第60話 ~ 私の命程度の価値しかなかったということね ~
終章第60話です。
よろしくお願いします。
「ラフィーシャ……」
声をかけられた瞬間、新女神は思わず1歩後ろに下がってしまった。
――なんなのかしら、この小娘は?
彼女は、1度は世界を滅ぼしかけたダークエルフ。
今は、神としてオーバリアントに君臨している。
なのに、一国の姫君でしかない小娘にビビっていた。
それほど、ローランには迫力があった。
何がなんでもやり遂げる。
そのためなら、自分の命すら道具として差し出すだろう。
ひりつくような焦り。
そう……。
ラフィーシャは焦っていた。
似ているのだ、この娘が。
それはあの勇者でも、マキシアの女帝でも、アーラジャの若き盟主でもない。
他ならぬ――ラフィーシャにだ。
世界を壊すためなら、なんだってやると突っ走っていた過去の自分に似ていた。
世界を守ろうとするローラン。
世界を壊そうとするラフィーシャ。
違うのは、目的だ。
根元的なエネルギー、その手段としての考え方は、すべてそっくりだった。
だから、ラフィーシャは恐怖した。
自分の土俵の中で、語るこの小娘に。
「ふう……」
ダメだ。
ラフィーシャは戒める。
このまま相手のペースで話せば、呑まれる。
小馬鹿にできるほど、姫君は甘くない。
長い長い葛藤ではあったが、それはほんの数秒の出来事だった。
1度、心を落ち着かせたラフィーシャは尋ねる。
「何かしら、お姫様?」
ジャック・オー・ランタンみたいな笑顔を浮かべる。
その笑みを見ながら、一瞬だがローランは目を細めた。
どうやら新女神に渦巻いた葛藤は消え去ったらしい。
交渉力に長ける彼女は、ラフィーシャの仕草から、女神が動揺していることに気付いていた。
だが、それも失敗に終わったようだ。
さすがね、と心の中で称賛を送る。
「あなたの目的はこの世界に対する復讐……。そして異世界へと移住すること。間違いないわね」
「ええ……。そう。この世界を汚泥の中に捨てるのが私の目的」
「良かったわ。なら、私が差し出す材料はあなたにとって、とても有益なものになるはずよ」
「もったいぶるのはやめにしないかしら、お姫様。今、あなたの命は私の手の中にあることを忘れてはいけないわ」
「わかっているわ、ラフィーシャ。でも、その前に約束してほしい」
「約束? もう1度いうわ、お姫様。あなたの命は……」
「私の命と、私が今からいう情報とでは釣り合わないわよ」
「なッ――――」
「ラフィーシャ……。いえ、女神様というべきかしら。私はね。物見遊山でここにきたわけじゃない。あなたと交渉しにきたの。交渉というのはね。有り体にいえば、情報と情報の交換なのよ。向こうが有益なものを差し出せば、こちらも相手にとって益のあるものを差し出さなければならない」
交渉の面白いところは、自分にとってはゴミのような情報でも、相手にとっては数億の価値があったりすることだ。
真摯に相手と向き合い、情報の益を諭せば、また価値も上がる。
魔法も使えず、腕っ節も強くない。
それでも、様々な国家元首、原理主義者の長と渡り合うことが出来たのは、黒星まなかが、交渉に置いてもっとも大事なことを、骨の髄まで理解できていたからだった。
「あなたは言ったわ。私は一国の姫君でしかない。そんな人間の命をとったところで、あなたにはなんのメリットもないわ。精々――私に今でも気がある勇者の怒りを買うだけよ」
「あなた――」
「ラフィーシャ……。今から私はあなたに交渉材料を告げるのだけど、その前に私もあなたに交渉のテーブルに置いてほしいものがあるわ」
「何かしら……」
「この世界に対する復讐をやめること……」
「割と期待していたんだけど、随分と無難なことをいうのね」
「これ以上の望みがないからね。……でも、もう十分でしょ。あなたの復讐は果たされたはず。これ以上の混迷は無意味なはずよ」
ローランは周りの設備に視線を放つ。
【太陽の手】。
このオーバリアントにおいて、最強の兵器。
しかし、どの設備にも火が入っていない。
沈黙する兵器は、まるで前衛的なオブジェのように佇んでいた。
ローランのいうとおり、全世界からモンスターを撤退させた時点で、ラフィーシャの目的はすでに達成されていた。
モンスターという区切りをなくしたことによって、停滞していた人間同士の戦争が各地で始まったのだ。
その中にはラフィーシャが扇動したものもある。
放っておいたところで、人間は人間同士で食いつぶし、いつかオーバリアントは滅びるだろう。
ラフィーシャは返答する。
「あなたがテーブルに載せるもの次第かしら」
結局、ローランの情報次第ということになる。
世界の命運に釣り合う情報。
少なくとも姫君がそう感じている益あるもの。
それが一体どんなものか、少し興味があった。
わかったわ、といった後、ローランは1拍置き、話した。
「異世界の情報よ……」
「――――ッ!!」
ラフィーシャは目を剥く。
そしてローランは畳みかけるように一端を明かした。
魔法がない世界。
高度な科学が支配する文明。
人間の細部まで見ることができる技術。
遠い星のことまで観測することができる設備。
とりわけ、目を見張ったのは、『核』という兵器の存在だ。
「【太陽の手】と同等の力と、さらに毒を散布することによって、土地ごと死滅させる兵器ですって」
手持ちの兵器が赤子の玩具に見えるほど、惨い殺人道具の数々。
ラフィーシャは戦慄するどころか、大口を開けて笑った。
なんと人間は愚かなのだ、と――。
淀みのない異世界の話に、ラフィーシャは童心に帰ったかのように目を輝かせる。
確かにすごい……。
女神を止めるために用意した情報だけのことはある。
だが、げに凄いのは、この情報が異世界の人間の魂を持つローランにとって、なんでもない情報であることだ。
強力なエネルギーで辺りを吹き飛ばし、毒を散布する核よりも、ローランの話術の方が、ラフィーシャには恐ろしかった。
ローランは、世界の情勢。
その戦力や、核の保有数などを語ることはなかった。
どうやら、それは交渉成立後ということになるらしい。
しかし、十分魅力的な情報だった。
「楽しい話だったわ。実に……。こういう気持ちになったのは一体何年ぶりかしらね」
「お気に召して良かったわ。それで……。私が欲している返答には、これで見合うのかしら」
「すぐに返事は出来ないわね。考えさせてちょうだい」
「…………」
ローランは一瞬何かを言いかけて、口を結んだ。
すぐにニコリと花のような笑顔を見せる。
「色好い返事を期待するわ」
「そうだわ、お姫様。……この城の名付け親になってくれないかしら」
「私が?」
「ええ……。出来れば、異世界の言葉がいいわ」
子供のように目を輝かせた。
ローランは少し考えてから、答える。
「ワンダーランド……」
「ワンダーランド?」
「私が大好きな本の名前からとったものよ」
「ふふ……。よくわからないけど、響きは悪くないわね」
こうしてローランとラフィーシャの交渉は終わった。
部屋に戻ってくると、城の中をかけずり回り、姫君を捜していた獣人の少女と再会する。
ルーベルがローランの姿を見つけると、思わず抱きついた。
目に涙を浮かべている。
対してローランも、応えるようにギュッと抱きしめた。
大きく息をすると、森の匂いがした。
彼女と会った時のことをふと思い出し、懐かしくなる。
冷めた紅茶を飲みながら、ローランは窓の外を見る。
すでに天空城『ワンダーランド』は洋上にあった。
ローランはぐっすりと休んだ。
どんな時でも、眠ることができるのは、まなかの得意技の1つでもある。
ルーベルの仲間たちの仕事を手伝っていた時、轟音が聞こえた。
すぐに城の外を見つめる。
きのこ雲が浮かんでいるのが見えた。
衝撃が空を走り、ビリビリと窓ガラスを叩く。
ローランの瞳は、その雲の下にあった街に向けられていた。
ラフィーシャが【太陽の手】を使い、1つの街を破壊したことは間違いない。
港湾の都市、街の規模、地形。
おそらくだが、海洋国家アーラジャの首都だろう。
彼の国には400万人以上の人がいると聞く。
そして、今その命が根こそぎ奪われた。
不思議とショックはなかった。
ラフィーシャの昨日の言い回しから、予感はしていたのだ。
ため息を漏らす。
「結局、私の命程度の価値しかなかったということね」
――あの時、ラフィーシャがこの城の名前を付けさせたのは、せめてもの償いなのかもしれない。
「はは……。そんなわけないか」
ローランは胸の前で指を組む。
1人でも多くの人間が生きていることを願うしかなかった。
1つ年を取りました。
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