、真っ先にそう言っただろう。


「わかった。ライカ……。頼もう」

「あ、ありがとう。宗一郎殿」


 姫騎士の青い顔が、内側から電灯を灯したように明るくなった。


後編に続きます。


本日18時更新です!

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