第65話 ~ その頃には、ルシフェルはゲーマーになってくるかもしれないッスけどね ~
終章第65話です。
フルフルとルナフェンは、再び対峙する。
新女神によってかき乱された空気が、ピンと張りつめていった。
大剣を構え、フルフルは一瞬たりとも目の前の堕天使から目を背けない。
横で2匹の化け物の対峙を見ながら、アフィーシャはいう。
「その化け物はあんたに任せていいかしら?」
「アフィーシャたん?」
「私はその間、ここの制御陣を止める。あんたはそいつを引き留めておいて」
「…………」
「心配しなくても、今さら逃げたりしないかしら。悪趣味な城、とっととぶっ潰すに限るわ。身内の恥部をこれ以上、世界に知らしめることはない」
「わかったッス。信じてるッスよ、アフィーシャたん」
「……? いやにあっさりね」
「そりゃあ。フルフルは悪魔ッスからね」
薄く唇を歪める。
その酷薄な顔を見て、アフィーシャはゾッとした。
彼女は勇者の世界の【太陽の悪魔】といわれているそうだ。
アフィーシャは、その一端を垣間見たような気がした。
やがてフルフルに背を向ける。
「頼んだわよ」
「ああ……そうだ。アフィーシャたん」
「まだ何かあるの?」
「時間稼ぎっていったッスけど、別に倒してしまってもいいッスよね」
アフィーシャは目を細めた。
フルフルの黄金の瞳が輝いていたからだ。
ネタ的な意味で。
ため息を吐く。
「あんた、それを言いたかっただけで、この空気を作ったでしょ」
「あれ? バレたッスか。ぬはははは……」
「ともかく頼んだわよ。あと、別に倒してしまってもかまわないかしら」
「了解ッス」
ようやくアフィーシャはその場を後にする。
最後まで相容れない悪魔とダークエルフ。
だが、この時――お互いの思いは、奇しくも一緒だった。
――生き残るッスよ、アフィーシャたん。
――死ぬんじゃないわよ、淫乱悪魔。
アフィーシャの足音が遠ざかっていく。
それを確認した後、フルフルは気持ちを入れ直した。
「お優しい堕天使様ッスね。アフィーシャたんが離れるまで待ってくれているなんて。悪役の美学ってヤツッスか?」
「なんだ、それは?」
「天使の割りに、無能なんスね。ロボットの合体とか、ヒーローが変身してる時とか、攻撃はしないっていう暗黙の掟ってヤツっスよ」
「人間の娯楽の話か。俺が堕天した後、随分人間も堕落したと見える」
「昔とそう変わらないッス。強いて言えば、ポジティブな平行線ッスかね」
「言い得て妙な言い方だな」
「後退はしていないだけ、マシじゃないッスか」
「変わったな、フルフル。悪魔もそうなのか?」
「いや、フルフルは何も変わらないッスよ。変わったのは、契約者だけッス。そういう意味では、今回のご主人は随分変わっているッスけどね」
「その言葉を聞いたら、さぞかし勇者は『お前だけにはいわれたくない』と憤慨したであろうな」
「ちげぇねぇッス。さてさて、そろそろ昔話はやめにしないッスか? 台詞がライトノベルみたいに多くなってきたッスよ」
「よかろう。異界の地で天使と悪魔が戦う。これは神々の黄昏その“外典”といったところか」
「最初にいったはずッスよね。これは失楽園だって。それにこれはフルフルたちの話じゃないッス。神さまも悪魔も、いつの世も脇役でしかない。主人公はいつだって、勇者なんスから……」
言葉の戦争は終結する。
まるで絵巻物の次巻を紐解くように、武による戦争が始まった。
残念ながら、ギャラルホルンの角笛はない。
ただ2人が蹴る音だけが、動力炉の低音に混じって、静かに響いた。
闇と光が交錯する。
ギィンッ!
甲高い音が響き渡った。
フルフルは大剣で、ルナフェンはその太い腕で受け止めた。
両者互角――と思われたが、均衡は崩れる。
「うおおおおおおおお!!」
ルナフェンが吠えた。
フルフルの大剣を弾く。
体勢が崩れたところを、すかさず拳打を繰り出した。
【竜崩拳】
悪魔の鳩尾にクリーンヒットする。
衝撃が可視できるほど、空気が歪んだ。
そのままフルフルは吹っ飛び、外壁に突っ込む。
瓦礫のシャワーを浴びる。
それでもフルフルは立ち上がった。
ルナフェンよりも圧倒的に細い身体を、ゆらりと動かす。
口内に溜まった血を、ガラガラと音を立ててうがいをすると、べっと吐いた。
鮮血が線を引く。
人間であれば、すでに意識が朦朧としていただろう。
削られた体力ゲージを【常時回復】の魔法によって回復させる。
だが、リアルのダメージはかなりでかい。
「主の魔力を使って回復させないのか?」
「しばらく見ないうちに随分と意地悪になったんッスね、堕天使様は。出来ないってわかってる癖に質問するスか?」
ルナフェンの言うとおり、悪魔であるフルフルは主から魔力を借りて、自分の肉体を修復することができる。
だが、それが今できないのは、火を見るよりも明らかだった。
「神格など当に剥がれた。ここにいるのは、この世界の魔王よ」
「くくく……。らしくなってきたじゃないスか」
フルフルは大剣を構えた。
乱れた息を整える。
それを見て、ルナフェンは息を吐いた。
「先ほどの攻撃で、俺とお前のレベル差は十分わかったはずだがな。俺が天界から離れている間、悪魔の質も落ちたものだ。いくらゲームのルールに守られていようと、物理的な衝撃波まで殺すことはできないのだぞ」
「そんなこと百も承知ッスよ。でも、それじゃあ面白くないじゃないッスか」
「面白くない?」
「旧女神プリシラたんは、ご主人様にこういったそうッスよ」
あんたも楽しんでよ。
主人からその言葉を聞いた時、フルフルのゲーマー魂が震えた。
だから、フルフルは決めたのだ。
その遺言に従い、ゲーム世界を全力で楽しむ、と。
ご主人は、オーバリアントを救うことを目的としていることは知っている。
でも、フルフルからすれば、世界の命運などどうでもいいのだ。
プリシラが残した類を見ないゲーム世界を楽しむ。
契約などという野暮な誓いではない。
ゲーマーとゲーマー。
ゲームが好きであるという誇りに、共鳴した1つの誓約だった。
「楽しんでるッスか、ルシフェル」
「なに?」
フルフルは地面を蹴る。
真っ直ぐルナフェンに向かった。
「何度、来ても無駄だ!」
先ほどと同じく、フルフルの剣を受け、カウンタースキルを発動させる。
ルナフェンは拳を握った。
フルフルは大剣を振り下ろす。
それを受け止めると、すかさずスキルを放った。
【竜崩拳】!
先ほど悪魔の肉体に大ダメージを与えたスキル。
決まった、と思われた。
タッ!
フルフルはバックステップでかわす。
【竜崩拳】は拳だけではなく、広範囲に衝撃波を与えるスキルだ。
だが、フルフルはその範囲外にうまく逃げおおせる。
一旦距離を取った。
だが、これも想定済みだ。
ルナフェンの口内が赤く光った。
【竜咆鋼波】!
紅蓮の刃が飛ぶ。
それは炎ではない。
もはや極大のレーザー兵器だった。
離れたフルフルを狙い打ちする。
ころり……。
すると、フルフルは前回りした。
小刻みに何度も回る。
いつの間にか、ルナフェンの前にいた。
「な――!」
魔王の顔が歪む。
一方、フルフルは歯を見せ笑った。
【十王雷撃】!!
それは大剣の業の中で、もっとも威力あるスキルだった。
ルナフェンは必死に反応する。
だが、遅い。
魔王の肩口を抉った。
「ぐあああああああああああ!!」
初めて悲鳴が上がる。
フルフルは好機とばかりに、スキルを使用した。
【青獣突牙】!
身体を大きく弓なりにしならせる。
そのまま大剣をルナフェンに突き入れた。
「いくッスよぉぉぉおおぉぉおおおおお!!」
「うおおおおおおおおお!!」
見事、ルナフェンの胸を貫いた。
魔王は吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
まるで先ほどのフルフルの焼き直しを見ているかのようだった。
「な…………ぜ…………?」
朦朧としながら、ルナフェンは立ち上がる。
2つの最上級スキルによる攻撃。
おかげで体力ゲージが6割ほどもっていかれた。
リアルダメージも決して低くない。
だが、それよりも何故フルフルが【竜咆鋼波】をかわしきれたのかがわからなかった。
「ふははは。ゲームはレベルがすべてじゃないんスよ」
「どういうことだ?」
「新女神もルシフェルも、この世界がゲームだって理解してないッスよ」
「何がだ?」
「ローリング中は、無敵判定――。これ、ゲーマーの常識ッス」
「な、なに?」
「驚いたッスか。なら、もっと驚かせてやるッスよ。その頃には、ルシフェルはゲーマーになってるかもしれないッスけどね」
大剣を構えると、悪魔は不敵に笑うのだった。
気がつけば、8000ptまであとわずか。
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