第84話 ~ クリアおめでとう ~
終章第84話です。
よろしくお願いします。
青と赤の光が、ワンダーランドの中心で輝いた。
青白い色は、天より放たれた雷精の鉄槌。
ドラゴンの巨躯に、無数の赤い光が閃く。
確認している体力ゲージがみるみると減っていった。
すでに1割を切っている。
単体系雷属性最強魔法【雷霆の陪審】。
この魔法がえげつないのは、単純に威力ではない。
勇者しか使えない固有魔法は、威力にプラスして防御無視効果も付与されている。
つまり、ルナフェンが纏ったあらゆる強化魔法の効果が無視され、素のダメージを相手に与えることが出来るのだ。
やがて光が止む。
ドラゴンの肌から揮発した白い煙が立ち上った。
リアルダメージではない。
魔法による演出だが、ルナフェンは明らかに弱っているように見えた。
宗一郎は手を緩めない。
タン、と硬い石床を踏み抜いた。
パズズの力で得た脚力を持って、あっさりとラスボスの懐に潜り込む。
『なめるなよ、勇者!!』
カッと口を開いた
紅蓮の光が溢れる。
瞬間、ドラゴンの口内から特大の炎息が放たれた。
己の懐に肉薄しようとする勇者に向かってなぎ払う。
だが、力任せの攻撃に過ぎない。
そしてゲームの魔法ではなく、魔術を用いた魔術師を捉えることは出来なかった。
宗一郎は飛ぶ。
【ピュールの魔法剣】を大上段に構えた。
スーツを翻しながら、眼下に見える竜に向かって振り下ろす。
「トドメだ!!」
稲光が落ちる。
【ピュールの魔法剣】に雷精が宿った。
巨大な青白い剣となる。
鋭い光の刃は、真っ直ぐドラゴンに向かって振り下ろされた。
【雷神剣“極”】!!
ルナフェンは極光に包まれる。
はずだった。
「――――ッ!!」
宗一郎は息を呑む。
慌てて剣の軌道を修正しようとする。
だが、遅い。
「くっ!!」
足に集中していたパズズの力を、手に移動する。
その力を横方向に向け、無理矢理軌道を変えた。
突然の修正に、宗一郎自身が吹き飛ぶ。
くるりと空中で姿勢を変えながら、なんとか着地した。
ギィンと音を立て、【ピュールの魔法剣】を突き立てる。
付与されていた雷精の力は、消えてしまった。
宗一郎は顔を上げる。
みるみる瞼が持ち上がった。
視界に移っていたドラゴンへと変化したルナフェン。
そして、その前には――。
「まなか姉……」
白い髪を揺らした少女が、手を広げて立っていた。
これには背後にいるルナフェンも驚いている。
鋭い牙を見せて口を開けたまま、ぎょろりとした三白眼を大きく広げていた。
「お、お前……。何をやって……」
声が震わせていることからも、動揺が窺えた。
少なくとも魔王自身がやらせたわけではないらしい。
まなか姉ことローランは、薄い桃色の瞳を勇者に向けていた。
やがて、お互いの戦意がないことを確認すると、手を下ろす。
ほっと胸に手を置くと、そのまま崩れ落ちてしまった。
「まなか姉!!」
宗一郎は慌てて駆け寄る。
パズズの力を再び足裏に集中させると、姫の後頭部が付く前に受け止めた。
「ご、ごめんね。さすがに腰が抜けたわ」
「まなか姉、なんて危険なことを……」
「私ね。少し考えたの……。ルナフェン、あなたも聞いてちょうだい」
ローランがいうと、ルナフェンは竜変化を解いた。
現れたのは、翼を纏った異形の怪物人間だ。
すでに、そこに戦意はない。
あとわずかとなった体力ゲージを回復することもなく、ただ勇者の胸に横たわる王女に視線を向けた。
「宗一郎君、もう1度考え直してほしいの」
「なにを……」
「魔王の質問に『はい』と答えてほしいの」
「まなか姉、何をいって……。そんなことをすれば、本当に世界が滅びるかもしれないのに」
プリシラならやりかねない。
呪いの力によって、オーバリアントをゲーム世界にしてしまうような女だ。
魔王の質問に「はい」と答えれば、本当にレベル1にされた挙げ句、リスタート地点からやり直させる可能性はある。
普通にプレイしているならまだしも、今この状況では笑えない話だ。
「果たして、そうかしら……」
「は?」
「私は旧女神プリシラさんのことは知らないわ。でも、ゲームが好きで、彼女はこの世界をゲームにしてしまったんでしょ?」
宗一郎は頷く。
まなかは薄く微笑んだ。
「そんな人が果たして、既存のゲームの結末と同じにするかしら」
「え?」
「だって、もし何もかも同じにするなら、世界をゲームにするよりも、ゲームそのものを使ったらいいだけでしょ……」
たしかに……。
一理ある。
世界をゲームに変えてしまった女神だ。
ゲーム機本体ぐらいなら、作れてしまったかもしれない。
「ゲーム好きの女神様は、オリジナルと同じ結末にするようなエンドにはしないと思うの。本当は彼女も選んでほしいのよ。モンスターと人間が、クッキーのように半分こできる世界を」
宗一郎は顔を上げる。
自然とルナフェンと目が合った。
「ルナフェン、確認しておく。もし俺が『はい』を選んだらどうなる?」
魔王は太い首を振った。
「わからぬ。そもそも俺自身は、ゲームとやらに詳しくないからな」
なるほど。
道理ではある。
嘘を付いているようにも見えない。
宗一郎は少しだけ悩む。
だが、このまま続けたところで、悪戯に時間を浪費するだけだ。
それに、紛争解決の天才が現れてしまった。
この牙城を崩すことは、ラフィーシャを相手にすることよりも難しい。
「わかったよ、まなか姉」
勇者は今一度、魔王に向き直った。
ルナフェンもまた、白目と黒目が反転した瞳で、宗一郎を見つめる。
そして改めて問うた。
『わしは待っておった。そなたのような若者が現れること……。もし、わしの味方になれば、世界の半分を宗一郎にやろう。どうだ? わしの味方になるか?』
勇者は答えた。
『はい』
瞬間、光が走った。
暗闇に閉ざされていたワンダーランドが、みるみる明るくなっていく。
闇は一掃され、現れたのは魔王城の全容だった。
気がつけば、モンスターが周りを囲んでいた。
大小あわせて、優に1000体以上いるだろう。
さらにその数が増えていく。
生き返っているのだ。
宗一郎たちに倒されたモンスターが、次々と復帰し、城の中央に集まっていた。
「これは……」
宗一郎はまなかをひしと抱きしめる。
そのお姫様はというと、何故かこの状況を楽しんでいるように見えた。
モンスターたちに戦意はない。
吠声を上げたり、胸を叩いたり、足踏みしたりしている。
まるで、何か祝福しているようだった。
この時、宗一郎は知らなかった。
奇跡のような光景はワンダーランドを越え、オーバリアント全土にまで広がっていたのだ。
人々も復活した。
それはゲーム世界のルールによって倒された人間だけではない。
【太陽の手】によって滅ぼされたグアラル、アーラジャ。
無慈悲にエジニアの猛攻を受け、壊滅したサリスト。
ラフィーシャが引き金とした戦争の被害者たちが、次々に目を覚まし、ワンラーランドの上空に現れた光を見つめていた。
「聞こえる……」
と言ったのは、ローランだった。
そっと耳を澄まし、遠い地の果てから聞こえる歓声を聞いていた。
宗一郎にもわかった。
大地が沸き立つ光景を。
見なくてもわかる。
人々の歓声と、手を振る情景を。
奇跡だ……。
魔法でも魔術でもない。
これほどの大規模な奇跡を、まさか目撃できるとは思わなかった。
宗一郎はその奇跡のメカニズムを、【フェルフェールの魔眼】によって見抜いていた。
これは奇跡で有り、そしてプリシラの呪術の賜物だ。
世界に張り巡らされた大規模な呪術。
そこにあらゆる限定的な要素をクリアしたことによって起こる奇跡。
世界中の人間やモンスターが罹患し、一人一人ゲームの主人公になり、積み上げ、完遂した呪術の力は、おそらく神器よりも遙かに尊いものだろう。
そして、それはかの救世主すら越えた“復活”をもたらした。
その原理に気づいた時、魔術師は自然と手を打った。
認めなければならない。
これほどの奇跡を用意した呪術師に。
宗一郎よりも、ラフィーシャよりも。
プリシラは強かった。
オーバリアント最強……。
その称号は、彼女こそふさわしいかもしれない。
宗一郎は顔を上げる。
ルナフェンが泣いているのが見えた。
さー、小川のように両目から涙を流している。
この奇跡は、どうやら元天使の心すら揺り動かすものであったらしい。
どこからかファンファーレが鳴り響く。
懐かしい――クラシカルな音に、宗一郎の顔に思わず笑みがこぼれた。
そして、きっとフルフルなら泣いて喜んだであろうと思った。
空から何かが降ってくる。
天女のような衣がヒラヒラと舞っていた。
長い銀髪のツインテールに、薄青い瞳。
露出度の高いビキニは、未発達な胸を隠すことなく、大きく胸元を開いていた。
両耳には、顔の大きさに全く合っていないヘッドフォンが装着されている。
まさか――一縷の望みを期待したが、それは映像だった。
宗一郎の前に降り立つ。
ややぎこちない笑みを浮かべた。
『クリアおめでとう、勇者。私はオーバリアントの女神プリシラよ』
挨拶する。
その声は、宗一郎が知る女神とは違い、穏やかだった。
『あなたがどうして、魔王の質問に「はい」を選んだのか私にはわからない。たぶんだけど、あなたがこれを見ているということは、私はもうこの世にいないはず。だから、あなたはトゥルーエンドを見れているわけだけどね』
宗一郎は、今際の際に聞いたプリシラの言葉を思い出していた。
旧女神は最後にこういった。
『先に私の呪術を完成させてもらったわ』と。
宗一郎は、ゲーム世界の呪いを解呪不能な状態にしたのだと思っていた。
だが、あの言葉の真の意味は、この奇跡を見せることだったのだ。
そのためには、自分の死すら必要だったのだろう。
今思えば、オーバリアントをゲームというふざけた世界にした彼女なりの罪滅ぼしなのかもしれない。
『単純に世界の半分が欲しかったから「はい」を選んだのなら、残念だけどそれは叶わない。もしかして気まぐれという可能性もあるけど……。まあ、そんなことを考えても、埒が明かないわね』
自己完結しながら、プリシラは自嘲気味に微笑んだ。
『勇者に選ばれたのだから、真っ当な人間だったという体で話すわ。勇者! 私から言えることは1つ。どうかこの子達の住む場所を見つけてほしい。ゲームをクリアしたなら知っていると思うけど、彼らもまた被害者なの。だから、彼らの住む場所を与えてほしい』
「うんうん。いいわよ、プリシラちゃん!」
目を輝かせたのは、ローランだった。
『私は無理矢理彼らをシステムの上にのっけて、共生させた。でも、制度というのは、いつか破綻する。だから、あなたが思う通り作り替えてほしい。あなたが選んだように。世界の半分を彼らに与えてほしいのよ』
そこには、どこか悲壮めいた願いが込められていた。
『……難しいのはわかってる。困難なのは重々承知しているわ。でも、モンスターがいない異世界なんて、異世界らしくないと思うのよ』
「ふん……。ここまで話した結論がそれか」
宗一郎は肩を竦めた。
『どうするのかは任せるわ。あなたはきっと数々の苦難を越えてここにいる。様々な人と出会い、剥き身の感情を知っているでしょう。その中であなたが感じた方法で、彼らに居場所を作ってあげて。私がいいたいことはそれだけよ』
改めてプリシラは勇者に向き直る。
浮かんだ笑みは、最初よりも自然で何より美しかった。
『クリアおめでとう。私が作ったゲームを少しでも楽しんでくれたら嬉しいわ。じゃあ、さようなら……』
すると、映像のプリシラは宗一郎に近づいてきた。
目の前で止まる。
一瞬、接吻でもするのかと思ったが違う。
まるでカメラを操作するように腕を伸ばし……。
そして消えた。
ゲームは終わりましたが、お話は続きます。




