表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

316/330

第77話 ~ 私の妹よ。絶対にいうことを聞かせてみせる ~

終章第77話です。

よろしくお願いします。

 赤光が廊下を貫いた。


 アガレスの右拳は誘われるようにラフィーシャに肢体に吸い込まれていく。

 やった――。

 宗一郎は確信した。


 だが、事実は残酷だ。



 ぞくっ……。



 ラフィーシャの殺意が膨れあがる。

 視界の端に、女神の笑みが見えた。

 2発しかない宗一郎の魔術。

 それでも寸前の所で、現代世界最強の魔術師は、その勘を持って、引っ込めた。


 直後、光芒が閃く。


 赤い閃光が、廊下を斜めに走った。


「くっ……」


 宗一郎は苦悶に顔を歪める。

 放った右拳を抑えた。

 スーツの袖の先の手が変質している。


 石だ。


 石化していたのだ。


「ふふふ……。さすがは勇者様、なかなか勘がいいかしら」


 ラフィーシャは「お上手」といわんばかりに、拍手を送る。

 もちろん、その顔には嘲笑が浮かんでいた。


 仮に宗一郎は拳を振り抜いていたとしたら……。

 手首の先だけではく、心臓を射抜かれ、石化していたかもしれない。


「呪術か……」


 宗一郎は痛みに呻きながら、答えた。


「大正解よ。褒めてあげる、勇者様」


 宗一郎は知らない。

 が、これもまたプリシラの呪術の1つだ。

 彼女がもっとも得意とした即死系に分類される呪術だった。

 プリシラ――甘木絹子は、オーバリアントに転生し、この即死系の呪術でオーバリアントに侵略してきた魔獣や強者たち、果ては国家を制してきたのだ。


 そのプリシラをラフィーシャは呪術によって殺した。


 よく考えればわかることだ。

 ラフィーシャが、旧女神の代表的な呪術を会得できていないわけがない。


 とはいえ……。

 死ぬ間際でも、甘木絹子は自分の能力を話さなかった。

 ここまでコピー出来ていると考えにくかったからだ。


 ――ぬかったな……。


 意識の高い宗一郎は、猛省した。

 プリシラはオーバリアントを君臨した神だ。

 人や魔獣を黙らす力を要していたことは、考えればわかる。

 そして、それをラフィーシャが修めていることも……。


 実に、宗一郎らしい後悔だった。


 だが、分析する時間も、対策を練る時間もない。

 厄介な即死呪術をかいくぐり、アガレスの力を打ち込む。

 それしか、宗一郎に打てる手はなかった。


 魔力が切れかかった身体を引きずるように態勢を整える。

 自然と息が上がっていた。

 幸い石化部分に痛みはなく、感覚がぼやけている。

 アガレスの力はあと1発。

 右拳がダメなら、左拳がある。

 拳がダメなら、足がある。

 まだ焦る必要はない。

 チャンス1度ではなく、1度“も”あるのだ。


「勇者様、息が上がっているようだけど大丈夫かしら」


「はあはあ……。心配ない……。続けるぞ」


「ダメよ」


 宗一郎とラフィーシャの間に立ったのは、ローラン――いや、黒星まなかだった。


 大きく手を広げ、義弟を守るように新女神の前に立ちはだかる。


「まなか……ねぇ……」


「もういいよ、宗一郎君。……宗一郎君は、もう戦えないんでしょ?」


「勇者様が戦えない?」


 ラフィーシャが興味を示す。

 醜悪な顔の眉間に、皺が浮かんだ。


 黒星まなかは、細い喉を1度こくりと動かし、告白した。


「次の魔術で、彼は死ぬわ」


「――――ッ!」


 さすがの新女神も驚く。


 おそらくそれは、次のぶつかり合いで、勇者が新女神の即死呪術によって倒れる。

 そういう意味合いではないのだろう。

 つまり、次の魔術は宗一郎にとって自爆技なのだ。


「彼は魔術で生かされている」


 まなかは説明した。

 明らかな時間稼ぎだ。

 でも、ラフィーシャは耳を傾けた。

 興味があったからではない。

 何故か、ローランの口から出る話は、いつもラフィーシャの耳に心地よく響いた。


 宗一郎は魔術を修めた理由は、2つある。

 1つは黒星まなかを守るため。


 2つ目は、先天性の多臓器不全の身体を、魔術の力によって補填すること。



「つまり、魔力が切れれば、宗一郎君は死ぬのよ……」



 それはあまりに残酷な場所とタイミングの告白だった。


 正直過ぎるといってもいいかもしれない。

 勇者の弱点を身内がさらしたのだ。

 普通なら――いや、そうでなくても、口を突くことはないだろう。


 でも、ローランは告白した。


 勇者の弱点というカードを切ってでも、ラフィーシャの心理を揺さぶりたかったからだ。


 ――自分にはこれしかない。


 多くの指導者を魅了してきた弁舌。

 口八丁……。

 自負はある。

 首から上しか能のないといわれても、自分は多くの人を救ってきた。

 その自負が……。


 まなかは畳みかけるようにカードを切る。


「ラフィーシャ……。私の妹はおそらく異世界でとても影響力のある地位にいると思う。この世界でいうなら、世界の王様といったところかしら」


「だから?」


「もし、あなたが望むのであれば、異世界に来た暁には譲ってあげてもいい」


「だから、何を……?」


「世界を……。異世界をあなたに上げるといっているの」


「くふ……。あはははは……。そんなことできるのかしら。あなたに」


「出来る! 私の妹よ。絶対にいうことを聞かせてみせる」


「まなか姉! 何をいっているんだ?」


 本当に狂ったのか。


 総理大臣黒星あるみの座をくれたところで、世界は手に入らない。

 それでも大胆――異常な提案だといわざる得なかった。


 まなかは何も言わない。

 手を広げ、宗一郎に振り返ることもなく、ただじっと新女神を睨んでいた。


 ラフィーシャは愉快そうに微笑む。


「面白いわね」


「気に入ってくれて嬉しいわ」


「それで? あなたは何を望むのかしら?」


 まなかは即答しない。

 1度、心に問いかけるような間があってから、質問に答えた。


「オーバリアントとはいわないわ。私の大切な人を救って……」



 杉井宗一郎の命だけは見逃してほしいの……。



「まなか姉!」


「わかってる! わかってるよ、宗一郎くん!」


 自分が馬鹿なことをいっているのはわかる。


 2つの世界と、1つの命。

 今さら、命は地球よりも重いなんていわない。

 どちらを取るかといわれれば、前者が正しい事なんて重々承知している。

 それでもはっきり言える。


「私は宗一郎君に生きててほしいの……」


 ローランの白い髪が揺れることはない。

 真っ直ぐ新女神を睨んでいた。

 だが、苛烈に歪んだ瞳からポタリ……ポタリと滴が落ちる。

 まなかは泣いていた。

 彼女が望んでいない。

 何故か、わからない。

 ただただ……目尻から涙が溢れてくる。


「…………」


 宗一郎は何も言えなかった。

 ただ姉の涙が、地面に落ちるのをじっと見守るしかない。

 そして怒りがこみ上げてくる。

 不甲斐ない自分に。

 姉が泣かなければならないほど、弱い自分に……。


 なんのために魔術を習ったのか。


 こういう時のために、苦しい修行に耐えてきたのではないか。


 でも――。



 「そこをどいてくれ、まなか姉!」

 「俺が女神を倒す!」



 このたった二言を絞り出せない。

 それほど、宗一郎は疲弊していた。


「茶番ね」


 ラフィーシャは斬って捨てる。


「でも、嫌いじゃないわ」


 やはり興味を示した。

 まなかの涙を止めたのは、奇しくもその一言だった。


「でも、条件があるかしら」


「なに……? ラフィーシャ」


 すると、新女神は来ていた羽衣をたくし上げる。

 見せつけるように脚線美を掲げた。

 やがて、まなかの前に差し出す。


「靴の裏でも舐めてもらおうかしら」


「……随分と古典的な要求ね」


「あなたの勇気を試しているかしら」


「やめろ! ラフィーシャ!! まなか姉も従う必要は!!」


「うるさいかしら、勇者様」


 光芒が閃いた。


 態勢が崩れた宗一郎の足元を襲う。

 左の足首から先が石化した。

 床と同化し、今の宗一郎では動くことも叶わない。


「早くしないと、勇者様の石像が出来てしまうかしら」


「いいわ……」


「まなか姉」


「ごめんね。宗一郎くん」


 まなかはラフィーシャに近付く。

 手を突き、四つん這いになった。

 しかし、なかなか顔が動かない。


「さあ……」


 ラフィーシャは、まなかの後頭部に片足を載せた。

 そのまま顔面に叩きつける。

 頬を軽くはたくと、催促する。


「早くなさい。これ以上は待てないかしら」


「やめろ! ラフィーシャ!」


「うるさいかしら、勇者様」


 宗一郎は徐々に動こうとしていた。

 再び光芒が閃く。

 左肩を貫いた。石化した部分は重しとなり、溜まらず勇者は崩れ落ちる。


「ラフィーシャァァァァァアアア! 殺すぅぅぅううううう!!」


 目から血でも流さんばかりに、宗一郎は叫んだ。


 しかし、ラフィーシャは涼しい顔だ。


「いいから見ていなさい……。さあ、お姫様」


 まなかの唇からチロリと可愛い舌が出る。

 徐々に靴裏に近付いていった。


 そして触れる。

 苦い……土と皮の味がした。


 瞬間――。


「よく出来ました、お姫様……」



 でも……。あなたはいらないわ。



 光芒が閃く。

 放たれた先は、ローランだった。

 心臓を貫く。


 宗一郎は息を呑んだ。


「まなか姉ぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええ!!」


 手を伸ばす。

 声に反応したまなかも手を伸ばした。

 そして――。


「ごめ――――」


 悲しい言葉すら最後までいえなかった。


 口を「ん」と閉じたまま、ローラン・ミリダラ・ローレス――黒星まなかが石化していた。


 宗一郎は震えていた。

 残った拳を床に叩きつける。

 怒りがすべてを忘れさせた。


 勇者は、そして立ち上がったのだ。



「ラフィーシャァァアアア!! 貴様だけは絶対に救わん!!」



 魂の咆哮が、ラストダンジョンに響き渡った。


辛い展開ですが、引き続きお付き合いいただければと思いますm(_ _)m


新作『転生賢者の村人~外れ職業「村人」で無双する~』もよろしくお願いします。

リンクは下記から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました! よろしければ、こちらも読んで下さい。
『転生賢者の最強無双~劣等職『村人』で世界最強に成り上がる~』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ