第76話 ~ 勝利の女神のキスよ。帰ったら、続きをしましょう ~
終章第76話です。
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ラフィーシャは、ミスケスを放り投げる。
土嚢のような音を立てて、冒険者最強は宗一郎の目の前に転がった。
ミスケスの体力ゲージは「0」だ。
ゲーム的に死んでいる。
さらに激しい拷問を加えられたらしい。
四肢の骨は折れ、爪はもがれ、腱は切られている。
まさにやりたい放題だ。
例え生き返ることが出来たとしても、通常の生活が送れるのかわからない。
そこまで痛めつけられていた。
「サディストめ……」
宗一郎は女神を射抜くように睨む。
オーバリアントに来て、様々な悪党を見てきた。
だが、今目の前にいる新女神ほど憤ったことはない。
ミスケスを友人と思ったことはないが、プリシラを失った悲しみ、怒りには同調するところがあった。
言ってみれば、彼は同志だ。
一方、ラフィーシャの体力ゲージは満タンになっていた。
リアルダメージも最初に目撃した頃よりも綺麗になっている。
ここに来るまでに、回復させたのだろう。
肌の色つやもよく、余裕の笑みを浮かべていた。
苦悶に歪んだミスケスの顔を見る。
カッと瞳を見開いていた。
――心配するな。仇は取ってやる。……お前は望んでいないだろうがな。
ミスケスの渋い顔が浮かぶ。
本来なら、自分が仕留めたかっただろう。
やり残してしまった仕事を、宗一郎に預けるなど、頭の片隅にもなかったはずだ。
宗一郎はそっとミスケスの瞼を閉じた。
すっと立ち上がる。
「宗一郎くん……」
「部屋で隠れていてくれ、まなか姉」
大丈夫。
絶対に勝つ。
安心しろ。
宗一郎はいずれの言葉も使わない。
勇者はとても生真面目な性格だ。
たとえ、それが他者を安心させ、己を鼓舞する言葉であっても使用しない。
無責任な事はいいたくないからだ。
ローラン――黒星まなかもよくわかっていた。
だから、「うん」と頷く。
わかっていたことではあった。
しかし、かつてない窮地であることを、今ほど感じたことがない。
――いつの間にか、私は宗一郎くんを頼っていたんだね。
彼がいたから、戦地にでも出かけることができた。
彼を信じていたから、どんな苦難でも立ち上がることができた。
まなかは宗一郎の勇者だと思っていた。
子供の時からそうだ。
小さい頃、彼はとても弱い人間だったから。
だから、彼を救うためにまなかは勇者になった。
彼が住む世界のために、様々な場所を渡り歩いた。
けれど、いつの間にか立場は逆転していたらしい。
宗一郎は、まなかの勇者になっていた。
――いえ。たぶん違う。彼はみんなの勇者なのね。
まなかは1歩、部屋から出た。
「宗一郎くん」
「うん?」
勇者は振り返る。
待っていたのは、強い抱擁。
そして口づけだった。
宗一郎は驚く。
目の前にローラン、いや――まなかがいた。
髪は真綿のように白く、雪兎のような桃色の瞳をしている。
それでも、そこにいたのは確かに黒星まなかだ。
宗一郎の子供の頃からの憧れの人物。
勇者……。
この世界に来た目的――。
そして、とても大事な人……。
婚約することはなかった。
けれど、今でも胸を張っていえる。
大好きな人だと……。
ゆっくりと唇を離したのまなかの方だった。
顔を赤らめる。
お互いに……。
「勝利の女神のキスよ。帰ったら、続きをしましょう」
「それは困る。……ライカに怒られるからな」
「じゃあ、ライカちゃんがいないところで」
まなかは小悪魔のように微笑んだ。
宗一郎は一瞬、戸惑ったが、義姉と同じく笑みを浮かべた。
「宗一郎くん……。勝って……」
「ああ。俺に任せろ」
宗一郎は新女神に向き直った。
◆◇◆◇◆
女神の祝福を受けた宗一郎だが、勝算は薄い。
レベル900以上のミスケスが、ゲーム戦に敗れた。
現在のゲームマスターが、新女神ラフィーシャである以上、ゲームの力を使って、倒すのは難しい。
ゲーム狂のフルフルならば、何か打開策を見出したかもしれないが、生憎と宗一郎には、アイディアがなかった。
唯一勝利が見込めるとすれば、やはり魔術だろう。
アガレスの力ならば、いくら女神が無敵であろうと倒せるはずだ。
しかし、残りの魔力から考えて、残弾は2発。
外せば、いよいよ手段がなくなってくる。
悪魔に借金してでも残した魔力だ。
必ず女神を打ち倒さなければならない。
アガレスを叩き込むには、とにかく接近するしかなかった。
「女神の口づけを受けて、やる気満々のようね、勇者様。私の口づけも受けてくれるかしら?」
「生憎と俺の唇は安くないので――な!!」
先制したのは、宗一郎だった。
手を掲げる。
【爆裂火球】!
火塊が飛び出し、ラフィーシャに襲いかかる。
着弾――。大きな煙が上がった。
第3級火属性魔法。
おそらく大したダメージがない。
だが、この魔法は火属性の中でも、大きな爆煙を生むことが出来る。
女神の視界が遮られた。
煙の中、宗一郎は動き回る。
さらに呪文を加えた。
【物理攻撃増加】
【敏捷性増加】
本来なら、ここに防御系魔法を追加したいところだ。
だが、時間がおしい。
おそらくすぐに反撃がやってくる。
【炎蛇鞭】!
炎の鞭が煙を斬り裂いた。
反射的に身をかがめた宗一郎は、回避に成功する。
だが、風圧と炎熱で煙が吹き飛ばされた。
宗一郎が丸見えになる。
「見つけたかしら、勇者」
炎の鞭を振るう。
ラフィーシャの魔法は、炎蛇のように牙を剥く。
勇者の身体を斬り裂いた。
だが――。
「ダメージ判定がない!!」
確実に宗一郎の身体に当たったのに、赤い判定は輝かなかった。
それどころか、宗一郎の身体が消えてしまう。
「【二重化身】か!!」
一定時間、自分の身体を増加させる魔法。
鞭が放たれる前に、宗一郎はすでに呪文を完成させていた。
ラフィーシャの背筋に、冷たい殺意が撫でる。
「後ろかしら!!」
女神は振り返る。
手に持った魔法の鞭とともに。
背後から接近してきた宗一郎を迎撃する。
再び炎蛇が勇者に襲いかかった。
シュン!
命中――。
しかし、またもや当たり判定がない。
まさか【三重化身】とラフィーシャは考えた。
宗一郎のレベルは300以上だ。
補助スキルとはいえ、体得している可能性は十分あり得る。
だが、今度の宗一郎は消えなかった。
――何故だ?
困惑する新女神。
一方で、宗一郎にはわかっていた。
武器や魔法の形状には、部位によって当たり判定がない部分がある。
ラフィーシャが持っていたのは、鞭――。
それを見て、宗一郎は好機と捉えた。
鞭の判定部位は、先か中腹。
持ち手に近い部分には、当たり判定がない。
あっても、ダメージが微々たるもの。
ノックバックもない。
とはいえ、宗一郎1人では考えられなかっただろう。
――あのゲーム馬鹿の知識も、たまには役に立つのだな。
一旦距離を置こうとするラフィーシャ。
宗一郎は見逃さない。
絶対に――。
「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」
力強い詠唱が響き渡る。
拳が光り輝き、新女神の灰色の肌を赤く染めた。
「くらえ!! ラフィーシャ!!」
アガレスの一撃が、ついに新女神を捉えた。
新作『転生賢者の村人~外れ職業「村人」で無双する~』という話を始めました。
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