外伝 ~ その現代魔術師、異世界で温泉宿を経営する ~ ④
宿屋経営4話目です。
よろしくお願いします。
姓はダンドリー。
父の名前はハシュー、母の名前はカララというらしい。
そのダンドリー家を連れて来たのは、帝都校外にある緑豊かな牧草地だった。
かなり帝都からは外れていて、城門がすぐ傍にそびえている。
「あの……。宗一郎様、オラたちをこんなとこさ連れてきてどうするんだ? オラたち、家畜の世話をしたことなんて――」
「ここに宿屋を建てるのだ?」
「はあ? いや……。ここさ校外ですよ。誰も泊まりになんて」
「やったことがあるのか?」
「以前、商売仲間が試しに校外に宿を作ってました。けど、みんな武器防具屋が揃ってる帝都の中心部に泊まってしまって。商売にならんかったと……」
「ほう……。それは良いことを聞いた」
「だから、こんなところで宿屋を商売さするのは不可能かと……」
ピクリ……。
「今、なんと言った?」
「だから、場所が悪い。不可能ってぇ――」
――――!!
宗一郎が浮かべた悪魔じみた笑顔に、一同は絶句した。
カカもヤーヤも、思わず漏らしてしまうほど、表情を引きつらせている。
「ふん。俄然やる気が出てきた。……絶対に成功させるぞ。いいな?」
「「「「は、はい!!」」」」
4人はピシッと直立し、返事をかえした。
――もしかして、オラたち……。悪魔と契約してしまったんじゃないか?
動悸が収まらない胸を押さえながら、ハシューは思った。
おもむろに宗一郎は手を掲げた。
そして呪唱する。
「48の軍団を指揮する悪霊の侯爵クローセルよ。
荒れた海より、その大いなる姿を現せ!」
するといきなり地面が光り始めた。
二重円の中に、2つ三角。そして羽根のような紋様と文字が浮かび上がる。
突如現れた魔法陣から、水柱が立ち上り、飛沫が天高く舞った。
ザアアアと潮が引くような音を立てると、水柱が弾け、中から人が現れる。
しかし、それは人と形容してもいいのか迷う。
浅黒いというよりは、グレーに近い肌。ポニテに結われた水色の髪。
目は金色で、ぱっちりと開き、耳はエルフのように尖っている。
四肢こそ人間のそれだが、二の腕や太股、頬の一部に魚鱗が貼り付き、よく見ると手には水かきがついている。
遠くから見れば、見目麗しい美女だが、所々で人間の姿を逸脱していた。
「久しぶりだな……。クローセル」
「お呼びになるのを一日千秋の思いでお待ちしておりました」
クローセルは持っていた三叉戈を横に置き、傅いた。
「フルフルとは違って、お前は主人に対する礼がわかっているな」
「もちろんでございます。ところで、その淫乱悪魔はどこに?」
「今頃は、どこぞでモンスターに欲情していることだろう」
「主を置いてですか? なんと……。沈めてやりましょうか?」
「言動が物騒なのは相変わらずだな。良い。オレが指示したことだ」
「そうですか……。残念です」
心底残念そうに息を吐いた。
「ところで、久しぶりにお前の力を借りたい」
「なんなりと……」
「温泉を掘ってほしい」
「おんせん?」
質問したのは、ヤーヤだった。
母親の方を向いて尋ねるが、カララも首を振った。
オーバリアントには風呂という文化はあるが、それは火で水を炊くだけだ。
だから温泉というものを知らない。
火山によって熱せられた水があるということは、知っているようだが、それに浸かることまでは、考えなかったらしい。
ちなみにこれらのことは、図書館でオーバリアントの生活様式を調べて会得した知識だ。実は、帝都の地形から見て、前々から温泉が出るのではないかと考えていた。
簡単に温泉について説明する。
「そ、そんな水が、地下に!」
ハシューは驚嘆した。
「そうだ。そしてここに一大温泉宿を作り、客を呼び込むのだ」
「「「「 温泉宿! 」」」」
「主……。では早速――」
「うむ。取りかかれ」
「ハッ!」
クローセルは敬礼する。
すると身体に水を纏い、天高く跳躍する。
さらに水は渦巻き、先端をドリルのような形状に変化させると、地面に突き刺さった。
けたたましい音を立て、大地がゴリゴリ削られていく。
ダンドリー親子は、目を剥きだして摩訶不思議な光景を凝視していた。
「よし。クローセルが温泉を掘り当てる間、お前達は地主を捕まえて、土地を買収する準備をしろ。お前たちも商売人の端くれなら、なるべく安く買い叩けよ。お金は明後日持ってくるといっておけ」
「と、父ちゃん」
若干怖じ気つきはじめたハシューに、子供の視線が向けられる。
ハシューは一度唾を呑むと、腹をくくった。
もう二度と、子供にスリなんてさせたくなかった。
「わ、わかりました」
「父ちゃん、オレも行くよ」
走り出したハシューの後をカカが追いかける。
「宗一郎さん。オラたちはどうしたらいいだ?」
残ったカララとヤーヤが宗一郎を見つめる。
「お前達はこのお金で、紙と筆記用具をありったけ買ってこい」
ゴールドではなく、金貨が入った財布を渡す。
「紙と筆記用具なんてどうするんだべ?」
「それも後で説明する」
「わ、わかっただ」
カララとヤーヤも中心部へ向かって走り出す。
「さて、忙しくなるぞ」
宗一郎は、口端を広げて笑った。
「――というわけだ……」
「そんな問題があるのか」
宗一郎の話を聞き、皇帝は小さく頷いた。
椅子に頬杖をつくのはお馴染みの光景だが、別にめんどくさがっているというわけではなく、考える時に自然と出てしまうポーズなのだろう。
宗一郎は久しぶりに城に帰還すると、すぐ皇帝に謁見を申し出た。
しかし許されたのは、謁見の間での会談ではなく、皇帝の自室だった。
最近、体調が思わしくなく、伏せっているらしい。
日を改めると言ったが、皇帝の方からお呼びがかかった。
最初に少しやつれた顔を見て心配したが、本人から病状を聞いて安堵した。
本人曰く――。
「最近、娘成分が足りてなくてのう……」
ライカはともかく、クリネも最近どこかに出かけていないらしい。
宗一郎は溜息を吐きながら、娘より長生きしそうだと胸中で結論づけた。
初めこそよろよろと聞いていた皇帝だったが、宗一郎が冒険者として亡くなった親と、その子供の話を始めると、真摯に耳を傾けはじめた。
話が終わる頃には、子煩悩の父親ではなく、一国の皇帝の面構えに変わっていた。
「なるほど……。私が作った法律に、そんな問題点があったとはな」
「陛下が作った法律に問題はない。子供には教育を受ける期間が必要だ。11歳以下の労働を禁じた法律は、名案だったと思う」
「ふふ……。宗一郎殿に褒められるのは、悪い気はせんな」
初めて出会った時に比べれば、やや不遜な態度で宗一郎は評した。
しかし皇帝は特に何もとがめなかった。むしろ2人でいる時は、くだけたものいいで語ることを皇帝の方から望んだのだ。
それほど2人には深い信頼関係が出来つつあった。
「問題は、共働きの冒険者の子供の保証を誰が担うかということだ。さしあたり、両親を2人とも失った子供の経済的な援助は必要だろう」
「そう言うからには、宗一郎殿には何か良い案があるのか?」
「少し例は違うが、パーティーが全滅して、誰も生き返らせるものがおらず、そのまま死んでしまうというケースがあるそうだ」
「ほう……」
「だから、ギルドもしくは大きな教会にあらかじめ掛け金を支払っておき、万が一全滅した場合、少なくとも誰か1人を生き返らせてもらう保険システムが必要だろう。先ほどの親子の例も、誰か責任ある大人が、両親のどちらかを生き返らせることが出来れば、問題なかったのだからな」
「寄付金の前払いか……。なるほど。言われてみれば、そんな制度が今までなかったことが不思議なぐらいだ」
――同感だな。
「よし。早速、試験的に運用するよう指示を出そう。……それで、宿の建築代金を一時的に肩代わりする件だが」
「難しいか?」
さすがに建物と土地の代金は、小遣い程度というわけにはいかない。
皇帝は静かに首を振る。
「一時的に、帝国が運用するということならどうだ? 代表はそなたでよい」
「つまり、帝国名義で建物と土地を買って、後は好き勝手やっていいということか。売上の何パーセントを上納すればいい?」
「借金さえ返してくれればいい。これも帝国の試験運用ということにする。……“おんせん”というのには、余も興味がある。是非、湯治させてくれ」
つまり、借金をきっちりと返してくれれば、帝国は何も言わないから好き勝手やってくれということだった。
「必ずやご期待にお応えしよう」
宗一郎は深々と一礼した。
と――頭を下げた状態で、顔だけを皇帝に向けた。
「そこで早速、お願いがあるのだが」
「うん?」
皇帝は眉をぴくりと上げたのだった。
「おお! 宗一郎殿! お元気そうで何よりですじゃ」
謁見が終了し、廊下を歩いていると白髪白鬚の老兵が声を掛けた。
帝国近衛兵副隊長――つまりはライカの部下。
ロイトロスだ。
「ちょうど良かった、ロイトロス。今からお前に会いに行くところだったのだ」
「はあ……。それは――」
「お前がライカから預かっている兵の一部を借り受けたい」
ロイトロスは一瞬呆気にとられた後、ぶるぶると髭を振った。
「わ、私の一存では……」
「陛下の許しはもらっている」
先ほど部屋で書いてもらった覚え書きを示した。
しっかりと国璽の判も突かれている。
国璽が押されている書類など、外交の場以外で見た事なかったロイトロスは、顎が外れそうになるぐらい驚いた。
「そ、そういうことであれば……」
「助かる。招集は5日後。場所は西の郊外の城門前だ。よろしく頼む」
「は! わかりました!」
ロイトロスは最敬礼し、思わず声を張り上げた。
着々と準備してますよ
明日も18時になります。
※ 近況
カクヨム様にも新作を投稿始めました。
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