第61話 ~ あばら骨が当たればなお最高 ~
終章第61話です。
よろしくお願いします。
城のモンスターたちを粗方退治した宗一郎たちは、今後の方針を確認していた。
その時、モスキート音のような不快な音が聞こえる。
入口の方からだ。
振り返ると、黒い霧のようなものが蛇行しながら、近づいてくる。
宗一郎の前で渦を巻くと、やがて人の姿へと変わった。
黒の長髪に、赤い瞳。
真っ黒なオーバーコートを着た優男が現れる。
その細く長い手足を見せつけるかのように、ひざまずいた。
「ベルゼバブ……。何をしにきた? お前には、ローレスとマキシアの守りを任せていたはずだが」
「お叱りはごもっともです。しかし、この身は御身のためにあると私は心得ております」
「そんなこといって。ベルゼバブ様ぁ。ご主人の硬い胸板が恋しくてやってきたんじゃないスか?」
フルフルはにやりと笑う。
すると、ベルゼバブはすっくと立ち上がった。
血を注いだような赤い瞳を細める。
悪魔王の覇気にたまらずフルフルは、宗一郎の背中に隠れた。
やがてオーバーコートの襟を正す。
「否定はしません!」
どやぁ、と笑う。
宗一郎は呆れるしかない。
まともな配下は、天空城の下にいるクローセルぐらいだろう。
「わかった。好きにしろ。来たからには一番きつい仕事をしてもらうぞ」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げる。
正直にいえば、ベルゼバブが来てくれたことは心強い。
思っていたよりも、城の構造は複雑だ。
それにやることが山積している。
1つはラフィーシャを倒す事。
諸悪の暴走を止めなければ、惨劇を止めることは出来ない。
だが、容易なことではないことは、宗一郎も理解はしていた。
2つめは【太陽の手】を止めること。
城には多くの兵器が備蓄されている。
これをすべて破壊する。
1本の【太陽の手】を残せば、第二第三のラフィーシャが現れるかもしれない。
次に、このワンダーランドを止めることだ。
仮にラフィーシャを倒したところで、城が止まるという構造でもないだろう。
むしろ、彼女を倒したことによって暴走を始めるかもしれない。
その前に、動力源を断つ必要がある。
最後にローランを救出すること。
これは宗一郎にとって、絶対の事項だった。
「異論はあるか?」
主は悪魔に再度確認する。
2匹とも「異論がない」と答えた。
「ではフルフル、手を出せ」
「え? そんな~。今さら手を出せなんて。ご主人とフルフルの仲は手どころか、口だって差し出しちゃうッスよ。ご主人が望むなら、あそ――――」
ポカンッ!!
「痛いッス……」
「もう少し緊張感を持ったらどうだ、淫乱悪魔」
「その緊張感を和まそうとしただけじゃないッスか。相変わらず、冗談が通じないご主人ッスね。プンプン!」
フルフルは頬を膨らませる。
そういいながら、そっと宗一郎に手を差し出した。
「お前の魔力を借りるぞ」
「利子はもらうッスよ」
「後でな」
握った手が光り出す。
フルフルの魔力が、宗一郎の方へと流れていく。
本来、契約主から悪魔へと魔力は常時流れていくのが普通だ。
これは裏技のようなもので、悪魔と強い信頼関係がないと不可能。
普通は、悪魔に拒否されるからだ。
宗一郎は少しだけフルフルの魔力を食う。
すかさず目を開くと、ボウと明るくなった。
瞳に魔法陣が刻まれる。
【フェルフェールの魔眼】
宗一郎がフルフルと契約した際に得た魔術の1つだ。
秘密を読み解く魔眼の力。
それは人間だけではない。
あらゆる事象や構造に介入し、暴くことが出来る無敵の鑑定眼だった。
今回、宗一郎が見たのは城の構造だ。
その脳裏に様々な部屋や廊下、あるいは設備が映し出される。
呪術的な防壁があるかと思ったが、どうやらラフィーシャはそこまで呪術を操れてないらしい。
如何に女神であろうと、【フェルフェールの魔眼】の前では裸同然だったというわけだ。
「ふぅ……」
宗一郎は息を吐く。
だいたい構造は掴めた。
そして思ったことは、非常に厄介であることだ。
あのダークエルフらしい構造をしていた。
「ご主人、首尾はどうッスか?」
フルフルはどこからかハンカチを出す。
主の額に浮かんだ汗を拭った。
心配そうな顔をしている。
いつもは下ネタばかりいっている馬鹿悪魔だが、最近は契約主を心配する時だけ、不意に無垢な少女のような顔を浮かべる。
「どうしたッスか、ご主人? 顔が赤いッスよ」
「……うるさい。少し疲れただけだ」
「ぷくくく……。もしかして、フルフルを惚れ直したッスか?」
「まるで俺が以前、お前に惚れているような言いぐさだな」
再びフルフルは悪魔のような笑みを浮かべる。
ふん、と宗一郎は鼻を鳴らし、フルフルと心に浮かんだ感情を一蹴した。
「宗一郎様は、どうですか?」
ベルゼバブが話を促す。
進行役がいて、助かった。
フルフルと2人だけだったら、いつまで経っても前に進めなかっただろう。
複雑だと思っていたが、城の構造は大きく分けて2つある。
1つは居住空間。
そこにはローラン、そしてラフィーシャもいるらしい。
主に階上に広がっている。
2つ目は動力や兵器が置かれている空間。
これは地下に広がっていた。
「二者択一ってことッスね」
「迷っている場合ではない。俺は上を目指し、まなか姉を救出する。フルフルは地下へ行き、動力を止め、【太陽の手】を破壊しろ。生産設備もあるらしいから、それも一緒にな」
「ええ~~。イヤっすよ。フルフルもご主人とがいいッス。……地下へは暗くて陰気なところが大好きなベルゼバブ様が行けば良いッスよ」
「フルフル……(ギラリ!)」
「ひぃぃぃいいい! す、すいませんッス。ちょっと口が――」
「私が好きなのは絶壁の胸です。あばら骨が当たればなお最高」
「ツッコむところ、そこッスか?」
「主の命令ですよ、フルフル。従いなさい」
「はーい」
フルフルは肩を落とす。
また心配そうに視線を投げたが、宗一郎は無視をした。
ベルゼバブが進行をすすめる。
「ご主人様、私は何をすれば……」
「居住区に多くの獣人が使っているようだ。おそらくだが、城周辺にいた原住民だろう。数も多い。お前の力が適任だと思うが、頼めるか?」
「なるほど。獣人ですか……」
「何か思い当たることがあるのか?」
「いえ。些末なことです。承りました。ご命令とあらば、無傷で救出させてみせましょう」
「頼む。――では、行こう。各員の検討を祈る」
「ご主人!」
「なんだ。フルフル?」
「あ――。う――」
「?」
「いや、やっぱりなんでもないッス。気をつけてほしいッス」
「言われんでもわかっている。お前も無茶だけはするなよ」
宗一郎は同じく上を目指すベルゼバブとともに走って行く。
その後ろ姿を見ながら、フルフルは項垂れた。
言い出せなかったのだ。
自分は悪魔――。ベルゼバブの言うとおり、主の命令は絶対だ。
だから、たった一言でも宗一郎に逆らう言動は許されない。
でも、どうしてもいいだせなかった。
フルフルもやっぱり一緒に行きたい。
主人と一緒に戦いたい。
長い葛藤の後、フルフルはようやく振り返る。
主の命令通り、地下を目指すのだった。
悪魔が揃うと、ホント話が進まんわw




