第82話 ~ 世界の半分を宗一郎にやろう ~
終章第82話です。
よろしくお願いします。
空気に触れるだけで、歯茎に鋭い痛みが走る。
息をするだけで、肋が軋む。
あぁ……。全身が痛い。
いっそ切断して欲しいとさえ思う。
手を、足を、腹を、指先を……。
痛い……。痛いいたいイタイ!
ラフィーシャは無様に地面を這いずり回り、地獄の痛みに苦しんでいた。
全身が焼けるようだ。
なのに、内臓が氷のように冷えていくのがわかる。
ひたりと足音が聞こえる。
死の音だ。
ラフィーシャは思わず耳を塞いだ。
死神を追い払うかのように、悲鳴とも嗚咽ともわからない奇声を上げる。
残っている魔力のすべてを使って、命を長らえた。
ゲームマスターとしての力。
旧女神の呪いの力。
この2つを制すれば、怖い物などない。
そう思っていた。
だが――。
魔術師として覚醒した勇者の力は、想像を遙かに超えていた。
仮に60年前、プリシラではなく勇者が来ていれば……。
3日と持たず、野望は潰えていたかもしれない。
むしろ、勇者がオーバリアントに来て、今の今まで遭遇しなかったことが、僥倖といえるだろう。
危険だ!
ヤツの存在は甚だ危険だ。
「逃げよう……」
オーバリアントを破滅させる計画などどうでもいい。
自分を傷つけた勇者の復讐など、どうにでもなる。
今、最優先するべきは、己の命……。
なんとしてでも生き延びる。
オーバリアント、そしてまだ見ぬ異世界……。
森羅万象すべてのものに復讐する。
屈辱だ。
しかし、耐えられる。
60年前、プリシラに敗れてから、泥を啜りながら生きてきたのだ。
「あの頃に比べれば、私には力があるかしら……」
そうだ。
ゲームマスターとして力も。
呪いの力もある。
決して1からではない。
60年前より遙かに優勢なのだ。
己の中にある復讐心を抑え付け、ラフィーシャは進む。
1枚の扉の前に来た。
扉にかかっていた呪いを解呪する。
すると、ゆっくりと開いた。
現れたのは、天空城の動力炉よりも遙かに小さな魔導機関だった。
魔法陣を起動させる。
正常に稼働した。
女神の口元が、半月状に開く。
「さあ、逃げましょう。全力で……」
異世界にね……。
◆◇◆◇◆
「ルナフェン……」
名前を呼んだのは、ローランだった。
どうやら気がついたらしい。
薄いピンクの瞳には、はっきりと異形の男の姿を収めている。
ルナフェンと名乗る魔王は、ローランを一瞥した後、宗一郎に向き合った。
「ほう……。姫をわしの所まで連れてきてくれたのか? ごくろうであったな」
「――――ッ!! 連れてきたくて連れてきたわけではないがな……」
「名を聞いておこうか、勇者よ」
「杉井宗一郎……」
素直に名乗る。
ルナフェンは1度名を呟いた後、朗々と口上を述べた。
「よく来た。宗一郎よ。わしが、王の中の王――魔王ルナフェンだ」
宗一郎は驚く。
後ろでローランも反応していた。
その台詞は、2人でも知っているような有名な台詞であったからだ。
「わしは待っておった。そなたのような若者が現れること……」
すると、ルナフェンは手を振りかざす。
背中の翼を大きく広げた。
「もし、わしの味方になれば、世界の半分を宗一郎にやろう。どうだ? わしの味方になるか?」
……と、尋ねた。
宗一郎は1度顎を撫でた。
何故か、少し顔が赤い。
後ろでローランが思わず噴きだしていた。
「……お前、言ってて恥ずかしくないのか?」
「多少はな。だが、仕方がない。プリシラとの約束だからな。勇者と出会った時、今の台詞を述べる。あの者が我に強いたことは、ただそれだけだった」
「ちなみに、宗一郎君が『はい』っていうと、本当に世界の半分をくれるの?」
「まなか姉!!」
いつの間にか、ローランことまなかが側にやってきた。
何か面白い玩具でも見つけたかのように、瞳を蘭々と輝かせている。
「だって、それって素敵なことよ。魔王とモンスターとオーバリアントを分け合える。それでこの世界で争いごとがなくなれば、素敵じゃない」
「一理はあるが……」
「残念だが、それは無理だ、姫よ」
「え?」
「世界の半分をやるといって、本当に半分を差し出すなら、その存在は魔王などと禍々しい名前で呼ばれないだろう」
そもそもオリジナルの結末でもそうだ。
『はい』を選んだ時点で、勇者は破滅する。
すべての装備を剥がし、レベル1になって、初期の街へと戻されるのだ。
「ルナフェンよ。確認する。お前は、俺に反攻する意志はあるのか?」
「むろんだ。俺はお前と戦う」
「お前のパートナーであるラフィーシャは虫の息だ。かばうメリットはないと思うが……」
「悪いが、もう誰も裏切らないと決めた。たとえ、お前が勇者だろうがな」
「……?」
「こちらの事情だ。お前が気にする必要はない。では――」
ルナフェンはバサリと翼を羽ばたかせた。
黒い羽毛が雪のように舞い散る。
殺気が膨れ上がった。
宗一郎の身体をビリビリと震わせる。
――こいつ……。
お飾りの魔王だと思っていた。
だが、纏う覇気は本物だ。
素の力でいえば、ラフィーシャを遙かに凌駕するだろう。
宗一郎は手を掲げる。
熾天使カスマリムの力を起動した。
炎にくるまれると、廊下全体が紅蓮に包まれる。
「宗一郎くん!」
「まなか姉、下がっててくれ。こいつに生半可な力は通じない」
「……う、うん」
ローランは何かを伝えようとした。
だが、激しい炎に遮られる。
大人しく引き下がるしかなかった。
勇者と魔王は対峙する。
両者の殺気が、煌々と煌めく炎のように盛る。
「行くぞ!!」
最初に仕掛けたのは、宗一郎だ。
パズズの力を使う。
足に風の守護を纏わせた魔術師は、一瞬で魔王に接敵する。
懐へ潜り込むと、炎を纏った天使の力を行使した。
手を伸ばす。
瞬間――あろうことか、ルナフェンは勇者の手を握った。
宗一郎は呆気に取られる。
だが、好機とばかりに、魔力を全開し、魔王を焼き尽くそうとした。
「なにぃ!!」
ルナフェンが炎にくるまれる。
しかし、魔王は笑みを浮かべた。
熾天使の炎は、核すら無効化する。
なのにルナフェンの肌は、一部として燃えていなかった。
「カスマリムの力か……。人間でありながら、天使の力を行使できるのは、大したものだが、相手が悪かったな」
「まさか――お前……!!」
「そうだ。改めて名乗ろうか、人間よ。我はルシフェル……」
「くっ!!」
宗一郎は一旦退く。
魔王はニヤリと笑った。
「ルシフェルだと……」
「そうだ。人間たちの解釈でいう堕天使よ。……これでわかったろう、魔術師よ。我には魔術は効かぬ」
そろそろ真面目に、勇者と魔王の対決を始めようか……。
ゲーム世界なんだから、ちゃんと魔法を倒さないとね。




