第77話 ~ 私の妹よ。絶対にいうことを聞かせてみせる ~
終章第77話です。
よろしくお願いします。
赤光が廊下を貫いた。
アガレスの右拳は誘われるようにラフィーシャに肢体に吸い込まれていく。
やった――。
宗一郎は確信した。
だが、事実は残酷だ。
ぞくっ……。
ラフィーシャの殺意が膨れあがる。
視界の端に、女神の笑みが見えた。
2発しかない宗一郎の魔術。
それでも寸前の所で、現代世界最強の魔術師は、その勘を持って、引っ込めた。
直後、光芒が閃く。
赤い閃光が、廊下を斜めに走った。
「くっ……」
宗一郎は苦悶に顔を歪める。
放った右拳を抑えた。
スーツの袖の先の手が変質している。
石だ。
石化していたのだ。
「ふふふ……。さすがは勇者様、なかなか勘がいいかしら」
ラフィーシャは「お上手」といわんばかりに、拍手を送る。
もちろん、その顔には嘲笑が浮かんでいた。
仮に宗一郎は拳を振り抜いていたとしたら……。
手首の先だけではく、心臓を射抜かれ、石化していたかもしれない。
「呪術か……」
宗一郎は痛みに呻きながら、答えた。
「大正解よ。褒めてあげる、勇者様」
宗一郎は知らない。
が、これもまたプリシラの呪術の1つだ。
彼女がもっとも得意とした即死系に分類される呪術だった。
プリシラ――甘木絹子は、オーバリアントに転生し、この即死系の呪術でオーバリアントに侵略してきた魔獣や強者たち、果ては国家を制してきたのだ。
そのプリシラをラフィーシャは呪術によって殺した。
よく考えればわかることだ。
ラフィーシャが、旧女神の代表的な呪術を会得できていないわけがない。
とはいえ……。
死ぬ間際でも、甘木絹子は自分の能力を話さなかった。
ここまでコピー出来ていると考えにくかったからだ。
――ぬかったな……。
意識の高い宗一郎は、猛省した。
プリシラはオーバリアントを君臨した神だ。
人や魔獣を黙らす力を要していたことは、考えればわかる。
そして、それをラフィーシャが修めていることも……。
実に、宗一郎らしい後悔だった。
だが、分析する時間も、対策を練る時間もない。
厄介な即死呪術をかいくぐり、アガレスの力を打ち込む。
それしか、宗一郎に打てる手はなかった。
魔力が切れかかった身体を引きずるように態勢を整える。
自然と息が上がっていた。
幸い石化部分に痛みはなく、感覚がぼやけている。
アガレスの力はあと1発。
右拳がダメなら、左拳がある。
拳がダメなら、足がある。
まだ焦る必要はない。
チャンス1度ではなく、1度“も”あるのだ。
「勇者様、息が上がっているようだけど大丈夫かしら」
「はあはあ……。心配ない……。続けるぞ」
「ダメよ」
宗一郎とラフィーシャの間に立ったのは、ローラン――いや、黒星まなかだった。
大きく手を広げ、義弟を守るように新女神の前に立ちはだかる。
「まなか……ねぇ……」
「もういいよ、宗一郎君。……宗一郎君は、もう戦えないんでしょ?」
「勇者様が戦えない?」
ラフィーシャが興味を示す。
醜悪な顔の眉間に、皺が浮かんだ。
黒星まなかは、細い喉を1度こくりと動かし、告白した。
「次の魔術で、彼は死ぬわ」
「――――ッ!」
さすがの新女神も驚く。
おそらくそれは、次のぶつかり合いで、勇者が新女神の即死呪術によって倒れる。
そういう意味合いではないのだろう。
つまり、次の魔術は宗一郎にとって自爆技なのだ。
「彼は魔術で生かされている」
まなかは説明した。
明らかな時間稼ぎだ。
でも、ラフィーシャは耳を傾けた。
興味があったからではない。
何故か、ローランの口から出る話は、いつもラフィーシャの耳に心地よく響いた。
宗一郎は魔術を修めた理由は、2つある。
1つは黒星まなかを守るため。
2つ目は、先天性の多臓器不全の身体を、魔術の力によって補填すること。
「つまり、魔力が切れれば、宗一郎君は死ぬのよ……」
それはあまりに残酷な場所とタイミングの告白だった。
正直過ぎるといってもいいかもしれない。
勇者の弱点を身内がさらしたのだ。
普通なら――いや、そうでなくても、口を突くことはないだろう。
でも、ローランは告白した。
勇者の弱点というカードを切ってでも、ラフィーシャの心理を揺さぶりたかったからだ。
――自分にはこれしかない。
多くの指導者を魅了してきた弁舌。
口八丁……。
自負はある。
首から上しか能のないといわれても、自分は多くの人を救ってきた。
その自負が……。
まなかは畳みかけるようにカードを切る。
「ラフィーシャ……。私の妹はおそらく異世界でとても影響力のある地位にいると思う。この世界でいうなら、世界の王様といったところかしら」
「だから?」
「もし、あなたが望むのであれば、異世界に来た暁には譲ってあげてもいい」
「だから、何を……?」
「世界を……。異世界をあなたに上げるといっているの」
「くふ……。あはははは……。そんなことできるのかしら。あなたに」
「出来る! 私の妹よ。絶対にいうことを聞かせてみせる」
「まなか姉! 何をいっているんだ?」
本当に狂ったのか。
総理大臣黒星あるみの座をくれたところで、世界は手に入らない。
それでも大胆――異常な提案だといわざる得なかった。
まなかは何も言わない。
手を広げ、宗一郎に振り返ることもなく、ただじっと新女神を睨んでいた。
ラフィーシャは愉快そうに微笑む。
「面白いわね」
「気に入ってくれて嬉しいわ」
「それで? あなたは何を望むのかしら?」
まなかは即答しない。
1度、心に問いかけるような間があってから、質問に答えた。
「オーバリアントとはいわないわ。私の大切な人を救って……」
杉井宗一郎の命だけは見逃してほしいの……。
「まなか姉!」
「わかってる! わかってるよ、宗一郎くん!」
自分が馬鹿なことをいっているのはわかる。
2つの世界と、1つの命。
今さら、命は地球よりも重いなんていわない。
どちらを取るかといわれれば、前者が正しい事なんて重々承知している。
それでもはっきり言える。
「私は宗一郎君に生きててほしいの……」
ローランの白い髪が揺れることはない。
真っ直ぐ新女神を睨んでいた。
だが、苛烈に歪んだ瞳からポタリ……ポタリと滴が落ちる。
まなかは泣いていた。
彼女が望んでいない。
何故か、わからない。
ただただ……目尻から涙が溢れてくる。
「…………」
宗一郎は何も言えなかった。
ただ姉の涙が、地面に落ちるのをじっと見守るしかない。
そして怒りがこみ上げてくる。
不甲斐ない自分に。
姉が泣かなければならないほど、弱い自分に……。
なんのために魔術を習ったのか。
こういう時のために、苦しい修行に耐えてきたのではないか。
でも――。
「そこをどいてくれ、まなか姉!」
「俺が女神を倒す!」
このたった二言を絞り出せない。
それほど、宗一郎は疲弊していた。
「茶番ね」
ラフィーシャは斬って捨てる。
「でも、嫌いじゃないわ」
やはり興味を示した。
まなかの涙を止めたのは、奇しくもその一言だった。
「でも、条件があるかしら」
「なに……? ラフィーシャ」
すると、新女神は来ていた羽衣をたくし上げる。
見せつけるように脚線美を掲げた。
やがて、まなかの前に差し出す。
「靴の裏でも舐めてもらおうかしら」
「……随分と古典的な要求ね」
「あなたの勇気を試しているかしら」
「やめろ! ラフィーシャ!! まなか姉も従う必要は!!」
「うるさいかしら、勇者様」
光芒が閃いた。
態勢が崩れた宗一郎の足元を襲う。
左の足首から先が石化した。
床と同化し、今の宗一郎では動くことも叶わない。
「早くしないと、勇者様の石像が出来てしまうかしら」
「いいわ……」
「まなか姉」
「ごめんね。宗一郎くん」
まなかはラフィーシャに近付く。
手を突き、四つん這いになった。
しかし、なかなか顔が動かない。
「さあ……」
ラフィーシャは、まなかの後頭部に片足を載せた。
そのまま顔面に叩きつける。
頬を軽くはたくと、催促する。
「早くなさい。これ以上は待てないかしら」
「やめろ! ラフィーシャ!」
「うるさいかしら、勇者様」
宗一郎は徐々に動こうとしていた。
再び光芒が閃く。
左肩を貫いた。石化した部分は重しとなり、溜まらず勇者は崩れ落ちる。
「ラフィーシャァァァァァアアア! 殺すぅぅぅううううう!!」
目から血でも流さんばかりに、宗一郎は叫んだ。
しかし、ラフィーシャは涼しい顔だ。
「いいから見ていなさい……。さあ、お姫様」
まなかの唇からチロリと可愛い舌が出る。
徐々に靴裏に近付いていった。
そして触れる。
苦い……土と皮の味がした。
瞬間――。
「よく出来ました、お姫様……」
でも……。あなたはいらないわ。
光芒が閃く。
放たれた先は、ローランだった。
心臓を貫く。
宗一郎は息を呑んだ。
「まなか姉ぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええ!!」
手を伸ばす。
声に反応したまなかも手を伸ばした。
そして――。
「ごめ――――」
悲しい言葉すら最後までいえなかった。
口を「ん」と閉じたまま、ローラン・ミリダラ・ローレス――黒星まなかが石化していた。
宗一郎は震えていた。
残った拳を床に叩きつける。
怒りがすべてを忘れさせた。
勇者は、そして立ち上がったのだ。
「ラフィーシャァァアアア!! 貴様だけは絶対に救わん!!」
魂の咆哮が、ラストダンジョンに響き渡った。
辛い展開ですが、引き続きお付き合いいただければと思いますm(_ _)m
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