第81話 ~ 勇者VS魔王 ~
終章第80話です。
よろしくお願いします。
炎が宿る。
全身に力が満ちていく。
腐敗を始めていた臓器が動き、血流が動くのを感じる。
なのに、魂がたとえようもなく寒い。
怒りでどうにかなりそうなのに……。
目的だけははっきり見えている。
ただ粛々……。粛々と殺す。
ラフィーシャを殺す……!
宗一郎は炎を放つ。
熾天使カスマリムの炎……。
それは核の炎にすら耐え得る轟炎だった。
渦を巻きながら、新女神に向かっていく。
「ひぃ!!」
鋭い悲鳴を上げながら、新女神は横っ飛びで逃げた。
直撃を避ける。
しかし、血のように飛び散った炎は、彼女が着ていた羽衣が燃え始めた。
新女神は慌てて捨てる。
冷たい床にペタンと形の良い臀部を押しつけ、ラフィーシャは顔を引きつらせた。
ゲームの魔法でもない。
エルフの魔法でもない。
呪術という類でもない。
これが……魔術…………。
『勇者』のベストコンディション。
全身の穴がキュッとしまっていくのがわかる。
背中にびっしりと汗が浮かび、抑えていても指先が勝手に震える。
奥歯が鳴り、笑いたくもないのに唇が裂けてくる。
怖い……。
それは勇者の怒りなどではない。
ただ単純に、あの纏った魔術の力が怖い。
だが――。
ラフィーシャには切り札がある。
「い、良いのかしら、勇者。私を殺したら――」
すると、宗一郎は手を掲げた。
向かう先は、ラフィーシャではない。
美しい石像となったローラン――黒星まなかを指向していた。
――まさか……。
宗一郎は躊躇いなくまなかに炎を放った。
石像はあっという間に火にくるまれる。
融点の高い石であろうとも、カスマリムの炎ではどうにもならない。
表面が赤くなり、ゆっくりと溶けていった。
「あははははは……。ま、まさか殺すなんてね。あなた、本当に勇者かしら」
「黙っていろ……」
「ひぃあ!!」
宗一郎から氷のような視線が放たれる。
3度、ラフィーシャは悲鳴を上げた。
すると、石肌の中からまなかが現れる。
炎となった部分だけを溶かすと、消滅してしまった。
彼女には一切傷は見当たらない。
焦げ跡1つ見つからなかった。
宗一郎は炎を纏ったまま、優しく彼女を抱き留める。
意識はある。
心臓も動いていた。
ただ眠っているだけだ。
「な、何故……?」
「カスマリムの炎は浄化の炎だ。邪気あるものにしかその牙を剥くことがない。そして、このように邪気あるものを払うこともできる」
「で、でたらめ、な……」
「さて……。お前は、どうなのだろうな? ラフィーシャ」
「くそ!!」
ラフィーシャは石化の呪術を放つ。
先代の女神のコピー。
しかし、それは魔眼に匹敵するほどの絶技。
石化すれば、一瞬で息の根を止めることが出来る。
ぎぃいぃぃん!!
呪術はキャンセルされる。
宗一郎が纏った炎に弾かれた。
通らない……。
先代の女神――甘木絹子は、この力を使ってオーバリアントを制覇した。
そして、その褒美としてオーバリアントを維持する立場に回った。
「世界最強となり、神すら認めた力よりも、お前の魔術の方が優れているというの……」
「さあな。興味もない。しかしな。ラフィーシャ。プリシラはお前より強かったぞ」
炎が舞う。
狭い廊下に炎龍が飛び交った。
その場の酸素を貪り食う。
ラフィーシャはゴキブリのように手足を動かす。
慌てて回避したが、無事な左半身をかすった。
じくじくと肌を焼き、赤黒く染まる。
「ぎゃあああああああああああ!!」
耳をつんざくような断末魔の悲鳴――。
息を切らし、満身創痍の新女神の額から汗が垂れる。
形勢は逆転していた。
悪魔が主人を助けるために授けた魔力によって、現代最強魔術師は復活した。
そして、そこに容赦なく、新女神を倒すという使命感と怒りに渦巻いている。
勇者などという生やさしい存在はいない。
新女神を喰らう鬼神が、天空城に降臨した。
「くそっ!!」
ラフィーシャは手をかざす。
【雷陣覇暁】!!
青白い光が廊下に満ちる。
たちまち宗一郎が巻き込まれた。
ゲーム世界における魔法。
女神の御手から放たれるそれは、カンストに近い冒険者すら圧倒する。
「ふっ……」
ラフィーシャはようやく心の平穏を取り戻した。
如何な魔術でパワーアップしたところで、ゲーム世界の魔法は別である。
肉体ではなく、ステータスに依存するからだ。
事実、宗一郎の体力ゲージが減っていく。
いける!!
呪術が無理なら、ゲーム世界の力でねじ伏せればいい。
宗一郎が魔術師というなら、ラフィーシャは女神である。
この世界の支配権をもっている方が勝つ――。
女神はそう確信した。
宗一郎は呪を紡ぐ。
「魔王パズズよ。偉大なる王の風よ。オレの足に刻印をうがて!!」
宗一郎の足に、風が渦巻く。
タン――地を蹴った。
一瞬にして、ラフィーシャとの間合い詰める。
魔法の範囲から外れ、体力ゲージが減少が止まった。
いや、それよりも……。
勇者がキルゾーンに入っていた。
「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ!」
右手に灼熱の怒りを込める。
廊下はおろか、ワンダーランド全体が赤い光に染まった。
流星のように導かれ、宗一郎の右ストレートがラフィーシャの左頬に吸い込まれていく。
「ちぃ!!」
ラフィーシャは咄嗟にエルフの魔法を唱える。
速度を緩める魔法だ。
だが、宗一郎の魔術の前では、そんなもの無意味だった。
がぁぁぁぁぁああああああああああんんんんんんん!!!!
轟音が響き渡る。
およそ人を殴った時に出る音ではなかった。
ラフィーシャの肢体が空高く打ち上がる。
錐揉み状に回転し、天井を突き破った。
そこにあったのは、夕闇の空だ。
勢いは衰える事なく、女神は空へと消えて行った。
◆◇◆◇◆
ラフィーシャの気配が消える。
かなり遠くまで飛んだようだ。
ダメージも負っただろう。
だが、ああいう輩はしぶとい。
死体を見るまでは安心できない。
宗一郎は振り返る。
冷たい廊下の床に臥せるまなかを見やった。
城にはまだモンスターがいる。
このまま放っておくわけにはいかない。
まなかはよく眠っている。
すぅすぅと寝息も規則正しい。
瞼の上にかかった白い髪を掻き上げる。
ムニャムニャと寝言を上げた。
「宗一郎く~ん」
こんな状況にありながら、良い夢を見ているようだ。
実に、まなからしい……。
宗一郎はまなかの周りに結界を張る。
普通のモンスターでは破れないような厳重なものだ。
「っと――」
一瞬、ふらつく。
少々派手に魔力を使い過ぎた。
いくら悪魔3体分の魔力を補充したとはいえ、フルチャージからはほど遠い。
だが、あのラフィーシャにトドメをさすには十分だろう。
新女神を追うことにする。
魔術を使い、空いた穴から外に出ようとした瞬間、声が聞こえた。
【悪意の拘手】
地面から黒い手のようなものが伸びる。
飛び立とうとしていた宗一郎の足に絡まった。
ゲーム側――束縛系の魔法だ。
「誰だ?」
宗一郎の魔術によって、まだ煙の臭いが立ちこめる廊下。
薄暗い奥を睨む。
すると、靴の音が聞こえた。
何者かがやってくる。
大きい。
オーガラストではないが、明らかに宗一郎よりも大柄の身体だった。
「初めまして、というべきかな? 勇者」
赤紫色の長髪に、白目と黒目が逆転した異形の瞳。
四肢は共に頑丈な筋肉の鎧に覆われ、背中には大きな翼を広げていた。
佇まい。纏う空気。
何者かと問わずとも、宗一郎には理解できた。
「お前が、魔王だな……」
勇者VS魔王。
オーバリアントすべてを巻き込んだ大戦は、ようやくこの2人を引き合わせた。
宣言する。ラフィーシャは2度ボコられる、と。




