第87話 ~ レベル1でも最強の魔術師 ~
1週休んですいません。
ちょっと体調不良で臥せっておりました。
終章第87話です。
よろしくお願いします。
ぶるり……。
ラフィーシャは、自分の身体が震えたのを感じた。
それは当然の感覚だ。
己自身のことなのだから……。
しかし、一瞬感じたそれは、生涯において初めてといえるかもしれない。
歓喜とも、恐怖とも違う。
感情など、どうでもいい。
それはただ単に、認識の掛け違いに近い。
まるで自分が小さくなったような……。
子鼠にでもなったかのような。
とにかく震えたのだ。
狩る者と狩られる者の逆転……。
今、目の前にした勇者を見ながら、ラフィーシャはすでに気持ちの時点で、敗北していた。
だが、感情など、どうとでもなる。
むしろラフィーシャは感情など信じない。
そのすべてを、恐怖と愉悦で塗りつぶしてきた女神は、己でも驚くほど凄惨な笑みを浮かべていた。
「ふふふ……。あはははははは……。よく来たわね、勇者様。まさかこんなところまで追いかけてくるとは思わなかったわ」
「お前にしては、随分と適当な回答だな。俺がどうやって、この世界に来たのか知らぬお前ではあるまい」
「なるほど。転送魔術を使えるのね。さすがは勇者様、褒めてあげるわ。でも、私がこの世界に来るってよくわかったわね」
「簡単なことだ。お前の転送技術に細工しておいたのさ」
「へぇ……。エルフの符帳を読んだというの……」
「前にマキシア帝国で暮らしていた時に、大図書館にいる変わったエルフの司書長に教えてもらっていたのさ。簡単な符帳の改変ぐらい造作もない」
「へぇ……」
ラフィーシャの口数が、次第に少なくなっていく。
――なんだ。一体、何が起こっている?
やはり、やたら勇者が大きく見える。
しかもその表情には、余裕が伺える。
オーバリアントにいた時の焦燥感は微塵もない。
自分の世界に戻ってきて、落ち着いているからだろうか。
それもあるだろう。
だが、根本的に違う。
ただ立っているだけなのに、見えない圧に押される。
気を抜けば跪きたくなる。
――ふざけるな。
一瞬、膝を折りそうになった足を叱咤する。
ラフィーシャは全力で笑った。
そんな彼女の前に立ったのは、もう1人の異世界からの訪問者だった。
白い髪をなびかせた王女。
ローラン・ミリダラ・ローレスだ。
兎のようなピンクの瞳に力を込め、オーバリアントの女神を睨んだ。
「ラフィーシャ、降参なさい」
「ははは……。王女様、何をいっているのかしら? 勇者様の力を信じているというの? 愚かね。私は神……。オーバリアントの女神なのよ。たかだか一個人の力などねじ伏せてあげるかしら」
「違うわ」
ローランこと黒星まなかは首を振った。
「あなたにとって、この世界は危険なのよ」
「なんですって……」
「あなたは【太陽の手】によって、世界を――オーバリアントを滅ぼそうとした。あなたはこの世で1番残虐なことをしている。そう思っているのかもしれない。でもね、私がいた世界……。そう地球という世界では、とっくの昔にあなたと同じようなことをしていたのよ」
「どうしたのかしら、王女様? 魂の故郷に帰ってきて、おかしくなっちゃった? 随分と平和そうな世界じゃない。憎たらしいほどに……」
「そうよ。……それでも、人類は滅びなかった。何故だかわかる?」
「…………」
「何故なら、私たちには勇者がいたから」
杉井宗一郎という現代における最強の魔術師がいたからよ
「もういいだろう、まなか姉。もう交渉のタイムアップだ。こいつは、もう止まらない。己の信念を曲げることもないだろう」
「そ、そうよ。王女様。私にはまだ女神としての能力がある。たとえ、勇者であろうと、最強の魔術師であろうと、私の勝利は揺るがない」
ラフィーシャは手をかざした。
即死の呪術を放とうとする。
だが、手の平から何かが放たれることはない。
まるで石化でもしたかのように、静かだった。
「じゅ、呪術が使えない!」
「あんた、馬鹿ねぇ」
小さな肩を竦めたのは、自称魔法使い清川アカリだった。
「呪術ってのは、長い時間を掛けて構築するものなのよ。異世界にやってきて、おいそれと使えるわけがないでしょ。あなたがやっていることは、家もないのに、インターフォンを押してるようなものなのよ」
アカリの言うとおりだった。
ラフィーシャが即死呪術を使えたのは、元々旧女神が構築していた呪術のプラットフォームがあったからだ。
だが、今この地球に来て、その呪術構築は存在しない。
即死呪術を使うには、長い年月を掛けた式が必要になる。
そして、ラフィーシャにはその技術がなかった。
最初に仕掛けることが出来たのは、己自身が帯びる呪いでしかない。
それは特に心情に起因する。
感情で負けた時点で、すでに彼女の手から、呪いの力は解放されていた。
「呪術が使えなくても、私にはゲームマスターとしての力がある」
再び手をかざす。
しかし、なにもおこらなかった。
「相当動揺しているな、ラフィーシャ。ゲーム世界の力もまた、根本は呪術だ。即死呪術同様、使えるわけがないだろう」
慌ててラフィーシャはステータス画面を開いた。
身体にかかった呪術は、まだ効いているらしい。
視界の端にある部分をクリックする。
そして己のステータスを確認した。
体力 : 09
魔力 : 12
レベル : 01
ちから : 04
耐久力 : 09
魔性 : 15
素早さ : 04
適応力 : 09
運 : 01
ラフィーシャは愕然とした。
自分のステータスが、レベル1になっていたのだ。
「そんな……」
「どうやら、オーバリアントから脱出した際、すべてのステータスはレベル1に戻されるらしいな」
「馬鹿な! そんな設定なんて」
「ああ。これは……オレが仕込んでおいたものだ」
「なッ――――!!」
「元々対プリシラ用に仕掛けておいたオレの呪術だ。あいつを別世界に誘導し、そのマスター権限を剥奪する手段だったのだが、まさかこんなところで、この効果を見ることになるとはな」
「あなた、馬鹿なの? 私のステータスがレベル1であるなら、オーバリアントから移動してきた勇者様もレベル1のはずでしょ」
「ああ……。そうだ。それがどうかしたか」
ふわり、と宗一郎の髪が逆立つ。
同時にパタパタとスーツの裾が翻った。
その体表から、黄金色のオーラが立ち上る。
魔力だ。
膨大な魔力を、宗一郎は解放しようとしていた。
「ひぃ! ひぃいいいいいいいい!!!」
とうとうラフィーシャは耐えきれなくなった。
1度は拒否し、認めたくなかった恐怖が、感情が、胸の中に雪崩込んでくる。
バタバタと足を動かし、ゴキブリのように退避した。
宗一郎は手の平を上にし、口角を上げた。
「さあ、ラフィーシャ。異世界の女神よ。長い戦いに終止符を打とうじゃないか」
証明しよう。オレが……レベル1でも最強の魔術師であることを――。
ようやくタイトル回収。
残り3話です。
引き続きよろしくお願いします。




