第57話 ~ 私のゲームのボスキャラにならない ~
『アラフォー冒険者、伝説になる~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~』が、
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通されたのは、城の中にある居住区だった。
そこにはルーベルと同じ出身の獣人たちが住んでいる。
彼らは城の清掃や整備の人員として雇われていた。だが、モンスターが押し掛けてからは、ルナフェンの命令で待機が命じられていた。
食糧の備蓄などは十分だったが、獣人たちは不安な日々を過ごしている。
悲壮感が漂う一方で、ルーベルが帰ってきたことは久方ぶりの良い出来事だった。
彼女の親類や村の人間が集まってくる。
じゃじゃ馬娘の帰郷に拍手を送り、手荒い歓迎をするものもいた。
ルーベルは泣いて喜んでいた。
「(なんだ……。ちゃんと心を許せる人たちがいるじゃない)」
村人たちに揉みくちゃになるルーベルを見ながら、ローランは思った。
彼女の父母は、獣人狩りにあった時に亡くなったと聞いた。
いつもどこか人と一線を引き、1匹狼を気取っていたが、きちんとルーベルには帰る場所があったらしい。旅をするうちに、妙な母性本能に目覚めたローランは、ほっと胸を撫で下ろした。
「この方はどなただ、ルーベル?」
村の代表者らしき獣人が尋ねた。
ローランはそっとお辞儀をする。
「初めまして、ローランと申します。ルーベルさんとは懇意にさせていただいています」
「なんと! ルーベルの友達か」
「村で1匹狼を気取っていたルーベルに友達とはな」
「あれ? ローランってどっかで聞いたような……」
どうやら村でもルーベルは、あんな感じらしい。
想像すると、また笑気がこみ上げてきた。
「ぼ、ボクは友達なんて!」
「まあ、ひどい! では、私との関係は遊びだったのね。よよよ……」
「そ、そんなことはない。ローランはボクの友達で――――あっ!」
「ふふん。引っかかったわね」
「な! 騙したなあ、この詐欺師女!」
詐欺師女というのは、ローランの蔑称だ。
彼女がルーベルのことを聞き出すために、手を変え品を変え、時に強引な方法を使ってるうちに、『詐欺師女』という称号が生まれてしまった。
ちょっとやりすぎたとローランも反省しているのだが、ルーベルはからかい安くて、あまりに面白すぎた。
今でも、明らかに嘘泣きなのに、本気で慌てるのだ。
人と群れてこなかったから、単純な嘘でも真剣に捕らえてしまうのだろう。
ある意味、真摯で実直なところが出ていて、それがルーベルの長所につながっているといえる。
しばし住居区は歓喜に包まれたが、1人の存在によって、途端に静かになった。
突如、村人たちは膝を突く。
ルーベルも同じくだ。
何が起こったかわからないローランは、後ろを振り返る。
【魔王】ルナフェンが立っていた。
「ローレス王国の王女ローラン」
「は、はい……」
「少し話がある。俺の部屋まで来い」
「る、ルナフェン! あまり乱暴なことは!」
ルーベルが立ち上がる。
すると、ルナフェンは一瞬笑ったようが気がした。
「手荒なことはしない。事情を聞くだけだ。心配ならお前もついてこい」
通された部屋は割と普通の部屋だった。
【魔王】というから、髑髏が付いた禍々しい玉座に座っているのかと思ったが、違う。
執務用の椅子と机が一脚ずつ。
応接用のソファも置かれている。
オーバリアントで良く見るタイプの執務室だった。
ただ調度品は変わっていて、子供が作ったような木彫りの像や絵、押し花が飾られている。
どうやら、村の人間から贈呈されたものらしい。
これだけを見ても、ルナフェンが慕われているのがわかる。
とても【魔王】という異名に相応しいとは思えなかった。
大きな身体をソファに沈め、まずルナフェンはローランにここに至るまでの経緯を聞いた。
どうやらRPG病にかかった時に起きたことを、覚えていないらしい。
ラフィーシャからも聞いてはいるのだが、それがすべてではない事は、薄々わかっているようだった。
「私もRPG病にかかっていたので、人から聞いた話なのですが……」
前置きした上で、ローランは知る限りの世界情勢を伝えた。
とりわけ印象的だったのは、【魔王】がある話に肩を落としたことだ。
「やはり、プリシラは死んだのか……」
「もしかして、お知り合いだったとか?」
まさかと思って尋ねてみたが、ルナフェンは躊躇いがちに頷いた。
「知り合いというのも変だがな。この世界では、なんといった……。ああ、そうだ。好敵手といったか。彼女と俺は、いわばその……宗一郎と、ラフィーシャの関係に近いものがある」
つまり、勇者とラスボスの関係だと話した。
ローランは思い切って突っ込む。
「あの……。よければ、その辺りのお話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「随分、昔の話だ。我々はラフィーシャが開いた異次元ゲートを通ってオーバリアントにやってきた。その頃は、我々は何も知らず、ただこの世界の住人を虐殺し、世界を自分たちのものにしようと考えていた。だが――」
「プリシラ様が現れた……」
「そうだ。彼女の力――呪術といったか――あれは圧倒的だった。我らが眷属たちは、あっという間に半数に減らされた。そして、その刃が俺にかかるのも、時間の問題だった」
激戦の末、ルナフェンは負けた。
死を覚悟した時、唐突にプリシラは刃を下ろし、こういったという。
『あなた、なかなか強いわね。私のゲームのボスキャラにならない』
ローランは思わずソファの上でずっこけた。
破天荒な性格で、ひどいゲーム狂だということは、宗一郎から伝え聞いていた。だが、まさか直前まで戦いを繰り広げていた相手を、自分の世界のボスキャラにしようなんて提案――現代世界にもオーバリアントにも、彼女ぐらいしかいないだろう。
それを言うなら、ローランも大したものだった。
単身で護衛も付けず、敵中に入り込んだのだ。
ユカが聞いたら、さぞかし頭を抱えたことだろう。
プリシラはルナフェンにこうも言ったのだという。
『あんたたちは被害者なのよ。私は助けにきただけ。あなたと、あなたの眷属を』
そうして、ルナフェンたちはゲーム世界の悪役を演じることになった。
少々気分の悪い役目ではあるが、自分とモンスター、そしてオーバリアントの住民と共存するためには、致し方ない方法だといえた。
『ゲームってね。勇者しか困っていないものよ。確かにイベントキャラの一部では困っている人はいるけど、命の危険性があるわけじゃない。でも、勇者は違う。自分で考え、行動しなければ、前にも後ろにも、生きることも死ぬこともできない。だから、私の世界では勇者はいらない。そうすれば、全人類みな幸せと思わない? 人間同士で斬った張ったやってるよりは、1000億倍マシだと思うわ』
「と、飛んでもない考え方ですね」
さしものローランも引いてしまった。
暴論といってもいい。
だが、プリシラの狙い通り、モンスターの出現によって各国の諍いはなくなり、スキルや魔法の登場によって、命の保証がなされた。
プリシラの言うとおり、昔よりも1000億倍マシな世の中が出来上がったのだ。
「側でその話を聞いていた俺はこう思った」
「それは?」
「あいつは多分、いつか勇者が現れて、自分が作ったゲームで遊んで欲しいのではないか、とな」
ルナフェンは寂しそうに笑った。
その印象的な表情を見ながら、ローランは話を変える。
「ルナフェン様。なら、私たちに協力していただけませんか?」
「協力?」
「またゲーム世界に戻すのです。プリシラ様が愛した世界に」
緋色の眼は真剣に目の前の【魔王】に向けられていた。
しかし、ルナフェンは首を振る。
横にだ。
「それは出来ない」
「何故ですか?」
「プリシラの世界は素晴らしい。だが、彼女はもういない」
「けれど――」
「ラフィーシャと俺を引き離そうと思っているなら、やめた方がいい。我々は、嫌々ラフィーシャについているのではない。彼女の考え、行動を支持しているからこそ、この場に留まっているのだ」
「何故だ、ルナフェン! なんで、あんなヤツの言いなりに!」
叫んだのは、横で聞いていたルーベルだった。
【魔王】のことを心配する獣人の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
その胸中は、ルナフェンに伝わったらしい。
また寂しそうな表情を浮かべた。
「我らは帰る。我らがいた世界に……」
「帰るってどうして?」
「これ以上、この世界の人間に迷惑をかけるわけにはいかない。我々が安住できる地を見つけてくれるならば、女神だろうと、悪魔だろうと、我々は従うだろう」
ルナフェンは鋭く眼光を光らせるのだった。
こちらも引き続き更新していくので、よろしくお願いします。




