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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第79話 ~ 26の軍団を率いる地獄の大伯爵よ ~

終章第79話です。

よろしくお願いします。

 魔術の中には、『悪魔のジレンマ』という言葉がある。


 悪魔にとって、契約主との契約は絶対だ。

 契約主が自身を守れと命令すれば、どんな状況であろうと達成しなければならない。

 しかし、悪魔は神ほど万能ではない。

 いや、神すら万能ではない。


 どんな生物、概念にも絶対はなく、いずれ限界がやってくる。


 その時に使われるのが、『悪魔のジレンマ』だ。


 任務が達成不可能になった状態。

 つまり、超越存在の死は、同時に契約の一方的な破棄を意味する。

 だが――何度もいうが――彼らにとって契約主との契約は、己の死――消滅すら優先すべき事項である。


 自分が死んでしまえば、契約主との契約は履行できない。


 それが、『悪魔のジレンマ』だ。


 悪魔はこの問題と常に向き合ってきた。

 どうにかして合理的に説明をしようと、様々な議論が交わされた。

 それでも、いまだに答えを出せないでいる。


 大いなる侯爵にして、48の悪霊の軍勢を指揮する悪魔。


 名はクローセル……。


 彼女は死んだ。


 だが、その死は人間が思っているよりも、遙かに重大な問題である。

 契約続行の不可能。

 それは、悪魔側からの一方的な契約破棄を意味する。


 同時に、クローセルは契約を破棄してでも(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)主との約束を(ヽヽヽヽヽヽ)守ったという(ヽヽヽヽヽヽ)ことになる(ヽヽヽヽヽ)


 悪魔としてのプライド――彼らにそれがあるかはわからないが――すべてをかなぐり捨てて、優先した。


 それが『悪魔のジレンマ』に対するクローセルの回答だったのだ。


 契約主が愛する人間を守っただけではない。

 クローセルの死は、それほど重い意味が込められていた。


 そのことを同種族であるフルフルは、よく理解している。


 どんな危機を前にして、満面の笑みを浮かべているような悪魔が、今にも泣きそうな顔をして、天井を睨んでいた。


 慈悲深い――ともいえる悪魔の表情に、ルシフェルも動けなかった。

 天界を追われ、悪魔という存在に片足ほど入った彼もまた、クローセルの死に驚いていた。


「クロちゃん……。どうして?」


 実は、フルフルには1ミリも理解できなかった。

 契約履行のために、己の命を投げ出す。

 それがクローセルなりに出した答えのない答え(ヽヽヽヽヽヽヽ)だとしても。


 すると、フルフルは息を飲んだ。


 金色の光が、黄金の瞳に重なる。

 星河のように天へと登っていった。


 クローセルの魔力だ。


 契約履行できなかったことによって、使用した魔力が主に逆流しているのだろう。


 だが、そのすべてを返せるわけではない。

 残っていたなけなしの魔力を放出したに過ぎないだろう。

 あれだけでは、ラフィーシャには勝てない。


 …………。


「ああ……。そうか……」


 フルフルは呟く。

 天啓の如く彼女なりの回答が湧き出てきた。


 やがて、プッと噴き出す。

 胸に溜まっていたすべてのものを吐き出すように。

 悪魔とは思えない快活な笑いが、天空城地下に響き渡る。


 そんな相手に、ルシフェルは妙な気配を感じていた。

 一旦下ろしていた武器の切っ先を、悪魔に向ける。


 鋭く光る刃を見ながら、フルフルは笑った。


「悪魔ってヤツは、なんでこんな質問に2000年以上悩み続けてきたんッスかね」


「なんだと?」


「簡単なことじゃないスか? 素直に認めれば良かったんスよ」


「お前、何をいって――」


 かつての天使は、向き直った悪魔を見て、息を飲んだ。


 黄金の瞳を大きく見開き、ルシフェルを見つめている。

 その顔は、今まで確認していた悪魔とは大きくかけ離れていた。

 油断も隙もない。

 嘲笑も、恐れもない。

 邪悪に染まりながらも、天使のような慈悲を感じる。


 とても矛盾に満ちた存在。

 いや、その矛盾ですら、己の中に鯨飲してしまったような……。


 ルシフェルは、それ(ヽヽ)と似た存在を知っている。

 それはかつて自分が弓を向けた存在だ。


「神……か……」


 堕天使は呟く。


 すると、フルフルは薄く微笑んだ。


「堕天使様……。1つフルフルの告解を聞いてほしいッスよ」


「そんな顔をしても無駄だ、フルフル。悪いが、俺はもう誰も裏切れない。それがたとえ悪魔であろうとな」


 フルフルは首を振った。


「いや、それはもうどうでもいいッスよ。すべての契約(ヽヽヽヽヽヽ)は履行される(ヽヽヽヽヽヽ)んッスから(ヽヽヽヽヽ)


「何? 貴様、何を言っている!」


 悪魔は微笑むだけで、何もいわない。


 そして、告解は始まった。


「聞いて欲しいッスよ、堕天使様」




 フルフルは心底ご主人様が大好きなんッスよ。




 それは何度も何度も、主人に呟き、あるいは囁きかけてきた言葉だった。

 しかし、今この場に主はいない。


 それでも、悪魔は言葉を紡ぐ。


「あの人ほど楽しくて、面白くて、カッコイイ人間はいなかった。ほら、人間って1番食べたいものを最後に残しておくじゃないスか。あれ、フルフルもわかるッスよ。ただフルフルと違うのはね、フルフルはそれを絶対に食べないってことなんス」


 フルフルは見上げる。

 この上で戦っている主人の姿を思い浮かべた。

 その物憂げな顔は、悪魔というより人間の乙女に見える。


「美味しくて、食べたくて、そうしてずっと見守っていく。それが腐り、溶け、消滅するまで見守る。それがね。あの人を見て考えたフルフルの美学なんス」


 そう――。


 最初から、フルフルは契約などどうでも良かった。


 対価に支払われる魂など、もうどうでもいいのだ。


 ただ……。


 ただただ……。


 あの人の側にいたい……!


 それが、悪魔の素直な気持ちだった。


 誰もが思っただろう。



 まるで恋する乙女だと……。



 事実、フルフルは宗一郎とともにいるうちに、似た感情に芽生えていた。

 いや、似た――ではない。

 きっと、それそのものなのだ。


 いつかフルフルは、恋する(ヽヽヽ)悪魔になっていた。


「だから、絶対にあの人を殺させはしないッス」


 見過ごすことはできない。


 我慢なんて絶対にしてやらない。




 だって、あの人はフルフルの大好物なんスから!!




 ◆◇◆◇◆



「フルフル……!」


 ベルゼバブの動きが止まる。

 悪魔王の顔は、驚愕に彩られていた。

 タダならぬ予感に、剣を交えていたルーベルの動きも止まる。

 敵の視線は完全に自分から背けられていた。


 それでも、ルーベルはけしかけない。

 戦いの中の儀礼を守ったというよりは、単純にベルゼバブの見たことない表情に戦う気すら失せたと言う方が正しかった。


 ベルゼバブは自身の感知能力を最大限にまで上げる。


 クローセルは『悪魔のジレンマ』の末、身を挺するという結論に至ったことは知っている。


 だが、それについてフルフルもまた、消滅しようとしていた。


 すでに器の崩壊が始まっている。

 勝負に負けたからというわけではない。


 彼女はもっとも愚かな行動をしようとしていた。


 それは自殺だ。


 人間の行動の中で自己犠牲の次に理解できない行動。

 それを悪魔であるフルフルが、体現しようとしていた。


 普通なら、間違いなく一笑したであろう。


 しかし、ベルゼバブの器の中に浮かんだものは、競争心に似た何かだった。


「なるほど。……あなたはその回答を選ぶのですか?」


「はっ?」


「失礼。ルーベルさんに言ったわけじゃありません。ああ……。あと、この勝負は預けておいてくれませんか?」


「な! お前、一方的に――」


「すいません。それについては、弁解の余地もありません。ただ肉体的意識は多次元に別れていても、魂は1つです。どこかでお目にかかることもあるでしょう」


「お前、何を――」


「一言でいうなら、証明ですよ」


「証明?」


「はい――」



 彼女よりも、自分が愛しているという証明です。



 そしてベルゼバブは忽然と消えた。


 悪魔が身につけていた黒のオーバーコートだけが、その世界に取り残されていた。



 ◆◇◆◇◆



 もう1つの魔力の河が、城の天辺を目指していく。


 魔力の光を見ながら、フルフルは笑った。

 その彼女の姿も、半分がなくなっている。

 しかし、悪魔に動揺はない。

 どこか達観した表情で、ルシフェルを見つめていた。


「悪いッスねぇ、魔王様。巻き込んで……。でも、ちょっと気が早いッスよ」


「フルフル……」


「言いたいことは言ったッス。覚えておいてくれとか。遺言とかじゃないッス。でも、誰かに話しておきたかったんスよ。わがままッスかね」


 ルシフェルは首を振った。


「いや……。フルフル……。いや、26の軍団を率いる地獄の大伯爵よ」



 今のお前は、美しい……。



 神のように……。

 いや、神以上に……。


「それって、悪魔に対する罵倒じゃないッスか……」


 …………。


 …………。


 さらり…………。



 フルフルは消えた。


 皮肉にも、悪魔が消えたその場所からは、神々しいまでの光が登っていった。


…………。

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