第62話 ~ 私の存在を忘れていたとはいわないわよね ~
終章第62話です。
※ 忘れていましたが、前回で総計300話達成しました。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございます!
フルフルは主人の命令通り、地下へと向かっていた。
すでに城の構造は理解している。
喧嘩ばかりしているが、フルフルと宗一郎は悪魔と契約者。
常につながっていて、主が知る情報は自動的にフルフルも知ることになる。
少し違うのは、フルフルから宗一郎に情報を送信できないことだ。
契約者に知識を渡すことは、フルフルの世界では禁じられている。
悪魔の知識には、人間が知り得ない情報が含まれているからだ。
その中でも一等価値あるものといえば、未来の情報である。
かといって、フルフルが未来の出来事をすべて知っているというわけではない。
観測者がいてこそ、情報は確立する。
人間がその知識を手にした時、初めてフルフルにも共有される。
だが、決してわかっていないわけではない。
無意識下では、フルフルも理解はしているのだ。
このままでは契約者は破滅する。
新女神は悪魔であるフルフルが感心するほど、用意周到だ。
常に最善にして、他の介入を許さないシンプルな手を打ってくる。
おそらく余程時間を要して練り上げたのだろう。
本人はケラケラと笑っているが、その笑みの下では凍てつくような執念がのさばっているに違いない。
はっきりいうが、この因果の逆転を覆すのは難しい。
だからこそ、宗一郎についていきたかった。
「珍しく黙り込んじゃって。ご主人様のことはそんなに心配かしら」
一瞬、フルフルはビクリと反応した。
その声はあまりにラフィーシャと似ていたからだ。
仕方ないことだった。
彼女は、ラフィーシャの妹なのだから。
「何かしら? 私の存在を忘れていたとはいわないわよね」
「心配しなくていいッスよ、アフィーシャちゃん。フルフルは覚えていたッス。忘れていたのは、サクシャの方ですよ」
「サクシャ?」
「あ、いや……。なんでもないッス。まあ、彼にいわせると、シーンが緊迫しすぎてアフィーシャを出すタイミングが掴めなかったってとこらしいッスけど」
「ずっと一緒に行動しているのに、いまだにあなたのいっていることの1割も理解出来ないわ。それは何? あんたたちの世界で流行ってるギャグかなんかなの?」
「まあ、そんなとこッス。ただ笑いよりも、怒られることの方が多いッスけどね」
すると、フルフルは何故か頭を下げて謝った。
「それにしても、すまないッスねぇ。付いてきてもらって」
「謝ることなんてないと思うけど」
「いや、ほら……。ご主人についていけば、お姉ちゃんに会えるかもしれないじゃないッスか」
「はああ? 私が姉に会いたいと思ってるのかしら!? やめて。むしろ、こっちのルートに来て、ちょっとホッとしてるくらいかしら」
珍しくアフィーシャはむくれた。
フルフルの首元に付けられたブローチの中で、あぐらをかき、腕を組む。
まるで頑固親父だ。
かなり心外だったらしい。
「それに私がいないと、動力炉を止めることなんて出来ないでしょ?」
宗一郎が、フルフルとアフィーシャを地下に行かせたのは、この理由があった。
城の動力炉といっても、ラフィーシャのことだ――そう単純な構造ではない。
下手に破壊して、そのまま大爆発なんてことも十分あり得るし、意地の悪い女神なら罠を張っている可能性もあるだろう。
それにエルフの技術は、さしもの現代最強魔術師とて門外漢だ。
実は、宗一郎はいまだに【太陽の手】の構造が理解できていない。
フェルフェールの魔眼を使ったところで、情報こそ手に入るのだが、理解不能な理論が多数使われていた。
そういう点でも、ラフィーシャの妹であるアフィーシャの存在は大きい。
むろん、彼女が素直に手伝ってくれるかどうかはわからないが……。
「そりゃあ手伝うわよ」
「随分と素直なんッスね。とうとう改心したッスか?」
「もちろん、代価はいただくわよ」
「心配しなくても、目的が達成されれば、そこから出してあげるッスよ」
「そんなの当たり前でしょ! 私が求めるのは、もっとその先かしら」
「先――?」
「仮にあなたたちがこの事態を収拾することが出来たら――」
「出来たら?」
「私を、あなたたちの世界に連れてってほしいの」
それは奇しくも、ラフィーシャと同じ願いだった。
いや、そもそもこの姉妹は、元々1つなのだ。
目的を同じくし、オーバリアントを未曾有の危機に陥れたのも彼女とその姉だ。
2人の願いが被るのは、決しておかしいことではない。
ただ自分たちを虐げたオーバリアントをぶちこわし、その世界を捨て去るように出て行こうとするラフィーシャよりも、妹は少し大人のようだ。
フルフルは一瞬、キュッと唇を閉じる。
引っかかったのは前半の言葉だ。
仮にあなたたちがこの事態を収拾することが出来たら――。
アフィーシャはどう思っているかは知らない。
そもそもオーバリアントに住むダークエルフは、いまだに主人の状態を知らない。
強がってはいるが、杉井宗一郎の身体は見た目以上にボロボロなのだ。
それでも、彼はオーバリアントを救おうとしている。
彼が勇者だからではない。
それが杉井宗一郎だからだ。
「ちょっとどうしたのかしら? この後に及んで自信がないとかいわないわよね」
ブローチの中から、アフィーシャは自分の拘束する悪魔を見上げた。
フルフルは結んでいた唇を解く。
ようやく笑みを浮かべた。
「わかったッス。ご主人にかけあってみるッスよ」
「そう。それならいいわ。さあ、とっとと行きましょう」
「元気ッスね、アフィーシャたんは」
「あなたが元気がないだけかしら。珍しくね。らしくないわよ」
「確かに……」
気落ちしていても仕方がない。
フルフルは悪魔だ。
契約者の命令に従うしかない
地下へと進む度に、耳障りな低音が大きくなっていく。
そしてひっそりとして、冷たい。
現代世界にあった原子力発電所のようだった。
「ここッスね」
フルフルは立ち止まる。
黄金の瞳を巨大な動力炉へと向けた。
卵形をした動力炉は、時々息を吐くかのように明るく光っている。
明かりはそれぐらいで、空間自体は暗く、ドライアイスのような白い靄が床を覆っていた。
ところどころ、フルフルでも説明の付かない技術が使われている。
今立っている床も異常なまでに滑らかで、叩くと無機物というよりは甲羅に近い感触が返ってきた。
RPGの定番であるミスリルかオリハルコンかとも思ったが、どうやらそうではない。
ふと何かに似ているなと思ったが、ダークエルフたちが住んでいた島――エルフの住居に似ていると思った。
一通り確認した後、悪魔は息を吐く。
「天空城というから、でっかい青い宝石でもあるのかと思ったッスけど、なんとも生々しいものがくっついているッスね」
「馬鹿なこといってないで止めるわよ」
「とりあえず、どうするッスか?」
「おそらく制御陣みたいなものがどこかにあるはず。スイッチ自体は複雑じゃないはずだから、私でも止められるはずかしら」
「制御陣ッスか……。――――ッ!」
不意に気配が膨らんだ。
フルフルの立っていた場所が、大きな影に包まれる。
転がりながら、慌てて回避した。
反射的に距離を取る。
顔を上げると、そこにいたのは、大男だった。
奇妙な青紫色の髪。
人を射すくめるような白目と黒目が逆転した瞳。
岩のように硬そうな肌の上には、さらに黄金の鎧を纏い、背中には大鷲を思わせる翼がはためいていた。
異形の姿に、アフィーシャはおろかフルフルですら圧倒されていた。
だが、この時宗一郎の悪魔は別の意味で固まっていた。
「ルシファー……」
フルフルが呟く。
それは神の怒りを買い、堕天した天使の名前だった。
人間はルシファーは、その後地獄で悪魔になったと思っているようだが、悪魔界の中では解釈が違う。
彼は確かに神界を追放された。
それは紛れもなく事実だ。
だが、彼は悪魔界、または類する世界へと降臨することはなかった。
悪魔の間でも、これは様々な議論がなされた。
結果、彼は別の世界へと神によって飛ばされ、神や悪魔のような“全”の存在ではなく、人間や動植物と同じく“個”の存在になったと結論づけた。
しかし、その後ルシファーを見たものは誰もいない。
全知を統べる悪魔ですら、その追跡は叶わなかった。
それが、今目の前にいる。
しかも、異界の――女神の城に。
「72の悪魔にして、26の軍団を操りし伯爵――だったか」
フルフルの肩がびくりと震える。
その言葉だけでわかった。
まさしく目の前にいるのは、ルシファーだ。
「まさか……。こんな異界で悪魔と元天使が出会うとは思わなかったッスね」
フルフルはまさしく小悪魔のように笑うのだった。
作者は忘れてなかったよ。忘れてなかったんだから!




