第58話 ~ ええ……。喜んで ~
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ルナフェンの意志は固い。
ローランは【魔王】と呼ばれる存在の瞳を見て、そう思った。
ならば、ローランは品を変える。
口八丁といわれればそれまでだが、彼女の交渉術は遙かに高度だ。
そうして、一介の高校生に過ぎなかった彼女は、現代世界においては各国の首相と会談し、戦争の回避を訴え続けた。
結果、ローランこと黒星まなかは暗殺されてしまう。
その後、現代魔術師杉井宗一郎によって、無理やり世界は武力を破壊されることになるが、それは冒頭にある通りである。
この世界に来ても、まなかのスタンスは変わらない。
敵中に単身赴き、対立するものの話を聞く。
どんな危険な場所でもだ。
1度だけ、カラシニコフを頭に突き付けられながら、原子力潜水艦の中で交渉を行ったこともある。
交渉はうまくいったが、水中1000メートル付近の深海が見られなかったことが、唯一悔やむべきことだった。
それを艦長に伝えると、「君の頭からは、恐怖というネジが抜けているね」と流暢なロシア語で告げられた。
よく言われる。
まなかは頭のネジが1本抜けていると……。
確かに、自分は周りより1つ常軌を逸しているかもしれない。
でも、自分がやるべきことをやっているだけだ。
まなかには国を動かす権利もなければ、宗一郎のように大国を制するほどの力を持っているわけではない。
どこで相手を制するかと考えれば、他人よりも少し回る舌を使うぐらいだ。
そうやって、黒星まなかは生きてきた。
ローランになっても、それは続いている。
自分が正しいと思った道を歩むだけだ。
ルナフェンを安心させるようにローランは、薄く微笑む。
そこには余裕のようなものも感じた。
まだ未発達の胸を反り、背筋に力を入れる。
「それなら、もっと簡単な方法がありますわ」
「簡単な方法?」
「ルナフェン様のご要望は、眷属と一緒に別の世界への移住。そして、その安寧とお見受けしますが、いかがでしょうか?」
「ああ……」
「ならば、話が早い。ラフィーシャ以外にも、あなたを別世界に送ることが出来る人物を私は知っています」
「……それは誰だ?」
「勇者――杉井宗一郎です」
「あの勇者がそんな力を持っているのか!?」
「実は、私と勇者は別世界の人間です」
「――――ッ!?」
ローランはそこで自分の魂と肉体が別であることを説明する。
肉体はローレスの姫君であり、魂は黒星まなかという異世界の人間であること。
そして杉井宗一郎もまた同じ世界の人間であり、魔術を用い、まなかを追って、オーバリアントに転移した、と告げた。
「に、にわかに信じがたい話だな」
「残念ながら、それを証明するものはありません。私たちの世界のことをお話ししたとしても、信じられるとは到底思えませんから」
「確かにな」
「仮に勇者がその力を行使することが出来たとして……。あなたの悩みは晴れることはあるでしょうか?」
ルナフェンは「ふー」とゆっくり鼻から息を吐き出した。
椅子の肘掛けに肘を置き、頬杖をつく。
目線を天井の隅に置きながら、しばし考えに耽った。
ローランは答えを急がない。
そっと膝の上に両手を重ね、何時間でもルナフェンの返事を待つつもりだった。
思いの外早く、【魔王】は口を開く。
「現状では、やはり難しい……」
「そう、ですか」
「1つに私が勇者を知らないことだ。彼と直接会えば、気が変わるかもしれないが、現状では首を縦に振れない。それにだ」
「もう1つは?」
「ここには私の眷属と、ルーベルの仲間がいる。ラフィーシャの庇護下といえば、聞こえはいいが、人質であることに代わりはない。私が暴走しないためのな」
「なるほど。ルナフェン様の立場はわかりました」
「すまない。オーバリアントの姫君よ」
「いえ……。謝罪には及びません。決して、実のない話し合いではありませんでしたので」
ローランは笑みを崩さなかった。
どこか余裕のある表情に、「?」とルナフェンは首を傾げる。
そう――。
決して、結果のない会合ではなかった。
要はルナフェンが勇者という存在を知り、眷属とルーベルの仲間の安全が確保できれば、ラフィーシャから離れる。
確定ではないにしろ、その言質を取れたことは大きい。
目的を等しくし、唯々諾々とラフィーシャに従っているかと思っていた【魔王】が、実は女神のやることに疑問を持っている。
それを聞けただけでも十分収穫はあった。
少なくとも、これでルナフェンと宗一郎との対決は免れるかもしれない。
ルナフェンとの接見が終わり、ローランはルーベルに伴われ、1つの部屋を貸し与えられた。
ふかふかのベッドに、感じのいいテーブル。
本も何冊か置かれていて、多少娯楽も揃っている。
監獄よりもよっぽどいいのだが、少しトイレから離れていることが難点だった。
「随分、破格な待遇よね」
「ルナフェンがいいといったんだ。自由に使ってくれていい。ラフィーシャが主みたいに振る舞っているけど、ここはルナフェンが建てた城だからね」
「そうさせてもらうわ」
「何か飲む?」
「珍しいわね。ルーベルがそんなことをいうなんて」
「あまりローランを部屋の外に出したくないだけだよ」
「心配しなくても、モンスターがうようよいるのがわかってて、廊下に出ることはないわ。トイレ以外はね」
「ローランはそういいながら、城を出てきたのだろう」
「ばれたか……」
姫君はぺろりと舌を出す。
ルーベルは紅茶を取りに、部屋の外へと出ていった。
とりあえず大人しくしておくことにする。
窓際に座り、外を眺めた。
広い森林が山の麓まで広がっている。
人間の手が入っていない。
原初の地球を思わせる光景に、ローランは少しだけ心が奪われた。
不意にノックがする。
ルーベルかと思った瞬間、現れた影を見て、ローランは目を細めた。
「そろそろ現れる頃だろうと思ってたけど、随分と早いお出ましだったわね」
「あらあら……。驚かせてごめんなさいかしら」
現れた人物は笑う。
血のような赤い髪に、灰色の肌。
しなやかで細く、バランスの取れた身体は、現代のモデルすら圧倒していた。
だが、浮かんだ笑みは、カメラを構えた撮影者を愕然とさせるほど、禍々しい。
新女神ラフィーシャだった。
「私ともお話ししましょうか、ローラン王女」
「ええ……。喜んで」
ローランもまた笑みを浮かべる。
女神に対する王女の表情は、底抜けに明るかった。
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