第66話 ~ 私がお芝居をしていた ~
終章第66話です。
フルフルとルナフェンが激闘を繰り広げる一方、アフィーシャは制御陣に辿り着いていた。
現れたのは、壁一面に張り巡らされた幾何学模様。
すべて天空城ワンダーランドを動かすためのものだ。
銀色に光る陣を見ながら、一瞬目眩がしそうになる。
「まったく……。趣味が悪いわね」
おそらくだが、このほとんどがダミー。
重要な部分はほんの数種類だろう。
巧妙に隠されており、なんの手がかりもない。
見分けるのは至難だ。
屈折した姉の心象が、現実に具現化したようだった。
唯一の望みは、アフィーシャがラフィーシャの妹であることだ。
その思考は近い。
勇者やあの悪魔には無理でも、自分なら姉の心理を読み解くことができる。
妹として、同じダークエルフとして、自負があった。
「ラフィーシャなら……」
アフィーシャはそっと陣に触る。
魔力を込めると、一部を破壊した。
大胆な行動だったが、周囲に異常は起こらない。
いきなり当たりを引いたらしい。
アフィーシャは嘲笑を浮かべる。
「ふふ……。隠し方がワンパターンなのよ、昔から」
アフィーシャは次々と制御陣を切っていく。
それはまさに姉と対話をしているかのようだった。
何度も、己に問いかけてくる。
『あなたは、それでいいのかしら』
――と。
アフィーシャはそれに対して、こう答えた。
「自分でもわからないかしら」
今とっている行動が、最良なんてわからない。
そもそも何が最良なのか考えるのも、馬鹿馬鹿しい。
それは、勇者とあの悪魔と行動するようになって思った。
特に勇者の行動はいつも矛盾にまみれていた。
強大な力を持ちながら、決して自分のために使おうとはしない。
そういう人種がいることは知っている。
その中でも勇者は飛び抜けた存在だろう。
最初から答えはわかっているのに、自分で困難を引き込み、問題を解決していく。
それでも、勇者は予想外の方法で、最良の選択を引き出していった。
それは自分たちとは、全く別ベクトルの問題解決方法だった。
アフィーシャはいつしか観客になっていた。
勇者が1つ1つ問題を解決していくたびに、驚かされた。
そして、またあの勇者は問題を解決しようとしている。
あのボロボロの身体を引きずってまで。
「私は同情をしているのかしら……」
陣を1つ、また1つと消しながら、アフィーシャは呟いた。
否――そうではない。
たぶん、これは病気なのだ。
勇者に移された病気。
1度でいい。
最良の選択から外れ、自ら困難を引き込み、解決したい。
そういう方法を1度でいいから、やってみたいと思ったのだ。
「まったく……。あの2人のバカが移ってしまったかしら」
あなたはどう思う? あなただって、あの勇者を見てきたのでしょう?
ねぇ。ラフィーシャ……。
アフィーシャは振り返った。
そこに立っていたのは、紛れもなくラフィーシャだった。
美しい肢体の半身が、赤く焼けただれている。
それでも、炎で焼いた直後に比べれば回復していた。
エルフの魔法か何かで再生したのだろう。
だが、手で抑えた頬にはまだ痕が残っていた。
ふー、と獣のように息を吐いている。
赤い虹彩を膨らまし、鋭く眼光を光らせていた。
痛みに耐え、怒りをほとばしらせた姉を見ながら、妹は嘲笑を浮かべる。
「随分と美人になったじゃないかしら、ラフィーシャ」
「うるさいわよ、アフィーシャ。誰のせいだと思ってるの?」
「あら、怖い……。そんな顔をしないで、お姉様。美しい顔が台無しかしら」
「はあ……。もういいわ、アフィーシャ」
「何が、かしら?」
「芝居はもういいといってるかしら。さあ、私の元に来なさい」
ラフィーシャは手を差し出す。
「来い!」と手相に書いているように、強い誘惑だった。
アフィーシャは目を細める。
そして、手を差し出した。
伸ばし、姉の元へと近付いていく。
ラフィーシャの口元が割れ、歓喜に沸いた。
パシィン!
動力炉の低音が続く中、鋭い音が混じった。
アフィーシャが、姉の手を払ったのだ。
妹は声をあげて、笑う。
「ふふふ……。あなた、もしかして私がお芝居をしていたと思っていたかしら?」
「な――!」
「そんな訳ないじゃない。大きな力を持つと、馬鹿になるのかしら」
「お前! 本当に私を裏切るつもりか!!」
「まあ、怖い……。お上品でないわよ、お姉様。かしらをお忘れかしら」
「もういいわ、アフィーシャ! 私の言うことを聞かないというなら、あなたは用済みかしら。殺してあげるわ」
「それはこっちの台詞よ。……あなたとこうして2人っきりになれるのを待っていたのは、私だけじゃないかしら!!」
アフィーシャは炎を放つ。
同時に、ラフィーシャも炎の魔法を放った。
ゲーム世界のものではない。
エルフの魔法だ。
2つの力を拮抗する。
姉と妹は、ほぼ能力的に変わらない。
たとえ、ラフィーシャが新女神になろうと、自力に置いては両者は全くの互角だった。
ぶつかりあった炎はやがて相殺される。
ならば――と動いたのは、ラフィーシャだった。
高々と手を掲げる。
【雷陣覇暁】!
ゲーム世界の魔法。
広域系雷属性最強の魔法だ。
空間全体に雷精を放出する魔法に、回避する術はない。
たちまちアフィーシャは青白い光に包まれる。
「きゃああああああああ!!」
妹の悲鳴が響き渡った。
愉快とばかりに、姉は微笑む。
アフィーシャの身体には多くの当たり判定が刻まれた。
「死になさい、アフィーシャ。心配しないで、あなたが棺桶に入れられたら、そのまま火葬にしてあげるわ」
ゲーム世界の魔法やスキル、その武器で殺されても、死ぬ訳ではない。
仮死状態となり、棺桶に入れられる設定になっている。
当然、その棺桶は無防備。
場所が特定できれば、後は好き放題だ。
「あんな場所にいて、ゲームを楽しむ暇なんてなかったでしょ。あなたのゲームレベルは、ほぼ初期状態のはず……。あなたなんて、一瞬にして――」
何ッ!!
ラフィーシャは顔を歪める。
アフィーシャが笑っていたからだ。
ようやく魔法の効果時間が終わる。
まともに受けたアフィーシャの体力ゲージは、1割ほどしか削れていなかった。
「馬鹿な! あなた――」
「今度は私の番ね!」
アフィーシャは手を掲げる。
奇しくもその体勢は、先ほどのラフィーシャとそっくりだった。
【雷陣覇暁】!
再び眩い光が閃いた。
次の犠牲者になったのは、ラフィーシャだ。
「ぎゃああああああああ!!」
「下品な悲鳴ね、ラフィーシャ。……まったく。虫酸が走るわね。覚えた魔法まで一緒なんて」
やがて発光が止む。
ラフィーシャの体力ゲージは、アフィーシャでは確認できなかったが、それなりにダメージを負ったらしい。
が、ダメージ以上に、妹が自分と同じ魔法を使ったことに、ショックを受けているようだった。
「何故!? 何故、お前がトップランクの魔法を……」
「ふふ……。きっとあのゲーム狂の悪魔なら、こういったかしら」
ゲームを舐めてもらっちゃあ……。困るッスよ。
「ラフィーシャ……。あなたはこのオーバリアントの女神になったと思っているようだけど、それは大間違いかしら。あなたが座っている椅子はね。このゲーム世界のゲームマスターなのよ。その存在が、ゲームのことを知らなさすぎるというのは、バグレベルで問題だと思うかしら」
「質問にだけ答えなさい、ラフィーシャ!」
「怒鳴り散らさないで、お姉様。またかしらを忘れているかしら」
答えなんて簡単だった。
レベルは、モンスターを倒した時に得られる経験値の蓄積によって上昇する。
そして、その経験値はパーティー登録をした冒険者全員に配布される。
何故か、勇者と悪魔はお互い競い合うために、パーティーを組んでいなかった。
だが、アフィーシャはずっと自分をブローチに閉じこめていたフルフルとパーティーを組んでいた扱いになっていたらしい。
おかげで、アフィーシャは何も労することなく、他の2人と同じぐらいまでレベルが上がっていた。
「1つ余談をいうと、あの悪魔は私に経験値を配布しながらも、勇者よりも高いレベルになっているわ。経験値が減った状態で、よくもまあ……。ゲーム狂というのは、伊達じゃないかしら」
補足するなら、フルフルは宗一郎と違って、単にモンスターを倒していたわけじゃない。
部位破壊や、縛りプレイに置けるボーナスを狙って、密かに経験値を上乗せしていたのだ。
ある意味、このゲーム世界において、フルフルこそが最強かもしれない。
「さあて、お姉様。私ともうちょっと遊んでくれるかしら」
妹は不敵に微笑むのだった。
台風、地震に被災された方の一刻も早い復旧をお祈り申し上げます。




