第59話 ~ これでも人の子なのよ ~
終章第59話です。
ラフィーシャは部屋からローランを連れ出した。
何もいわず、黙々と前を歩く。
その足の先は、城の地下を目指しているようだ。
どこへ行くのか?
尋ねても、はぐらかされる。
アルカイックな笑みが返ってくるだけだった。
次第に妙な低音が響く空間に出る。
薄暗く、何か現代世界の工場のようだ。
ローランは両手を胸の前で組み、キュッと握った。
「怖いの、お姫様?」
「これでも人の子なのよ」
ローランは笑みを浮かべる。
口端は震え、強がっているのがみえみえだった。
ラフィーシャがお姫様に気を遣うことはない。
そして、ようやく足を止めた。
彼女たちの目の前にはあったのは、卵状の設備だ。
大きい……。
オーバリアントの文献はひと揃い読んだが、ここまで大きい構造物は記憶にはない。
嫌な予感がした。
この設備が黒星まなかからすれば、巨大なエンジンのように見えたからだ。
ラフィーシャはさっと手を挙げた。
すると、設備は突如発光する。
歯車が急速に回転を始めた。
それはもはやモーターの起動音に似ている。
ひどく耳障りな音だ。
仄暗い井戸の奥から聞こえる悪魔の笑い声に似ていた。
「浮上……」
ラフィーシャは口を開く。
微震がした。
足を取られそうになり、近くにあった欄干に縋り付く。
はっとローランは顔を上げる。
女神がこの上もなく醜悪に笑みを浮かべていた。
わかる。
城の地下にいながら、ローランは理解した。
これは地震などでもなければ、城の中でモンスターが暴れているというわけではない。
浮いている。
城そのものが周辺の土地まで巻き込み、浮き上がり始めていた。
ラフィーシャは手を掲げる。
魔法の1種だろうか。
地下にいながら、外の様子が映し出された。
考えた通りだ。
魔王城はぐんぐんと空へと上昇し始めている。
すでに辺りにあった大樹が、ドットのようにしか見えなくなっていた。
――なかなか感動的な光景ね。
空に浮く城。
まさしく天空の城だ。
フルフルならきっと……「見ろ。人がゴミのようだ」とでもいって、喜んだだろう。
だが、これで脱出は難しくなった。
とはいえ、端からローランは城から逃げるつもりはなかったが……。
映し出された景色から推測するに、城は南下してるらしい。
どうやら海の方へ向かうようだ。
「さて……。これであなたは逃げることが出来なくなった。ママもパパも来ない。あの勇者様も……」
「それはいいわ。城から勝手に抜け出して、怒られなくて済むんだもの」
ローランは肩を竦め、戯けてみせた。
正直、半分は本気だ。今、ユカにあったら烈火の如く怒られるだろう。
ラフィーシャはふぅ、と息を吐く。
「わかっていないわねぇ、お姫様」
気付いた時には襟元を掴まれていた。
細腕とは思えない膂力で、女神はローランを釣り上げる。
そのまま首を締め上げた。
「さて……。一体、ここに何をしにきたのかしら?」
「ちょ……。こ、こたえを……聞き…………たいの? そ、そそそれともわたしを……こ、ころしたい、の」
「両方よ、お姫様」
ラフィーシャはローランが城に来てから、考えていた。
ローレスの王女が何故、敵地にやってきたのか。
突拍子もない姫であることは噂で聞いている。
だが、馬鹿ではないことも知っている。
何かある……。
そう思って考えてみたが、人間よりも知能の高いはずのダークエルフですら、その答えを見出すことは出来なかった。
だから、結局こうして実力行使に出てみたのだ。
何かの罠であるなら、きっと誰かが助けにくる。
勇者はその最先鋒だろう。
だから、ラフィーシャは城を予定よりも早く動かし、外部からの侵入を困難にした上で、尋問を始めたのである。
それほど、ラフィーシャはローランを警戒していた。
何度、脅してもローランは真実を喋ろうとはしない。
ただ自分の手の中でもがくだけだ。
何か魔法によるトラップもない。
呪術的なものもなかった。
彼女自身に何か仕掛けていると思ったが、全くそういう傾向もない。
ローランは死の恐怖に顔を引きつらせる。
一方、ラフィーシャもどこか焦っていた。
やはり何も出てこないから。
一旦手を離す。
地面に打ち据えると、ローランは細い首を押さえながら、何度も咳き込む。
だが、女神の尋問は終わらない。
呪文を唱えると、今度はローランの脳内に魔手を伸ばした。
精神に直接ダメージを与える。
ローランは顔を歪ませ、悲鳴を上げた。
それでも口を割ることはない。
記憶を見る魔法でもあればいいのだが、生憎とゲーム上にも、エルフのものにも、そういう都合のいいものは存在しなかった。
結局、魔法による精神的な苦痛にもローランは耐えた。
額を打ち付け、姫は倒れる。
真っ白な髪が、まるでシーツのように広がった。
「少しやりすぎたかしら……」
死んだら死んだでかまわない。
彼女は勇者の行動を制限するための人質に使えるだろうが、その生死は問題ではないからだ。
しかし、ローランは生きていた。
また激しく咳き込み、己の体調を確認するかのように起き上がる。
さすがの女神も感心せざる得なかった。
「大したしぶとさね、お姫様」
「まあね。これでも結構、痛みには強いほうなのよ」
ピンク色の瞳は光らせる。
先ほどまで拷問を受けていたとは思えないほど、鮮やかに輝いていた。
ローランこと黒星まなかが、こうして拷問を受けるのは1度や2度ではない。
極東から来る見知らぬ女子高生を、単純に歓迎してくれる人間などいない。
むしろ、ラフィーシャのように気味悪がり、その真意を暴力によって尋ねてくるのが常だった。
現代世界では、宗一郎やその師匠のサポートもあって、平気ではあったのだが、今はない。
久しぶりの死にそうになる痛み。
実は今にも意識を失いそうだった。
対してラフィーシャは目を細める。
世界や種族が違っても、反応は同じだ。
まなかをなぶってきたテロリストや国の情報局の人間と同じような目をしていた。
――そんなに怖がらなくてもいいのに。
ざんばらになった白い髪の中に笑顔を押し込み、ローランは単刀直入にいった。
「私はね、ラフィーシャ。あなたと交渉しにきたのよ」
「ふふふ……。交渉? 何を寝ぼけたことをいっているのかしら?」
ラフィーシャはローランの首根っこを掴む。
まだ意識がはっきりしない彼女を奴隷のように連れ回した。
やってきたのは、天空城の核から少し離れた倉庫だった。
そこにあったのは人の背丈ほどの設備だ。
奥の方までずらりと並んでいる。
中には、何か大きな砲弾のようなものもあり、その設備が取り付けられていた。
「まさか……」
「そう。これは【太陽の手】よ。すべてね」
さすがのローランも戦慄した。
一体、どれほどの数があるのだろう。
優に500基はあるかもしれない。
いつの間に、これほど量産したのか。
答えは単純だ。
城の中に、生産設備があるらしい。
ともかく、これだけあれば、マキシアやローレスだけではない。
オーバリアントの主立った国をすべて破壊することが出来るかもしれない。
ラフィーシャは語る。
この【太陽の手】を用い、オーバリアントに復讐すると。
そして、滅んだ世界をゴミのように捨てて、自分は新たな土地へと旅立つのだと。
まるで夢想家のような言葉だが、あれほどの高威力の【太陽の手】がこれだけあれば、決して夢ではないだろう。
恐怖に震える姫君。
それを期待し、ラフィーシャはローランに振り返る。
だが、少女の表情はその思惑から正対していた。
「あなた、今笑ったかしら?」
「そんなことはないわ、ラフィーシャ。恐怖で全身が震えるのを、やっと堪えているぐらいよ。――そう。あなたは、外の世界へ行きたいのね」
「ええ……。そうよ、お姫様。あなたとあなたの大好きな世界を滅ぼしてね」
「なるほど。交渉しがいがあるわ」
「そんな余地はないといっているのよ、お姫様」
ラフィーシャの手に風が渦巻く。
それをローランの顔面に押しつけると、呆気なく姫君は吹き飛んだ。
【太陽の手】の設備に弾かれる。
背中を強打し、ローランの口から反吐が漏れた。
また激しく咳き込む。
しかし、顔を上げたお姫様の眼光はいささかも衰えていない。
たじろいだのは、女神の方だった。
「やはり、あなたは危険だわ」
ラフィーシャは手を掲げる。
呪文を紡いだ。
今度は、風などではなく、炎だ。
薄暗く、【太陽の手】が周囲にあるにもかかわらず、女神は炎の魔法をぶっ放そうとしていた。
当たれば間違いなくローランは死ぬ。
それでも、姫の心は揺るがない。
勢いはますばかりだった。
「いいのかしら? 私を殺して……」
「世迷い言をいうのもやめにしないかしら。少し頭が回るようだけど、あなたは所詮一国のお姫様に過ぎない。女神である私と対等に交渉できる材料など」
「材料……? 今、材料っていったわね」
「――――ッ?」
「あるわよ。あなたと交渉する材料ならね」
ローランは不敵に笑うのだった。
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