第74話 ~ あなたが愛した人の魔法よ ~
終章第74話です。
よろしくお願いします。
「さあて、邪魔者がいなくなったようだし。2回戦と行こうか」
闇の向こうに消えていった宗一郎を確認したミスケスは、己の余裕を見せびらかすように鼻の上に載った眼鏡を釣り上げた。
ラフィーシャに向き直る。
両手に魔力が収束されていった。
醜悪な笑みを浮かべ、解き放つ。
【五級雷精魔法】!!
極大な稲妻が飛来した龍のように落ちてくる。
一瞬のことだった。
たちまちミスケスは青白い光に包まれる。
耳障りの悪い音が響き、ダメージ判定の光が輝いた。
「ぐっ……」
ミスケスは膝をつく。
5級雷属性単一魔法。
最強属性には1歩及ばないものの、この魔法の凄さは詠唱からのタイムラグが全くないところだ。
レベル900以上を誇るミスケスでも回避は不可能。
体力ゲージの損害はまだ少ないが、着実にダメージが与えられるこの魔法は、地味にイヤらしい。
が、それ以上の理由で、ミスケスの魂に火を付けていたことを、女神は知らない。
立ち上がり、もう1度眼鏡のズレを直した後、ソードマスターはぼそりと呟く。
「お前がその魔法を使うんじゃねぇよ……」
「なにぃ?」
「そいつは、俺様が命を捧げるって決めた女の魔法だ!!」
ミスケスは手を掲げる。
攻撃魔法の詠唱かと思ったが違った。
【全能の神秘】!
唱えると、ミスケスの身体がグリーンに光る。
細マッチョな身体が蠢動した。
わずかばかり大きくなったような気がする。
「なに!? 【神秘】だと!」
本来であれば、神官が使う魔法。
オールステータス上昇、オール耐性上昇が負荷される。
補助系最強といって良い魔法だ。
しかし、ミスケスは剣士。
ソードマスターである。
神官の魔法を、何故使えるのか、ラフィーシャにはわからなかった。
ミスケスはそのまま地を蹴る。
当然、先ほどよりも速い。
手に持った二振りの魔法剣ですら、パワーアップを果たしていた。
あっさりと新女神の懐に入り込む。
ラフィーシャは武器で受けることを選択した。
アイテムボックスから杖を取りだし、中空で受け取る。
細い指先で力強く握り、カウンターを食らわせようとした。
しかし、空振りに終わる。
ミスケスの身体が不意に消えたのだ。
「しまった。【二重化身】か!!」
気付いた時には遅い。
ひやりと新女神の背中に怖気が走った。
踵を返す。
遅い!
ミスケスの剣が振るわれる。
【双龍激斬】!!
二振りの刃が煌めく。
光と闇は龍の牙のごとく女神の背中を斬り裂いた。
赤い判定が血のような輝き放つ。
ラフィーシャの体力ゲージがみるみると減らしていった。
気がつけば、5割を切っている。
それを示すように表示が、緑から黄色に変わった。
ミスケスは決して手を緩めない。
緩めるはずがなかった。
さらに【スキル】を繰り出そうとする。
一瞬、【過去渡り】での回避を考えた。
しかし、これは明らかな撤退用の【スキル】だ。
2度も羽虫に背中を見せるわけにはいかない。
女神として……。
オーバリアントの始祖眷属としての矜持が、後退を許さなかった。
「舐めるな!!」
手を振るう。
【鬼神爆滅】!!
指向性爆裂魔法。
指定空間内に強烈な爆撃を生み出す魔法だ。
あろうことかラフィーシャは、目の前の空間を爆発させる。
これにはミスケスも面を食らった。
【千歩】で逃げようとするが、遅い。
轟音――。
爆風が長い廊下を貫いた。
ミスケスに赤い判定が輝く。
対して、ラフィーシャには光点が点かなかった。
2人とも爆風で吹き飛ばされ、自然と距離を取る。
リアルダメージは皆無だ。
しかし、ミスケスは眉間に皺を寄せた。
ラフィーシャの自爆技にさしもの復讐鬼も面を食らったらしい。
「女神っていう割には、荒っぽいんだな」
「あなたとは違うのよ、人間」
プリシラが作ったゲーム設定では、攻撃魔法は自分の以外のキャラクターにだけ効果があることになっている。
|フレンドリーファイヤー《FF》は存在するが、魔法を使っての自殺は出来ないのだ。
それを逆手に取った見事な反撃だった。
しかし、乱発は禁物だ。
体力ゲージに影響はないものの、衝撃などのリアルダメージは通る。
先ほどはうまく爆風の衝撃を逃がせたが、そう何度も使える技ではない。
おそらくこれでミスケスも、容易に懐に飛び込んでくることはないだろう。
ラフィーシャは気になっていることを聞いた。
「少し教えてほしいかしら。何故、ソードマスターのあなたが【神秘】を?」
「自爆技は知ってる癖に、そんなことも知らないのか? 新女神様は随分と不勉強なんだな」
「やることが多すぎてね。特に羽虫の駆除とか……」
「はっ! まあ、いい……。教えてやるよ。これはな。レベル200で転職なしに神官を続けると覚える事が出来るんだよ」
「ははは……。何よ、その苦行」
「あとな。不勉強なお前のためにもう1つ教えてやる」
「なんですって?」
「魔法ってのは、こういう風に使うんだよ」
ミスケスはすっと剣を掲げた。
瞬間、赤い火の弾のようなものがラフィーシャの近くに浮かぶ。
数は3つ。
少ないと思われるが、その1つ1つには強力な魔力が込められていた。
一体何が起こったか不明だった。
それでも聡いダークエルフは気付く。
高度技術である【三重詠唱】。
その3つの魔法を【透明化】でくるみ、対象近くに敷設する。
しかも、詠唱スキルの1つである【発動遅延】まで仕込み、タイムラグまで計算していた。
――こいつ、本当にソードマスターか!!
ラフィーシャは唇を噛む。
同時に、3つの魔法が閃いた。
【鬼神爆滅】!
再び爆風と轟音が天空城ワンダーランドの廊下を貫く。
赤い炎が閃き、煌々と周囲を照らした。
ミスケスは髪をなびかせる。
爆心地を見つめる瞳は、あまりに無感情だった。
手応えあり。
爆発の衝撃が大きすぎた。
濛々と煙が立ちこめ、視界が悪い。
あそこからの回避は不可能に近いだろう。
【過去渡り】で逃げた可能性は捨てきれないが、詠唱が間に合ったようには見えなかった。
【全能の神秘】による底上げ。
爆裂系トップランクの魔法を、【三重詠唱】で叩き込んだ。
直撃していれば、女神の体力ゲージを一気に剥がせたかもしれない。
すべてが勝利の方向に向かっていた。
それでもミスケスは油断しない。
二振りの魔法剣を解放することも、下げることもなかった。
ほんのかすかに煙が動く。
ミスケスのステータスでなければ見逃していただろう。
それほど小さな変化だった。
だが、ソードマスターは肝心なことに気付いていない。
彼の後ろには、すでに恐怖が存在していた。
膨れあがった気配に、ミスケスはようやく反応する。
【嵐――――】
スキルを放とうとした瞬間、ミスケスの口が強引にふさがれた。
ゲーム世界の魔法は基本的に音声発動だ。
単純に口を塞がれれば、魔法は使えない。
いや、そもそも相手の接近をここまで許すとは考えもしなかった。
それでもミスケスには魔法剣がある。
二振りの刃で自分を襲った影を斬った。
赤いダメージ判定が輝く。
致命まで取った。
見れば、体力ゲージはほぼなくなっている。
勝った――。
確信した。
しかし、女神ラフィーシャの顔は愉悦に歪んでいた。
「なにぃ……」
攻撃を入れたのに、ダメージが通らない。
確かに判定が輝いている。
なのに、わずかなゲージを残して、それ以上減ることはなかった。
ミスケスの脳裏に浮かんだのは、巨大な竜。
不死のモンスター――オーガラストの姿だった。
「ざ~んねん」
ふわりと女神の羽衣が揺れる。
そっとミスケスの首に取り付いた。
「あなたが愛した人の魔法よ。存分に食らいなさい……」
【五級雷精魔法】!
冒険者の悲鳴と、血のように赤い判定が廊下の隅々まで迸った。
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