第56話 ~ すっごく興奮してるようだけど ~
新作と書籍化作品の連載で手一杯ですが、
なんとか、あまり間を開けずに更新していこうと思います。
終章第56話です!
話は天空城砦が、空へと飛び立つ前に遡る。
ローレスの城を無断で飛び出したローランこと黒星まなかは、ルーベルという獣人とともに東へと向かっていた。
お互い目指す先は、マキシアの南東に広がる大森林地帯。
そこに忽然と現れた大きな城に、モンスターの親玉といわれる【魔王】が住んでいるという。
そして、ここにはもう1人重要な人物がいるという噂があった。
新女神ラフィーシャ。
彼女はここから全世界に向けて、自分のことを発信し続けている。
ローランがここへやって来たのは、新しい女神に会うためだった。
一方、ルーベルは違う。
「あそこがルーベルのおうちなのね」
城というよりは、最早“塔”といっても差し支えない高い城壁を指差しながら、ローランは呟く。
薄いピンク色の双眸に、霧がかかった城砦が映っていた。
元々現代人だった彼女にとって、大きな戦車のようにすら見える。
白い髪をなびかせ、城砦に近付いていく。
旅人の服を着ていても、その姿は超然としていた。
一方、ルーベルも存在感という点では負けていない。
黄金色の長い髪は、森の中にあってもキラキラと輝いている。
細身の肢体はしなやかなピョーマの足を思わせ、ピンと立った姿は強者の雰囲気を漂わせていた。
「家というのは、少し違う。あそこで育っただけだ」
ここに来るまで、優に20日はかかっていた。
その間、ローランは様々なことをルーベルに聞いた。
最初は口が固く、寡黙だったが、旅を続けるうちに少しずつ心を開いていった。
徐々にルーベルは自分のことを話し始めた。
元々この森に住んでいたルーベルは、獣人狩りに会い、家族を失った。
獣人狩りというのは、珍しい獣人を奴隷商などが野盗などと結託し、その集落などを襲うことだ。
それを助けたのが、城の主なのだという。
以来、ルーベルは人間たちが【魔王】と呼んでいる存在に仕えてきた。
彼女が初めて城と森を出たのは、数ヶ月前に遡る。
初めはモンスターの異常な奇行――宗一郎たちがRPG病と呼んでいた病を調べるためだった。
その元凶の最有力候補が、勇者だとルーベルは考えていた。
だが、その奇行もオーバリアントを回るうちに、治ってしまった。
そんな折り、地上に跋扈していたモンスターが、突然城に引き返し始めた。
ルーベルは事態を知り、城へ戻る決意をしたという。
「ルーベルは、新女神と会ったことがあるの?」
「直接話したことはない。だが、ルナフェンがその女神と接触していたことは知っていた」
ルナフェンというのが、城の主――つまり【魔王】の名前らしい。
元々モンスターを束ね、ラフィーシャたちが開いた異次元ゲートからこちらの世界にやってきた。
そこでもルナフェンは、王だったという。
最初は威厳がある王だったが、ラフィーシャが介入しはじめて、一気に変わった。
ルーベルに外の調査を命じたのも、女神だ。
「振り返って考えてみれば、ボクとルナフェンを離すためだったのかもしれない」
「何にしても、お城の中に入らないとわからないということね」
2人の歩みが止まる。
巨大な城門の前で止まった。
「中に入れば、命の保証はないよ、ローラン」
「大丈夫よ。たぶん、私を殺す価値はないと思うから」
「それはどういうこと?」
問答していると、城の門が開いた。
その音は、竜の嘶きにも聞こえる。
真っ暗な闇が、大きな魔獣の腹の底のように広がっていた。
「意外ね。歓迎されてるみたいよ」
「行こう……」
最初に踏みだしたのはルーベルだ。
その後にローランが続く。
中は意外とどこにでもある城の作りをしていた。
だが、建築の精度が違う。
レーザーカットしたような石積みの壁。
床も真っ平らだ。
大きな城を支える柱も、明らかに耐震や耐火を意識して配置されている。
現代日本出身のローランから見ても、高い建築技術が見て取れた。
その中から匂ってくるのは、強い獣臭だ。
よく見ると、糞尿らしきものが見える。
中には血の痕跡もあった。
圧倒され、城中を観察していたローランの耳元に、声が届く。
振り返ると、魚人のようなモンスターが集団で向かってきていた。
「ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……」
奇声を上げる。
ぺちゃぺちゃという無数の足音が近付いてきた。
確かストーンサハギンといわれるモンスターだ。
魚人系最強モンスター。
特徴は高い耐性力と、防御力。
集団戦にも定評があり、モンスターの中でも高い知能を持つ。
「やめろ! ボクだ! ルーベルだ!」
「なんか……。すっごく興奮してるようだけど」
「ボクがわからないのか」
呼びかけに応答しない。
ただただ距離を詰めてくる。
ルーベルは諦めた。
モンスターはルナフェンの部下のような存在だ。
彼女としても、斬るのは容易くない。
だが、状況が躊躇うことを許さなかった。
剣を抜く。
それを見て、ローランも呪唱を開始した。
瞬間、状況は一変する。
突然、ストーンサハギンが業火に包まれた。
強力な耐火性能を持つはずの魚人モンスターが、溶岩のように溶けていく。
たちまち大半のストーンサハギンが足を止めた。
ローランの魔法は完成していない。
そもそも未熟な召喚師である彼女に、こんな芸当はできない。
横にいるルーベルも同様だ。
一体、誰が……?
ローランたちは顔を上げた
立ちのぼった炎の前に、人型のシルエットが浮かぶ。
それに気付いたサハギンたちが、「ぺぺぺぺ……」と奇声をあげて、おののいた。
固い尻を向け、城の奥へと引っ込んでいく。
いまだ燃えさかる紅蓮の炎。
それをバックに青紫色の長髪が揺れている。
それはどう見ても、人間のように見えた。
分厚い装甲のような鎧。その中に搭載された筋肉質な身体。
腕、足、そして胸板。
どれも一流の武芸者を思わせる。
1点違うところがあるとすれば、背中から張り出した羽根だ。
まるで大鷲のように広がっているそれは、堕天を果たしたルシフェルを想起させた。
炎が収まる。
すると、天使なのか悪魔なのかわからないそれは、ローランたちの方を向いた。
人を威嚇するような鋭い瞳は、白目と黒目が逆転しており、ただそれだけでこの世ならざる存在を意識させる。
「ルナフェン!」
ルーベルの顔が輝く。
ショートソードを納めると、ルナフェンに抱きついた。
ルーベルは喜ぶ一方、【魔王】といわれる男の表情は特に変わらない。
自分の大きな腕にしがみつく獣人娘の頭を、優しく撫でた。
――いい人っぽいわね。
ローランも警戒を解く。
どうやらあまり感情を表に出さないらしい。
そういう種族なのかもしれない。
「元気そうで良かった」
「お前もな、ルーベル」
「変な病気にかかった時は驚いたよ。髪をさ。こう――2本の角のようにまとめた時は、どうしようかと思ったよ」
「(……ん? 髪を2本の角?)」
不意にローランが想像したのは、現代日本で昔流行ったゲームのラスボスだった。
自分が竜に守られていたように、ラスボスとして判定されたルナフェンは、姿も変わっていたのかもしれない。
想像すると笑気がこみ上げてきた。
「(フルフルちゃんあたりが見たら、泣いて喜んだかもしれないわね)」
くすりと笑う。
そのルナフェンは「すまない」と謝った。
最近、モンスターがいきり立っていて、王であるルナフェンの命令すら聞かないことがあるらしい。
ルーベルは目を細める。
「新女神のせい?」
「あまりラフィーシャを悪くいうな。あいつは、あいつで俺たちのことを考えてくれているのだ」
「ボクは……。あの人のことを信じられないな」
俯くルーベルに、ルナフェンはまたそっと頭を撫でた。
やがて、ローランに向き直る。
視線をかわすと、ちょこんとお辞儀をした。
「初めまして、モンスターの王……。【魔王】とお呼びすればいいのかしら」
「ルナフェンでいい。その名はお前たちが勝手に付けた呼び名だ」
「では、そのように。私のこともローランとお呼び下さい」
「オーバリアントの人間が、ここに何しに来た」
「実は――」
「まさか本当にやってくるとはね、お姫様」
城の奥から声が聞こえた。
ゆったりとした靴音が着実に近づいてくる。
闇の中から現れたのは、褐色ではない――もはや灰色に近い肌をしたダークエルフだった。
「初めまして、お姫様。わたしが新女神ラフィーシャよ」
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