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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第75話 ~ オレは敗れるかもしれない ~

終章第75話です。

よろしくお願いします。

 宗一郎はつと足を止めた。

 人の悲鳴が聞こえたような気がしたからだ。


 振り返る。

 広がっていたのは、暗い洞窟のような廊下だ。


 確かに男の悲鳴のようなものが耳朶を打った。

 ミスケスでないことを祈るが、ここは戦場だ。

 可能性がないわけではない。


 一瞬、戻ろうとも考えたが、本人に門前払いされるだろうと考え、先を進むことにした。


 やがて、宗一郎は扉が並ぶフロアに辿り着く。

 慎重に気配を探ると、ある部屋の前で立ち止まった。

 施錠がされている。

 魔術ではない。呪術だ。


「ちっ!」


 宗一郎は舌打ちする。

 魔術なら秒で解錠が可能だが、呪術となると少し時間がかかる。

 なけなしの魔術で強行突破するしかない。


 中を探る。

 人の気配がした。

 扉を叩く。


『誰?』


 少女の声が聞こえた。

 まなか――いや、ローランの声だ。


「まなか姉! いるのか?」


『宗一郎君!?』


 驚いた様子だった。


 偽装の可能性もあるが、迷っている暇はない。

 なけなしの魔力を右手に込めた。


「まなか姉! 少し扉から離れてくれ」


『う、うん……』


 宗一郎は拳を振り上げる。

 高らかに呪文を唱えた。


「アガレス……。かつての力天使よ。お前の打ち破る力を、オレに示せ」


 赤光に閃く拳打を放つ。

 扉を思いっきりぶちこわした。

 呪術がかかっていた扉が、粉々に砕け散る。

 朽ちた扉の向こうに、真っ白な髪をした少女が立っていた。


 宗一郎は【フェルフェールの魔眼】を起動する。

 間違いなくローランだ。その魂にも、まなかの波動を感じる。

 特に憔悴しているという感はない。

 むしろいつものまなかに見えた。


 部屋は割とこじゃれていて、本なども揃っていた。

 ひどい扱いを受けていたというわけではなさそうだ。


「宗一郎くん、よくここまで来られたわね」


 まるでど田舎までやってきた孫を歓待する老夫婦のようにのんびりしていた。

 状況が状況だけに、台詞に魔王感まである。

 宗一郎は無事で泣きそうだというのに、お姫様の方には感動の対面を望む態勢が整っていなかった。


 宗一郎は深いため息を吐く。


「はあ……」


「何よ、そのため息は……」


「いや、まなか姉らしいなあ、と思ってな」


 現代世界にいた頃からそうだ。

 いなくなったと思えば、単身戦場に乗り込み、無理矢理引きずっても戦争の発起人たちを引きずり出し、話し合いをさせる。

 それがうまくいけばいい。

 だが、戦争を知らない東洋人など、彼らからすれば不審者でしかない。


 結局、宗一郎やその師匠が出っ張り、妹のあるみが方々に働きかけて、彼女を救出する。彼女にとって、この異世界での出来事も、お馴染みのワンシーンとしか捉えていないのだろう。


 黒星まなかを世間では日和見主義の平和主義者というものがいる。

 いや、いた(ヽヽ)というべきだろう。

 だが、宗一郎からすれば、テロリストよりも厄介な存在だ。


 魔術でも、魔法でも、呪術でもない。


 いつの間にか人の心に寄り添い、どんな人間とも仲良くなることが出来る。

 天性の魅力と天真爛漫さは、もはや奇跡や超能力の類いに近い。

 事実、彼女は本当に世界のあらゆる紛争を身1つで解決してしまった。


 黒星まなかは誰よりも人間を愛し、誰よりも人間の醜い部分を理解し、誰よりも世界平和を実現できると信じている人物だった。


 結果、それを良く思わない人間に暗殺されたのだ。


 どうやら、その悪癖(ヽヽ)は、オーバリアントに転生しても治っていないらしい。


 もし神のいたずらが、彼女をここに導いたのであれば、今この状況は黒星まなかではなく、神にクレームを入れるべきだろう


「宗一郎くん……。ラフィーシャは?」


 宗一郎はムッと眉根に皺を寄せる。


「助けに来た人間よりも、敵の心配か……」


「う……。ごめんなさい」


 まなかは悪戯がバレた子供みたいに目を背ける。


 その額を、宗一郎は軽くチョップした。


「痛ッ!」


「これはユカからだ。心配していたぞ」


 ローラン直属の護衛の名前を出す。


 観念した王女は、ようやく頭を垂れた。


「ごめんなさい」


「それは、今のまなか姉の父親や王女の安否を心配しているであろう国民にいうんだな」


「うん……」


 宗一郎は頭を掻いた。

 そして現状の説明をする。

 各場所で、宗一郎の悪魔たちが戦っていること。

 動力炉が止められ、現在ワンダーランドは緩やかに落下中であること。


 そして、ラフィーシャがいまだ生きていること。


「ラフィーシャは、異世界に転移を望んでいるの」


「そのようだな」


「宗一郎くん。ラフィーシャを私がいたかつての世界に受け入れる事はできないかしら? 私は彼女の望みは、真の平穏なのだと思う」


 虐げられてきたダークエルフの歴史。

 オーバリアントの原住民たる矜恃。

 それを受け入れられなかった異世界より転移してきた人種……。


「すべて積もり積もって、ラフィーシャという悪鬼が生まれた。私は彼女もまた被害者だと思う」


「まなか姉の考えは悪くないと思う」


「でしょ!」


「しかし、ラフィーシャは【太陽の手(バリアル)】によって、オーバリアントの破滅を望んでいる。それが俺とは決定的に違う」


「なら、私が説得するわ」


「それが出来なかったから、まなか姉はここにいるんじゃないのか?」


「もう1度、チャンスがほしいの!」


「時間が立てば、グアラルやアーラジャの二の舞になる」


「アーラジャ?」


「【太陽の手(バリアル)】によってなくなった」


「そんなッ!!」


 ふらり、とローランはよろける。

 1歩下がったところで、宗一郎によって受け止められた。


 桃色の瞳は揺れている。

 姉の目をジッと見ながら、宗一郎はいった。


「まなか姉……。俺たちが今相手にしているのは、テロリストや強大な権力を握る国家でもない。核兵器以上の奇跡を握った神様なんだ」


「神……さま……」


「正直にいうよ。そして、その神様にオレは敗れるかもしれない」


「宗一郎くんが……」


「勝算がないわけじゃない。けれど、望みは薄い……」


 それはおそらく、宗一郎は初めて吐露した弱気だった。

 そして、婚約したライカや長年連れ添った悪魔にしか話さなかった本音だった。


 宗一郎にとって、黒星まなかはそれほどの存在なのだ。

 いや、それも彼女の魅力によるところなのかもしれない。

 すべての精神を裸にする能力とでもいうべきか。


 それも、新女神ラフィーシャに通じなかった。


 そこでようやくローランは己の立場を悟った。

 自分が他人に甘えていたことを思い知った。

 心のどこかで期待していたのだ。


 宗一郎や清川アカリ(ししょう)、妹のあるみがなんとかしてくれる。


 自覚がなかったわけではない。

 でも、自分が思った以上に他力本願であることに、まなかは軽く挫折を味わうのだった。


 だが、今はそれよりも……。

 宗一郎は死地に向かうことを止めなければならないと思った。


 自然と弟分の手を握っていた。

 とてもゴツゴツしている。

 こうして手を握ったのはいつぶりだろうか。

 異世界で出会ってこうして握ったことがあったか。

 記憶がない。


 けれど、とても男らしい手だった。


「まなか姉?」


 瞬間、ローランはカアと顔を赤くする。

 慌てて手を振り払った。


 この土壇場で初めて、まなかは宗一郎のことを弟ではなく、異性として意識してしまったのだ。


「死んじゃダメよ、宗一郎くん」


「ああ……。そのつもりだ。だが――」


 ゆっくりと宗一郎は振り返る。

 そっとローランから離れていった。


 ああ……。


 宗一郎が自分の手から離れていく。


 必死に手を伸ばしたが、彼は着ていたスーツの衿を正し、部屋の外へと出て行った。

 ローランは慌てて追いかけ、外に出る。


 たちまち焦げた匂いが鼻腔を突いた。

 肉の焼ける匂い。

 現代世界の戦場でも、何度も嗅いだことのある異臭だった。


 長い廊下の真ん中に、影が立っていた。


「こんにちは、勇者様」


 女神が微笑む。

 月並みだが、悪魔のように……。


 その手には冒険者の姿があった。

 首をがっしりと握り、掲げる。

 赤い髪の男だった。


いよいよ女神との対決です!

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