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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第52話 ~ 美しい女神の城【ワンダーランド】 ~

『最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、無敵の冒険者となり伝説を歩む。』

改め

『アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されてSSSランクになりました~』が、

2018年7月10日にツギクルブックス様で発売決定しました。

こちらもよろしくお願いします。

『随分、元気な声ね……』


 皆一様に顔を曇らせた。


 それはオーバリアントにいる生物であれば、誰しも1度は聞いたことがある声だった。


「ラフィーシャ……」


 特に過剰に反応したのはライカだ。

 美しい顔の眉間に深い皺が寄る。

 奥歯をぐっと噛み、伝聲石(ケーサ)を睨んだ。

 この世界でもっとも忌まわしく、ライカの愛する宗一郎のもっとも直接的な敵なのであるから、当然といえた。


『怖い声ね、ライカ姫。いえ、失礼。今は女帝だったわね』


「初めましてというべきか、ラフィーシャ」


『あ~ら、そうね。こうやって直接やりとりするのは初めてかしら。改めて挨拶するわ、女帝。私の名前はラフィーシャ。このオーバリアントの新しい女神。以後お見知り置きを……』


「認めん!」


『……』


「お前は決してオーバリアントの神なのではない!」


 ライカは息巻く。

 バダバでの会談の折り、執拗なドクトルの挑発にも眉1つ動かさなかった女帝が、感情をむき出しにし、猛っていた。


 びりびりと海風が震える。

 これが王者の怒りというものだろうか。

 甲板にいた全員が、息を飲んだ。


 飲まれていないのは、伝聲石(ケーサ)の向こうにいるダークエルフだけだった。


『神というのはね、ライカ女帝。神が決めるものではないの。人間が勝手に創造し、崇める偶像でしかない。つまり、それを決めるのは人間自身なのよ』


「そうだ。だから、私はお前を神と認めないのだ」


『でも、結構私……。人気があると思うわよ。何せ、あなたたちが60年もの間、やりたくてもやれなかったことを達成したわけなのだから』


「くっ……」


 その事に関しては反論の余地はなかった。

 新女神ラフィーシャがどんな魔法を使ったのかは知らないが、この世界からモンスターを排除したことは、紛れもない事実だからだ。


 国も、旧女神も、そしてあの勇者ですらなしえなかった偉業を、得体の知れないダークエルフが達成した。

 何も知らないものからすれば、新女神を称賛するものは少なくないだろう。


 獅子のように吠えるライカの髪に、誰かが手を置いた。

 パルシアが立っている。

 にぃ、と悪戯っぽく笑うと、くしゃくしゃにする。

 すると、ライカを遮り、伝聲石(ケーサ)の前に立った。


 ダークエルフの少女は背中越しに声をかける。


「新女神の口車に乗っちゃダメだよ。それに人族がダークエルフと口では勝てない。ダークエルフにはダークエルフってね」


「パルシア……」


「それにさ。折角の親族との対面なんだ。邪魔しないでおくれよ」


 ライカはそこでようやく気付く。

 ラフィーシャはアフィーシャの双子の姉。

 アフィーシャの子供であるパルシアからすれば、叔母さんに当たる。


 珍しい光景であることは間違いない。

 ダークエルフ同士が会話することすら珍しいのに、そこに血のつながりがあるのだ。


「初めまして、新女神」


『初めまして、パルシア。愛しき我が妹アフィーシャの子供』


「なんだ。知ってるんだ。驚かせてやろうと思ったのに」


『妹が子供を産むなんて思っても見なかったけどね』


「知ってる? ボクには弟もいるんだよ」


『へぇ……。それは知らなかったわ。――で、あなたは私と何を話したいのかしら。こんなところで身内の話? アフィーシャとの美しい思い出話を聞かせてくれとでもいうの?』


「さすがは女神様……。あなたとアフィーシャの話を聞かせてほしいな」


『本気なのかしら。それとも侮っているかわからないわね、あなた。アフィーシャにそっくりだわ』


「あなたも大概だよ。妹のことを愛しきとかいったり。そんなこと毛の先ほども思っていない癖に」


『そういう可愛くないところ、やはり妹にそっくりだわ』


「苛つかせているなら謝るよ。もっともボクは叔母さんを苛つかせることに成功して、飛び上がって喜びたいぐらいだけどね」


『そろそろお喋りをやめにしましょう?』


「なに? 逃げるの?」


『違うわ、パルシア。その必要がなくなるの』


 不意にパルシアの耳に鈍い音が聞こえた。

 発生源は空だ。

 全員の視線が上を向く。

 晴れては来たものの、快晴とはいかない。

 まだ分厚い雲も残っていた。


 音はその雲の向こうだ。

 東の方からゆっくりと近付いてくる。

 竜が低く嘶いているようだった。

 甲板に残っていた兵士が恐れおののき、騒ぎ出す。

 「天罰だ!」と悲鳴を上げるものもいた。


「来る……!」


 ライカの美しい金髪が舞い上がる。

 突風が吹き、廃艦同然となった艦艇が大きく傾いた。


 そしてそれは雲を切り裂き、現れる。


「なんだ? あれは……」


 呟いたのは、ドクトルだった。

 ポーカーフェイスの男が、表情を歪め、驚愕している。

 その他も似たような反応だった。

 女神を前に一歩も引かず舌戦を繰り広げていたパルシアですら、ただ呆然とその(ヽヽ)物体を見つめていた。


 巨大な城だった。

 比喩として、雲を城だという表現があるが違う。

 本当に城なのだ。

 宙に浮き、ライカたちを見下ろすようにそびえている。


 見たこともない城だ。

 周りをぐるりと城壁で囲み、王宮は四角くぼったい形をしていた。

 城というよりは要塞に近い。

 尖塔はなく、アンシンメトリーでないところも芸術性はなく、より兵器として作られた感が否めなかった。


 ゆっくりとライカの方に近付いてくる。

 同時に、伝聲石から新女神の哄笑が響いた。


『驚いてくれたかしら? 美しい女神の城【ワンダーランド】は?』


「ワンダーランド?」


 ライカは眉根を寄せた。

 その言葉は、オーバリアントにもエルフが使う古代語の中にもないものだったからだ。


『さすがは女帝。察しがいいわね。これはそう――。勇者様がいた世界の言葉よ。名付け親はローレスのお姫様よ』


「ローラン王女が……」


『いかなマキシア帝国の女帝でも、空は飛べないでしょう。神でもないものは、地の底に這い蹲っているがいいかしら』


「ぐっ!」


『でも、喜ぶべきよ、ライカ陛下。あなたは特等席で見ることが出来る』


「何をだ?」


『決まってるかしら? この世の終わりよ』


「まさか……」


 息を飲んだのは、パルシアだった。


 この中でももっとも近い思考を持つ彼女にはわかったのだ。


 ラフィーシャがただ城を浮かせるわけがないと。

 人類に自分との力を見せつける?

 いや、そんな生やさしいものではない。


 ――ボクなら守りに使う……。


 城を浮かせることができれば、今のオーバリアントの技術では攻撃しようがない。

 つまり、そこに何か守るためのものがあるはずだ。

 単に自分の命なら、これほどの大仕掛けはしない。


 ここまでして、ラフィーシャが守りたいもの。


 それはおそらく人類を全滅させたいという信念に他ならない。


「ライカ陛下! あの悪魔さんにいって! ここから全速力で離脱してって」


「どういうことだ、パルシア」


 突然叫んだパルシアに、ライカはおろかドクトルですら戸惑っていた。


 ダークエルフの女は顔を歪める。


「いいから早く……!!」


『ふふ……。私の意図を読んだのは、さすがはアフィーシャの子供だけど、もう遅いわ』



 発射……。



 それは無情にも宣告された。

 城の一部が明るくなる。

 次いで轟音が響いた。


「伏せて!!」


 パルシアは咄嗟にドクトルを押し倒した。


 空飛ぶ城から発射された飛来物は、大きく放物線を描く。


「え?」


 パルシアは顔を上げた。

 その光跡は北西の方に向かって打ち出されたからだ。


 ――まさか……。


 すると、突然伝聲石から人の声が聞こえる。

 カリヤだ。


『ラフィーシャ様! 何を――。うわあああぁぁぁ! にげ――――』


 轟音と雑音が入り交じる。

 ついには通信が切れてしまった。

 伝聲石から光が消える。

 おそらく向こう側の石が破壊されたからだろう。


「おい。あれ……」


 初めに気付いたのは、艦長だった。

 さらにゼネクロ、ライカ、ドクトル、パルシアの順番で気付く。


 北西が赤く光っていた。

 大きなキノコのような煙が吹き上がっている。

 衝撃波が波と船体を弾く。遅れて轟音が一同の耳朶を激しく叩いた。


 ドクトルが膝から崩れる。

 大きく見開いた隻眼で、悪夢のような赤い光を見つめていた。


「アーラジャが……」


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