第78話 ~ ふふふ……。あはははははははははははは……!! ~
終章第78話です。
よろしくお願いします。
「ふふふ……。あはははははははははははは……!!」
まさに狂乱……。
狂笑だった。
腐り行く花畑に、1本だけ禍々しい大輪の花が開いたように、新女神の声が響き渡る。
瞳を妖艶に細め、濃い唾液に濡れた唇をべろりと舐めた。
対する宗一郎は、石化に苦しめながら立ち上がる。
女神の傍らにあるまなかの像を見つめた後、憤怒を含んだ瞳でラフィーシャを睨み付けた。
「そう――! その顔よ、勇者様! 私はその顔が見たかったかしら」
ああ……。
何度見ても、見飽きることはない。
怒りに震える表情。
それでも圧倒的不利な状況。
何も出来ず、無力な自分に懺悔するような惨めな姿。
60年前、何度も見た怒り、そして絶望する時の顔だ。
ああ……。たまらない。人間はなんて素晴らしい。
そして、なんてゴミ虫なんだ……。
しかも、今目の前にいるのは、世界の命運が託された勇者――あるいは英雄……。
その人間が自分に明らかに憎悪を向けている。
けれど、もう勇者は敵に一太刀いれることすらかなわない。
どんなに腹の内に怒りを溜めても、女神には勝てない。
ああ……。楽しい……。
けれど、まだ終わりじゃない。
まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ……。
まだまだ壊し足りない。
あと、もう1歩……。
怒りすら忘れ、ただただ絶望しかない状況を作る。
もっと……。もっと勇者が崩れる瞬間を目撃したい。
地面に這い蹲り……。
涙を流し……。
許しを請う。
もうやめてくれ……。
やめてくれ、ラフィーシャ。
そうはっきりと哀願する。
その瞬間が見たい。
「今の私ならそれが出来る……」
そのためにラフィーシャは、今の状況を呼び込んだといっていい。
正直、オーバリアントの破壊などどうでもいいのだ。
異世界の転移など、もう忘れてしまった。
今がいい……!
この勇者が壊れる姿が見たい。
世界の唯一の希望を壊してこそ、真に世界を破壊したということになるのではないか。
「じゃあ……。もっと絶望してもらいましょうか?」
わくわくする。
これを出したら、一体どんな顔をするのだろうか?
たまらない。
ああ……。早く出したい……。
そしてラフィーシャは懐から取りだした。
◆◇◆◇◆
手の平ぐらいの台座に、突起がついている。
どう見ても、何かのスイッチだろう。
その思考に至って、宗一郎はそれが何かわかった。
同時に、ラフィーシャが何をしようとしているかも……。
「それは、まさか――」
「へぇ……。さすがは勇者様。これを見ただけで何かわかったのね。そうよ。これはね」
【太陽の手】の起動スイッチよ。
「アフィーシャちゃんに動力炉を壊されちゃったけど、奇跡的に【太陽の手】の発射装置は無傷。今の高度なら、まだ十分届くわ」
「や、やめろ!!」
「いやよ。なんで私が勇者様の言うことを聞かないといけないのかしら? でも、そうね。泣いて懇願するなら許してあげるかしら。それとも、王女様みたいに靴の裏でも舐めてくれるのかしら」
「――――ッ!!」
宗一郎の頭に再び怒りがこみ上げる。
スイッチを奪い取ろうとするが、石化によってやはりうまく動けない。
それだけではない。
完全に魔力は底を突き、まなかの説明通り、宗一郎の中の病魔が進んでいく。
本来なら立っていることすら奇跡なのだ。
宗一郎を動かしているのは、怒りしかない。
だが、そのさらに1歩となると、もはや身体がついていかなかった。
べちゃり、と音を立て、とうとう宗一郎は倒れる。
それでもまだ動く右手で這うようにラフィーシャの前に進んだ。
女神は笑う。
「なんて無様な姿なんでしょう。これが世界の命運を握った勇者様。最強の魔術師ですって。一体、誰がそんなことをいえるのかしら――ねっ!!」
ラフィーシャは近寄ってくる宗一郎の頭を勢いよく踏んづける。
さらに捻りを入れて、存分に地面に口づけをさせた。
宗一郎も何とか抵抗するが、象に踏まれた蟻にも等しい。
ラフィーシャはため息を吐く。
「こういう状況になっても、あなたは反抗的なのね……。勇者様のプライドってヤツかしら。だとしたら、あなたは勇者様失格よ」
だって、2度も最愛の人を助けることができないのだから……。
「やめ――」
無慈悲に、そして容赦なく、【太陽の手】のボタンは押されるのであった。
◆◇◆◇◆
マキシア帝国ライカ・グランデール・マキシアの姿は、いまだアーラジャの近海にあった。
エルフの魔法によって、天空城を追いかけたドクトルとパルシアを見送った後、託された兵士と、マキシアの兵士たちとともに、傷ついた船体の修復作業に取りかかっていた。
その天空城はもう見えない。
1度大きな爆発のような光が見えたが、その後変化はなく、やがて雲の向こうに消えてしまった。
広がっているのは、海原と沈み始めた太陽だけだ。
それでもライカは城が進んでいった方向を向いていた。
金髪を海風になびかせ、瞼を閉じて祈っている。
たぶん、宗一郎は天空城に到着したのだろう。
自分が参戦できないのは、非常に無念だった。
けれど、今は無事を祈るしかない。
どんな形であれ、もう1度自分の下に戻ってほしかった。
ゆっくりと瞼を開ける。
ちょうど夕日の赤光と夜空の境目。
大きな星が瞬いていた。
一瞬、そこに希望を見出すライカだったが、何かおかしい。
光はこちらに近付いてきていた。
「なんだ、あれは?」
君主の呟く声に反応したのは、側で作業をしていたゼネクロだった。
さらに一緒に作業していたアーラジャの艦長が顔を上げる。
ライカが見る方向を同時に見上げた。
奇妙な光点に2人は、目を見張る。
やがて、それはライカの側に仕えていたあの悪魔ですら、反応する事態となる。
クローセルだ。
それまで美しい少女の姿で波間を漂っていた悪魔は、途端巨大な蛇に変身した。
大きく飛沫を上げると、まるでライカを守るように立ちはだかる。
「クローセル!!」
「後ろに隠れていろ!!」
クローセルは叫んだ。
大事が起こることを、ライカは察す。
自ら指揮し、生き残っている兵士たちを自分のとこに呼び集めた。
キィィィィイイイイイイ!!
耳鳴りがする。
やはり高速で何かが近付いてきていた。
その速度は、おそらくオーバリアントの中でもっとも速い。
この場に宗一郎がいれば、ミサイルのようだと形容しただろう。
事実、それは巨大な槍のような姿をしていた。
避難が終わる前に、それは着弾する。
光が爆発した。
「まさか――。【太陽の手】か!!」
ライカは戦慄する。
それは悪魔の光。
そして悪夢のそのものだった。
目の前が真っ白になる。
一瞬ですべてのものが溶解する殲滅魔導兵器。
その中で、ライカは生きていた。
目の前の悪魔が、彼女を守り続けていたのだ。
「クローセル!!」
「ぐ……。くぅ……。あ、う……」
苦悶が聞こえる。
最強の魔術師――杉井宗一郎に召喚された悪魔ですら、圧倒されていた。
ついには咆哮をあげる。
仮に宗一郎からの魔力供給が万全であれば、クローセルはあっさりとオーバリアント最強兵器を抑え込んだだろう。
だが、それはもう望み得ることはできない。
どれだけ主と離れていても、クローセルには宗一郎の状態が手に取るようにわかっている。
主は今、危機的な状況にある。
本当なら今すぐにでも参戦したい。
それでも、契約者の命令は絶対だ。
特に彼女は真面目な悪魔だった。
だから、ライカの側を決して離れようとしなかった。
そして、その命令にようやく報いる時がやってくる。
もはや手持ちの魔力でなんとかするしかない。
なんとしてでも、ここにいる人間を守ってみせる。
ライカのためではない。
すべては契約者のためだ。
杉井宗一郎様のため……!
しかし、その魔力もすぐに尽きる。
いまだ、【太陽の手】の力は抑え込めていなかった。
クローセルは覚悟を決める。
大口を開け、その光ごと【太陽の手】を飲み込んだ。
「なんと!!」
その様子を見ていたゼネクロが声を上げる。
ライカは激しい光の中にあっても、目を広げて、悪魔の勇戦を見つめていた。
クローセルは体内で【太陽の手】を抑え込む。
悪魔の皮膚は、そこらのモンスターよりも硬い。
それでも異界の兵器の強さは凄まじかった。
巨大な蛇の身体が大きく膨れあがる。
「クローセル!!」
ライカは声援を送る。
すると、ぎょろりとクローセルはライカの方を向いた。
まさしく消え去るような声で、こう語る。
主を、頼む……。
瞬間、クローセルの身体が光に包まれた。
◆◇◆◇◆
激しい剣戟。
あるいは爆発音が、天空城地下に鳴り響いていた。
危機を知らせる赤い警告ランプの中、2つの影が争っている。
その異常な速度、動きは常軌を逸し、人間離れしている。
それもそのはず、2人は人間などではない。
元神、そして悪魔の戦いだった。
しかし、ふと音が止む。
まるで示しを合わせたかのようにお互い立ち止まった。
フルフルは大剣を正中に構えたまま、明後日の方向に振り返る。
その瞳はやや呆然とし、珍しく動揺しているように見えた。
「クロちゃん……」
フルフルの表情は、どこか泣いているようだった。
佳境です。
新作「転生賢者の最強無双~劣等職『村人』で、世界最強に成り上がる~」を
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