外伝 ~ その現代魔術師、異世界で温泉宿を経営する ~ ⑥
ちょっと短めです。
宿屋を作ると決めて5日後。
建設予定地に、続々と人が集まってきた。
「おーい! 勇者殿」
ロイトロスが十数名の兵士を連れてやってきた。
白煙を上げながら、湧き出る熱湯を見て、老人はまず驚いた。
「ほほう……。これが“おんせん”というヤツですか」
どれ、と触って見る。
「あちゃちゃちゃちゃ……!」
一瞬で真っ赤になった手に、フーフーと息を吹き付ける。
「勇者殿。これは人が入るにはちと熱すぎるぞ」
「むろんだ。本来なら熱交換器を使ったり、時間をおいて冷ましてから入るものだからな。ちなみに水でうめるのは邪道だ」
「熱交換器?」
「天界の魔法の道具だと思えばいい」
「ほう……。なるほど」
「ロイトロスは何か持病はないか?」
「おかげさまでこの年までピンピンしております――と言いたいところですが、最近腰痛に悩まされておりまして」
「なら、温泉に入るといい。……しっかり入れば、腰痛も治る」
「なんと! まるで魔法の泉ですな」
「そんなとこだ」
――むろん、しっかり料金はとるがな。
客ゲット! と宗一郎は心の中でほくそ笑む。
「…………!」
「『宗一郎様』」
振り返ると、幼女エルフと大人の女性がやってきていた。
マフィとアリエラだ。
小さな手には、丸められた紙が握られている。
温泉を見るなり、マフィは指さした。
「…………」
「そうだ。これが“おんせん”だ」
早速マフィは源泉に手を伸ばす。
「あちゃちゃちゃちゃ……!」
さっきのロイトロスの二の舞だったが。
真っ赤になった手にフーフーと息を吹きかける。
「…………」
「すまんすまん。でも、注意する前に触ったお前も悪いぞ」
「…………」
「人前でこんな下品な声を上げたのは初めてだ、と? 別にオレは可愛い声だと思うぞ」
マフィのつぶらな瞳が、さらに「・」になった。
背中を向けると、まるで温泉に入った直後のように頭から蒸気が昇る。
宗一郎は「?」と首を傾げ、幼女エルフの動向を窺った。
「ところで設計図は出来たのか?」
ぴょん! と跳ねるように振り返ると、マフィは持っていた図面を広げた。
「…………」
「おお! スゴい! 納期が短かった割りに大したものだ」
「司書長は、宗一郎様のために寝ずに頑張ったんですよ」
アリエラがフォローする。
「そうか。ありがとう、マフィ」
「…………」
「『べ、別にあんたのためじゃなくて、“おんせん”のためなんだからね。勘違いしないで』。……あらあら。相変わらず素直じゃないですね」
「…………」
「はい。これ以上は黙ってます」
口を押さえ、例の柔らかな笑みを浮かべるアリエラ。
「ロイトロス、来てくれ」
兵たちとともに源泉と戯れていたロイトロスが戻ってくる。
マフィが書いた設計図を広げて見せた。
「ほう……。これはなかなか変わった建築物ですな」
「天界にある宿をモチーフにしている。いけるか?」
「お任せ下さい。土木や建築は、戦うことの次に我らの得意分野ですからな」
齢70とは思えない力こぶを見せつける。
現代世界のローマ帝国もそうだったように、マキシア帝国の兵たちも土木建築のスペシャリストらしい。
これは皇帝の謁見の時に聞いていた。
「言われたとおり、木材を用意しております。今からでも取りかかれますぞ」
「よし! それでは頼む!」
ロイトロスは兵達を呼び寄せ、手慣れた感じで指示を出し始めた。
兵達を見送ると、今度はマフィがスーツの袖を引っ張った。
「…………」
「何? マフィも手伝う? いや、お前はマルルガントでの仕事があるだろ?」
「…………!」
それでも手伝いたいらしく、身振り手振りを交えてアピールする。
宗一郎はこっそりアリエラを盗み見た。
少し心配げな表情を浮かべている彼女は、軽く首を振った。
さすがに部下としても、それは困るらしい。
「気持ちはありがたい。でも、部下を困らせるなと言ったろ」
「…………」
しゅんと肩を落とし、俯く。
丸いおかっぱ頭に、宗一郎は手を置き、軽く撫でた。
「……オレの宿が出来たら、一番に連絡するから、それまで図書館の仕事を精一杯やってくれ」
「…………」
マフィの顔が煌びやかな宝石に彩られたかのように輝いた。
ふんふんと何度も頷き、アリエラとともに図書館に帰っていった。
今度は、ハシューを呼ぶ。
「宿が出来るまでに、帝都にある武器屋と防具屋、あと道具屋も、オレとともに回るぞ」
「な、何故ですか?」
「理由は後で話す」
「宗一郎の兄ちゃん? オイラは?」
「随分と威勢がいいな。疲れていないのか?」
カカは首を振った。
「全然! オイラ、働きたい! でもって、宿屋のことを一杯知りたい。そしていつかオイラが宿屋を継ぐんだ!」
突然、ハシューの目から涙が溢れた。
カカを抱きしめると「ありがとうな。カカ」と何度も礼を言った。
悔いているのだろう……。
自分が宿屋を手放したことを。
そしてそんな父を見ながらも、宿屋に前向きな息子の姿を見て、自分がしたことの愚かさに心底気付かされたのだ。
「いい息子を持ったな」
「はい」
ハシューの声が震えていた。
「よし! カカ。お前も一緒に来い。オレと父親が働いているところをしっかり目に焼き付けろ」
「うん!」
宗一郎はハシューとカカを引き連れ、帝都の中心地へと歩みを進めた。
カカの台詞にぐさっ!って来た……。
明日からは温泉回です。
18時になります。