第73話 ~ 1人の女の無念を晴らすために戦っている ~
終章第73話です。
よろしくお願いします。
ミスケス・ボルボラの登場は女神だけではなく、勇者すら凍てつかせた。
宗一郎たちが本格的にレベル上げに乗り出す前まで、その男は最大レベルを誇っていた。間違いなくオーバリアント最強の1人であっただろう。
二振りの魔法剣を操り、ライカたちを苦しめた。
一方で、旧女神プリシラに認められ、宗一郎とも共闘し、オーバリアントの正常化に寄与した人物だ。
プリシラが亡き後、ようとして消息が知れなかった。
まさかこんな所で出会うとは……。
さしもの最強魔術師も予想していなかった。
今思えば、プリシラが死んだ後のミスケスは尋常ではなかった。
女神のことを本当に好いていたのだろう。
おそらく仇を取りに、この天空城までやってきた、と推測される。
――軽い男と思っていたが、存外一途なのだな……。
ラフィーシャは目を細めた。
勇者でも、悪魔でも、王や国の代表者でもない。
一冒険者など眼中にない彼女にとって、かなり奇異な存在だった。
ゆっくりと視察した後、女神は手を掲げた。
【雷陣覇暁】!
広域系雷属性魔法。
青白い光が廊下を覆う。
宗一郎は【千歩】を使って回避する。
一旦下がり、距離を取った。
ミスケスは直撃をくらう。
大量の熱により、石や空気に含まれた水分が蒸発する。
真っ白な靄のようなものが膨れ上がり、かすかにイオンの臭いが立ちこめた。
やられた……。
雷属性――いや攻性魔法でもトップランクにある魔法の直撃。
ミスケスが最大レベルを誇っていたのは過去のことだ。
レベル200にも満たない冒険者が、この戦場にいることは自殺行為に等しい。
――いや、待てよ。
ミスケスのレベルは確かレベル190だったはずだ。
当時、ギルドが観測している最高レベル。
一方、天空城にいるモンスターのレベルは、軒並みレベル200を越える。
自分よりも明らかに上位であるモンスターがひしめくワンダーランドで、彼はどうやってここまでやってきのだろうか。
「一体どこから入ってきたのかしら、羽虫」
羽虫? なら、お前の魔法は羽虫がたかる糞以下だな。
声は高笑いのように響き渡った。
白い靄がふわりと動く。
現れたのは、漆黒の外套。
赤い毛を逆立たせたミスケスだった。
「な――!!」
ラフィーシャの表情が歪む。
宗一郎も息を呑んだ。
レベル200以下程度では、ミスケスの体力ゲージはもたないはず。
ノックダウンを取られたはずなのに、自称最強の冒険者はピンピンしていた。
そしてミスケスは叫ぶ。
あのお馴染みの台詞を……。
「【闇の剣】ズフィール!!」
右手から禍々しく歪んだ剣が生まれ。
「【光の剣】ラバーラ!!」
左手で神々しく輝く剣を握る。
さらに二振りの剣を重ねた。
反発し合いながら、渦を巻く。
やがて現れたのは、巨大な一槍のスピアだった。
【獣迅“大”突牙】!
廊下に漂う空気を焼き、周辺の壁を抉り飛ばしながら進む。
それは槍という獣。
いや、もはや戦車に近い。
「喰らえ! ダークエルフ!!」
巨大な槍の先がラフィーシャを捉える。
最初こそ対抗魔魔法で防ごうとした女神だったが、途中で諦めた。
回避を選択するが、狭い廊下に突っ込んだ戦車に逃げ場などない。
神器に等しい一撃は、女神を貫いた。
「がああああああああああああああ!!!!」
獣のような女神の悲鳴が響き渡る。
致命が判定され、さらに付属された効果が莫大なダメージ判定を警告した。
周囲は赤く染まる。
みるみる女神の体力ゲージは減っていった。
【過去渡り】!
金縛りのように身体が硬直する中、ラフィーシャはかろうじて魔法を唱えた。
槍に貫かれた女神の姿が消える。
気がついた時には、かなり後方にまで退避していた。
一定の時間にまで過去にいた場所に遡ることができる移動系魔法。
宗一郎が使った時空系魔法とは違って、時間に干渉する魔法ではない。
過去にあらかじめピン留めしていた場所へと瞬時に移動できるだけだ。
故に、女神の体力ゲージが戻ることはない。
宗一郎はゲーム側の鑑定系魔法を使って確認する。
女神の体力ゲージは、3割も削られていた。
これまでラフィーシャは、数々の存在と対峙してきた。
悪魔、同胞、国主、そして妹。
強敵であったことは認めよう。
だが、女神である彼女に、3割ものダメージを与えたものはいなかった。
たった3回と少しで、世界を牛耳る女神を倒せると考えれば、その功績はかなり脅威だ。
そんな偉業をやり遂げたのが、宗一郎ではなく、まさか一介の冒険者とは、さしもの女神も信じられなかった。
「くっ!」
女神は立ち上がろうとする。
だが動けない。
派手にやられたが、今のはゲーム側のダメージだ。
リアルダメージを負ったわけではない。
ピンピンしてるはずなのに、何か抑え付けられているように身体が重い。
「これは……」
「なんだ? 知らねぇのか、神様のクセに」
目の前にミスケスは立っていた。
口元こそ緩めていたが、赤い目はまるで笑っていない。
沸々とわき出す憎悪を女神にぶつけていた。
「ダメージが3割を越えると、ノックバックが起こるんだぜ」
「ノックバック……だ、と……?」
それはゲーム用語だ。
連続で攻撃を受けたり、大きな攻撃を受けると、プレイキャラクターが後ろへと仰け反り、一時的に攻撃が出来なくなる現象。
つまりは硬直――。
したい放題だった。
「そらよ!!」
ミスケスは闇の剣を握る。
それは膨れ上がり、竜牙のような形へと変わった。
その先を女神の頬へと向ける。
寸止めしたのかと思ったが違った。
ゆっくりとバックスイングすると、ゴルフのように女神の横っ面を叩いた。
衝撃で美しい女神の顔が歪む。
大きなダメージ判定がなされた。
そのまま廊下の壁に激突する。
向こうにあった部屋を突き破った。
女神の肢体が瓦礫にまみれる。
相当なリアルダメージを追ったはずだ。
現にラフィーシャはぴくりと動かない。
細い足が、瓦礫から伸びた雑草のように足裏を天井へと向けていた。
「おい。勇者様よ」
ようやくミスケスは宗一郎の方を向く。
その瞳に油断はない。
世界のすべてを憎んでいるように感じた。
「こいつは俺様がぶっ殺す。お前は、お前の目的があるんだろう」
「1人で女神と相手するつもりか?」
「はっ! まさか勇者様とお手々つないで共闘しろってか? 俺様はごめんだな」
「だが……。ラフィーシャは――」
「わかんねぇのか? お前じゃ足手まといだっていってるんだよ」
言葉を手に持った魔法剣のように突き刺す。
宗一郎は思わず息を呑んだ。
再会した時から感じた空気。
それは初めて出会った時とは、まるで異なっていた。
プリシラを殺された恨み。
その復讐者となったからだと思っていたが、そうではない。
強い……。
明らかにミスケスは強くなっていた。
オーバリアント最強――その肩書きにふさわしいほどに。
宗一郎は鑑定系の魔法を使う。
ミスケスのステータスを覗いた。
「!!」
ミスケス・バルボラ
体力 : 11258
魔力 : 9189
レベル : 902
ちから : 1005
耐久力 : 934
魔性 : 1094
素早さ : 957
適応力 : 831
運 : 703
レベル902!!
またも宗一郎は驚く。
オーガラストを利用したレベルアップ方法。
それを使い、短期間ながら修行した宗一郎ですら、レベル600にも満たない。
フルフル曰く、それ以上のレベルアップは例えオーガラストが膨大な経験値を持っていたとしても、誤差程度なのだといっていた。
「一体、どうやってそこまでレベルアップを……」
「やり方はお前らと同じだ。違うのはかけた時間だ」
どれほどの時間を費やしたのだろう。
効率や身体の限界値など考えず、ひたすらオーガラストを狩り続けた。
もはやミスケスを支えているのは、怨念に近い執念だろう。
「わかったろ、勇者様。お前と俺様の実力差を」
「…………!」
「悲観することねぇ。単に意志の強さの違いだ。あんたは世界を救うつもりで戦ってきた。けれど、俺様は1人の女の無念を晴らすために戦っている。ただそれだけの違いだ」
ミスケスは振り返る。
「行けよ、勇者様。お前にはお前のやることがあるんだろ?」
宗一郎は目を伏せた。
わずかに奥歯が震える。
認めるしかない。
今のミスケスは宗一郎よりも強い。
人を守ることよりも、対女神に特化した復讐鬼。
今、オーバリアントで彼を越える冒険者はいないだろう。
「わかった。無理はするな」
気遣ったのには理由がある。
宗一郎はわかっていた。
ミスケスの身体が、見た目以上にボロボロだということを。
無理な修練によって、体力ゲージはフルでも、リアルダメージは立っているのが精一杯というところなのだ。
おそらくミスケスは、この天空城を自分の墓標と考えているかもしれない。
結局、その自爆特攻を宗一郎は止めることが出来なかった。
その彼の背中を、自分と重ね合わせたからだ。
くるりとミスケスに背を向ける。
闇が広がる廊下を、宗一郎は再び走り出した。
ちょうどプリシラが亡くなったの第4章“第73話”からのお話で、
特に合わせたわけではないのですが、妙な繋がりを感じます。




