外伝 ~ その現代魔術師、異世界で温泉宿を経営する ~ ③
温泉宿経営3話目です。
楽しんで下さい。
カカとヤーヤの話は、オーバリアント特有の問題点だった。
2人の両親は、祖父の代から続く宿屋を経営していた。
冒険者の隆盛に伴い、最初は繁盛していたのだが、帝都に競合店が次々と現れ、売上が落ち込んだ。とうとう宿屋を閉めることになり、2人が転職したのは冒険者だった。
色々な冒険者から知識を聞く機会もあり、父親の方は前から興味があったらしい。
だが、今まで剣すら振るったことがない素人が、うまくいくはずもない。加えて帝都の周りは初心者には、かなり厳しい高レベルモンスターがうようよいる。
2人はあっさり絶命した。
もし何かあった時のためと、カカたちにお金を渡していたが、例のアル中神父に騙されて、見事酒代に変わったというわけだ。
2人はその後も、スリをしたり、タンスの中から現金を盗んだりして、アル中神父に貢いだのだが、結局1年近く経った今でも、両親は棺桶の中で眠ったままだという。
なんともわかりやすい転落劇。
今日日の韓流ドラマでも、もうちょっとマシな脚色をするだろう。
しかし、これは異世界で起こった現実である。
「そろそろ生き返らせないと、本当にお前の両親が死んでしまうというわけだな」
「パパとママ、死んじゃうの?」
ヤーヤは宗一郎の言葉に反応して、ぐずり出す。妹の小さな肩を抱きながら、カカは励ました。
宗一郎はしばらく考えごとをしてから、パンと膝を叩く。
「よし。……オレがお前らの両親を生き返らせてやる」
「ホント?」
「さっきの忠告を忘れたのか?」
「……え? じゃあ、嘘なの?」
宗一郎は頭を掻いた。
「無償ではないぞ。あとできっちり返してもらう」
「お兄ちゃん。ヤーヤたちを売るの?」
ヤーヤの口からとんでもない言葉が飛び出す。
その目は真剣だ。
宗一郎は静かに頭を振った。
「そんなことはしない。……お前たちが払えないなら、親に払ってもらうだけだ」
やって来たのは、宗一郎が最初に訪れた教会だった。
「おっさん! もうちょっとだ!」
「がんばれ! がんばれ!」
宗一郎の周りで、カカとヤーヤがはやし立てている。
その彼の額に大粒の汗がいくつも浮かび、顎から垂れている。
肩に担ぐように持った紐の先は、2つの棺桶につながっていた。
ボロ教会からずっと引きずってきたのだ。
――げ、ゲームキャラはなんの苦労もなく引きずっていたが、現実だとこうもしんどいのだな……。
少しゲームの感覚を味わってみたいというちょっとした茶目っ気で初めてみたが、二度とやりたくないと思った。
やっと教会に入ると、見知った司祭に出会った。
「おお。勇者殿……!」
「「勇者?」」
兄妹は揃って首を傾げた。
宗一郎はやや冴えない顔を上げて、軽く手を挙げた。
「ひ、久しぶりだな……。司祭殿」
「よく来られました。ご活躍のほど耳にしておりますぞ」
「そうか。それはよかった」
「ところで……。今日は――」
司祭は宗一郎が引いてきた棺桶をのぞき込む。
「この2人を復活させてやってくれ。……これだけで足りるか?」
路銀袋ごと渡した。
司祭はちょっとだけ渋い顔を見せたが、笑顔を浮かべた。
「ま、まあ……少し足りないですが、勇者殿の顔を立てて、ここはサービスしておきましょう」
司祭の口から「サービス」という言葉が出てくるとは思わなかった。
「さあ、霊安所へ。お手伝いしましょう」
司祭は教会で働く神父や修道士たちを呼び出した。
「光あれ――」
司祭は唱えた。
例のパイプオルガンの音が、霊安所に響き渡る。
しばらくして、棺桶がゴトゴトと音を立てると、蓋が開いた。
顔を出したのは、明らかに防具に着られている痩せぽっちの戦士と、絶対に職業を間違えている中年の踊り子だった。
正直、踊り子の方に関しては、あまりにおぞましすぎて、モンスターと見間違えて斬りかかることだった。
「あれ? ここは?」
戦士はキョロキョロと辺りを見渡す。
踊り子も「あら、やだ」と口に手を当てながら、周りの風景を見て驚いていた。
「父ちゃん、母ちゃん」「パパ! ママ!」
カカとヤーヤが目を輝かせる。
両親も我が子を見つけて、感激の涙を浮かべた。
兄妹はそれぞれ親に向かって飛びつく。
その胸に顔を埋めた。
「カカ! 元気だったか?」
「うん……。でも、寂しかったよおおおお!!」
ずっと堪えていたのだろう。
カカは大泣きし、釣られるようにヤーヤも泣き始めた。
4人家族の鳴き声がしばらく霊安所に響き渡る。
それを見て、復活させた司祭ももらい泣きしていた。
「なんか父ちゃん、臭い!」
「な、何いうんだ? おめぇだって――」
そう言えば、先ほどから腐った臭いが鼻腔を突く。
穏やかに説明したのは司祭だった。
「おそらく身体が腐りかけていたからでしょう」
「大丈夫なのか?」
「しばらく臭いが染みついているかもしれませんが、身体は大丈夫なはずです」
――まあ、リビングデッドになって棺桶から顔を出さないだけマシか……。
三文芝居を見せられた後で、B級ホラー映画という展開は御免被りたかった。
「あのお兄ちゃんにお金を出してもらったんだよ」
ヤーヤは宗一郎を指さした。
「出してもらったって……。もしもの時のために、おめぇたちにお金さ預けていただろう?」
母親が首を傾げる。
「おほん……」
わざとらしく咳を払ったのは、宗一郎だった。
「とりあえず、事情はオレから話そう」
宗一郎はこれまでの出来事を話す。
カカとヤーヤが自分の財布を盗んだところも包み隠さずだ。
それは申し訳ねぇ、と平謝りする一方、2人は感謝の言葉を並べた。
「なんとお礼を言っていいやら」
「別にお礼はいい。お金はきっちり返してもらう」
「しかし、オラたちにはお金が……」
「わかっている。……ところで、お前達が経営していた店はまだあるか?」
「……? まだ建物は残っておりますけんども、もう売り払ってしまってぇ。おそらく別のオーナーが」
「そうか」
宗一郎は唇を噛んだ。
「じゃあ、次の質問だ。お前たちはまだ冒険者を続けるつもりか?」
「それは――」
途端、シュンと肩を落とした。
おそらくよっぽど怖い目にあったのだろう。
完全に戦意を喪失している。
「この兄ちゃん! すっごい強いんだぜ。レベル75の冒険者をあっという間にのしちゃったんだ」
指さしたのはカカだ。
両親は揃って顎を開いた。
「ほ、ホントですか?」
「まあな」
「なら、手伝ってくだせぇ? モンスターを狩ったゴールドでお返しを」
「それならオレが稼いでいるのと変わらんだろうが……」
「た、確かに……」
再びシュンとなる。
「それに少し特殊な事情があってな。オレが戦っても、モンスターはゴールドも経験値も落とさないのだ」
実は、モンスターを「倒す」ことと、「殺す」ことでは意味が違う。
「倒す」とはつまり、ゴールドを使った武器や魔法、スキルでモンスターの体力を「0」にすることだ。それによって、新たなゴールドや経験値を獲得できる。
しかし、宗一郎は「殺す」ことは出来ても、「倒す」ことは出来ない。
本来人間は、女神が作ったシステムなしにはモンスターを殺す事は出来ないのだが、宗一郎の力であればそれは可能だ。
だが、殺してしまうと、ゴールドも経験値も獲得できないということは、すでに実証済みだった。
「だから、1つお前達に提案がある」
「はい。なんでしょうか。……オラたちが出来ることなら、なんでも言ってくだせぇ」
言葉を聞いて、宗一郎は不敵に笑みを浮かべた。
「オレと一緒に、宿屋を経営しないか?」
その提案に、一同は目を丸くするのであった。
踊り子の描写はいらない。
明日も18時に投稿します。